第191話 再び深淵の森へ

 

 翼飛龍ヴァレッサの背に乗り、レイア、イザヨイ、アズラ、ビナス、コヒナタの五名は懐かしき深淵の森にある封印の洞窟を目指していた。


 会議の結果、守るだけでは無くイザヨイにも自衛の意味を込めて武器を持たせようという結論に達したのだ。

 親としては反対したい気持ちもあったが、ステータスと能力の高さから、鍛える事は必要だと判断した。今後の憂いも拭い去ってくれる。

 コヒナタに相談した所、壊れたディーナの武器を含めて素材が足りないとの事だった。そこへーー

「じゃあ、封印の洞窟に取りに行けば良いんじゃ無いか? あそこには宝具だけでは無くて、鉱石類も沢山あった筈だ。ルーミアもあるぞ」

 ーーアズラの言葉に、ビナスが頷く。


「今は旦那様の物なのだから、好きにするといいんじゃ無いかな?」

「う〜ん。今はこの城を離れるのが危険な気がして気が進まないんだけど……」


 顎に手をかけて悩んでいると、仲間達が後押ししてくれた。

「イザヨイは連れて行けばいいさ。この城に攻め込まれたら俺達が守るしな」

「どうせ封印の洞窟には、魔王に連なる者しか入れない。旦那様が内部から壊してくれ」


「つまりは、俺、ビナス、アズラ、イザヨイの四人か。コヒナタも素材選びの為に付き合って貰うと五人だなぁ」

 ディーナが駄々を捏ねると予想したのだが、意外にも冷静に納得していた。ーーその理由は後に知る。


「庭で遊んでいるイザヨイを呼んで来てくれ。デスレアが来るまでにどれだけの時間があるか予想出来ないから、先を急ぎたい」

「レイア様。ディーナ様に乗って行かなくては時間が掛かってしまいますよ?」

「大丈夫。さっきキンバリーに確認して、翼飛竜を手配した。ディーナが文句を言わないって事は、きっと何かやりたい事があるんだと思うけど?」


「その通りじゃ! 最近良い所をビナスに持って行かれておるからのう。ちょっと考えてる事があるのじゃあ」

「やっぱりね。応援してるから頑張って!」

「うぬ。楽しみにしていてくれ主様よ。コヒナタ、新たな武器を頼んだぞ!」

「お任せ下さい!」


 覚悟を決めた。仲間達が自らにとって最善の道を描き出そうと努力しているのに、不安に駆られて足を止める訳にはいかない。

 イザヨイを守る為に、再びあの『深淵の森』へ向かうのだ。


「行って来る! みんな、何かあった時は国を頼んだぞ!」

「「「「「おう!」」」」」


 力強く頷く仲間達に、胸が熱く込み上げる様に感じた。頼りになる、頼れるのが本当に嬉しい。


 その後、準備を整えてヴァレッサに飛び乗ると、懐かしき森へと凄まじい速度で飛んだ……


 __________


『深淵の森』


「…………」

「…………」

「わぁーい!」

 絶句するレイアとコヒナタを他所に、肩車されたイザヨイは楽しそうにはしゃいでいる。アズラとビナスだけが蒼褪めていた。


「ねぇ、アズラ君、ビナスちゃん。説明して? どっちが犯人かな?」

 冷酷な視線を向けながら、容疑者に問い掛けた。騎士とメイドは慌てふためく。


「え、え〜っと。実は、最初の頃姫と会った時の経緯と事情を説明した際に、ビナスが封印の洞窟の魔獣を強力にしようと、第三召喚部隊に命令を出していたんだよ」

「あぁ……魔王時代そんな事もあったねぇ。忘れてたよ」


「姫達が王都を去った後も、その命令を真摯に守り続けた部下達がさ。ちょっとやり過ぎちゃったって言うか、頑張り過ぎちゃったっていうか……」

「あぁ、これは確かに私の魔術の影響だねぇ〜」


 遠くを見つめる瞳のまま黄昏ている二人に、コヒナタが現実を突き付けた。

「……お二人共、正座です」

「「はい……」」

「こんな事態になっているならまず此処へ、イザヨイちゃんを連れて来ません」

「「ごもっともです……」」

「レイア様の顔を見て下さい。ほら、あんなに悲しんでいらっしゃる」

「「申し訳ありません……」」


