閑話 その名は田中タロウ 1
僕の名は田中タロウ。
女神の国レグルスでつい先日『成人の儀』を受け、神官から職業『
ちなみに出身は人族の国ミリアーヌの南にある帝国アロで、父も母も軍人だった。
どうにも軍隊に属するのが性に合わないと常日頃思っていた為、誕生日の二週間前に長年練っていた家出を敢行して、ーー冒険者の道を選ぶ。
__________
『時は遡る』
帝国アロを出て数日、どの国のギルドに行こうか悩んでいた時に、ふと立ち寄った街の酒場の親父から良い情報を聞いた。
「う〜ん……旅行に行くならどこの国が良いねぇ? 儂ならレグルスを選ぶかな。魔王の国だった時は閉鎖的だったが、最近は東のシルミルや、北のピステア、更にエルフの国マリータリーとまで同盟を結んでるって話だし、何より美しい女性が多いらしいぞ」
ーーゴクリッ。
(美しい女か……僕でも彼女とか出来るかな……うん、レグルスに行こう!)
理由は単純でも構わない。要はきっかけが大事なのだ。決して美しい女性がいるという理由に釣られた訳では無く、
旅の道中、僕は『狼の誇り』と言う元Aランク冒険者の一人と行動を共にする。偶然にも宿屋で意気投合し、目的地が同じだと言う些細な理由で懐かれたみたいだ。
路銀が心許ない事から、アルガスさんが側で冒険者のイロハを教えてくれるのは心強かった。
「なんでアルガスさんは冒険者を引退したの?」
「そうだなぁ……調子に乗って仲間を死なせちまったのと、ダンジョンが怖くなっちまったんだよ」
「魔獣のせいってこと?」
「あぁ、俺は不運にも災厄指定のSランク魔獣に出くわしちまった事があってな。人形を甚振るかの如く蹂躙されてそれ以来、ーー洞窟には入れなくなった」
港町ナルケアの東にある森の中で、焚き火を囲いながら語ってくれた『狼の誇り』の最後は、想像を絶する内容だった。
「じゃあ、アルガスさんは『紅姫』に助けられたの?」
「記憶は無いけどな。ギルマスが言うには、瀕死寸前の俺達が白竜の背中に乗って運ばれてきたらしいぜ」
「……冒険者パーティー『紅姫』か」
「その名前を知らない奴は、冒険者にはいねえよな」
当たり前だと声を荒げそうになった。帝国アロには確かに『女神教』があり、勿論僕も幼き頃から女神セイナ様を崇拝している。
でも、『新女神教』の女神レイアは根本的に何もかもが違うのだ。
何故か母国はレグルスを敵対視している様で情報規制を度々かけていたが、僕は数ヶ月に一度流れてくる、旅商人のユートさんの話を聞くのが好きだった。
「すげぇ! そんな巨人を倒したのですか⁉︎」
「そうさ、『紅姫』はこうして北の冒険者の国ピステアを救ったんだよ」
「僕も……僕も冒険者になりたい!」
「……そっか」
その時のユートさんは何故か義足を撫でて、哀しそうな表情をしていた。僕は何か変な事を言ってしまったかと焦って謝り続けたのを覚えてる。
昔の事を思い出しながら、その頃から僕は紅姫に憧れていたんだと想いを胸に馳せた。
「僕は今レグルスにいるんだ……すげぇ!」
「はははっ! 大陸についただけでそんなに感動してちゃ、精々Cランク冒険者止まりだぞ?」
「大丈夫だよ! 僕は絶対に最強のSランク冒険者になるんだからね!」
今の帝国アロにはルーフ将軍一人しかSランク冒険者がいない。並び立っていたマリフィナ将軍が魔王との戦いで引退されたからだ。
高みに憧れて何が悪い。もしかしたら僕にもレアな『聖騎士』や『勇者』の称号がつくかも知れないじゃないか。
『成人の儀』まであと一週間。十五歳になった時に自分の運命が決まると言っても過言じゃ無い。
「おぉ〜い! 戻って来いタロウ!」
「ーーえっ?」
「お前……考えてる事が全て口から漏れ出てるぞ? その癖は直した方がいい」
「マジっすか⁉︎」
「聖騎士はともかく……勇者はねぇだろ。既にシルミルには勇者カムイがいるしな」
「でもアルガスさん! 僕はレアな職業が良いんですよ! なんか、『選ばれし者』みたいなやつ!」
「うんうん。お前の歳の頃は俺も同じ様な事を言ってたなぁ〜。結局は『
確かに、『農民』だけは嫌だ。それだけは間違いないな。でも『戦士』もタンク役を任せられるどっちかと言うと地味な役割だし、なら『騎士』の方が良いよ。
「ほら、また声に出てるぞ? ちなみに『騎士』は過去に家系に『騎士』の職業がいないとなれん。もしくは王族に拝命されないと無理だな」
「……まぁ、あと数日でレグルスの王都シュバンに着きますし、成人の儀が楽しみです!」
「そう言えば、これからレグルスで暮らすなら名字も決めなきゃならんぞ」
「えっ? 名字って何ですか?」
「元々貴族達のみが名乗ってた家名みたいなもんだな。レグルスの新しい制度なんだが、一つ一つ女神レイアがリストを作ったらしく、今じゃ皆が選ぶのに躍起になってるぜ」
「ちなみにアルガスさんはどんな名字を選んだんですか?」
僕が参考程度に疑問を口にすると、屈強な戦士は焚き火用の枝を一本もって地面に文字を書く。そこには『井上』という読めない字が書かれていた。
「
「おぉ! なんかカッコいいですね! 流石女神の考えた名字だ!」
「成人の儀をシュバンで受けるならお前にもリストが渡されるから、その時後悔しない様な名字を決めるといい」
職業と更に名字か。僕はテントの中で毛布に潜り込んだ後も、ずっとその事が頭から離れずに興奮していた。
「選ばれし者的な名字をつけるんだ! 伝説の一歩には大事な事だよね!」
自分で考えたかったが、正直女神のリストの予想がつかない。流石に『紅姫』は名乗れないし、その日を待つしか無いのかと深い溜息を吐く。
三日後、僕はアルガスさんと共にシュバンの城門の前の行列に並んでいた。
「次の者、前へ!」
「はいっ!」
検閲する兵士達にアロで発行された身分証を見せると、途端にざわつき始める。何かおかしな事をしただろうかとキョロキョロ辺りを見渡すと、アルガスさんにも心当たりは無いようで肩を竦めていた。
「あ、あの〜! 僕は何かしてしまいましたか?」
「い、いえ! ただ女神レイア様よりタロウとハナコいう名前の者が現れたら報告する様に命令を承っておりまして、本当に現れ動揺したというか……」
「えっ⁉︎ 女神レイアがそんな事を⁉︎」
(何それ、僕はもしかして予言された存在とか、女神に特殊な力を授かるとかそんな男だったのか!)
胸をときめかせながら、「どうぞ」とシュバンの門を潜る。
さぁ、ここからが冒険者タロウの英雄譚の始まりだ。
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