第231話 鍛治神の誤算

 

『レイアとコヒナタが封印される以前に時は遡る』


 ドワーフの国ゼンガの王城の地下には、『至宝十選』と呼ばれる歴代の匠が遺した最高傑作と呼べる武器が封印されていた。

 その空間は『シールフィールド』を形成するのと全く同じ様に造られている。

 これはドワーフの初代巫女である『マール』が鍛治神ゼンの力を宿した時代、災厄が起こった際に王族や民が避難する場として、心霊石と神の鉱石ルーミアを用いて造り出した筈だったのだが、いつしか王族専用として私物化されていた。


 場所は隠匿されており、一定の地位を超えているものしか存在を知っている者がおらず、勿論邪なる者は一切入る事を許されない。


 ーーワーグル王と神官ネイスットは、この場で『とある企み』を実行しようとしていた。


「クフフッ! いよいよなんだな〜」

「そうでありますね。コヒナタお姉様をこの国に戻す準備は整いましたね」

「いつかは反省して僕の所に戻って来ると信じていたのに……これはもう裏切りなんだな」

「心痛察するのであります。ただ、それも今日で終わりますよ」


 神官は右手に持った紫水晶の様な鉱石を掲げ、祝詞を唱え始める。地面に描かれた魔方陣の中心に立っていた王は、静かに瞼を閉じた。


「偉大なる鍛治の神ゼンよ。初代巫女マールの血を受け継ぎし、ネイスットが願い奉り候。この身に御身の神力を宿らせ給へ!」

 空間を圧倒的なプレッシャーが支配する。直接身体に降ろすのではなく、神体の核として用意した鉱石に鍛治神は降臨した。狙い通りに事が運び、思わず二人の口元が緩む。


「何じゃ? コヒナタちゃんかと思ってすぐさま降りてみれば……懐かしい顔触れじゃな」

 頑固な職人を体現したかの様な無愛想な態度と、膨れ上がった筋肉をピクピクと震わせながら鍛治神は怒りに震える。

 白い顎髭をなぞりながら、問答を開始した。


「狂った王と化け物が一体儂に何の用じゃ? 先に言っておくが、神力なら貸さんぞ。貴様らに貸す位なら、愛しいコヒナタちゃんに絞りカスになるまで注ぐわい」

「相変わらずつれないでありますね。自分にも少しはその愛情を分け与えてくれても良いではありませんか? 『鍛治神の左腕』のリミットスキルを有しているのでありますから」

「それは、お主のスキルではない……いつ迄その様な悪行を繰り返すつもりじゃ?」

「ふふっ! 自分はコヒナタお姉様が欲しいだけであります。その為の準備は整いました」

「どれだけの人間や魔獣を喰えば、それだけの力を身に付けられるのじゃ……相変わらず気持ち悪い魂をしとるのう」

 ゼンが初めてレイアの魂を見た時に感じたのは、神々の封印が鎖の様に巻きついているイメージだった。

 しかし、ネイスットの魂は質が違う。幾重にも魂が混じり合い、檻に囚われた中で蠢いているのだ。


「苦しんでいる魂を解放してやらんか。ーー見るに耐えん」

「……知った口を叩くなと敢えて言わせて貰うであります。『貴方如き』に自分の苦しみは理解出来ないのでありますよ」

「…………化け物が苦しみを語るか。やはり儂はお主が嫌いじゃな」

「褒め言葉として受け取るでありますよ。この身体のお陰で、ーーーー神すら手に入れられるのですから!」

「何じゃ⁉︎」

 突然鍛治神の胸元の核が光を放ち、神体は背後から文字通り吸われる。今まで一切言葉を発さずに無言を貫いていたワーグルは、したり顔のまま呟いた。


「お前は贄になるんだな。コヒナタを僕の元へ取り戻す為に、邪魔する輩を排除する圧倒的な力がいるんだなぁ〜〜!」

「こ、な、くそぉ〜! 神の力を舐めるな小童がぁ〜!」

 ゼンは利き手に金色の鎚を顕現し、地面に打ち付けてピックがわりに踏ん張っている。だがーー

「もう貴方は詰んでいるのでありますよ。言ったでしょう? ーー準備は整った、と」

 ーー神官は真顔のまま口元だけを三日月の如く歪め、魔方陣を発動させた。


「マールと交わした契約が仇になったでありますね。鍛治神よ! 血の盟約に従うのであります!」

 ゼンは嘗て初代巫女と交わした血脈に継がれる契約を口にされ、途端に青褪める。


「馬鹿なっ⁉︎ 王にはマールの血は流れておらん! お主は仮初めの契約主でしかない筈じゃ!」

「歳をとると覚えていないのでありますか? それとも、矮小な存在だと危機感を抱きもしなかったのでありますか? 愚かですねぇ〜」

 ネイスットは視線をワーグルに向けた後、爪先で己の腕の皮膚を薄く切って血をポタポタと滴らせた。


 ーーその光景を見た直後、ゼンは思慮の浅さが露呈した事を理解したのだ。


「まさかお主……王の改造とは……」

「漸く気付いたのです? 以前に喰らったお姉様の身内の血を半分王に分け与え、神の器として事を成せる肉体に仕上げたのでありますよ」

「じゃが……それだけなら儂が神力を貸さねば問題は無かろう!」

「はあぁぁぁぁぁ〜〜。呆れて物が言えないとはこの事でありますよ……神の意志なんて要らないのであります。欲しいのは、ーーねっ? そろそろ分かるでありますか?」

 ネイスットは深い溜息を吐いた直後に、右手の指をパチンと鳴らした。ワーグルはまるで催眠にかかったかの様に虚ろな目をしたまま、腰元の鞘から『神剣』を抜き去る。


 ーーそして、マントに隠された背中から『盾』を装着した。


「それはまさかあああああああああああ〜〜⁉︎」

「せ、い、か、い! 嘗てお姉様の為にゼン様が過剰に神気を込めて作り上げた『至宝十選』の二つーー『神剣ゼフォーリス』と『ディルスの盾』でありますよ!」

 ドワーフの王は無言のままに己の胸元を開くと、ゼンを顕現させている鉱石と共鳴した身体を見せつける。


「自分自身の神気に引かれて封印されるなんて、間抜けな神様もいたものであります」

「ぐうぅぅうぅ〜〜! コヒナタちゃん〜〜! お爺ちゃんを嫌いにならないでくれえええええええええええええええっ!!」

 最後までコヒナタ愛を叫びながら、神体ごとゼンはワーグルの胸元に吸い込まれて封印された。


 全てが予定通りに進んでいるのに、ドワーフの王は身体をゆらゆらと揺らしながら虚空を見つめている。

 何事も無かったかの様に近づいた神官は、ワーグルの耳元で指を鳴らした。


 ーーゆっくりと瞳に光が戻る。


「もう大丈夫でありますよ。『無事に』神の力は王へと宿ました」

「そうか! 流石はネイスットなんだな!」

「えぇ、これからも良き『クグツ』であって欲しいのであります……」

「任せるんだな! さぁ、コヒナタを王妃に迎えて、僕の子を産ませるんだな!」

「えぇ、えぇ……全ては王の望むままでありますよ」

 跪いて地面に頭を垂れる姿から、ワーグルは決して気づく事はない。


 ーー神官ネイスットの俯き隠された邪悪な貌。


 この時より、女神とドワーフの巫女を巻き込む事件は始まったのだった。

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