第202話 女神の結婚式に向けて〜マッスルインパクト編〜2
『時は遡る』
人族の国ミリアーヌの西にあった一番の隣国であったザッファが滅亡して『死の国』というダンジョン化してから、エルフの国マリータリーは国交に苦悶していた。
どうしても大きく迂回しなければならず、交易の際に移動や運搬面で難航していたのだ。
頭を悩ませていた最中、北の国ピステアからの提案を受ける。
ーー『山を開拓して直通のトンネルを掘って仕舞えばいい。こちら側とあちら側から協力すれば、左程期間も掛からない筈だ』
エルフ達は歓喜すると同時に更に頭を抱えた。資材は何とかなる、鉄枠や地面を固めるのも普段の家作りの知識から容易だ。ーー問題は人材だった。
復興途中の首都レイセンの事も考えると、出せる人員は限られている。いくらピステアからの支援があっても、果てしなき時間が掛かるように目を伏せていたのだがーー
「それでは、我等レグルスからは人員を支援致しましょう。雇う賃金に関しては、エルフとの共同計画を立てていた実験をいくつか先送りにすれば問題有りません」
「おおぉ! 流石ミナリス殿!」
「我が女神も魔獣を倒す為とはいえ、この国を破壊した事に心を痛めておりましたからね。協力は惜しまないでしょう」
復興指揮に任命されていたミナリスは、その後ジェフィアを呼び出し、召喚獣を開削の手伝いに回す様に指示を出した。
土木作業が得意な冒険者や、村人は賃金の高さから挙って参加したが、予想以上に地中の鉱石が硬く、徐々に力不足から脱落していくのがマリータリー側の現状となっている。
「これも神の試練か……」
ーーしかし、項垂れるエルフ達の元へ筋肉を隆起させた漢達が現れた。
「ガッハッハ! 何を暗い顔をしてやがる!」
「そうだそうだ! 俺達が来たからにはもう安心さぁ! 働いた分賃金はしっかり払って貰うがな?」
「見てろ山! 掘って掘って掘りまくってやるぜ!」
「今日も美味い酒を飲むぞ〜!」
どこか黒光りした肌に、女神に考案されたタンクトップにヘルメットを被った『マッスルインパクトレイセン支部』の面々は、レイアのプロポーズの以前から到着していたのだ。
ピッケルを片手に最高レベルまで上がった『身体強化』を全員が発動させると、現場の最前線を柔らかい土を掘っている様に軽々と進み続ける。
土や資材を往復して運ぶ役、崩落を防ぐ様に鉄のわくで固定する役、ローテーションしながら只管掘り進めていく役、慣れた連携は完璧に等しい。他の雇われた者達は、背後から土を固めて崩落を防ぐ様に仕上げに回らせていた。
それでも、レイセン支部の団員だけではどうしても時間が掛かる。召喚獣達のお陰で体力には余裕があったが、長期戦になると考えていたその頃ーー
「全団員が其方に向かう! その現場を終わらせたら、そのままダンジョンで荒稼ぎだ!」
「い、一体どうしたんですか。キンバリー団長?」
「馬鹿野郎! レイアちゃん人形No.100、ウエディングドレスバージョンが市場に出るかも知れんのだ!」
「なぁにいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ⁉︎」
「今は全力で調査を進めつつ金を稼ぐのだ! サダルスがデールに調べさせた所、その現場が今は一番の賃金が良い。ヴァレッサに乗って明日には到着予定だ!」
「みんながこの現場に来てくれるんですかい!」
「あぁっ! 待ってろ筋肉達」
「「「「マッスルーーーーッ‼︎」」」」
漢達は敬礼しながら、この現場は既に完了したも同然だと自信を漲らせていたのだが、どんな時も予想外の出来事は起こる。
ーーレイセン支部に設置された念話石で連絡を取り合っていたのと同時刻、別団員が不思議な感覚を掘り進める山から感じていた。
「おかしいな……途端に土が柔らかくなったぞ?」
「あぁ、まるでここら一帯だけ鉱石が無いみたいだ……」
「そりゃあ困るな〜! 珍しい鉱石が出りゃあ高く売れるってのによぉ〜!」
「まぁいいさ! 掘り進めようぜ」
ーーガキィィィンッ!!
