閑話 その名は田中タロウ 2

 

 軍事に重きを置いている帝国アロと違い、レグルスの王都シュバンは凄まじい賑わいを見せていた。よく見ると魔人、獣人、エルフ、人族、ドワーフが同じ酒場で酒を酌み交わしている。

 あり得ない光景だと僕は生唾を飲み込み、率直に言うと興奮した。

 自然とアルガスさんの服の袖を摘み、問い掛ける。


「なんで他種族が魔人の大陸、しかも王都にいるんですか?」

 ボリボリと頭を掻きながら、アルガスさんは快活に笑う。


「これこそが、女神の恩恵ってやつなんじゃねぇか? 同盟を結んだ国との流通ルートとやらをマッスルインパクトの連中が開拓して、行き来しやすくなったらしいぜ。更にエルフの技術で高価な品物は転移魔石を使用する事で安全に運べる様になったしな」

「盗賊達に襲われることも無くなったって事ですか? だから道中危ない目に遭わなかったのか」

「いや、それは違うな。どうやら犯罪を起こそうと企んだ連中は、『断罪者』と呼ばれる者に粛清されるらしい。これは眉唾な噂だがな」

「何すかそれ⁉︎ 『断罪者』とかめっちゃカッコいいですね!」

「そ、そうか……?」

 僕は昔からそんな二つ名にときめき憧れる。どう考えても格好良いと思うのだが、理解されない事の方が多い。


 そんな事を考えていると、立ち並んだ屋台の中で度々見かけるマークが気になった。丸の中に竜が描かれた不思議な旗を掲げている店に何の意味があるんだろうか。


「おっ! 遂にあの店も『食王』様のお墨付きを頂いたのか。どれ、一本買ってみよう。タロウも食うか?」

「しょ、食王様⁉︎ 何ですかそれ!」

「あぁ、女神レイアの伴侶である白竜姫ディーナ様の事さ。彼の方は食した品に対して、全て的確な改善点を指摘して下さるらしい。『異世界食堂』のメインシェフ、クラドの師匠だって噂だ」

 聞いた事がある。北の冒険者の国ピステアにおいて行列が絶えない名店、クラドの異世界食堂。僕より少し上くらいの年齢なのに、あらゆる猛者を料理一つで黙らせる存在。


 実は不老不死の雫を飲んで、何百年もの時を生きている仙人なんじゃないかって噂が立つ程に、子供らしくない分析力と判断力を持ってるって有名だ。


「やっぱり凄いなぁ。これがレグルスか……」

「おいおい、こんな事はこの街じゃ当たり前の風景だぞ? 帝国アロは今尚、閉鎖的な国風があるからしょうがないか」

「……どうして、母国はレグルスと争う姿勢を見せてるんだろう」

「それは……子供のお前が気にする事じゃない。成人の儀が終わって冒険者になれば、自然と耳にするさ」

「……はい」

 あと四日で成人の儀が行われる。アルガスさんは昼食の後、僕に宿を紹介してくれるとそこで別れた。

 賑わった人混みを掻き分けながら、一人目的地である『カナリアの宿』を目指す。なんだろう、この国の人達は皆が幸せそうに見える。


 軍隊の授業で習った。普通こんなに繁栄している街には必ず闇が存在する。どんな所にも甘い蜜を吸おうとする輩は多い。

 あまりにも母国アロと違い過ぎて、僕は正直違和感を感じていた。


「女神の恩恵か……」

 そっと建物隙間から空を見上げる。女神セイナ様は間違いなく帝国アロの人民からすれば本物の女神だ。

 幼い頃喘息ゼンソクを患っていた僕は、両親に連れられた教会でセイナ様に抱き締められ、『治癒の光』を見た。

 あれ以来身体が軽く、運動に何の支障もない健康体になれたのだ。


「でも、セイナ様は帝国アロの国民しか救わない……」

 疑念を抱いたのはいつからだろう。女神は世界に一人の存在だと授業で習った時だろうか。加護を頂けた帝国アロこそが最上の国だと父が歌った時だろうか。


 ーーぐぅぅぅぅっ!


