第227話 リベルアの想い
ローブを羽織ったソフィアは、レイアを背中におぶりながら坑道を進む。
自分達を襲った賊の正体は、正規ギルドのギルマスと通じている『タイタンズナックル』であり、このアジトがゼンガ南西の坑道に通じているという事までは口を割らせたが、それでもレイアには不可解な事があった。
(何で、ドルビーは俺を助けたんだ? ネイスットと繋がっているなら寧ろ俺には死んで貰った方が好都合な筈だ。矛盾してるな)
「軍曹、申し訳ございません」
「ん? 何を謝ってるんだ?」
賊達の一人が持っていた回復薬で聴力が戻った女騎士は、項垂れながら細々と言葉を紡いだ。
「私は……無力です。男達に組み伏せられた時、正直乱暴されてでも生きていたいと……副団長の誇りを捨てました」
「ソフィア、それは誇りを捨てた事にはならないよ。人は生に執着する生き物だ、生きたいと願って何が悪い。それでも救えなかった命は数え切れない程にある……俺はお前が生きていてくれて、本当に嬉しいのさ」
「じゃ、じゃあ! 軍曹なら男達にその身体を好きにされても、生きていたいと思えますか⁉︎」
弱々しい瞳で見つめる副団長の質問に、銀髪の美姫は穏やかな表情を一変させ、迷い無くハッキリと答えた。
ーー「絶対やだ! 断固断る! そんな目に合う位なら世界を滅ぼす!」
拳を掲げる姿に、ソフィアは呆れるどころか胸元で手を組んで目を輝かせた。
(軍曹カッコいい〜! この理不尽さが許される程の膂力……流石です!)
「まぁ、聞け。知ってるかはわからんが俺は心は男だぞ? BLじゃあるまいし、男を弄ぶ事はあっても弄ばれるのは嫌だ。気色悪い!」
「BL? と言うのは分かりませんが、私はそんな軍曹を敬愛してついていきますよ!」
「その気持ちは嬉しいけど、お前は美人なんだからそろそろ結婚したらどうなん?」
「私より剣の腕が立つ男がいれば良いんですけどねぇ〜なかなか……」
(ここまで脳筋になるとは予想外だったなぁ……この事件が終わったら男達に地獄の特訓を施して、剣の腕をソフィアより高くしてやろう)
二人が枯れた笑みを交えながら坑道を出ると、見覚えがある集団が馬を走らせて向かって来た。
「お〜〜い!」
(やっぱり来たか。さて、どうするかね)
予想通り、手を振りながら先頭を切っているのはレジスタンス『リベルア』のリーダー、ドルビーだ。その後をマッスルインパクトの面々が続いている。
「お前さんが突然いなくなったと聞いて心配したんだぞ!」
「ん〜〜! やっぱり作戦立てるとか罠に嵌めるとか俺らしくないし面倒くさいな。ガジー! ドルビーを拘束しろ!」
「ーーーーッ!」
「い、イエッサー!」
驚愕に目を見開いた老獪なドワーフの背後から、ガジーは首に腕を回して締め上げる。あとは己の筋肉を隆起させ、身体を固定した。
「ぐっぐえぇっ! お、お前さん一体何の真似だぁ!」
「ぐ、軍曹! これで宜しいのですか?」
「…………」
問い掛けに答える事なく、『闇夜一世(オワラセルセカイ)』を発動したレイアは、一瞬にして軽々と大地を削りとって見せた。
闇が右腕を這うように纏わり付き、恍惚とした表情のままにドルビーへ右腕を翳す。
「ナナが執拗にこの力を使うなって言ってた意味が、操れる様になって漸く分かった気がするよ。確かに酔うな、気持ち良いわ」
「ひ、ひいいぃぃぃぃぃぃっ!」
恐怖からバタバタと暴れるドワーフをガジーは命令通り抑え込んでいるのだが、ハッキリと後悔していた。
(これ、射線上に俺も入ってるんすけど! めっちゃ怖いし、今にもちびりそうなんですけど!)
