第218話 ピンチはチャンスだと言った人に再び言いたい。やはりピンチはピンチだと。

 

「んっ……ここは……」

 後頭部に頭痛が奔る。あのちびっ子に殴られた時までは覚えているが、それ以降の記憶が無い。


「俺が気絶させられたって事か……」

 辺りを見渡すと、格子から差し込んだ月明かりの光から時刻は夜。そして、ーー間違いなく牢屋だな。


 俺の実力を舐めてるのか、右手にしか手鎖がつけられておらず歩くことは出来た。だがーー

「お、重い。何だこれ? グラビ鉱石より重い鉱石か特殊な魔術でも掛けられてるのか?」

 ーーとにかく鎖が重い。引き摺る様に何とか鉄格子を握ると、両手に力を込めた。


「おらぁっ! こんなもん捻じ曲げてやるさっ!」

 だが、鉄格子はビクともしない。

「ふんぬぅっ!」

 気合いを込めても、鉄格子はビクともしない。そしてちょっと手が痛い。


「……成る程ね、さては特殊な結界でも張ってるんだな? とりあえずは様子を見つつ、来た奴をブン殴って脱出するか。コヒナタが無事か確認しないとな」

 壁に腰を落として、気絶する前の二人の台詞を思い出す。


「お姉様か……つまり今回の敵はドワーフの国って事かね。女神に喧嘩売るとはいい度胸だな」

 怒りから左手の拳を握り締めて、ゴツゴツとした地面を殴りつける。破壊してやるかと思う程の力を込めた直後、激痛が迸った。

「いってええええええええええええええええええええええ〜〜っ!」

 フーフーと息を吹きかけて左手を見つめると、皮が剥けて血が流れていた。


「はぁっ⁉︎ 何でこの程度で俺の身体が傷付くんだよ……」

 ナナとのリンクが感じられないのもおかしい。俺の身体に一体何が起こってるんだ。


「無駄でありますよ。大人しくしておいた方が身の為ですと、一応忠告しておくであります」

「出たな……ちびっ子」

 コヒナタに似た茶髪に緑目のちびっ子が再び現れた。短パンを履いている時点で、狙ってるのかとツッコミたい衝動に駆られる。


「貴女、自分がどれだけ眠っていたか気づいているでありますか?」

「数時間ってとこだろ? ここは何処だ?」

 睨み付けて情報を引き出そうとした瞬間、ちびっ子は歳に似つかわしくない下卑た笑みを浮かべて、俺を見下ろした。


「二日間も爆睡しておいて、良くそんな口が聞けるでありますね? 自分がその気になれば、死んでるところですよ」

「ーーーーッ⁉︎」

「驚いたでありますか? どうですか、今の気持ちは?」

「最悪だよ、久々にキレそうだ」

「キレても構わないでありますよ。そう言えば、コヒナタお姉様は今頃貴女とは別の場所に向かっているのでありますよ」

「……何処に向かってるのか教えろ!」

 身を乗り出して、牢屋越しにちびっ子に迫る。ーーだがその瞬間、格子の隙間から前髪ごと額を掴まれて、顔面を地面に叩きつけられた。


「ぐはぁっ!」

「調子に乗るなであります。今の貴女には自分に命令出来る力も、仲間もいない」

「クッソがああああああああああああああああっ!」

 お返しだとちびっ子の顔面を殴りつけた直後、再び拳に激痛が奔った。それでも止まらない、止まれない。コヒナタを助けるんだ。


「クフフッ! 痛くも痒くも無いという台詞はこんな時に言うのでありますね。そろそろ気付きませんか?」

「……俺に何をした」

「ご自分でも察しているのでしょう? コヒナタお姉様に嘗て施された封印を、覚えているでありますか?」

「あの封印には、俺の力を封じる程の効力は無かった筈だ。これは別物だろう?」

 俺の問いに対して、薄っすらと微笑みながらドワーフは答える。告げても問題無いと言う自信の表れを感じさせた。


「えぇ、『血呪封能』であります。過去にコヒナタお姉様に施された封印と違い、解呪する為には『キーワード』が必要であります。その言葉を唱えない限り絶対に解けない様に、死した者の魂の呪いが掛けられているのでありますよ」


「だからあいつらは自害したのか……」

「そして、『キーワード』は死したあの者達しか知らないのであります」

「はぁっ⁉︎」

 淡々と告げられる封印の仕組みを聞いて、素直に驚かざるを得ない。『女神の天倫』を発動出来ない状態では、死した者からの声は聞けないと瞬時に理解したからだ。

 ナナとリンク出来ない以上、詰んでる状況へと追い込まれている。


「目的を聞かせろ。俺の国と戦争でもする気か?」

「??」

「その為に俺を攫ったんじゃ無いのか?」

 キョトンとした瞳を向けるちびっ子は、俺の問いを聞いた直後に、腹を抱えて大爆笑した。


「あははははははははははっ! 笑わさないで欲しいであります! 貴女の国なんてどうでもいい。王からの命令はコヒナタお姉様をお連れする事のみ。そして自分の目的は、崇高なる我が国の巫女を在ろう事か妻に迎えた、ーー貴女の惨めな死であります!」

 無表情な仮面を崩し、憎悪の視線を向ける存在を見て、ハッキリと分かった。


 ーーこいつは敵。そして、コヒナタはドワーフの国に連れ去られたのだと。


「それではこれで自分は失礼するであります。貴女の為に余興をご用意致しました。是非、楽しんで下さいであります」

「待て! お前の名前を教えろ!」

「……? まぁいいでしょう、自分の名はネイスット。どうせもう会う事も無いのであります」


 ーー完璧に覚えた。


「それでは、さようなら女神様」

「…………」

 皮肉を交じえ、見下した視線と共に告げられた別れに苛立ちを隠せない。思わず脳内を反芻していた想いが口から漏れ出た。


「次に会う時が、お前の死ぬ時だと覚えてろ」

「了解であります。次があればですけどね」

 ヒラヒラと手を振りながら、牢屋を後にする背中を俺は忘れない。


「屈辱ってこういう感情なんだな。ピエロ野郎並みにムカつくちびっ子だ……」

 ーー瞼を閉じて脱力して項垂れていると、突然下半身が冷んやりとした。

「冷てぇっ! 何なんだよ一体⁉︎」


 ーーパシャンッ!

 左手の掌で水を弾くと同時に、俺はさっきの台詞の意味を理解した。

「おいおい、地下牢じゃねぇんだから水責めは無いだろうよ。溺れるとか普通あり得ないぞ?」

 各所から水が流し込まれている音がする。だが窓の格子で呼吸は出来る為、敵の意図が分からない。首を傾げた視線の先、ふと右手の重さに気付いた。

 俺の推測が正しいか確認しようと窓際に近づき、全力で飛んでみる。


「おいおい、まじかよ……」


 ーーギリギリで口元が届かない高さに設定されていた。惨めな死、つまり誰にも気付かれずに溺水しろってか。

「ファイトー! いっぱあぁぁぁぁぁぁっつ!」

 思いつく限り一番力が込められそうな気合いを入れても、手鎖は切れない。

「はははっ……まじでピンチかも……どうしよう」

 下半身の足首が既に水に浸かった。確かにこれはしてやられたと認めざるを得ない。


 ーーさて、どうしようかね。

 強がる気持ちを否定する様に、額と背中からは感じた事がない汗が流れていた……



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