第204話 女神の結婚式に向けて〜マッスルインパクト編〜4
『オークション当日』
「さぁ、皆様大変長らくお待たせしました! 我がシルミルが誇るオークションを開始致します!」
「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーーーーっ!!!!」」」
会場は既に熱気に包まれていた。参加者が多過ぎた為、この時点である程度の財力を持たない者はふるいに掛けられ落選している。
入場の際に、昨日出されたメイン二品の製作者の条件に対する答えを提出しており、結果が出るまでは通常通りの商品の競りが始まるのだ。
また、以前イザヨイの時の様に、奴隷も商品として扱う事は同盟に際して禁止とされた。
レイア自身から直接条件の一つとして提示されては、カムイやフォルネも断る事は出来ない。
ーーよって、この度の商品は特殊なアイテムや芸術品がメインとなる。バイヤーが張り切っているのと同じく、商人は出品する商品に自信を持っていた。
「さぁ! まずは本日の出品No.1『火竜王アマルシアの鱗』! いきなり飛び出たぞぉ〜! Sランク素材だああっ!」
歓声が巻き起こっている最中、カムイの背後に控えるアマルシアは恨めしい顔をしながら涙目だった。
「ううぅぅ〜! 思い出しても痛いのじゃあ。何故わっちがこんな事を〜! 酷いぞ御主人様!」
「そう言うなよ。これだけの規模のオークションの最初の一品だ。素晴らしい商品を出品したいじゃないか」
「す、素晴らしいモノ? わっちの鱗がかぁ〜! そ、それじゃあ仕方あるまい〜!」
(ふっ。チョロいな)
頬を染めながらデレている人化した和風幼女を見て、勇者は悪どい顔をしている。次いでだから自身の国の利益になるよう金に目が眩んでいた。
その後も目論見通り、純金貨百枚クラスの大金と商品が次々と落札されていく。
しかし、彼等は動かない。
ーーマッスルインパクト。
ーーピステアの王ジェーミットとハーチェル姫。
ーー大国シンから遣わされたバリシーヌ卿。
三者三様の佇まいをしながら、静かにその時が来るのを待つだけだ。
「俺達の目当ては、こんな在り来たりな品じゃ無いのさ」
「ふっ。当然だなキンバリーよ。それでこそ余達のライバルに相応しい」
「私は個人的に欲しいと商品が山程あるのですがねぇ。貴方達の熱意を見てると、舐めてはいけないと判断しましたよ」
「遠慮せず落札して資金を減らすといい。私達は絶対に負けないわ! 数々のトンネルを掘り、美しい汗を流した日々を舐めないでよね」
「な、舐めたくもありません光景ですわね」
ドヤ顔のソフィアを見つめながら、ハーチェルは冷静にツッコミを入れる。筋肉達が額の汗を拭いながら、笑顔でサムズアップする姿が思い浮かんでいた。
ーーしかし、ここで予想外の商品が出品され、会場は騒然となる。
「さぁ、次の商品は……えっ? いいのこれ?」
司会者の男は勿論目録に目を通しているのだが、一つだけシークレット扱いになっていた商品があった。
その全貌が今、ーー幕を開ける。
「つ、次の出品はNo.18『女神レイアの使用済み枕』だああああああーー!」
「「「ーーーーーーッ⁉︎」」」
「ファッ⁉︎」
「ふえぇっ⁉︎」
「なん……だと……」
足を組んで余裕で壇上を眺めていた男達は、驚愕に目を見開いて立ち上がった。その横でドヤ顔をしている存在がいる事に一切気付いていない。
「えーっとですね。この商品に関しては、本物なのか怪しいという意見が殺到すると勇者カムイ様よりのご指摘があり、実際の出品者に証拠を提示して頂きます……冒険者の国ピステアの実姫、ハーチェル様……どうぞ宜しくお願いします」
「「「はあああああああ〜〜⁉︎」」」
周囲の者が首を捻るが、先程まで座っていた席にその姿は無い。いつの間にか壇上に上がっていた。
「皆様御機嫌よう。この度、私は我が国の英雄であり、女神の国レグルスの女王レイア様より文を預かっております。そして私の立場と名誉にかけて誓いましょう! この枕は実際にピステアの邸宅で使用していた枕であると!」
「……………………」
沈黙が会場を支配する。そんな中、司会者が恐る恐る問うた。
「あの、それで一体その文の内容とは……?」
「どうぞ? 読んでくださいまし」
「あっ、はい! えーとですね」
__________
ハーチェルへ
何でそんなモノ欲しいのか知らないけど、マダームに新しい枕を作らせるから良いよ。
結婚式の準備で忙しいからまたな〜。
レイア
__________
「じ、直筆のサインがありますね……多分間違い無いかと思われます」
「当然ですわ! レイアちゃん人形の為なら私は何でもするのです! どうですお父様、私の秘策は?」
「…………」
終始無言のジェーミットを無視して、競りは開始される。ドヤ顔で隣に戻ったハーチェルの瞳に映ったのは涙を流す王、ーーもとい父の姿だった。
「い、一体どうしたのですかお父様⁉︎」
「は、ハーチェルよ……さらばだ」
「えっ? 一体何故そんな台詞を?」
「余は……ここで散る!」
「ま、まさか……ダメですわよ! 目先の欲に惑わされてはなりませんわ!」
「良いのだ。余は決めた。漢には人生で三度退けぬ時がある……そのうちの一度が今この時なのだぁ!」
