第190話 ペットと幼女の鬼ごっこ! 

 

『王都シュバン』


 昼過ぎ。レイア達が邪墜竜デスレアの対策会議をしている最中、部屋へ歯軋り音が響く。それは会議部屋の窓から庭を眺めるヘルデリックから発せられていた。


「おい、不快だから止めろ」

「も、申し訳御座いません。カムイ様」

「そんなにイザヨイと遊びたいのなら行ってくれば良いだろうが。会議の内容は後で教えてやる」

「……シルバと遊ぶからいいと断られたのです」

「…………」


 静かに涙するシルミル騎士団長を無視して、真面目な会議は進む。そんな最中イザヨイの遊び相手に選ばれたのはフェンリルのシルバと、Sランク冒険者ジェーンこと紅姫家のペット。チビリーであった。


 __________


「はいどーシルバですの〜!」

『落ちるんじゃ無いぞ?』

「全然大丈夫ですの!」

『良い子だ』


 シルバの背に跨り、イザヨイは庭を駆けている。この光景こそがヘルデリックを嫉妬させた原因だ。どんなに足掻いても本物の狼の乗り心地に敵う筈が無い。


 ーー人馬には限界があった。


 金色の耳と三本の尻尾を靡かせながら、流れゆく景色を幼女は楽しんでいる。同じく、誰かを背に乗せて駆けるのが大好きなシルバは、嬉々として浮かれていた。

 互いにいつの間にかスキル『神速』が発動している事に気付いてすらいない。


 そして、その光景を見つめるチビリーは一人青褪めている。

(どうしてあのちびっ子は師匠の背から落ちないっすか? 自分がチャレンジした時なんて、即座に落下したのに……まさか……)


 最初は、態々ピステアから呼ばれる位だから、漸く頼られたのだと意気込んでいた。


 それなのに任されたのは幼女のお守りかと、粗雑な扱いに興奮しながらも不満を抱いていたがーー

「もしかして、あのちびっ子まで自分より強いとか……あり得ないっすよね?」

 ーーヒエラルキーが更に下がるのを恐れたチビリーは、大人気ない事を企てる。


「ねぇ〜? イザヨイちゃ〜ん? ちょっとお姉さんと遊ばないっすか〜?」

「え〜? シルバと遊んでるから良いですの!」

「そんな事に言わないで楽しいっすよ〜? 買ったら玩具をあげるっす!」

「しょうがないですの。遊んであげますの!」


 引っ掛かったと口元をニヤつかせるチビリーを見て、シルバは心底呆れていた。同じくペットとしての付き合いから顔付きで考えている事を読んでいる。


『お前……プライドとか無いのか……』

「ち、違うっすよ師匠! これはあくまで遊びなんっすから! そう、鬼ごっこっす!」

「鬼ごっこって何ですの?」


 以前、訓練の一環としてレイアから鬼ごっこを教わっていた為、チビリーは速度が重要なこの遊びを選んだ。

 そして、絶対に負けない自身があったのだ。スキル『分身』を使えば、本体の自分は決して捕まらないと確信していた。


 分かり易く幼女に説明して理解させた所で、自らをタッチすれば勝ちだと鬼役をさせる様に思考を誘導する。

(フッフッフッ。ちょろいっすね)

「つまり、イザヨイはチビリーを触れば勝ちですのね?」

(既に呼び捨て……このちびっ子め! 勝ったらチビリーお姉様って呼ばせてやるっす!)

「そ、そうっすよ〜! あっ。『本体』じゃ無いと駄目っすからね? お姉さん凄いから速すぎて、沢山いる様に見えちゃうかもしれないっすから」

「了解ですの!」


「じゃあ範囲はこの庭全体っす。探すのも鬼の役目っすからね」

「はーい! じゃあ目を瞑ってますから、隠れ終わったらシルバが合図してですの!」

『それは良いが……チビリーよ。お前……』


 フェンリルは冷淡な表情のまま、大人気ないチビリーを憐れんでいた。此処まで阿呆だったのかと……

(し、師匠の視線が痛い! でも、これは必要なことなんっすよ!)


 ダラダラと汗を掻きながら、勝負は開始される。イザヨイは元々盲目の為実際目を瞑る必要が無いが雰囲気は大事だ。柔らかな銀毛に寄り添って合図を待っていた。

 そして、ここから既に誤算が始まっている事にシルバだけが気付いているのだ。


 __________


 チビリーはリミットスキル『分身』を発動させて、全力で本体は離れた場所の木の陰に隠れる。合図を送ると獣人の幼女は立ち上がり、耳をピクピクと動かしてゆっくりと歩き出した。


(あれ? あのちびっ子、何で分身の自分に反応しないっすか⁉︎)

 一直線に隠れている本体に向かってくる。居場所がバレているのかと疑問をもったSランク冒険者の感から、音を立てない様に抜き足差し足で瞬時にその場を離れた。


「そっちですの〜!」

 直後、イザヨイが方向転換して逃げ出した場所を指差している。驚きに満ちて身体が硬直した。

「えっ⁉︎ いない!」

 視線を逸らした意識の隙間をぬって、笑っていた幼女の姿が消えたのだ。


「はい、タッチですの!」

 小さな掌が背中を押す感覚……そんな馬鹿なと振り向いた背後には、イザヨイが嬉しそうに笑みを浮かべている。


 遠くからその様子を眺めていたシルバはため息を吐いた。イザヨイの超感覚によるソナーには分身なんて通じない。何処にいようが直ぐ様バレるし、幼女の敏捷がチビリーを上回っている事に気付いていたのだ。


「ふぁ⁉︎」

「弱すぎてつまらないですの! 遊び相手にもならないですの!」


 チビリーは若干お怒りな幼女を見て、抱いたのは驚きよりもある種の恐怖だったがーー

「お仕置きですの! パパから習った駄目な子にする罰ゲームってやつですの!」

 ーーその台詞を聞いた瞬間仰向けに寝転がって、降参のポーズをとった。既に涎が頬を伝い地面に滴り降りる。


「え〜っと、確かこうですの!」

「えっ?」

 ガシッと両足首を掴まれて、八の字に開かれた。何だ、一体何をされるのだと興奮が加速する。だが、それは想像を超えて予想外の行動であった。幼女の小さな右足が股間を踏み付ける。


「ま、まさかっすけど〜⁉︎」

「パパが言ってましたの! 必殺電気アンマ? ですの〜!」

「ちょ、ちょっとそれはやばいっす! 本当にやばい気がするっす! 師匠! 見てないで止めて⁉︎」


 ーーシルバは青空を眺めていた。決して直視しない様に……


「いきますの〜! せーの!」

 掛け声と共に、幼女の小さな右足が凄まじい勢いで振動を開始した。来る。来てしまうのだ。Sランク冒険者の誇りに掛けて、耐えろ自分と言い聞かせるが……


「ピャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーー!!!!」


 全てが終わったら後、泣き出したイザヨイをシルバが慰めていた。

 チビリーは泡を吹いてピクピクと痙攣しながら、満面の笑みを浮かべている。

(電気アンマ凄い……う、動けない……いつかご主人にもやって貰うっす……)


 何が起こったのかはさておき、ヒエラルキーが更に落ちたのは言うまでも無い……

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