「俺を助けた意図を聞かせろ。ネイスットの子飼いかは知らんが、『俺達が攫われる』という事実を知っていたのは間違いないだろ」
「お前さんは何を言ってるんだ! そ、そんな訳……」
女神は焦りながら視線を逸らすドワーフを、続いて尋問する。
「ガジー、お前達をここに連れて来たのは誰だ? 朝方、居場所が分かったと言い出した人物は?」
「ドルビーが、情報屋から軍曹の場所が分かったと言って……」
「…………」
(これでも口を割らないとなると……やっぱりか……)
レイアは突如右腕を振り上げて、レザーアーマごとドルビーの服を喰らい背中を露出させた。
「な、何だお前その身体……」
「酷い……」
リーダーを拘束され、大人しく様子を見ていたリベルアのメンバーは目を伏せ、マッスルインパクトの団員達は思わず後ずさる。
ーー身体中を少しずつ溶かす様に侵食する腐食。それを隠す為にグルグルと巻かれた包帯が、より痛々しさを主張していた。
「お前さんには悪い事をしたと思うが、お、俺は何も言わん! 殺すなら殺せ!」
「何も言わなくても分かってるっつーの。どうせそれもネイスットの仕業だろ。コヒナタを助けたければ俺を見張れ、隙を見て殺せってとこか? 侵食が進んでる所を見ると、俺を助けたのはその呪術に逆らおうとしたって所かね?」
「何で……そんな事まで……」
「伊達に女神やってませんから! ドルビーが俺を背負って走ってる時さ、みんなと同じジジイのくせにやたらと体力の消耗が激しかったのが気になってたんだよね」
胸を張るレイアに完全に論破されたと感じてしまったリベルアのリーダーは、右腰の短剣の柄に手をかけ、引き抜いて自害を図るがーー
「刃ならとっくに喰ったぞ?」
ーーそれすら見越した存在を前に、膝をついて崩れ落ちる。
「俺の命はどうせもう長くない……この様子だと仲間達も薄々感づいていたみたいだが、ネイスットに従わなければならないのは俺だけだ……信じて欲しい」
「一つだけ聞かせろ。コヒナタの良い所を十個言え!」
一つだけと言いながらも矛盾した質問を投げかけるレイアに向かって、死を覚悟して達観した男は饒舌に口を開いた。
「良いだろう。お前さんの知らないコヒナタ様の素晴らしい所を教えた後、死ぬのも悪くない」
「コヒナタの事で俺に知らない事なんて無いけどな!」
「黙れ、若造が! コヒナタ様はな、『これで身につく大人の女の色気』特集を愛読しているのを隠す為に、わざわざ変装グッズを買ってるのだ! その時の髪型はツインテールだぞ!」
「ば、馬鹿な……そんな昔からあったのかあの本……コヒナタのツインテール……可愛いに決まってる」
よろめく夫に向けて、本人のいない所で暴露話は続く。
「まだまだあるぞ! 知っているか? コヒナタ様の箪笥は実は二重構造になっていてな、クマさんパンツなどの棚の下には、いつか穿いてみたいだとエロい下着が隠されているのだ!」
ーーガガガガガガガガガァァァァァァァァァーーン!!!!
「ま、マジっすか⁉︎ それは今でも続いてるんすか⁉︎」
「それはお前さん自身が確かめると良いさ。まだまだあるんだが、最後にこれだけは伝えよう」
「その先と言うと、隠れ匂いフェチの件か?」
「そ、それもあるが違う。お前さんとの結婚の後、俺達直弟子の元にコヒナタ様から文が届いた」
「……おう」
「俺達みんなが持ってるこの短剣と一緒に、短い文章だがこう書かれていたよ」
ーー『私は今最高に幸せです。みんなもドワーフ魂を忘れない様に。いつか酒を飲みながら語りましょう』
リベルアの面々はその言葉を聞いた直後に、涙を流した。皆が動き出した想いは確かに一つだけなのだ。
「コヒナタ様を、助けたいんだ……」
「僕達はそれしか望んでない……」
「頼む……ドルビーの想いも汲んでやってくれ」
夜な夜な不可思議な行動をとるリーダーの事も、各々が弟子を持ち、育て上げた匠の集団は理解していた。
「軍曹……」
マッスルインパクトの団員達にもその気持ちは伝播し、縋る様な視線が注がれる。
「お前達さぁ、何か勘違いしてないか?」
「「「へっ?」」」
「つーか、良い加減に気づけよ。ドルビーさぁ、身体が軽いのに気付いてないの?」
レイアはお涙頂戴話に耳も貸さず、面倒くさいと思いながらも黙々と呪印の除去作業に入っていたのだ。
ーー解呪では無く、喰らい消し去る。先程の自分の毒を喰らわせたのと同じ簡単な作業だった。
(チッ! やっぱり俺の封印は消せないか……『キーワード』……厄介だな)
同時に、自らとコヒナタに施された封印の複雑さを理解する。
「お、お前さん……何でこんな事が……身体が軽い……」
驚愕するドルビーを他のメンバーが一斉に持ち上げて、歓声と共にバンザイした。マッスルインパクトもそれに乗っ掛かり、酒を用意して宴の準備が始まろうとしていたのだがーー
「こら! 俺もソフィアも疲れてんだよ! 宴も休むのも支部に戻ってからだ!」
「「「イエッサー!!」」」
ーーレイアに窘められて、大人しくゼンガへと歩を進める。
「あと、キンバリーに連絡を取れる様に準備をしておいてくれ。今回は極力『紅姫』の家族に頼らずに作戦を進める。お前達と俺のこの力の訓練に丁度良い」
「……あの方達が、軍曹をこんな目に合わせたと敵がいると知って黙ってますかね……」
「……む、無理かもね。ガジーとソフィアは他の支部長に連絡! 今回はお前達マッスルインパクトの修行の成果を見せて貰う!」
この時ガジーの脳裏を過ぎったのは、修行時代何度も三途の河を渡らされた、白髪の竜姫の怒れる姿だった。
(ディーナの姉御には、軍曹に怒られようとも絶対に連絡しよう……)
この選択がドワーフの国ゼンガの最大の恐怖に繋がる事を、レイアを含めて誰も予想だにし得なかったのだ……
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