第194話 『Last Calling』 1

 

『ソレ』は突然現れた。ナナの索敵も、レイアの気配感知も、イザヨイの超感覚も、己を察知する全てのスキルを気にするでも無く、レグルスの大地へ降り立つ。

 羽休め程度に考えていたが、そんな中立ちはだかる存在がいたのだ。それは四体の魔獣、ーーエルクロス。


 同じ神に生み出された者のみが感じられるシンパシーから、城を抜け出して先回りしていたのだ。互いに認め合いながらもギリギリと牙を鳴らしーー

 一方は筋肉を隆起させ、愛しい子を守る為の決意を。

 一方は黒き鱗を無数の刃の様に尖らせながら殺意を。

 ーー胸中に抱かれた想いの差はありつつも敵対する。ーー認められないのだ。正と悪。聖と邪。相容れない存在を、目を細めつつ睨み付ける。


「ひゃはははははは〜! 先ず手始めに、同じ神に生み落とされた存在同士戦うってか〜!」

「黙れ。同じにするな!」

「ソウダ。我等ハ、守ル者」

「オ前トハ相容レナイ」

「おいら達は、絶対に笑ってるあの子を守る!」


 ーースッと目を細めると、眼前の矮小な存在を一笑に付した。

「なぁ〜? お前らの御大層な大義名分は理解したがよ。攻撃出来んの?」

「ーーーーーーーッ!」

 実際何の対策もエルクロスは練っていなかった。感知した気配にそって立ちはだかっただけだ。

 しかし、イザヨイのコアが敵の内部にある以上殺す事は出来ない。


「お前はあの子では無い!」

 フーガは咆哮を放ちつつ邪竜に向かい、業火のブレスを吐き出した。片手に炎の魔剣が顕現すると、刀身に焔が纏い袈裟斬りを繰り出すがーー

「好きにしろ〜! お前らがこの前の剣士より強いとは感じねぇ!」

 ーーキイィィィィンッ!

 刃が通らない。鋼鉄の様な黒燐は一切無傷だ。


「なんだと⁉︎ そんな馬鹿な!」

 四体の魔獣が苦々しく顔を歪める中、邪墜竜デスレアは鋭い牙を覗かせて嗤う。一撃で理解したのだ。自らがより強大な存在へ進化したという事実を。

 そして、既に眼下で武器を構える魔獣が、唯の雑魚である事をはっきりと感じとった。


「サイクロンスピア!」

「アイスハンマー!」

 ルードは風の槍を、リーブイは氷槌を振りかぶると左右から頭部目掛けて挟撃する。しかし何方の攻撃も、刃の様に尖った黒鱗を破壊出来ずに弾かれた。


 背後から隙を探す為にじっくりと戦闘を観察していたバウムの顔面を、一筋の汗が流れる。どれだけ頭を働かせても、導き出される答えは一つ。

 そして、『ソレ』が現実になる迄に時間は必要無かった。邪竜は鱗を逆立たせるとその二十メートルを超える巨体ごと凄まじい速度で突進したのだ。


 避けようにも、体躯の差があり過ぎて巻き込まれてしまう。そこからは想像を絶する剣撃の嵐が襲い掛かるのだ。圧倒的な膂力から振り回された無数の黒き刃は、避けても弾いても一向に収まらずに、エルクロスを攻め続けた。


