第193話 天才鍛治師コヒナタとレイアの新たな試み。

 

 深淵の森から戻ったレイア達が見た光景は、想像を絶するモノだった。

『聖竜姫形態』のディーナと、『聖天使形態』のアリアがペアを組み、白竜王ゼハードと模擬戦などと呼ぶには壮絶過ぎる戦闘を行なっている。


 ゼハードがブレスを吐き出せば、ディーナが『聖絶』で防ぎ、その隙にアリアが『銀閃疾駆』で宙を舞う翼を神槍で貫く。寸止めでは無く、全てが本気の一撃にしか見えない。

「父相手にその本気は何だ! 少しは手加減せんかぁ!」

「妾より弱い者を父上とは認めぬわ! 悔しかったら本気で来い元竜王!」

「……まだよ。呪符をもう一枚破るには力が足りない!」


 三者三様の想いを抱きながら、猛特訓は続く。レイア達はシュバンの民の心配をしたが、思ったよりも繰り広げられる神話の戦いの如き光景に、皆酒を片手に盛り上がっていたから良しとした。


「逞しい民達だなぁ」

「はははっ! 国ごと女王に気質が似て来たんだろうよ」

「レイア様。工房に戻り次第イザヨイちゃんの装備の作成と、ディーナ様の新武器の完成に取り掛かります。申し訳無いのですが、手伝いをお願いしても宜しいでしょうか?」

「ん? コヒナタが鍛治に関して俺に手伝いを求めるなんて珍しいね。もしかして神気関係かな?」

「はい。神の鉱石ルーミアと、英雄の鉱石オリハルクを混ぜるには神気が必要なのですが、今回は作業中に直接流し込んで貰い、より強固な作りに出来ないか試してみたいんです」


