第246話 アズラとキルハ 後編

 

「アズラ、よく覚えておいてね。『前門の虎、後門の狼』ってことわざが俺の世界にはあってさ。ただの感なんだけど、お前はいつかそんな目に遭う気がする」

「ん? 女神の知識ってやつか? まぁ、レイアが言うなら覚えておくが、どんな奴等に挟まれ様とも俺の剣技で打ちのめしてやるぜ!」

 かつて、ビッポ村でロリ女神の双剣の鍛錬に付き合っていた頃の、懐かしき日々の思い出が蘇る。

 前門の虎ーー即ち、銀天使アリア

 後門の狼ーー即ち、暗黒魔術師キルハ

 見事に挟まれた騎士は、冷や汗を流しながら打開策を麒麟に求めた。


(麒麟様! 神の知恵を貸してくれよ! 何故か契約者オレが殺されかけてるぞ!)

『やだよ。あの天使六枚羽根だし、僕まで茶番に巻き込まれるのはごめんだね』

 アッサリと見限られた事実にアズラは消沈するが、只では引き下がらない。以前にも見捨てられた経験から学んでいたのだ。


「アリア、キルハ! 落ち着いて聞け、俺がエルフの少女を口説いたのは、麒麟様が気に入ったって言ったからなんだよ!」

『なぁっ⁉︎ 君、仮にも神獣の王である僕の品格を落とそうって言うのか⁉︎』

「馬鹿め、道連れだ。言っておくが、天使の神槍は俺の肉体を通じて、麒麟様にも痛みを与えるぞ!」

 言われなくても先程肩口を貫かれた際に激痛を覚えた神獣は、怒りに打ち震える。これ程の屈辱があろうかとアズラに対して怒りの感情を伝播させるが、予想外の展開が起こった。


「どっちでもいいわ。同罪だからね」

「……コロス」

『「ーーーーッ⁉︎」』

 元々狙うべき標的ターゲットに自らも入っていたのだと知った時、神獣の王は態度を豹変させる。

『さて、さっき言ってた神の知恵的には逃走を勧めたいかな』

「逃げられないとしたら?」

『戦うしかないだろうね。そして、真っ先に狙うべきは、あの魔術師のペタンコちゃんだ』

 ーーグフッ!

 絶壁キルハは吐血し、フッと地面に崩れる。何故『念話』の内容を把握出来たのか謎だったが、アズラはすかさずその横を抜き去った。


 眼下に広がる街中の人混みの中に紛れてしまえば、とりあえずこの場は収められると城壁の際から飛ぼうとしたその瞬間、上空から銀色の閃光が再び逆の肩口を貫く。


「ぎゃあああああっ! てめぇ、マジで『家族』相手に手加減無しか!」

 銀天使は神槍バラードゼルスの符呪を二枚破り去り、柄を摩ると空中を舞いながら吠えた。


「うるさい! この前だってお前が私の足を引っ張った所為で、レイアの危機に間に合わなかったのよ! あれからコヒナタといる時間が増えてるし、ディーナは何か密着度が増えたし……全部! 全部お前のせいだああああああああああっ!!」

「めっちゃ八つ当たりですやん⁉︎」

 アズラは初めてアリアに会った頃を思い起こしていた。ビッポ村で半死半生の絶望的な状況にいた悲劇の少女が、今や自分の生死を脅かす存在に成り得るとは思いもしなかったからだ。

(やっぱ姫はすげぇなぁ〜。俺も含めてあんな弱々しい少女を想いだけで、こんな化け物に変えちまうとか有り得ないだろ)

 正直それが嬉しくもあり、同時に自らに怒りを覚える。


 ーーなんで、俺はこんなに弱いんだ?

 ーーいつから負ける事に慣れた?

 ーー初めてレイアに負けた時に流した涙は、もっと熱かった筈だろうが!


「麒麟よぉ〜。最近ちょっと俺らしくなかった気がするなぁ。何で負け続ける『お前如き』に媚び売ってんだろうな」

『挑発はやめなよ。意図は分かるけど、今の君の身体じゃ耐え切れないからね』

「良いから神気を寄越せよ。俺はレイア以外のどんな存在にも負けたくは無い」

『焦るなよ。『限界突破』を覚えてからでも遅くは無いさ』

 ーーキィンッ!

 己を嗜めるかの如き発言を繰り返す神獣に対して、騎士は大剣を胸元に掲げ、銀槍を逸らしつつ怒号を飛ばした。


「良いから力を貸せやぁ! 兄弟喧嘩で長男が負ける訳にはいかねぇんだよ!」

『……しょうがない。じゃあ言葉通り『限界』を超えて見せなよ!』

「何をする気っ⁉︎」

 天空を切り裂いて顕現した神獣の王『麒麟』はアズラの肉体へかつてない神気を譲渡した。

 共鳴音を鳴らしながら、かつて女神より受け賜わりし『護神の大剣』はその姿を変貌させる。


 より長く、より太く、そして刃の鋭さを磨きながら主人の求める声に応えた形状は、闘気を纏って髪の色と同じく紅き輝きを煌々と放っていた。


「さぁ、符呪二枚で足りるか妹? 今の俺は最高に強いぞ!」

「くっ! 死ね馬鹿兄貴!」

 アリアは神槍の先端を太腿に定めて『銀閃疾駆』を繰り出すが、アズラは大剣を一回転させて穂先を弾き飛ばし、脇腹へ右膝を蹴り入れた。


「グエェッ!」

「悪いな。たまには『威厳』ってやつを見せてやるさ」

 大剣の柄の先端を振り下ろすと、天使の背中を打ち付け、城壁の地面を突き破る勢いで力を込める。


 ーーズガガガガガガガガガガガッ!