 説教を受けている二人とコヒナタを見つめながら、視線が外れた瞬間に首を振って全力で否定した。脳内でナナに縋り付く。


「どうしよう〜⁉︎ 俺は本気で無理だ! でもイザヨイとディーナの為に素材は必要だし、一体どうしたらいいんだ〜!」

「マスター。現実逃避は諦めましょう? これも可愛い娘の為の試練だと思えば良いではないですか」

「いやいやいやいや、本気で無理なんだって。俺分かるもん、現世から無理だったもん。ナナが助けてくれたか、協力して倒したんだって!」

 珍しくナビナナが悲痛な様子の声色で、逡巡した後に口を開く。


「本音で良いでしょうか?」

「うんうん……ばっちこい!」

「私も……無理です。気持ち悪い」

「だよね? やっぱりそうだよね? あの二人本気で馬鹿だよね⁉︎」


 結論は達した。それでは何が問題なのか、説教したりされたりしてる阿呆を放って置いて、再度深淵の森を見つめる。


 ーー『ズザザザザザザザザザザザザァァァァァーーーー』


「ヒイィィィィィィィィィィィッ⁉︎」

 思わず眼を伏せる。鳥肌が立って、背筋にゾクゾクと悪寒が奔った。

「キャッキャ! 虫さんが一杯ですの〜!」


 ーーそう、森に入ろうとした瞬間、目に映ったのは昆虫だ。しかも唯の昆虫では無い。体長四十センチ程の黒光りした昆虫型魔獣が、森中を蠢いているのだ。

『現世で言うGである』


 元々虫が駄目な女神は、完全に戦意を喪失していた。だが、娘の前でそんな恥ずかしい姿を見せる訳にもいかず、ナナに縋り付くしか無かったのだ。

 そして、コヒナタ、アズラ、ビナスはなんだかんだいって、説教コントをかます余裕がある様に思えた。


 ーー拙い、拙い、拙い、拙い、拙い、拙い、拙い、拙いぞおおおおおぉぉぉぉ〜〜〜〜!!!!

 冷や汗を流す所の騒ぎでは無い。下手すればチビリーの仲間入りだ。本気で嫌悪感が半端ない。


「ナナ、どうしよう……」

「……黙秘します」

「『滅裂火』は?」

「此処に来た目的ごと滅ぼして良いのなら、お好きにどうぞ」


「グヌヌッ! 上がり過ぎた己の力が憎い!」

「レベル二百を超えていれば当然でしょう。最近は放置しているから、STポイントも凄まじい数字で貯まってますよ?」

「はぁっ……そろそろ更新しないとねぇ。センシェアルに分け与えられた『久遠』の所為で、確かに緩みがあるのは認めなきゃなぁ」

「じゃあ、頑張れますね!」

「おい、ナビナナ。止めろ。その応援口調は突っ込めって事だろ? 本当に自我が芽生えて来てるなぁ〜。流石ver.3だわ」

 深い溜息を吐きながら、仲間達に話し掛ける。既に説教は終わっており説明が為された。


「あのね、旦那様。あの生物は、キメラと同じで合体するんだ。まさか此処まで繁殖力が増すと思わなくて、ちょっと拙いかも」

「ーーーーっ!」

 合体と聞いて、もう意識を飛ばしそうになり、心が折れた。


「さぁ、帰ろうか!」

「えっ⁉︎」

 振り返ると、哀しげな表情を浮かべる娘がおる。耳を垂れさせ、三本の尻尾を力無くしな垂れさせて震えていた。


「パパ……イザヨイにプレゼントくれるって……言ったですの。初めてのパパからのプレゼント……無いならしょうがないですの……イザヨイいい子だから我慢出来るですの……」

 瞳に透明な雫を溜めている可愛い娘の姿を目にした直後、八つ当たりとしてアズラの眼球を二本指で突き刺した。

「ぎゃああああああああぁっ! 目がああああぁっ! 目があああああああああああああああああぁっ‼︎」


「さぁ、行こうかみんな! 封印の洞窟へ!」

 ゴロゴロと転がり回る魔王兼騎士を置いておき、深呼吸しながら仲間と共に森の入り口へと向かう。


 ーーギチッ、ギチギチッ!


(あぁ、俺今日死ぬかもなぁ)

 再び訪れた懐かしき深淵の森の攻略難易度は、別の意味でSランク以上に跳ね上がっていた……

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