「純金貨300枚!」
「純金貨320枚!」
「ええいっ! こっちは360枚だぁ!」
激昂しながら立ち上がり、ジェーミットは制止する娘を横目に、その手を掲げて咆哮した。
「純金貨1000枚だあああああああーーっ!」
「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおーーっ!!」」」」
会場に歓声が轟く。涙目のハーチェルに身体を揺すぶられ叱責されるが、王として、漢として動じる事はない。
キンバリーは血の涙を流しながら、己の太腿を抓って耐えていた。
「ホッホッホ。一人脱落しましたぞ」
ニヤリとほくそ笑むのは、レイアを見た事がないバリシーヌ卿だけだ。如何に貴重だと言われようが、たかが枕に食指は動かなかった。
一眼その姿を目にしていれば話は変わったのだろうが、それが今回選任された理由の一つでもある。
自らの策により散ったピステアの姫は、満面の王を見つめながら燃え尽きていた。一度落札してしまえば、金貨が手元に戻るのはオークション終了後の事だ。
ーーライバルの資金を減らす策に自らの身内が嵌るとは、想像だにしていない。
残るライバルは一人。互いに睨み合うマッスルインパクトとバリシーヌ卿は火花を散らす。
そんな最中、会場に勇者カムイと今回の大元フォルネが現れて宣言した。
「これより、本日のメインの品の競りに入る! 各々兵士達から渡された紙を開いて欲しい。その中に参加者の合否が書かれている」
「資格のある者はレイアちゃん人形の絵か、時計の絵が書かれています。これはある特殊なアイテムのインクで書かれておりますので、不正は不可能だと申し上げます」
指示に従って資格のない者は客席へと移された。残る者達の中から、静かにキンバリーとソフィアを瞳に炎を灯して立ち上がる。
「いよいよだな……」
「えぇ。必ず手に入れます……」
「私も負けませんよ。オーディル様は怒らせると怖い方ですからなぁ」
勝手に脱落したピステア組を残して火勢はますます増していた。
そして、ーー時はきたのだ。
「それでは本日のメインの最初の一品! 『レイアちゃん人形のNo.100ウエディングドレスバージョン』の競りを開始します! 最初は金貨10枚からのスタートです!」
レイアちゃん人形のナンバーズ持ちはその神々しい姿に歓喜し、涙を流した。まさしく天才人形師ミナリスの最高傑作とも呼べる作品だろう。微笑みの細部まで復元された出来栄えに、一気に会場の熱が跳ね上がる。
「純金貨10枚!」
「馬鹿め! こっちは純金貨70枚だ!」
「100枚!」
「120!」
「160枚だ!」
「200枚!」
どんどん釣り上がっていく金額を前にしても、キンバリーの余裕は揺るがない。黙したまま、大国シンの代表が動く時を待っていた。
ーーしかし、純金貨520枚を超えた所で声は止まる。
「おーーっとぉ! これ以上の声は上がらないのか? もう一声!」
「ねぇ団長……早く動かないと、これ落札されちゃうんじゃ……」
「馬鹿野郎! バリシーヌの奴が動いてねぇだろうが!」
「さぁ、さぁさぁ落札で良いのか!」
「ねぇやばいって! 団長早く!」
「待て、これすら罠なんだよ!」
焦るソフィアを他所に、キンバリーは瞳を瞑り座して動かない。しかしーー
「落札けっ」
ーー「純金貨600枚!」
「「「おぉーー!」」」
辛うじて落札される瞬間にソフィアが勝手な判断で動いた。それが功を奏した事に気付いたキンバリーは目を見開いてバリシーヌ卿を見張ると、彼方も不思議そうにこちらを見つめている。
ーーその瞬間に理解したのだ。
「なぁ……ソフィア。もしかしてシン側の狙いって……」
「どうやら時計の方みたいですね……」
「じゃあ、今お前が声をかけて無かったら?」
「落札されてましたよ馬鹿!」
「うおおおおおおおおおおぉぉーー! あっぶねぇぇぇっ⁉︎」
「良いから止めを刺しますよ! 純金貨650枚!」
残るのは人形コレクターの貴族の老人のみだった。忌々しそうにマッスルインパクト側を見つめて歯軋りしている。
「ぐぬぬぬぬぬっ! 700枚じゃあ!」
「終わりです! 800枚!」
「ーーーーッ!」
「……もう声は聞こえない様です! ーー落札決定!」
「「やったあああああああああああっ‼︎」」
「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーーーーっ!!!!」」」」
キンバリーとソフィアは腕を交差さえて、ガッツポーズをとった。同時に会場から拍手が巻き起こる。
その後マッスルインパクト達は、無難に『世界で二番目に開発された時計』を落札したバリシーヌ卿と互いに誤解があった事を笑い合うと、握手を交わして別れた。
ーー勇者の祝辞をもってオークションは幕を閉じる。
襲い掛かる暗殺ギルドの者達は既に仲間達が排除しており、こうしてマッスルインパクトから女神への結婚祝いの準備は整ったのだった。
廃人の様になった姫と、枕に顔を埋める王を会場に残したままに……
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