第189話 それは暗闇に射し込んだ光の様に……

 

『獣人の国アミテア』


 剣神ランガイは帰還すると同時に、旅の支度を整え始めた。既に己の愛馬は城の庭に繋がられている。


「一体何があったのだ?」

「王よ。わいはこんなにもタイミングが悪いと後悔した事は無い。こんな時に、自らの手で加勢を封じてしまうとは……」

「あん? 何だって?」

「貴様の手を借りねばならぬ程に、敵は強大な邪竜であったのよ」


 深刻な表情を見せる剣神の様子から、只事では無いのだと緊張感が場に奔る。そしてザンシロウは、理解した。

『今の自分が役に立たない』という事を先程は暈して告げられたのだ。勿論反論は出来ない。

 しかし、自らがそれだけの決意と覚悟をもってこの場にいる事を、ランガイにも分からせなければ成らないと考えたがーー

 ーー「みなまで言うな。分かっている」


 鋭い眼光を向けて、剣神は鍔を軽く鳴らした。そこへ、王スクロースが口を挟む。


「それで、ランガイよ。その邪竜が何処へ向かったのか教えてくれ。まだこの国にいるのか?」

「いや、方角からして隣国のレグルスへ向かったと予想しておる……」

「レグルスか……女神の国へ変わってから、まだ新たな女王に会えて無いから詳細が分からないな」

「大丈夫だ! 戦神の事なら、俺様が詳しいぞ! 一緒に怪物と戦った中だ」

「話に聞くGSランクパーティーか。俄かには信じられんと様子を見ていたが、そうも言っていられない様だな……」


 レグルスに向かおうと頷き合う。そんなザンシロウとスクロースに向かって、冷酷な一言が突き刺さった。

「阿呆か? その入れ替わった身体で戦える訳無いだろうが……向かうのはわいだけじゃ!」

「「えっ⁉︎」」

 驚愕の表情を剣神へ向ける。スクロースも獣人の王だけあって戦闘が大好きなのだ。もう一人は言わずもがな……


「大人しく留守番しておれ。稽古をサボるなよ! ネネちゃんとのチャンスを潰した恨みはまだ晴れておらんからな!」

「まだ言うか⁉︎」

 あれ以降ネネは明らかにランガイを避ける様になり、食事すら誘えずにいたのだ。そのフラストレーションは、元凶へと向かうのが当然だろう。


「ぐぬぬっ!」

「やる気か? またボコボコにしてやるぞ?」

 既に何度も何度も刃向かった挙句、木刀で叩きのめされ続けていた。大人しく引き下がるしかない。


「では王よ。わいはレグルスに向かって助勢して来る!」

「致し方あるまい。よろしく頼んだぞ」


 そのまま城を後にしたランガイは、愛馬と共にレグルスへ駆け出した。


「間に合えぇー!」


 __________


『王都シュバン』


「第一回! 殺しちゃ駄目よ? 邪竜捕縛作戦会議〜!」

「「「…………」」」

 皆の視線が突き刺さる。キレて城を破壊した挙句、無かった事にしようとしている意図がバレバレだ。


「レイア様? 先ずは何かいう事があるのでは?」

「こ、コヒナタが怖い⁉︎」

「……最近、ちょっとキレ易いと思います!」


 ーーガアァァァァァァンッ⁉︎

 コヒナタは両手を腰に当てて、まるで小さい子を叱りつける様な所作をとった。その衝撃を食らった直後、新章心理では雷鳴が轟く程のショックを受けてへたり込む……


「こ、コヒナタに怒られたぁ……」

「あ、あの〜? 私がレイア様より断然年上なの忘れてませんよね? 些かショックを受け過ぎでは」

 周囲の仲間達、特にシルミル組と、エルクロスの面々は、冷や汗を流しながらその光景を見つめーー

『……こんなに恐ろしい化け物を言葉だけで……只者じゃ無いぞ、あの幼女』

 ーー瞳に怯えを宿していた。


 そんな中、場違いだと思われていた者が、突如驚きの事実を告げる。


「邪竜とは、もしやデスレアの事ではあるまいな?」

「ん? 知ってるのかお義父さん?」

 白竜王の表情が、途端に険しいものに変わる。


「知ってるも何も、つい最近まで八年間奴を封じておったのが儂じゃよ」

「はぁっ⁉︎」

 眼を見開いてサラッと告げられた事実に愕然とする。重苦しい雰囲気を纏ったままゼハードは説明を続けた。


「竜の山を出て気儘に世界を旅しておったら、ある日獣人の国アミテアの孤島から邪悪な気配を感じてな。駆け付けた時には、もう巨大な空間の裂け目から奴が誕生しとった」


「どうやってデスレアを封印したの? それさえ分かれば、殺さずに済む!」

「落ち着け。今、この場に儂がいて邪墜竜が解き放たれておる事が答えじゃ。『聖鎖』は最早通じぬ」


「俺にそのスキルを見せてくれれば、二重で封印出来るんじゃないか? 頼むよ!」

 白竜王に向けて迫り寄ると、両肩を掴んで懇願した。しかし……根本から違うのだと窘められる。


「儂はデスレアの特異性に気付けなかった。此方の攻撃やスキルを受ければ受ける程、鱗は強固に、爪や牙は鋭く、ブレスは威力を増し、その肉体は巨大に変貌を遂げる……今の所打つ手は無いのう」