突如、振り下ろしたスコップやツルハシは弾かれて飛ばされた。トンネル内に響き渡る金切り音から嫌な予感が襲う。
「な、何だ? この玉みたいなの? これも鉱石かぁ?」
「〜〜〜〜拙いっ⁉︎」
覗き込もうとした仲間を咄嗟に押して地面に倒したその瞬間、ーー殻が割れて、中から鋭い牙が飛び出し空を切る。
「あ、アダマンワームだ……」
「や、やべぇ……つまりこの周囲一帯産卵場って事か?」
「聞いた事がある……雌が卵を産む時に、雄は周囲一帯の鉱石を全て喰らわせて、最後には自分のアダマンチウムをたんまり食った体も食わせるんだって」
「取り敢えず……選択肢は一つだな!」
「あぁっ!」
「「「「逃げろーーーーッ!」」」」
マッスルインパクトの団員達が一斉に逃げ出したのと同時に、硬い殻を破って次々とアダマンワームの幼虫が這い出てくる。その大きさと外見は既に成虫の『ソレ』と変わらない。
動きこそ目醒めたばかりで鈍いが、金属の様に光沢さえ放つ外殻と、頭部から覗く鋭い牙は脅威だと感じた。
ーーその数は凡そ百匹を超える。
ーーうわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーっ!
逃げ遅れた作業員は、蠢くワームの群体に飲み込まれて骨すら残さない。鉱石は飽く迄体表を硬くする為の手段であって、『肉食』なのだ。
ゾワゾワと音を立てながら、掘り進めたいトンネルの奥から這い出て来る存在に、恐怖しながら逃げ惑う中、マッスルインパクトの団員達は必死で皆が逃げる時間稼ぎの為に掘削道具で戦っていた。
「畜生! こいつら本気に硬てぇぞ!」
「弱音を吐くなーー! 地獄の訓練に比べたらこれくらい何でも無いだろうが!」
「何とか武器が欲しい!」
「支部が気付いてくれるまで堪えろ! 絶対増員が来る! 俺達は仲間を見捨てない! 武器も届く!」
ーーぎゃああああああああああっ‼︎
悲鳴の方向を向くと、仲間の胴体に牙が食い込んでいた。
「くそがあぁぁぁぁっ!」
頭部に向かって思い切り振り下ろしたピッケルの先端が欠ける。怯む様子すらない時点で、ダメージを与えられて無いのが理解出来た。
咬まれて動けない仲間に対して何も出来ないのかと、怒りに打ち震えながら必死で欠けたピッケルを打ち続けるが、ーーボキンッ! 音を立てて根元から折れてしまう。
「俺の事は……いい! 逃げろぉぉぉっ!」
「嫌だ! 絶対に嫌だぁっ!」
悔しさから血を滲ませながら拳打を放つ。無意味だと分かっていても、同胞を見捨てる事など出来ないのだ。
他の者達も同様だが、その空間を守る事で精一杯だった。絶望がトンネル内を支配する。そこへーー
「幹部以外も、中々格好良い漢に育ってるじゃ無いか」
ーーその言葉と同時に、トンネル内を一陣の金風が吹き抜けた。
「えっ⁉︎」
「嘘だろ⁉︎」
『ガタンッ』と身体に食い込んでいた牙ごと、頭部が胴体とさよならして崩れ落ちる。ピクピクと動いている事から、強い生命力を持っていると確認した。
「ナナ、直ぐに帰らないとみんなが怒りそうだから手伝って? こいつら細切れにした方が早い」
「了解しました。ステータス解放。スキルの制限解放。いけますマスター」
「行くぞ! 『限界突破』発動! レイグラヴィスだと崩落が怖いから、双剣のみで斬り刻む!」
ーーうおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーーーーっ‼︎
団員達の視線の先には、戦乙女があれ程に硬いアダマンチウム並みの外殻ごと、無数のワームを紙の様に細切れにする光景が繰り広げられていた。
「信じられねぇ……」
「何なんだ……化け物だよ……」
「でも、美し過ぎる……」
新米の台詞を聞きながら、その正体を知っている古参の団員だけが涙を流しながら敬礼していた。今はその勇姿を目に焼き付けるのだと姿勢を正す。
ーー新米達は後でフルボッコだと決意しながら。
無数に襲い掛かる牙を、まるで優雅にダンスを踊る様に避けながら、頭部と胸部の関節の付け根を両断した。奥義を使って一気にケリを付けたかったが躊躇する。
「こんな所で本気出したら崩れるだろ……こいつらがここまで頑張った仕事を、俺のせいでパーにはしたくねーよなぁ」
