第203話 女神の結婚式に向けて〜マッスルインパクト編〜3
『オークション前日』
人族の大陸ミリアーヌの東に位置する国シルミルに集まった者達は、現在混乱の坩堝に陥っていた。それは勇者カムイからの突然の発表によるものだ。
「よくぞ、これ程の人数が集まってくれた。各々明日のオークションは思う存分楽しんで頂きたい。しかし、ここでメインの二品のオークション参加への条件を追加させて貰う」
「「「「ーーーーッ⁉︎」」」」
ーー話が違うと、オークションのルールを聞きに来た参加者達はどよめいた。城の広場に集められたのは理由がある。
本番前日まで、オークションの全容が伏せられていたからだ。
これは余計な奸計を張り巡らせる輩への牽制でもあり、裏で手を回したりさせない事が目的の一つ。
そして、『世界で二番目に開発された時計』と『レイアちゃん人形No.100ウエディングドレスバージョン』の製作者達から頼まれていた事でもあった。
「まず、世界で二番目に開発された時計だが製作者からの条件は『時間の概念を理解出来ている者に限る』だそうだ。明日参加までにその答えを入場時に告げて貰う。そして、レイアちゃん人形No.100の製作者、ミナリスから出された条件……こちらはかなりの難題だ。『女神レイアのスリーサイズを、正確に知っている者に限る』だそうだ……」
告げた後、カムイは自分自身何を言ってんだと呆れた表情を浮かべた。
(俺でさえ知らんわそんなもん……)
「何としても情報屋から調べ上げろぉ〜!」
「急げ、金は幾らでも払う!」
「真女神教ならば、情報がある筈だ!」
慌てふためく者は、金にモノを言わせてレイアちゃん人形を手に入れた者達ばかりだった。本当に女神を崇拝している者達の中に動揺する者は皆無だ。
勿論、マッスルインパクトの面々はドヤ顔を晒している。独自のネットワークを使い、常に軍曹の最新情報は脳内にインプット済みだからだ。
しかし、そこへ予想外のライバルが現れた。
「慌てふためくがいい愚か者どもめ。最早余の元へ崇高なるレイアちゃん人形が渡るのは明白だな。なぁ? ハーチェルよ」
「えぇ、お父様。私達程レイアちゃん人形を愛している者はおりません。正妻の座は譲るとしても、側室を狙いますわ」
「余も男枠で入れないか?」
「……可能性は低いでしょうねぇ」
「ならば、せめてNo.100だけでも手に入れてみせるわ! この為に冒険者時代に貯めてあったSSランクプレートのポイントを全て現金化したのだからな!」
「わたくしも宝石類を貴族の令嬢達に売り払って来ましたわ!」
瞳に炎を燃やす二人組。それはマッスルインパクトや真女神教と何度も渡り合った、ライバルと呼ぶに相応しい存在と化していた。
「よう。良いのか? 王族がこんな所にいてさぁ。よっぽど暇なんだなピステアは」
「うふふっ。出ましたわねこの筋肉達め。今回は絶対に負けませんわ」
「俺達は軍曹にこの人形をプレゼントする為に、血の滲むような努力をして来たんだ! 全団員の想いを背負っている!」
「そんなこと知るか! 余は届かぬ想いを人形で夜な夜な慰めておるのだ!」
「私もですわ!」
「それ完全に私情じゃねぇか!」
胸を張って答える馬鹿二人にキンバリーは溜息を吐いた。ソフィアも同様に一国の王への敬意を払えずにいる。
だが、レイアちゃん人形への想いだけは認めていた。
現在ナンバーズの十二体はこの二人の元にあり、戦績で言えば引き分けとなっている。正直マリータリーの王、イザークが参加しないだけでも儲けものだと考えていた。
現在エルフ達はガルバム試作機の最終調整段階に入っており、国中総出で取り掛かっているとの情報を仕入れていたのだ。
ーーしかし、火花を散らす両者の元へ、予想外の人物が現れる。
「ほっほっほ。今回は我々シンもその中に入らせて貰いますぞ」
タキシードを見に纏い、白髪を整えた老人が話に割り込んできた。
「出たか。バリシーヌ卿」
「賢王オーディルの右腕……」
「おや? かの噂に名高いマッスルインパクトの皆様にまで知られているとは、嬉しい限りですな」
