第230話 エロエルフと悪魔の王 後編

 

 レイアは一旦頭を冷やそうと考え、翌日あらためて会う約束を取り付けてセッシュの宿を後にした。

「軍曹、もしかして拙い状況ですか?」

「あぁ、かなりな。お前達を連れて来たのは、テーブルで泥酔していた女悪魔が暴れた時の為だったんだけど、ーー見事にポンコツになってたな」

「ですが、デモニスは不死だと聞いておりますが……強いのでは?」

「確かに俺もエルフの国じゃ、苦渋を舐めさせられたからねぇ」

 レイアは心配そうに問うガジーとソフィアを嗜めながら、自信を含ませて微笑んだ。


「気にするな。悪魔は交渉すると言ってただろ? きっと何とかなるさ」

「だと良いのですが……」

「あっ! 因みに言っておくけど、今の俺はマジに戦えないからな? リミットスキルを発動させてもステータスは変わらないから、一撃でもダメージを食らったら即死だ」

「分かっていますよ。さっきのハッタリも冷や冷やしたっす」

「無茶しますよね……本当に……」

 未だ不慣れであるリミットスキルの解放は、弱った身体に大きな負担をかける。『不死』の悪魔相手に持久戦に持ち込まれたら負けるのは明白だった。


 以前に悪魔を食らい消滅させた力と、今の『黒手』には遥かに差がある。

 内心は焦りながらも、リコッタが孕んでいる事に付け入る気にもなれず、レイアは正攻法でいく決意を固めながら帰路に就いた。


 __________


「さて、どうするのアグニス〜?」

「大人しくラキスに協力させるさ。幸い女神にこちらの狙いは気付かれていない様だしな」

「そうねぇ。この子が育つまでの時間稼ぎには丁度良いかも」

「問題は、女神の力が封じられたままの方が、今後の作戦に都合がいいかどうかだな」

「また強くなってるんでしょうしねぇ。さっき感じた邪悪な気配が何なのかは気になるけど……それより……」

「あぁ……」

 二人の視線の先には酔い潰れて眠るラキスがいた。気持ち良く眠る様子を眺めながら、眼を細める。


「女神が近付いても起きないとは、こいつに任せて大丈夫なのか不安になるな」

「子供が出来たって知った時は、真っ白な灰になって消滅しそうだったもんね〜?」

 リコッタはラキスを片手で持ち上げ、宿屋の一室に運び入れるとベッドに放り投げた。種族関係無く女相手には興味が湧かない為、大人しく隣で眠りにつく。

(早くまたアグニスの精気が吸いたいわぁ〜。明日は襲う男の数を増やそ〜っと!)


 女性陣と別れた悪魔の王は、屋根に登ると月夜を静かに眺めながら思慮に耽っていた。

 かつて契約した悪魔の願いは、じきに叶えられるであろう段階まで準備が進んでいたのだ。

「母胎を手に入れて、悪神の魂の欠片は融合する……その後、俺は……」

『自由』の意味を未だに見出せずにいた男は、悩み続けていた。

 リコッタが抱いていた、別の狙いに気付かぬままに……


 __________



「お願いしゃっす! 俺の封印を解くキーワードを調べて来て下さい!」

 朝一で再び宿へ向かったレイアは、必殺のスライディング土下座をかましながら懇願した。椅子に座って睨みつけてくる女悪魔の横では、リコッタが愉快そうにケラケラと笑っている。


「朝からでかい声を出すな。昨日は少々痴態を晒したが、私と貴様が敵である事に変わりはないのだ。馴れ馴れしくされる謂れは無いぞ?」

「それは分かってるさ。だからこその交渉だ!」

「話はエロエルフから聞いたが、明らかに貴様の方が有利にしかならんだろうが。アグニス様に命令されなければ既に叩き斬っている所だ」

「……いつか戦う羽目になるのは違いないかもね」

「だろう? 私が力を貸す理由など皆無だ」

「ぐぬぬっ!」

 一晩明けたら頑固な女騎士に戻っており、勢いでお願いを聞いて貰おうという目論見はアッサリと跳ね除けられた。


 アグニスからは、話を聞く様に取り計らってはくれるが、交渉は自分でしろと突き放されている。

「金でどうだ! 俺から依頼する!」

「断る!」

 レイアは秒速で返答されて悔しがる暇すらない。必死で頭を働かせていると、ふとラキスの腰元の刀に視線を向けた。途端に口元を吊り上げて魔王モードに入る。


「そう言えば、魔剣……直りましたか?」

「ーーーーッ⁉︎」

 女悪魔の身体がビクッと震えたのを見逃さずに畳み掛けに入る。以前の戦闘で刃を折られた時に、魔剣はもう修復不可な程に刀として死んでいたのだ。


「俺の封印が解けて王様を懲らしめたら〜、『至宝十選』の中の魔剣を一本あげても良いんだけどなぁ〜!」

「引き受けた!」

「返事早っ!」

「絶対だな? 嘘じゃないな? 裏切ったら貴様を殺して私も死ぬからな⁉︎」

「こ、怖い! 近いから離れろ〜!」

 ラキスはずずいっと身体を押し当ててレイアに迫る。それ程に欲しいと願っていた刀が、ゼンガの至宝の一本にあったのだ。


「か、『烏羽』という刀が欲しいのだ……あの刀身の美しさ……あぁ……滾る!」

「……こ、交渉成立って事で良いですかね?」

「うむ! 死者の声を聞くなんて悪魔の私には容易い事だ」

 レイアはラキスの変わり身の早さに呆れつつも、無事封印解除のキーワードが分かりそうで安堵する。そこへ、リコッタから追加の提案が成された。


「さっき依頼するって言ってたじゃない? それお姉さんが引き受けるわよ〜?」

「冒険者としてって事?」

「そうそう、この国で暴れるんでしょう? 護衛や戦力は多い方が良いじゃない」

「確かにGSランク冒険者に力を借りるのは心強いけど、ーーダメかな」

「なんでよ〜!」

「妊婦に戦わせる位なら、国から嫁達を招集する方がマシだっての!」

 不満気に頬を膨らませる美女を放っておき、今後の打ち合わせを進めた。


「俺もラキスと一緒に行った方が良いかな? 場所の説明とかは土地勘が無くて出来ないけど……」

「死者から言葉を聞くだけなら、場所さえ教えてくれれば精神体で行った方が早い。それに貴様の今のステータスでは足手纏いだ。どんな奥の手を隠し持ってるかは知らんがな」

「その物言いに多少苛つくけど、正論だから従うよ。じゃあリベルアの誰かに地図を書いて届けさせるから宜しく頼む」

「ふんっ! 貴様こそ約束はきっちり果たして貰うからな」

「あいよ」

 レイアが出口の扉へ歩み始めると、無言だったアグニスが口を開いた。


「俺達は今回の件にはこれ以上関わる気も無いし、ラキスが報酬を貰い受け次第この地を去る。ーー追ってくるか?」

「……いいや、俺が大事に思う人達や、レグルスの国民に手を出さない限り見逃してあげるよ」

「後悔するかもしれないぞ?」

「後悔させる様な事をしたら、その時は絶対に殺す」

「……覚えておこう」

 殺気を帯びた冷酷な視線が交わり、どちらとも無く逸らして話は終わった。


(あぁ〜! やっぱりレイアに相手をして貰うのも諦めたく無いわね〜)

 真剣な話の最中、エロエルフだけがお腹を撫でながら静かに興奮している。妊婦になっても情欲は尽きる事を知らないのだ。


 こうして女神のドワーフ攻略計画は着々と進んでいたのだが、同時にコヒナタにも危機が迫っていた……

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