【第12章 狂わされた王】

第217話 正体不明の敵

 

『女神の結婚式から半年が過ぎた頃』


 レイアは嫁達と共にレグルスの改革を始めており、以前に計画していた自分の『元の世界の知識』を実現出来る人材集めに奔走していた。

 ナナとアリアの協力の元に、朧げな異世界知識を補填して貰い、ビナスの魔術、コヒナタ天才的な創造力、ディーナの移動能力を駆使してそれは次々と実現される。


 また、民には申告制で姓を登録する様に内政も変更した。元々一部貴族のみが名乗っていた家名を『紅姫』自らが名乗る事で見本とし、戸籍を作成し、家屋数、人口の把握を以前より容易に行える様にしたのだ。

 税金の徴収が曖昧だった地域には、レイア自らが出向いて調査をする事もしばしばあった。


 反抗勢力も勿論現れたが、ミナリスが大臣達と共に尽力してくれたお陰で大きな戦いも起こらずに済んだ。同盟国にも『真女神教』の支部を通して、改革は取り入れられている。


 ーー『女神の恩恵』


 市政の乱れによる貧困に苦しんでいた者達は、この言葉を唱えながら感謝と祈りを捧げていた。

 そんな中レイア達は冒険者業も行いつつ、この様な町々を回って、国の現状を確認する日々が続いていたのだ。


 __________



「そろそろカメラの試作機も出来るし、次の旅には持っていこうか」

「えぇ、色んな景色を撮影したいですね」

「コヒナタと二人きりなのも、何だか久しぶりな気がするな〜!」

「うふふっ! 工房に籠る時以外は、必ず誰かがレイア様と一緒にいますしね」


 エルフの国マリータリーから『ガルバム試作機二号機』の調整と意見を求める要請が届き、転移魔石の数の都合から、コヒナタが首都レイセンへ出向いた。

 レイアは『神体転移』でその後を追う形にして、二人で要件を片付けた後、帰りはのんびりしようと人族の国ミリアーヌを経由して港町ナルケアを目指している。


「偶には馬車も良いよな〜! 最近空飛んだり、転移したりと移動が簡単過ぎて旅っぽく無いんだよ」

「私はレイア様と一緒なら何でも良いです……」

 久しぶりの二人きりに緊張しているのか、ロリドワーフは頬を染める。その様子を見て、女神も朗らかに微笑んだ。


「可愛い事言うじゃ無いか〜! そんなに構って欲しかったのかなぁ〜?」

「〜〜〜〜っ⁉︎」

「えいえいっ! 可愛い事を言う子にはこうだ〜!」

 レイアは顔を真っ赤にして茹でタコの様になったコヒナタの脇をつつくと、悶える姿を堪能する。

「ひゃあぁ〜っ! そ、そこはダメですぅ〜!」

「我、弱点を発見せり! 特攻じゃあ〜!」

「んうぅぅぅううう〜〜!」

「…………」

 女神は突然ピタッと動きを止めると、不思議がるコヒナタの頭を撫でた。


「邪魔者が入ったみたいだ。悪いけど少し待っててくれる?」

「いえ、私こそ気付くのが遅れてすいません。ちゃんと分かってますから大丈夫ですよ」

 ドワーフの巫女は真剣な顔付きに変わると、馬車からザッハールグ改を取り出して右腕に装着する。

 レイアは『ワールドポケット』から武器を取り出すまでも無いと、拳の骨を鳴らした。


「イチャつきを邪魔されるとイラッとするんだけど、コヒナタはどう?」

「同意します。大切な時間を邪魔した輩には、お仕置きが必要でしょう」

「ナナ、数は?」

 既に索敵を終えているだろうという信頼から、結論のみを問う。


「三十二人です。マスターなら一瞬で済むと思いますが、サポートは必要ですか?」

「いや、いらんね。どうせ盗賊だろうし、コヒナタがいれば問題ないさ」

「お任せ下さい!」

 レイアは人族の盗賊レベルであれば、ナビナナのサポートは必要ないと判断した。コヒナタと二人ならものの数分で方がつく。

 馬車がある為、来るのを待てば良いとそのまま気付かぬフリをして進んでいると、予想通り足を止めようと馬を狙い矢が放たれた。


「ほいっ!」

 銀髪の美姫は、右手を仰いだ風圧だけで矢を弾くと、一気に緊張が緩んで気怠そうな視線を飛び出した賊へ向ける。

「……上玉だな。大人しくしていれば命まではとらない」

 想像よりも上等な装備を整えた男達が続々と木陰から姿を現わす最中、レイアは呆れた口調で警告を開始した。


「なぁ、俺達の事を知らないで襲って来たんだろうけど、悪いことは言わないからそのまま大人しく退けよ。そうじゃないとウチのコヒナタちゃんが鉄球撃ってお前らグッチャアってなるぞ〜〜?」

 ーーグッチャアッ!! 