「きゃあああああああああああああっ!」

「まだまだ! 『麒麟紅刃・墜』!」

 悲鳴をあげるアリアを追撃し、開いた穴へ大剣を突きつけると、真っ赤な閃光を纏った巨大な神気が階下の標的へと向かう。それは巨大な槍の様に映った。


「負けてたまるかああああああああっ!」

 アリアは神槍の符呪を続いて二枚破り去り、強大な銀光を放ちながら迎え撃つ体勢に移行する。『突きと突き』、互いに神気を帯びた神槍と大剣がぶつかり合った。


「うわあああああああああああああああああああああああああああっ!!」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 轟く咆哮が重なり合い、城壁の壁を完全に破砕しながら大地が揺れた。その様子を城下町の人々は酒の肴にしながら盛り上がっている。

 この頃、日常的に繰り広げられる非現実に慣れていたのだ。


「あと一枚呪符を破くのが間に合ってれば、負けてたのは俺かもな」

「う、うぐううぅぅうぅうっ!」

 地面を突き刺し、天使の首元に添えられた大剣が勝敗を物語る。右手で目元を隠し、年相応にアリアは悔し泣きしていた。

 そしてアズラは空いた両手をグーパーと握り締め、開いては自らの新たな力を実感する。

(これが『限界突破』のリミットスキルか……確かにすげぇけど、危ういな)


 長年の経験から、スキルの本質を瞬時に理解した。最大HPの半分を犠牲に発動するスキルは、強大な力を得る代わりに、『死』へと直結する。

 レイアが多様出来たのは、ナビナナによる安全マージンと女神の肉体があったからだ。


「さて、あとはキルハか……」

 アズラは崩れた壁を蹴り上げながら、妙にスッキリと達観した表情を浮かべて城壁を登る。視線の先には、未だにブツブツと呪いの言葉を呟きながら血涙を滴らせるキルハがいた。

(まぁ、しょうがねぇか)

 刺激せぬようにゆっくりと近付き、危険動物を撫でるかの様な慎重さをもって髪に触れる。


「……巨乳好きはコロス」

 解かれぬ警戒心を前に、アズラは深い溜息を吐いた。そして、ワシャワシャと髪を乱暴に撫で回した後、和らげに告げる。


「いつ俺が巨乳好きなんて言った? なぁ、『婚約者』さん?」

「エッ⁉︎」

 右手に持った藁人形を落とし、キルハは『キラキラ』と輝いた瞳を短髪を掻き上げる男へ向けた。


「姫が言っていた。『ちっぱいは正義である』と。お前は正義だ!」

「……愛してる?」

 両手を汲み、懇願するその姿はまるで純潔を歌う乙女の様だ。アズラは満面の笑みを浮かべ、髪を撫でながら躊躇する事なく問答した。


「愛してはいない! 断じて!」

 ーーガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンッ!!!!

 キルハは落涙した。先程までの血涙とは違い、静かに、とても静かに涙を流しながら天へ囁く。


「……私はやはり探さねばならない。胸を大きくする至宝を……」

「とりあえずドワーフの国に行ってこい。各国を巡れば、そんな無謀な夢が叶うアイテムもあるかもしれないぞ〜?」

 遠い目をしながら語った愛しい人の言葉を、キルハは真摯に受け止めた。世界を見なければ至宝には辿りつけない。


「……待ってて、きっと女王レイア以上の巨乳になって帰って来るから……」

「うん、待ってるさ。何十年、何百年、何千年、何万年かかるか分からないけどな……」

「……うふふ。貴方ったら、冗談が上手いんだから」

「あぁ、冗談だったら良かったよね……行ってらっしゃい」

「……行って来る」

 その直後、懐から事前に渡された転移魔石を取り出し、キルハはゼンガへと転移した。残されたアズラは壁際にもたれ掛かって座り込むと、ゆっくり膝を抱える。


「拙い。次に戻って来た時の言い訳を今から考えておかなきゃ……絶対このまま結婚する羽目になるぞ……」

『あの子、会う度に不思議と魔力が上がってるよね』

「やっぱりそう思う? あいつの厄介な所は馬鹿な癖に、めちゃくちゃ努力家な所にあるんだ」

『君の為なら、何でもしそうだしね』

 紅姫アズラは空を仰いで祈った。


 どうか、ドワーフの国ゼンガの復興が一日でも長引きます様に、と。

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