 ーー徐々に擦り切れる肉体は、限界を迎える。

「グウオォォォォォォォォォォーー!!」

「拙い! アースシールド!」

 バウムは咄嗟に大地に手を翳し、仲間達の周囲へ岩石の破片をこびり付かせてダメージの軽減を図るが、岩は豆腐を切っているかの様に軽々と両断された。


 その瞬間、目に飛び込んだのは三体の仲間達の四肢が欠損した姿。

 ーールードは右腕を根元から断ち切られ、リーブイは両手首を落とされた。そしてフーガは両脚を太腿から切断されている。

 三体ともそれ以外に肉体を斬り刻まれ血溜まりに沈みながら、大地に伏した。既に意識を失い痙攣している。


「お、おいら達じゃ勝てない……」

 自らを見下す巨大なデスレアに対して、ハッキリと恐怖を意識してしまった瞬間に、絶望は象られてしまうのだ。

「そろそろ飽きたぜ〜! 死ね」

 黒爪を突き出しされても、身体が震えて動けない。バウムが己の生を諦め掛けたその直後、ーー上空から二筋の紅閃が奔りデスレアの胴体を貫いた。


「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーッ! 熱い! 熱いぃぃっ!」

「い、一体何が……」

 天を見上げると、金色の翼を広げた女神に抱かれた愛しい存在が、拳銃を構えて笑っている。

「い、イザヨイ⁉︎ 一体何でこんな所に!」

「みんなを助けに来たんですの! パパがくれた武器があれば戦えますの!」

「馬鹿な⁉︎ 一体何を考えてるんだ! 何の為においら達がイザヨイを置いて此処に来たと思ってるんだ!」

 驚愕しつつも怒りを露わにするバウムを見てイザヨイは押し黙り、レイアはその頭を優しく撫でながら宣言した。


「大丈夫だ! 俺がいるからな!」

 自信満々に胸を張ると邪竜に視線を向ける。『女神の眼』を発動してステータスを覗き見た。


 __________


【名前】

 邪墜竜デスレア

【レベル】

 143

【ステータス】

 HP 21453

 MP 14565

 平均値 18743

【スキル】

 ダメージ経験値変換

 破壊部分硬質変化

 カオスブレス

 経験値獲得量10倍

 限界突破

 増殖

 __________


「ふむふむ。最近見た敵の中じゃ最強だな」

 Sランク魔獣であるエルクロスが翻弄されるのも納得出来た。『限界突破』の他に、まるで成長させるのが目的の様なスキル構成。攻撃をくらえばパワーアップする仕組みも理解する。


「パパ〜! イザヨイが空けたお腹の穴がもう塞がってますの」

「本当だねぇ。じゃあ、次はパパが頑張っちゃおうかな!」

「ワクワクしますの〜!」

「ナナ! 『久遠』発動! 気合い入れてくよ!」

「了解しました。いきますマスター!」


 両手を大きく広げて、『ゾーン』を発動させ、ナナとリンクしながら意識を邪竜へと集中させる。

「うおおおおおおおおおおおーーっ!」

「空間固定、座標設定完了。絶界発動、強化完了。転移準備完了。いけます!」

「デュアルインフィニットプリズン!」

 二重に重なった空間の檻が、デスレアの肉体を束縛しながら閉じ込める。殺せないのなら強制的に封印してしまう道を選び、その為にナナと新技を編み出していたのだ。

『久遠』を発動した空間を操る能力と天使の技を合成し、より強固な檻を作り出した。


 黙って発動された技を喰らいながら、デスレアは一言も言葉を発さずに、為すがままにされている。しかし気付いていた。その視線が嬉しそうに美味しそうに娘を凝視している事に。

「空間転移!」

 直後発動したスキルと同時に、巨大な邪竜を地中深くに転移させて封印した。絶界の檻を破れない限り抜け出せないだろうという予測は、殺す事も無く、イザヨイを死なせる事も無く最前だと思えた。しかしーー

 ーーボコッ!


「へっ?」

 ーーボコボコッ!

 大地が不自然に盛り上がる。そこから顔を覗かせたのは、体長四メートル程の黒竜だ。しかし、嘗て戦った黒竜とは違い、明らかにデスレアの面影を含んでいる。


 一匹が地面から飛び出ると、その周囲の大地が盛り盛り次々と小型の竜が飛び出した。その数は優に五十を超え、勢いを増していく。

「な、何が起こってるんだ⁉︎」

「怖いですの〜!」

 震えながら抱き着いてくるイザヨイを持ち上げると、ナナが考察を述べた。


「マスター! スキル増殖では無いでしょうか? 何かしらの手段で檻の隙間から小竜を生み出しているとしてか思えません!」

「いや、この量はそれ以前の問題だ……こうも簡単に『久遠』を破るかよ⁉︎」


 警戒して背後に退いた直後、地中から巨大な紫閃のブレスが放たれて、デスレアが宙へと舞い上がる。囲っていた筈の檻は破れ、そして逆立った鱗の一枚が黒竜に変貌する。


 そして、剥がれた鱗は瞬時に回復してまた身体を防御するのだ。ーーつまりはほぼ無限のループに近い増殖が可能だという事を示していた。


「拙いな……予想以上に苦労しそうだ……」

 女神の呟きを他所に、エルクロスは避難しながらも上空を見上げて再度絶望に駆られた。

 舌舐めずりしながら、早くイザヨイを喰らいたくてしょうがないと、目を輝かせている邪墜竜の周囲を舞う、無数の増殖した黒竜がギリギリと牙を鳴らしている。


 それは一斉に襲い掛かろうと翼を広げ出した。女神の思惑は外れ、ーー今、この時から本格的に邪竜の軍団と、『紅姫』の戦いが始まる。

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