第188話 剣神ランガイVS邪墜竜デスレア
『レイアとエルクロスの邂逅と同時刻』
獣人の国アミテアは震撼し、人々は混乱の坩堝に叩き落とされていた。ここ数日で、同じ獣人の他集落が丸々姿を消して消失するという、不可思議な事件が起きているからだ。
挙げ句の果てには、その事象に対して神の鉄槌だと嘆く者まで現れる始末。
そんな事は認められないと動き出すアミテアの軍は、地図を広げて次に謎の現象が起きるであろう場所を推測しようとするが……
ーー不可能だった。将軍クラスの人間が知恵を張り巡らせ、専門家と意見を交わした結論。
『この現象が何によるものなのかもわからず、発生場所も適当、法則性が皆無である』
その報告を受けた獣人の王スクロースーーの身体に入ったザンシロウ。
タイミング悪くGSランク冒険者ザンシロウとーー身体と魂を交換中のスクロース。
そして……『剣神』ランガイがいる。
「困ったのう。まさかこんなタイミングで事件が起きようとはな! わいにも読めなんだ。ガッハッハ!」
「ランガイ〜! 聞いてねぇぞ! 『交魂』すると半年は元に戻らないなんて、先に言えや!」
「ザンシロウよ。それについては俺にも責任がある。幼き頃に試してから、このスキルは使わなかったからなぁ」
笑う剣神に対して、不死性を失ったザンシロウと、獣人の王スクロースは項垂れる。
本来なら真っ先に戦さ場へ駆け出すであろう所を、身体を王と入れ替えていては、慎重に動かざるを得ない。何より今は教えを乞う身であり、己のステータスを通常の人間と同様まで堕とされた身で、感じいる事が多かった。
『未熟。不死性を失って、優位性を除いた時の俺様は未熟だ……』
相棒翠蓮もランガイに預けており、初めて道場で模擬戦を行なった時の出来事。
ーーザンシロウは、年若い猫の獣人の娘に一撃で瞬殺されたのだ。それは互いを高め合うなどという類の模擬戦では無い。
一方的に防具の上から叩きのめされた。
高過ぎたプライドは脆く打ち砕かれる。しかし、同時に初めて剣術を楽しいと感慨に震え身を伏せた。
「俺様は、まだまだ強くなれる……」
それは自らの身体で適当に相棒を振るい、Sランク魔獣を狩るより余程手応えを感じた。飽き飽きとした戦いに高揚を齎し、嬉々として学ぶ意欲を湧かせた。
その様子を間近で眺めていた『剣神』は確信している。肉体を戻した時、この眼前の男はさらなる飛躍を遂げるだろうと。
「さて。じゃあ、わいは行ってくるぞ」
「未知なる現象の、出現場所は分からんだろうが?」
「王よ。わいらみたいな戦いしか脳がない者はな、自然と惹かれあうのよ。のう? ザンシロウよ」
「ああ、大体ここら辺じゃね?」
「うぬ。わいも取り敢えずそこら辺だろうと思った」
獣人の王スクロースからすれば、あまりに適当な答え。だが、何故か確信めいた視線を交わす二人のGSランク冒険者はを見ていると安堵出来る。
「では、行ってくるかのう!」
歌舞いた着物の裾を捲り、己の愛刀を携えて歩く姿を見て、信頼に満ちた視線を送る。
ーー「あの男が負ける筈がない」
___________
それはあまりに突然の出来事だった……
きっかけは獅子の獣人の集落の子供が、花を摘みに外周まで離れた際の出来事。
王より未知の事件が起こっており、危険だからいつでも避難できるよう、集落から離れぬようにお触れを出されていた。
「お母さんの為に、沢山摘んで帰ろうね〜?」
「うん! でも柵から外には出ちゃダメだって、お父さんに言われたよ?」
「大丈夫。外れの乙女草を摘むだけだから」
「はーい」
二人の獅子の獣人の子供が無邪気に花を摘む中、その光景を崖上から穏やかに眺める存在がいた。
ヒョコッと顔を曝け出すと、嬉々とした声色で話し掛ける。
「なぁ〜? 花なんて摘んで何が楽しいんだ?」
「「えっ? ドラゴン⁉︎」」
その姿は真っ黒な瞳、体表をした、刺々しい鱗の一つ一つが剣を模した姿。しかし、表情はどこか無邪気さが醸し出されていた。
少女達は一瞬震え上がったが、会話が出来た事から安心してしまっていた。
「あのね、花は心を豊かにさせるのよ?」
「うん! お父さんが言ってたんだ〜!」
「そんな脆い存在が心を豊かにしてくれるとか、本当に信じてるのか……」
想像以上につまらない回答にデスレアは目を細めた。己のブレス一つで溶けてしまう下等な生物の、更に下位に存在する植物に、興味なぞ湧かなかったのだ。