「マスター。『アレ』を試してみては?」
「ん〜? 練習不足だけどやってみるかぁ」
「成功率は七割です」
「少なくとも数は減らせるだろ?」
「勿論です。失敗しても崩落の心配はありません。本体さえちゃんと制御出来ればですが」
「そうだなぁ……んじゃ、やりますか!」
きっかけはチビリーの奥義『五星陽炎』だった。気に食わないが、何故分身の攻撃を実体化出来たのか聞いた所ーー
「実体化するまで闘気を込めるっすよ〜!」
ーー雑な説明にイラっときてその後お仕置きしたのはさておき、神気を流してみると面白い結果が出たのだ。
「『分身』『久遠』『聖絶界』発動! ナナ、『ゾーン』起動!」
「リンクOKです! どうぞ!」
五体に分身した身体に、呼吸と血の脈動が伝う。神気を放ちながら、オリジナルの神剣と魔剣の代わりに両手に光り輝く双剣を携えた。
そのまま居合いの姿勢をとると、口元をニヤリと吊り上げて、右手とクロスさせる様に左手を押し出し咆哮する。
「いけえぇぇぇっ! 『斬滅閃(ザンメツセン)』!」
この奥義は、今まで狭い場所では『天獄』や『滅火』を使えず苦労した場面があった為に編み出した技だ。
ーー『分身』の特性を活かして『殲滅する対象』のみにダメージが与えられる為、地面を破壊する心配も無い。そしてその威力は、剣勢に置いて最強と呼べる。
手数が五倍になり、それが神速の居合いで一斉に放たれるのだ。眼前のアダマンワームは細切れなどと生易しい程に斬り刻まれて消滅した。
ーー狙い通りとはいかなかったが……
「よしっ! 何とか成功した……かな?」
「マスター以外の分身が放った攻撃は成功しましたね。それにしてもネーミング……」
「ナナよ。それ以上はいけない。この世界では俺がオリジナルなのだよ」
「…………失敗しましたけどね?」
「うん……本体の調整は難しいんだっつの! 神剣と魔剣がなぁ〜」
「さぁ、早く逃げないと崩れますよ?」
「お前らぁぁぁっ! 崩れるから逃げろ〜!」
「「「「ふぁっ⁉︎」」」」
「わり〜! 失敗した!」
全く反省してない様に見えたが、少しだけ舌をチロっと出して無邪気に微笑む姿に何も言えず、団員達は全力でトンネル内を駆ける。
ギリギリで抜け出した後背後を振り向くと、ーーそこにもう銀髪の美姫の姿は無かった。
「何だったんだ……」
「結局掘った穴も埋まっちまって……感謝していいかわからねぇよ」
そこへ、凄まじい勢いの拳骨が落ちる。
「敬礼‼︎」
「「「「はっ!」」」
「彼の方こそが、我等が敬愛すべき軍曹である! 団員の中で、こんな下っ端の我等の危機にまで助けに来てくれたその慈愛に、俺は感動を抑えきれん!」
「「「「ーーーーッ⁉︎」」」」
事実に気づいた瞬間、新米達も敬礼して一緒に先輩団員と涙を流した。
異変を聞きつけたレイセン支部が団長のキンバリーに報告した際、ちょうど偶然その場に頼み事をしに来ていたアズラがいた為、報告を受けたレイアが『神体転移』でレイセンに転移してギリギリ間に合ったのだ。
その後、たっぷりと妻達に搾られるのだが……
翌日その話を聞いたマッスルインパクトの全団員は、更に闘志を燃え上がらせる。キンバリーから号令が発せられると、皆が敬礼しながら涙を流していた。
「お前らぁぁぁぁぁぁっ! まずは無事で良かった……これも軍曹のお陰だ! 大切な筋肉達を失わずにすんだ……しかし、しかしだ……お礼を言う前に軍曹は城へ戻ってしまわれた」
「「「「「「…………」」」」」」
「じゃあ、この想いはどうやって伝えればいい? もう答えは分かってるな野郎共⁉︎」
「「「「「「サーーーーイエッサーーーーッ!!」」」」」」
「掘って掘って掘りまくるぞ〜〜〜〜〜〜‼︎」
「「「「「「サーーーーイエッサーーーーッ!!」」」」」」
「現場へ駆け足だぁ!」
涙を宙に流しながら、漢達は走り出した。
その後、僅か二日間でトンネルが開通したのはマッスルインパクトの新たな伝説となる。
そして、『レイアちゃん人形No.100』を巡る、真の戦い(オークション)が幕を上げた……
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