「思ってもいない事を。世辞はいい」
「いえいえ、此度の活躍も聞いてますぞ。信じられぬ速さでマリータリーとピステアを繋ぐトンネルを開通させたとか? 全く余計な真似をしてくださいますなぁ」
「化けの皮が剥がれかけてるぞ狸?」
ソフィアの牽制をひらりとかわし、優雅な佇まいは崩れない。それ程に余裕があるのだ。
賢王オーディルから下された命令は絶対であり、それに伴う資金の潤沢さは大国シンでも一番を誇る男。
勿論あらゆる事態を想定して、既に部下が情報を収集しに移っている。
「今から答えの情報を集めて間に合うのか? 余達は絶対に教えぬぞ?」
「ご安心をジェーミット王。この為に特殊なリミットスキルを持つ者達を、我が王から貸し与えられておりますゆえ」
「チッ! 余計な真似をしよって。忌々しい賢王め」
「彼の方の考えは、我等にも理解出来ません。だからこその真王だと皆自負しております」
笑顔を絶やさぬままはっきりと放たれる威圧は、とても白髪の老人とは思えない圧力を秘めていた。
「成る程。唯の貴族である訳は無いか」
「いえいえ。私など老い先短い老人で御座いますよ」
ソフィアの額から一筋の汗が滴る。そんな中、キンバリーは耳を掻きながら正論を述べた。
「なぁ〜? 俺達は戦争や戦いをしにこの場所にいる訳じゃ無いだろ? 取り敢えず落ち着いて明日のオークションに臨もうぜ!」
確かにその通りだと一同は苦笑いを浮かべながら、その場は解散となる。
だが、嫌な雰囲気を漂わせていたバリシーヌ卿に、不信感を抱いた事に変わりは無かった。
__________
シルミルの郊外に建てられたテントの中で、キンバリーとソフィアは作戦会議を始める。
今回のオークションで最も厄介なのは、落札した後にあった。集めた情報を纏めると暗殺ギルドへの依頼が集中しているのが容易に推測出来る。
大前提をクリア出来なかった者達がとった手段は、闇討ちによる強奪だった。
「各班、団長を守護する為に配置を整えておきます」
「だがソフィア、お前も狙われる可能性が高いぞ。奴等は手段を選ばない」
「大丈夫です。ガジー、サダルスの部隊が警戒してくれています」
「まぁ、並の連中なら剣技だけで追い払えるか……」
「ふふっ! これでもリミットスキルを使われなければ、マッスルインパクト一の実力を秘めていると自負していますからね」
「明日……か……」
「絶対に勝ちましょう!」
「あぁ、個人的にも人形がどんな出来栄えなのか興味があるしな」
「……実は私もです」
「……やっぱり? 俺達程レイアちゃん人形にハマってる団体はいないだろうなぁ」
「何故か訓練でボロボロになっても、見ていると明日も頑張ろうって思えるんですよね〜!」
「おっ? お前も遂にその域に達したかぁ〜!」
「団長こそ、マイラさんが嫉妬しない程にして下さいよ?」
薄目で睨み付けられたキンバリーは、若干気まずそうに頬を掻いた。既に妻から説教を何度もされていたからだ。
「手遅れ……かも……」
「はぁ〜っ! 本当にしょうがない人ですねぇ」
「挙げ句の果てにはソフィアとの仲まで疑われる始末さ。勘弁して欲しいぜ」
「ま、まぁ疚しい事は無いのですから胸を張っていれば良いのです!」
「何故頬が紅くなる……お前もそろそろ良い男を見つけろよ〜?」
「私よりも強い男が条件ですからね!」
キンバリーは、そっと優しく微笑みながらソフィアを見つめた。
(その条件を変えない限り、お前に幸せは訪れん)
以前、良かれと思ってその忠告を発した直後の出来事だ。ソフィアは今まで見せた事も無い膂力を発揮して、ボコボコにされた事がある。
それ以来、恋愛関係については遠い目をしながら、生暖かい眼差しで見守る事にしたのだ。
「さぁ、そろそろ寝よう。俺達は団員達の想いを背負っている。絶対に負ける訳にはいかない」
「えぇ。了解!」
明ける夜。様々な思いが重なり合う中、いよいよ運命のオークションが始まった。
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