だからこその質問、疑問ーー
ーーこの弱い生物達が向ける感情が理解出来れば、少しは己の中にも何かが生まれるだろうか……
「うん。やっぱり何もねぇな!」
崖上から寝そべった身体を起こし、邪墜竜は眼下に広がる集落、子供に向けて唐突に黒いブレスを放った。
興味が尽きた存在……つまりは虫けらに。
ーー全てが闇に飲まれ溶かされようとした瞬間、黒閃は真っ二つに切り裂かれる。
「やっぱり、自然現象では無かったのう。わいの感も大したもんじゃ!」
「あ”っ?」
苛立ちが込み上げる。己の思い通りにならない存在をデスレアは許さない。今まで邪魔な白竜王に封じられてきたからこその、子供染みた感情。
眼前には獣人が、刀を抜いて二人の子供の前に立ちはだかっていた。ーーその顔つきが気に入らない。
「何でお前は俺に勝てるみたいな顔をしてるんだ〜? 雑魚が叶うわけねぇだろう?」
「ガッハッハ! わいは剣神ランガイってもんよ。残念ながら、最強過ぎて斬れぬものは無いんだわ」
「そんな訳ねぇだろ。どうせ俺の鱗に傷一つつけられ」ーー「おい、もう斬ったぞ?」
ーー言葉を遮り、ズルリと邪竜の右腕が地面へ落ちる。
「えっ?」
「貴様、阿呆なのか? 敵と相対してその余裕……余程己の肉体に自信があると見える。だが、如何する? ーー斬れたぞ?」
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
困惑する。混乱する。混沌の中に意識が飲み込まれる。白竜王でさえ牙や爪を通せなかった鱗どころか、肉体を斬り落とされた邪墜竜は、想像を絶する痛みに悲鳴を撒き散らした。
それは集落にも届き、避難を開始させる。それこそがランガイの狙いであった。二名の少女ももどかしいながら親元へ走る。
「さて、やるか」
涎を垂らしながら身悶える眼前の竜へ、進み出る。再び抜刀すると、次は隙だらけの左足首を一刀両断した。
デスレアは反対に、そのタイミングを狙って食らってやろうと痛みに堪えながら齧り付く。
ーーしかし、遅い。ガチンと歯を鳴らした時には既に『剣神』は残影を残して姿を消していた。
「貴様、隙だらけだのう……」
愛刀『若火』を抜き去り、邪竜の黒麟を剥ぎ取る様に斬り刻む。その姿はまさに剣神。並ぶ者が終ぞで得なくなってから数年。それでも研鑽を続けた姿。
「ぐううううううぅーーっ!」
「ほれほれ、反撃してみせい」
「もう……覚えた」
「んっ?」
徐々に、ランガイは不可思議な感覚に捉われる。斬り刻み続ける鱗に刃が通らなくなってきており、そして、若火が剣撃を放ちながら、悲鳴を上げている様に訴えていた。
「まさか……」
思わず剣神は跳び退がる。先程までと違い、肉体が隆起する姿、そして黒燐の輝きがデスレアを包んでいる。蹲っていた様に見えて、繋いでいた右腕は完全に治癒していた。
「準備完了ってかぁ?」
牙を覗かせて邪竜は嗤う。肉体へのダメージはとても痛かった。此処まで苦戦させられるのを望んでなどいなかった。しかしーー『俺はこれを乗り越えて、更に強くなる』
目的の為に耐え続けたこの時間は、我儘で傍若無人な性格のデスレアにはとても長く感じた。そして、溢れる解放感。相手の力量を取り込んだ瞬間。
ーーふいに、頬がにやけてしまう。
「さぁ、戦おうぜ? 剣神だっけか?」
「ふふっ! 残念ながら退くわい。目的は達したからのう」
ランガイは理解していた。デスレアの特異性を……己が剣を繰り出せば出すほどに強力になっていく肉体。
突如吐き出された、先程より明らかに威力を増したブレスを避けながら、逃走を開始する。
「逃がさねえよ!」
背後から強襲するが、その姿を捉える事が出来ない。
「天飛流『柳』!」
ゆらゆらと身体を揺らしながら、まるで風に流される葉の様に避ける。避け続ける。
ーー「もういいや」
突如興味が失せて追跡を止める。デスレアには固執する様な、頑なな意志、執着さえないのだ。集落に目を見張ると、生物は全て避難していた。
「ふ〜ん。してやられたってのはこういう事か? まぁ、悔しくも無いんだけど」
邪竜はそのままレグルスの方面へ飛び立つ。己の半身を求め、イザヨイを食らう為に。
その姿を、溜息を吐きながら『剣神』は眺めていた。
純粋であり邪である歪な存在と、レイアの邂逅は近い……
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