「お腹空いたな。そういえばさっきアルガスさんが屋台で買ってくれた食べ物があったっけ。ーーサンドイッチ?」

 包み紙を開くと、両側をパンに挟まれた不思議な食べ物が視界に飛び込んでくる。確かアルガスさんが「溢れやすいから気をつけて食べろ」って言ってたな。

 刻まれた卵なのは理解できるけど、このクリームはなんだろう。

 恐る恐る口に含むと、僕の中で何かが弾けた気がした。


「う、美味い! 何だこのクリーム⁉︎ 酸味を卵の黄身が程良く緩和して絶妙な味を生み出してる! この甘味と風味は何から来てるんだ? パンに何かが塗ってあるのか⁉︎」

 気づくと一瞬で食べ終えていた。口を膨らませながら、僕は幸福感に包まれる。恐るべし『食王』。


「明日また買いに行こう」

 一人路地裏で頷くと、次第にカナリアの宿が見えて来た。真白い壁に、天井が見えない程の高さのある建物に思わず口を開ける。


 そこには『女神御用達、カナリアの宿』と大々的に書かれた看板が掲げられていた。こんな所に僕みたいな庶民が泊まれるのかな。

「あれ? 扉の取っ手がないぞ?」

 どういう事だろうか。ここは入り口では無いのかと建物の周囲をグルリと一周するが、ここ以外に扉は見えない。


「あっ! 張り紙がある……『扉の横のボタンを押して下さい』って何だ?」

 確かに扉の横には、読めない字が書かれた赤いボタンがあった。押して良いのか迷いながら腕を組んでいると、扉がいきなり真横に動いて内側から開かれる。


「ひゃああああああっ⁉︎」

「あら? お客さんかい?」

「ひゃ、ひゃい!」

「あははっ! そんなに緊張しなさんな。この宿屋は女神レイア様が『お礼を兼ねて実験で改造する』とか言い出して、色々普通の様式とは違うんだよ」

「色々っていうか……全部が全部キチガイな気が……」

「……あたしも止めたんだけどねぇ……お陰様で繁盛はしてるものの、初見の客が混乱して、あんたみたいに中へ入ってこれない始末さ」

 なるほど。でも話を聞いていると女将さん自体は悪い人じゃ無さそうだな。問題は一泊幾らかだけど、多分僕のお金じゃ無理だろうなぁ。


「あの……アルガスさんに紹介されたんですけど、この宿は一泊幾らですか? 四日後の成人の儀まで泊まりたいんですけど……」

「うちは昔から一人部屋一泊銀貨四枚さ。毎食の料理付きなら銀貨二枚が追加ね」

「えっ⁉︎」

 思っていたよりも格段に安い。何でこんなに立派な建物でその値段なんだろうか。不思議に思いながらも、僕は四泊分の銀貨二十四枚を渡す。食事も込みで良いと告げた。


「毎度あり、それにしてもこれから成人の儀を迎えるのかい。名字はもう決めた?」

「い、いえ。正直女神のリストの検討が付かなくて……」

「あぁ、それならあたしが持ってるから貸してあげようか?」

「ーーーーっ⁉︎ 本当ですか⁉︎」

「あたしは今から夕飯の買い物に行ってくるから、旦那に部屋へ案内して貰って事情を話してみな。部屋へ届けてくれるさ」

「おおおおおおっ!」

 僕の興奮が加速する。一生その名を名乗るなら、時間をかけてしっかりと名字を決めたかったんだ。女神のリストの中から、最高に格好良いモノを選んでやるぞ。


 その後、宿屋のベッドに寝転がりながら、数百にも上る名字のリストを眺め続けて二日が経過した。候補は三つだ。

才賀サイガ』、『灰羽ハイバネ』、『乱獅子ランジシ』。


 どれも響きが格好良い。正直一切読めなかったが、僕のセンスがビンビンと反応している。

 だけど、この時は想像だにし得なかったんだ。まさか女神の来訪によって、この練りに練った時間が全て無駄に終わるだなんて……

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