 天才が新たな試みをするのに躊躇う必要は無い。更に娘の為の装備がより高いランクの高い物になるなら、これ程喜ばしい事は無かった。

「勿論手伝わせて貰うよ! デスレアがいつこの国に迫るかも分からない。急ごうか!」

「お願い致します!」

「パパ〜。イザヨイは〜?」

「シルバとチビリーと遊んでてね。パパからのプレゼントの為に我慢するんだよぉ〜?」

「分かりましたですの〜!」


 その後、コヒナタと二人で工房に戻ると、シュバンの腕利きのドワーフ達が首を長くして待ち侘びていた。

 今回の戦利品をワールドポケットから取り出すと、歓声が湧き上がる。

「「「「「うおおおおおおおおおおおおーーーーっ!」」」」」

「皆さん! 喜んでいるだけでは立派な素材が泣きますよ! 分かっていますね?」

「はい! お任せ下さい巫女様!」

「凄いなぁ。工房ではコヒナタは立派な監督だぁ」

「うふふっ。これでも最年長ですからねぇ」

 そんな事は関係無いと小さな頭を撫でると、嬉しそうに頬を染めていた。


「さぁ、レイア様。私達も取り掛かりましょう! イザヨイちゃんに最高の装備を作るのです!」

「おう! そう言えば娘の武器は何にするの?」

「…………あっ」

 口元を抑えて珍しく狼狽えている。プルプルしていてとても可愛い。きっと忘れていたのだろうが、ちょっと揶揄ってみる事にした。

「まさか〜ドワーフの巫女様ともあろう者が、忘れていたなんて事は無いよねぇ〜?」

 幼女は見る見る顔を蒼褪めさせていく。必死で頭を働かせて言い訳を考えていた。


「も、勿論ですよ! 短めの片手剣なんて良いんじゃ無いですかねぇ〜?」

「ジーーーーッ」

「えっと、あの、その、ごめんなさい! 新しい鉱石の組み合わせばかり考えていて忘れてましたぁ!」

 素直に頭を下げたコヒナタの脇を掴んで抱っこする。罰として五秒間そのまま擽ぐると、部下の前で声を出すまいと必死に堪えていて、とても可愛い。


「はぁ、はぁ、はぁぁ〜」

「よし、可愛かったからこれで許してあげるね。さて遊んでる場合じゃ無いな。イザヨイの武器か」

「もう! 遊んでなんていません! 非道いです!」

「あははっ。ごめんごめん! さてと……」

 見つめ合うと同時に、互いの顔付きが真剣な表情へと変わる。イザヨイの小さな身体つきに見合わぬステータスの高さ。帰路に着く途中に聞いた話だが、洞窟内で剣技を模倣されたという事実。導き出される答えは……


「刀か……」

「いやいやいや、そこは双剣でしょ! 刀はレイア様の願望でしょう⁉︎」

「おぉ、珍しくコヒナタがツッコミ役に回っている」

「もう! 真面目に考えて下さい。やっぱり短めの双剣がベストだと思うのですが、如何ですか?」

「だが断る!」

「ふえぇ〜⁉︎」

「双剣だと被るし、俺の中二病センスが全開で刀にしろと言っているのだぁ!」

「刀ならザンシロウさんと被るじゃ無いですか!」

「あっ……じゃあ、二刀流?」

「イザヨイちゃんの身体に合わせたら小太刀になりますから、チビリーと被りますよ」

「そ、それは嫌だな……」


「「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!」」

 二人は両腕を組んで悩みながら呻いていた。被る事なく、イザヨイの特性を活かした武器。コヒナタ的には双剣で一択だったのだが、レイアが駄々を捏ねていたのだ。


「そう言えばさ、ザッハールグの『鳴神』って神気を放つじゃん? あれってどういう作りになってるの?」

「ゼン様の神気を心霊石で増幅して、起動術式を組み込んで放っているだけですよ。雷を纏っているのは神気の影響で、実際は武器に求めたのはその力に耐えるだけの頑強さのみです」

「じゃあさ、俺の神気を込めた専用の銃って作れるの?」

 その何気無い質問から、コヒナタはまるで完成図が閃いた様に、脳内に刺激が奔った。顎を抑えて独り言呟き始める。


 この世界にも鉱石を打ち出す銃はあるのだが、使用する者は殆どいない。何故なら、魔術に比べて威力も速さも劣るからだ。更には敏捷が高い者からすれば、余裕で反応され避けられてしまう。

 だからこその盲点、異世界人であるレイアだからこそ疑問に思った一言。


 ーー『二丁神銃』

「本当に全てが新しい試みになりそうですね……」

「難しいかい? 無理そうなら止めてもいいよ」

「いえ、正直ワクワクしています。その仕組みが完成すれば魔術を打ち出す銃の開発に連なるかもしれません。革命が起きますよ!」

「おぉ、幼女の目が輝いていらっしゃる! じゃあ、早速試していこうか!」

「はい!」


 その後、丸々三日間工房に閉じ籠り、寝食すら厭わずに試作を作り続けた。神気を込めて放つ仕組み自体はザッハールグの過程から問題無く作れたのが、問題が神気のチャージだった。一発放っただけで撃てなくなるのでは問題外だ。

 そして、レイアは己が思いつく限りの浪漫武器や、銃の知識を口頭で説明して意見を出していった。その中から必要な知識だけをコヒナタが抽出する。


 結果として、心霊石とルーミアを混ぜ合わせた頑丈なバッテリーパックを装填する事で放てる様に改良を重ねる。更に射出量を調整できる様にして、発射数の問題は解決出来た。


『四日目の朝』


「で、出来たぁ!」

「か、完成ですぅ〜!」

 それは『紅姫』の象徴でもある大きめの紅い銃身に、ブラックオパールとダイヤモンドを散りばめた至宝と呼ぶに相応しい一品。トリガーの形にまで意匠の拘りを見せた、正しく中二病心を擽ぐる出来栄えに成っていた。


