第229話 エロエルフと悪魔の王 前編
『ゼンガ城下町、セッシュの宿にて』
「ぷっはあぁぁぁ〜〜! やっぱりドワーフの酒は最高ですね〜!」
「良いなぁ〜、リコッタお姉さんも飲みたいわぁ」
「……俺が目を光らせているうちは許さん。ラキスも少しは控えてくれ」
「い、や、で、すぅ〜!」
飯を食いながら上等な琥珀酒をラッパ飲みする女悪魔を見つめ、リコッタは羨ましそうに、アグニスは悩ましげに溜息を吐いた。
ラキスの嘗て放っていた武人としての威厳は崩れ去り、薄着のまま泥酔しながら突如泣き始める。
「だから、ヒック! エロエルフを仲間にするなんて、ヒック! 反対だったんですよぉ〜!」
「あらぁ? ラキスちゃんったら失礼しちゃうわねぇ。リコッタお姉さんがイケメンを前にして、手を出さない筈がないでしょう?」
「くっそ〜! あれだけ、ヒック! 妨害したのにぃ〜!」
「うふふっ! 詰めが甘かったわねぇ。あの程度の妨害なら過去に何度も受けているから、対策は万全よぉ」
「自慢するにゃ〜! ヒック! 私の方がぁ、ずっとぉ………………」
呂律が回らなくなる程に酔い潰れ、ラキスはそのままテーブルに突っ伏した。アグニスとリコッタは何処か和らげな表情を見せつつ視線を交わす。
「今日の分の精気は保ちそうか?」
「えぇ、この子に奪われる分も含めて大丈夫そうよぉ」
「苦労をかけてすまんな。ーー恩にきる」
「別に構わないわよぉ〜? 貴方こそ戦闘の時には気をつけなさいね」
アグニスは無言のまま静かに頷いた。だが、その視線は徐々に鋭さを増している。
こちらに近づいて来る存在の気配を感じ取り、気取られぬ様にリコッタに合図したのだ。
「ん〜? 確証は無いけど多分大丈夫だと思うわよ……この気配は……レイア?」
「女神に居場所を察知されたなら、逃げるしか無いだろうな」
「でも変ねぇ〜? あの子が私達を追って来たのなら、国に入った直後に気付いてる筈なのよ。何か弱々しい感じ?」
「……お前の勘を信じてみるか。どっちみち女神相手にここまで距離を縮められては逃げられん」
魔剣ヴェルフェンの柄から手を離し、悪魔の王は戦闘態勢を解く。眠りこけるラキスを横目に、宿の入り口の扉を凝視した。
__________
ーーキイィィィ。
「おっ! やっぱり居たのか」
「久しぶりねぇ〜! 元気だったぁ?」
「…………」
「クークー、ムニャムニャ」
扉を開けて無防備に入って来る銀髪を靡かせた美姫の微笑みにつられ、赤髪赤瞳のエルフは手を振った。その横には険しい表情を見せる悪魔の王が鋭い視線を向けている。
「怖い顔するなよ。今日は戦いに来たんじゃなくて、交渉しようと思ってるんだ」
「交渉? レイアはまた困った事に巻き込まれてるの〜? 相変わらずねぇ」
「ぐむむっ! 好きで巻き込まれてる訳じゃないよ!」
「それより、その身体っていうかステータスかな? 一体どうしたの?」
最初から話の核心を突かれ、レイアは動揺する事なく話が早いとリコッタの隣の席に座る。背後には何かあれば即座に動ける様に、ガジーとソフィアが控えていた。
「コヒナタが拐われて、俺は今封印されてる。リコッタ姉さんならこれだけで意味は分かるんじゃね?」
「ふむふむ。それってあの臭い神官の男の仕業でしょ?」
「臭い? 神官はあってるけど、どう言う意味か教えてくれない?」
「言葉のままよ〜! 良い男なんだけど、一目見た瞬間から臭かったのよ。口も臭い。体臭も臭い。胡散臭いわね」
鼻を摘んでイヤイヤと掌を振るエルフを前に、女神は考察する。
(リコッタ姉さんが言ってる事は、多分間違ってないな……やっぱりあいつのスキルって……)
嘗てレグルスで戦った災厄指定Sランク魔獣を思い出しながら、推論を組み立てる。