「へっ⁉︎」

「「「「「ーーーーッ⁉︎」」」」」

 女神と男達が双方驚きの表情を浮かべながら、立ち上がってサッハールグ『一式』を放ったロリっ子へ視線を集中させる。

 宣言通り、鉄球に潰された賊へ冷酷な一撃を食らわせると、コヒナタは迷いなく言い放った。


「私とレイア様の至福の時間を邪魔した罪! 死んで後悔しなさい!」

「コヒナタちゃんが既にキレてらっしゃる……お前ら〜? マジで逃げろ〜?」

「退け!」

 逃げていく賊の背中を見ながら、二人は思ったよりも早く事が済んだと考えつつも、どこか不自然さを感じた。


「あいつら、仲間がやられても悲鳴一つ上げなかったな」

「もしかして何か他に狙いがあるのかもしれませんね」

「ナナ、後は追えてる? アジトとかあるのか?」

「マスター、奴等が向かってる先には多数の反応がありますね。奴隷や何かしらの理由で捕らわれた者達だと予想します」

「うーん。放っておいて逃げられるのも、後から面倒くさくなりそうだな」

「あの程度の実力なら大して時間はかからないでしょうし、アジトごと殲滅させちゃいましょう!」

 レイアは想像以上に逞しくなったコヒナタの提案に同意して、馬車を森の影に隠すと『女神の翼』を発動して、宙を舞った。

 お姫様抱っこされたまま、楽しそうに笑う嫁を見て苦笑いする。

(さっきどデカイ鉄球を撃った姿と、とても同一人物とは思えないよな〜)


「何か言いました?」

「えっ? な、何でもないさ! そろそろ敵もアジトに着いたみたいで動きが止まった。飛ばすよ!」

「はいっ!」

 ーー速度を上げて、女神とドワーフの巫女は賊のアジトらしき洞窟内に侵入した。


 __________


「暗いけど平気か?」

「えぇ、これくらいなら何とか」

「クソ爺を降ろさなくて良いのかい?」

「『鳴神』を使わなければならない程の敵がいるとは思えませんしね。それに最近はレイア様の神気が体内に流れているお陰で、『神降ろし』をしていない状態でもステータスが上がっているんですよ」


「そういえば、この前みんなレベルが100を超えたって言ってたっけ。『限界突破』を覚えたからだね」

「アズラ様はまだですけどね?」

「やれやれ。帰ったら稽古をつけてやるかぁ」

 たわいも無い会話を繰り広げながら、アジトの奥へと進んでいくと、徐々に視界が明るくなっていく。


 ーー二人が拓けた空間に出ると、先程の男達が奴隷を人質にとり、首元に剣を突き付ける姿が視界に映った。

「念の為に聞くけど、それは人質のつもりか?」

「虫唾の走るクズめ」


 レイアは冷静だったが、ボロボロで事切れる寸前まで痛めつけられた女性達の姿を見て、考えを改める。

(こういう奴らを逃すとか、最近甘くなってるかもしれないな)

 過去に油断から何度も苦渋を舐めさせられた想いを、幸せな日々と高くなったステータスが薄れさせているのかもしれないと反省した。

 右手と左手の指に『エアショット』の散弾を隠しながらセットすると、いつでも殲滅出来る準備を整えた直後、男の一人が口を開く。


「人質? いいや違うさ。こうするんだよ女神様!」

「ーーーーなにっ⁉︎」

 レイアが手を伸ばした先で、賊は数十人の奴隷の首を斬り裂いた直後、ーー自らの心臓に剣を突き刺した。


「マスター! に……げ…………て…………」

「ナナ⁉︎ 一体どうした⁉︎」

「レイア様! 地面が!」

 驚愕する巫女が見たのは、死した者達の血が瞬時に地面へ魔方陣を描く光景だった。


「何だこれは⁉︎」

「……『血呪封能』であります」

 レイアの問いに答える様なタイミングで、倒れた死体の一つがムクリと起き上がる。

 何事も無かった様に服についた土埃を払う姿を見て、コヒナタは震えながらに叫んだ。


「何で貴方がここにいるの⁉︎」

「久し振りであります、コヒナタお姉様」

「ふぁっ? お姉様って……」

「…………帰って!」

「既に封印は発動したので無理であります」

 コヒナタと同じ茶髪翠眼の少年は、生気など宿っていないと勘違いする程の仄暗い視線を向け、指を鳴らした。


 ーーヒイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイインッ!!!!


「グアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 レイアとコヒナタの絶叫が洞窟内に響き渡る。魔方陣が発動した瞬間に、身を捻られる様な激痛が肉体に襲い掛かった。


「な、なんだこれはぁぁっ! 『限界突破』、『久遠』発動! ナナ! 返事をしろナナ!」

「……無駄であります。貴女はーー最早無力だ」

「何だと⁉︎」

「レイア様! 逃げてぇぇっ!」

 魔方陣の光が収まった頃を見計らって、コヒナタがレイアの身体をこの場から逃がそうと押した直後、二人は異変に気付いた。


 押した茶髪の幼女と、押された銀髪の美姫が揃って地面に尻もちを着いたのだ。


「へっ⁉︎」

「あぁ……やっぱり……」

 コヒナタが顔を伏せたその時、背後から手刀を浴びせられて気絶させられる。

「『エアショット』! 何でスキルが発動しないんだよ⁉︎」

 己の両手を見つめる女神を見下ろし、少年は冷淡な表情のまま告げた。


「先程も言ったであります、貴女は無力だと。それでは、おやすみなさい」


 レイアは視界と意識が閉ざされる最中、あっさりと己が敗北した事実を認められずにいた。

(これは……まさか……)


 新たな戦の予兆は、正体不明の敵による最悪の罠から始まりを告げたのだ……

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