第199話 女神と天使の異世界革命〜Propose〜2
ピステアの邸宅で数日を過ごしながら準備を進めつつ、アズラとシルバの到着を待った。その間に彫金師ニルアーデに、今回のプロポーズで一番大切な依頼を出しておく。
「二日後には輝彩石を手に入れてくるから、直ぐに取り掛かって欲しいんだ。それに掛かる準備費用は全て俺が持つからね」
いつか会いに来て欲しいとは思っていたが、その相手がまさか英雄レイアだとは思ってもいなかった為、ニルアーデは緊張から震えている。
「ほ、本当にそんな大切な大役を、私みたいな未熟な彫金師にお任せ頂いて宜しいのですか?」
「大丈夫さ。俺は自分の眼で見たモノに自信を持っているからね。ニルアーデさんなら、きっと素材さえあれば最高の指輪を作ってくれると信じてるよ。それよりサイズが問題だなぁ」
「指輪のサイズですか?」
「あぁ。サプライズしたかったから、基本的に何も聞いて無いんだよ。大体の所は分かるけど……」
「それなら問題御座いませんよ。魔石に魔力を込めれば、自然とサイズが合う様に付与しておけば良いのです」
「へぇ〜。それも魔術なの?」
「いえ、何方かと言えば彫金師のスキルの一つですね」
「ますます完成が楽しみになったよ。明日から魔竜の巣穴に潜ってくるから待ってて!」
満面の笑顔を浮かべるその姿に見惚れながら、ニルアーデの心臓ははち切れんばかりに高まっていた。噂でしか聞いた事が無い「輝彩石」で、指輪を作れるなんて夢の様な出来事だからだ。
(あぁ、女神様……心から感謝します)
__________
『翌日』
アズラとシルバと『魔竜の巣穴』の入り口地点で落ち合うと、正体を隠す必要も無くなった為、最初からフル装備でダンジョンへと潜る。
以前潜った『大地の試練』に比べたら、遥かに濃い瘴気が渦巻いているのを感じた。
「ナナ。これって初っ端からキング種いない?」
「キングオーガでしょうね。明らかに今迄のダンジョンとは様子が違うみたいです」
「姫。冒険者ギルドで情報を聞いておいたんだが、今はSランクとAランクの合同冒険者パーティーが先に潜っているみたいだぞ。前回どうやら十八階層までは潜れたんだが、ボス部屋までの消耗が激しくて一旦退いたらしい」
「シルバ、久し振りに格好いいとこ見せてくれよ! 『神速』で魔獣やトラップごと蹴散らしてくれ」
『任された。背に乗ってくれ』
「アズラさっさと乗れよ〜! 行くぞ?」
「い、嫌な予感しかしない……」
『女神の翼』の超高速から海へ放り投げられた事実は、軽いトラウマを齎していた。乗り物全般……銀狼の巨躯を眺めながら、顔を急速に蒼褪めさせる。
しかし、まさかビビってるとも言えない為、澄ました顔を浮かべるがーー
『怖いのなら、此処で待っているか?』
ーー哀れみの視線をシルバから向けられた直後、ヤケクソになって叫んだ。
「ば、ばっかやろう! そんな訳無いだろうが! さぁ、行くぞ!」
明らかに無理をしている様子が伝わっていたが、時間が無かったので無視して先へと進む。
ーー加速。加速。加速。
ナナのナビをレイアが『念話』で正確に伝え、迷う事なくフェンリルは魔竜の巣穴内部を疾駆する。
「い〜〜っやっほ〜う!」
歓喜する女神を背に、ペットとしての喜びを感じながら、それを邪魔にしようとする存在、ーー魔獣達を片っ端から爪で切り裂いて絶命させていった。
途中、数が多い時にはレイアが『エアショット』を放ち、アズラが大剣で胴体を真っ二つに両断する。
まるで嵐かと言わんばかりに魔獣達は殲滅されてゆき、雄叫びや絶叫を聞く間も無く、次の階層へ進み続けた。
__________
『魔竜の巣穴、十八階層』
元々、ピステアの現将軍であるオリビアが所属していたSランク冒険者パーティー『ウインドル』は、かつて無いほどに苦戦を強いられていた。
今回のダンジョン攻略で合同パーティーを組んだ「フォースエッジ」は既に壊滅しており、リーダーも瀕死の状況に追い込まれている。
ーーボス部屋にいたのが、Sランク魔獣『エティン』だったからだ。
オーガの上位種とも呼べるその存在は、知性も兼ね備えており人間と同じく強力な武器や防具を装備する。本来の魔獣と相対するよりも、余程厄介な魔獣だった。
更には統率されたオーガ達を率いる事で、冒険者達は攻撃する迄に体力が削られていく。
「クソォーーッ!」
「熱くなるな! 背後を取られない様に互いに守り合うんだ!」
「…………でも、この数じゃ」
ウインドルはSランク冒険者の資格を持つ職業パラディンのリーダー、「グラッド」を中心にバランスの取れた良いパーティーだ。
しかし、一番の攻撃力を誇っていたオリビアが抜けた後、明らかにパーティーとしての戦力は落ちてしまっていた。
魔獣に囲まれた状況を、一点突破で打破出来る程の術を持っていなかったのだ。徐々に焦燥感に苛まれていく。
ーー汗が噴き出す。
ーー堪えても膝が震える。
ーー手加減され、弄ばれているのが分かる。
「このままでは……一体どうすれば……」
必死に魔獣と戦いながらも絶望に支配された直後、ーー闇へ向けて銀光が迸った。
ーーグギャアアアアアアアアアアアアアーーッ!