「良い情報をありがとう。それで本題なんだけど、アグニスに頼みがある」
「……断る」
一秒と間を置かずに悪魔の王は無表情のまま返答した。女神は冷静に頷きながら、ここまでは想定内だと次なるカードを切る。
「今回俺に協力してくれたら、マリータリーでの件は水に流すと誓うよ」
「お前は封印されているんだろう? そんな強気な態度をとれる立場だと思っているのか?」
「とれるさ。何ならそっちの女悪魔を消し去ってやれば信じるか?」
瘴気を纏って威圧を放ったアグニスへ怯む事なく、レイアは視線を強めた。
ーーハッタリの類では無い。
「やめてアグニス。多分レイアは何か奥の手を隠し持ってるわ。私達を殺せる術があるのよ」
「リコッタ……分かった。交渉には応じよう」
「ありがとね、お陰で無駄な力を使わずに済むわ」
エルフが観察していたのは、力を失った女神では無く背後に立つ二人の表情だった。レイアが返答した直後、何かを思い出したかの様に流れる汗を見逃せない。
『二人を恐怖させる何か』を、目前の拳一撃で簡単に殺せそうな程に弱った存在が有している。
その事実は、余計に薄気味悪いとSSランク冒険者の勘を働かせた。
「それで、その封印を解くために私達に何をさせたい訳〜?」
「話が早くて本当に助かるよ! 流石はリコッタ姉さんだ」
不満気に腕を組むアグニスへ、事情を説明しながら自らの封印を解く『キーワード』を霊から聞き出せと要求する。
呪術の媒介となった霊魂が無事に天界に登る事は無く、地上を彷徨っているのだ。後にそれらは死霊となり魔獣と化す。
ーー悪魔であれば見つけ出すのは容易な事だった。
暫く考えた後に、アグニスは重々しく口を開く。
「俺には無理だ。ラキスに頼むといい」
「……? 今『断る』じゃ無くて『無理』だって言ったな? どう言う事か説明してくれよ」
「俺もお前と同じって事だ。悪神の力どころか、悪魔の力『精神体』にもなれんし、『無限再生』のリミットスキルも無い」
「えっ……? 何それ、ただの魔剣持ちの雑魚じゃん。王とか名乗れ無いじゃん」
思わず漏れ出たレイアの本音を聞いても、アグニスが苛立ちを見せる素振りが無い。
女神は不思議に思いつつも、異世界の知識からピンッと閃いて、エロエルフの方へギギギっと首を曲げる。
「ま、まさか……」
「あら? 気付いちゃったぁ〜? そうそう、此処よ〜!」
リコッタはあらあらと頬に手を添えながら、逆手の指先で自らの腹を指差した。
「…………ヒック! アグニス様の馬鹿ぁ〜〜!」
突然立ち上がって叫んだラキスは、再びテーブルに突っ伏して爆睡する。だが、それだけでレイアには十分だった。
「リコッタ姉さん……まさか、おめでたっすか……」
「テヘッ! 孕まされちゃったのぉ〜!」
「……毎晩襲われたのは俺だがな。まぁ、そう言う事だ」
「もしかして、力とか特性が全部その子供に移ってるとか言わないよね?」
「そうなのよぉ〜! この子ったら凄まじい勢いで私の力も吸うから精気が足りなくて、この国の逞しい男に『協力』して貰ってるの〜!」
「今の俺が精気を吸われたら、消滅しかねんからな」
アグニスは想像を超えるリコッタの性欲に抗う事なく、ただ受け入れるだけだったのだが、子供に自らの力を受け継がせた事によって精神的に変化が起きていた。
悪魔と契約して手に入れた力が失われた為、人としての感情が強まっていたのだ。
「マジっすか……やばい、どうしよう……」
レイアは脳内で組み上げたプランが音を立てて崩れ去っていくのを感じて、口元を引き攣らせる。
視線の先で何故か照れ臭そうにしている悪魔の王とエロエルフは、パパとママになっていたのだった……
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