「…………」

 無言のまま立ち尽くすレイアに、言葉を掛けられる者はいなかった。先程までと違い、弱々しく震える背中を見て心痛が伝わる。


「ヤハリ、神霊ノ森ニ連レテ帰ロウ?」

「うん。おいら達が時間を稼ぐんだ。何か手が見つかったら、森を出れば良いじゃ無いか!」


 ルードとバウムの懸命な説得に、カムイがイザヨイと出会った時に抱いた疑問の一つを投げ掛けた。


「なぁ、ずっと謎だったんだけどな。何でそんなに神霊の森に帰れば大丈夫だと信じられるんだ? 既にたかが人族に嵌められて攫われる位、危険な場所だと思うんだが」

「ーーーーーーっ⁉︎」


 何気ない質問は、エルクロスに途轍も無い衝撃を与える。最初にその違和感に気付いたのはフーガだ。


「確かに……何故我等は既に結界が破られたあの森に固執して、あの子を連れて帰ろうと思ったのだ……」

「マサカ……」

「既においら達の意識さえ、神に操られてる」

「否定デキナイ」

 創造主の意図が理解出来ないまま、神霊の森に帰るリスクは大きい。なのに、カムイに問われる今の今まで何故かーー

『森に帰ればイザヨイを守れる』

 ーーその言葉が脳内では反芻していたのだ。


「女神よ、もしも我等がイザヨイに害を為す存在に成り下がったその時は……」

「それ以上は言うな!」

 言葉を遮り、優しき魔獣達を睨み付ける。幾重にも針巡らされた罠。再び怒りが思考を染め上げそうになったその瞬間。


「大丈夫だよ、旦那様? 私が全部守ってあげるからね……」

 ビナスに頭部を掴まれて、胸元に引き寄せられて抱き締められた。そのまま優しく撫でられる。何故か、眠れそうな程の安堵を覚えた。


「……ありがとう」

「良いんだよ。私はメイド兼妻なんだから」


「なぁ、みんな。深夜に話し合っても解決策は見つからんだろう。一度寝て、明日の昼に冷静にまた話し合おう!」

 アズラの提案に皆が頷き、そのまま各々部屋に戻った。この時、誰か一人でも気付けていれば良かったのだ。

 レイアを抱き締めた時のビナスの紅い双眸に、決意の炎と、ほんの少しの悲哀が映し出されていた事に……


 __________


『魔王城謁見の間』


 解散した後、部屋から抜け出して自然と足取りが此処へ向かった。今夜は月が隠れていて真っ暗だ。

 昔は良く眠れなくて、この中で何も考えず玉座に座って朝を待ったのを思い出す。


 そんな時にいつも現れるのはミナリスだったなぁ。私が眠れないから放っておけと言ったら、何も言わずに隣にずっと立っていてくれた。

 うん。今思うと、煩わしく思っていたけどあいつは親友だな。次に会えたら礼でも言ってやるか。


 ーー私はよく此処に座って、もう存在しないお姉ちゃんと会話していた。


「本当に……色々と思い出す。でも一番綺麗だったのはあの時かなぁ……」

『えぇ、あの時は驚いたわね』


 右から二個目の窓から、突然金色の翼を舞わせて旦那様が降りて来た瞬間、美しさに涙が溢れそうになったのを覚えてる。

 あの光景は、まるで奇跡だった。


「もう一度見たいけど、何かお願いするのも恥ずかしいものね」

『良いじゃ無い。お願いして見なさいよ?』

「嫌だよ。ちゃんと記憶にとどめておくから良いんだよ」

『強がりな所は変わらないんだから』


「お姉ちゃんこそ、いつまでもそうやって子供扱いするんだから」

『うふふっ。お姉ちゃんの特権なのよ?』

「そっか。今なら少しだけ、あの時のお姉ちゃんの気持ちが分かるよ」

『…………』


「元の世界の旦那様の娘。なら、私の子供と変わらないものね。あんなに可愛い子を、失って苦しむ姿を見たく無いもん」

『怖く無いの?』


「忘れられなければ良い。そして私の愛する人は、絶対に忘れてくれないから平気」

『強くなったのね……』


 真っ暗闇の中、思い浮かべたのはイザヨイの見ている世界だ。あの子はいつもこんな風に闇を見つめているのだろうか?

 自然と両目を瞑ってみる。うん、真っ暗闇だ。

 まぁ、この時間じゃ開いた所であまり変わらないけどーー

「えっ⁉︎」

 ーー瞼を開いた瞬間、私は思わず立ち上がる程に驚いた。


 謁見の間に光が射し込む。金色の光を放つ羽根が舞う幻想的な美しい空間へと変貌を遂げた。

 その光源に目を見張る。そこにはーー

「こんな所にいたのか。探したんだよ?」

 ーー銀髪を靡かせながら、金色の双眸を向ける女神がいた。


(もう一度、見れた……)

 思わず私は泣き崩れてしまう。この人はこういう事が出来てしまうのだ。奇跡に愛されている。


「ど、どうしたのさ? だ、大丈夫かい?」

「うん。平気だよ……旦那様こそ一体どうしたの?」

「さっきのお礼が言いたくてさ。お陰で冷静になれた」

「良いんだよ。ねぇ、抱き締めて?」


 淡い光を纏った身体が包み込む。私はそのまま泣き続けた。困らせちゃったみたいだけど許してね?


 ーー絶対に貴方の大切な娘は……

 ーー私の命を賭けて守って見せるから……

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