「ん? 今何か轢いた? なんかここ魔獣がやたら多いな」
「姫! 先に先発した冒険者が苦戦してる。助太刀するぞ!」
「えっ? やだよ」
「へっ⁉︎」
アズラが大剣を構えた直後、女神はあっけらかんとその意思を拒否する。知らない他人より『輝彩石』だと思ってふと返事をしてしまったが、ここで見捨てて行ってしまうのも確かに後味が悪い。
ーー出した結論は唯一つだった。
「アズラ君。時間が無いのだよ。俺はシルバとこのまま最奥まで突進しちゃうから、彼らの事は君が助けて
あげたまえ!」
「おうおうおう……また面倒臭い事は、全部俺にぶん投げる気か?」
「えっへん! その通りだ!」
「嫌だっつの! 偶には騎士らしく真面に戦わせろやぁ!」
「だが断る! アデュー!」
リミットスキル『天道』を発動させてその場を後にするのだが、せめてもの手助けとして『風神閃華・散』でオーガ達を斬り刻む。シルバは主の本音を理解しており、だからこそ問うた。
『良いのか? 確かにこの先に巨大な邪気を感じるが……』
「だって彼奴がまた負けたりして、今度は旅に出るとか言い出されちゃ堪らないからなぁ」
『この先に向かう我等の方が大変だと、何でアズラは気付かんのだ』
「良い奴なのさ。だからこそ、俺の騎士が務められるんだから」
『ふふっ! それもそうか』
女神と銀狼は、予想以上にこの魔竜の巣穴のダンジョンボスが強力な存在だと感知した。アズラも麒麟招来をすれば戦えるだろうが、今回に関してはそこまで時間をかけるつもりも無かったのだ。
ーー瞬殺。ただそれだけを意識していた。次第に重々しい空気が漂う中、五メートルを超える重圧な扉が佇んでいる。
「さぁ、行くよ。シルバ、ナナ!」
「了解しましたマスター!」
『任された!』
片手で扉を開けた瞬間に目に飛び込んで来たのは、想像と全く違う美しい空間だ。青水晶が散りばめられた透明に輝くその中心には、悪意の欠片すら感じないクリスタルドラゴンが寝そべっている。
体長は竜にしては小柄で、十メートルにも満たない。その体躯はを虹の様に様々な色彩が流れていた。
「あ、あれ? 邪気は?」
「霧散してますね。どう言う事でしょうか?」
首を傾げる中、シルバはゆっくりと水晶竜の顔下まで進んだ。ゆっくりと瞼が開き、互いに見つめ合っている。
『よう来たのう。人や他のSランク魔獣に会うのも久方ぶりの事じゃ。寛いで行くと良い』
『……ありがとう。先程感じた邪気は、一体何だったのだ?』
『余計な客が来ても鬱陶しいでなぁ。トラップの様なものさぇ』
『知っていたら教えて欲しい。『輝彩石』という魔石を我が主が望んでいるのだ』
『かかっ! それならばお主の目の前に在ろうが。妾の瞳じゃよ』
『ーーーーッ⁉︎』
シルバは無言のまま、俯いていた。その様子を背後から見つめながら、『女神の瞳』でクリスタルドラゴンを見た瞬間、このやり取りの意味を理解したのだ。
ーーもう、この竜は寿命なんだ。
別段何かしらの繋がりも無い。思い出なんて以ての外だ。じゃあ、如何して悲痛な表情を浮かべるのか……答えはその身体にあった。
かつての幸せだった頃の記憶が、まるでスクリーンに映し出される様に浮かんでいる。望みなのか特性なのかは分からない。それでもその光景は胸を締め付けた。
『主よ。何かしらの手は打てないのか?』
『やめい! 妾はもう満足しておる。時にそちらの神族よ。この瞳を何に使う気か、正直に教えてくれんかのう?』
鋭く見つめられた眼光には、決意の炎が灯っていた。きっと碌でもない理由ならば、刺し違える覚悟なのだと感じ取れる。
「俺の大切な人達に、結婚指輪としてプレゼントしたい! 一生大事にすると、この女神の身体に誓う!」
胸を張って輝彩石の瞳を見つめ返すと、先程の威圧が霧散しており、何処と無く和らげに微笑んでいたが、ーー突如水晶竜は転げまわって大爆笑した。
ーーアハハッ! アハハハハハハハハッ〜〜ッ!
「??」
『まさか、国同士の諍いの種にもなりかねんこの瞳を、ーー愛する者への指輪に使う者がおるとはなぁ〜〜!』
「おい笑うなよー! 真剣なんだぞ〜?」
『いやいや、嬉しいのじゃぁ。最後にそんな者と会えて本当に嬉しい。フェンリルよ。良い主人を持ったのう』
『あぁ、私も救われたのさ』
『……もう満足じゃ、やってくれ……』
シルバは頷くと、爪で両瞳をくり抜いた。拳大に輝くその魔石を、慈しむ様にレイアへと渡す。
ーー直後、先程までクリスタルの輝きを放っていた竜は砂の様に崩れ落ち始めた。何かしらの言葉を発しようと動いた瞬間、銀狼が道を塞ぐ。
『あの顔を見てやってくれ』
女神と銀狼が見守る中、水晶竜は先程まで映し出されていた光景と同じ笑顔を浮かべて、その生涯を終えたのだった……
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