 最初の二日間で銃自体は完成していたのだが、そこから完成に向けての細工に最も時間を費やしたのだ。

「カッコ良くない武器などいらぬ!」

 この一言から全ては始まり、ドワーフ総動員で造形案を出し合って試行錯誤を繰り返した。

「やばい、正直俺も欲しい位の出来栄えだぞこれ……」

「えぇ。多分ザッハールグより強力だと思います。こちらも改良せねばいけませんね」


「さぁ! 早速イザヨイに試し撃ちして貰おう!」

「はい! ワクワクしますね!」

 不眠不休なんてなんのそので、ボロボロな身体を気にも止めず、庭で遊んでいる娘の元へ向かった。


 __________


「ハイドー! ヘルデリックですの〜!」

「ヒヒィィィィンッ!」

 庭に出るとシルバに負けず劣らず、馬になりきっているシルミル軍団長の姿があった。あのポジションを再度奪取する為に、凄まじい訓練を積んだのだと後にカムイから聞く。


「イザヨイ〜! おいで〜!」

「パパですの〜。ちょっと汗臭いですの」

 口縄を動かすとヘルデリックは指示を聞くまでも無く、イザヨイの行きたい方向へ走り出す程の熟練度を見せ付けた。それでいいのかと思ったが、顔は幸せそうに微笑んでいる。

「イザヨイちゃんに贈るプレゼントが完成しましたよ」

「パパも頑張ったんだぞ〜!」

 その様子が気になり、他のメンバーも集まりだした。訓練組だけは離れた場所でまだ戦闘を続けているらしい。

「さぁ、みんなも見てくれ! 世界に革命を起こす武器の誕生だぁ!」


 ーーバサァッ!

 布で隠していた銃身を皆の前で晒す。その真紅の輝きに歓声と絶叫が巻き起こった。ーー絶叫?

「わあぁぁぁ! 見えないけどなんか格好良い形ですの〜!」

「あっ……」

「そ、その宝石! また一体どれだけその銃に金貨と宝石を使ったんだ⁉︎」

「はっ!」

「旦那様……また暴走したんだね。しかも今回はコヒナタの金遣いの荒さと重ねて……」

「…………」

「最早、俺がいう台詞は無いな」


 まず、イザヨイは盲目なのだから、散りばめた宝石や格好良さを追求してもリアクションが薄かった。

 そして、アズラ、ビナス、カムイからの現実的な意見が胸に突き刺さる。


『金を使い過ぎた……』

 幾ら女王といっても、国のお金はミナリスが管理してくれているから問題は無い。つまりはポケットマネーがまた激減したという事実。ーーその総額純金貨三百枚。


「コヒナタ……革命は起きそうにないね」

「えぇ……現実はそう甘くはありませんでしたね」

 二人で遠い空を見つめる。イザヨイは受け取った二丁神銃、『ロストスフィア』を背中に取り付けたホルダーに仕舞いはしゃいでいる。

 その姿を見て、どこか救われた気がした。するとそこへーー

 ーー「そんな宝石みたいな武器で本当に戦えるのかぁ? 銃なんて魔術に劣る代物なんだろ?」

 カムイは心配から質問しただけなのだが、完成までの苦難の道程を小馬鹿にされた気がして、女神とドワーフの巫女の額に青筋が迸る。


「イザヨイちゃん。その銃で遊んでみたく無いですか?」

「えっ? 良いんですの?」

「あぁ、パパが許可する。カムイに当たったらイザヨイの勝ちだ。さぁ、遊んで貰いなさい」

「はいですの〜! カムイ逃げろですの〜!」

「何だいきなり? 当たる訳無いから良いけどな」

 この時、長い付き合いからアズラとビナス、そしてペット組はこの後の光景が容易に想像出来た為、避難を開始していた。


 ーーその後、金色の極光が天を貫き、勇者の絶叫が王都シュバン中に響き渡ったのは言うまでも無い。


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