第187話 イザヨイの友達。神の挑発。

 

『王都シュバン』


 深夜、外壁を登る四つの影があった。深く被ったフードに隠された姿は、所々隙間から歪な様相を醸し出している。

 ーー四体の魔獣『エルクロス』


 四属性の特性と特徴を受け継いだ、神に造られし存在。シルミルから消えたイザヨイの情報を集め、今まさに救い出そうと闇に紛れて行動を開始したのだ。


「待っていろイザヨイ……今行く」

「ルードはおいら達が気を引いてる間に、救出するんだよ」

「判ッテル。任セテ」

「問題ハ、勝テル見込ミガ少ナイ事カ」


「勇者に魔王……更に女神か。どうなってるんだこの国は……」

「最悪おいら達を置いてでも、イザヨイを連れて逃げてくれ」

「…………」

「アノ子ヲ救エレバ、我等ノ命ナドナ……」


 ルードは仲間達の決死の覚悟を受け止める。その身を犠牲にしても、イザヨイを早く神霊の森へ戻さなければならない理由があったのだ。


 ーー『邪墜竜デスレアに、彼女を会わせてはいけない』

 唯一つの目的の為にエルクロスは命を張る。しかし、外壁を登りきった先に待っていた存在に驚愕した。


「みんな〜! 見つけたですの〜!」

「「「「へっ⁉︎」」」」


 眠たそうに眼を擦りながら、魔獣達の眼前には女神に抱かれたイザヨイがいるのだ。嬉しそうに微笑みながら手を振っている。


「な、何でここにイザヨイがいるんだ!」

「フーガ、驚くのは後です。おいら達の役目を忘れないで」

「待ッテ! 何カ様子ガオカシイ」


 イザヨイと共に手を振るレイアは、ゆっくりと魔獣の元へ向かった。そして挨拶をする。

「初めまして! 君達が森でイザヨイを育ててくれた魔獣だろ? お礼が言いたくてね」

「何故、我等が侵入していると分かったのだ?」

「パパは無敵ですの〜! 隠れん坊しても無駄ですの〜!」


「「「「パパ⁉︎」」」」

 フーガの問いに対して、イザヨイが告げた言葉に四体の魔獣は声を合わせ、レイアを見つめた。

「あははっ! そんなに驚かないでよ。この国は俺の国だからね。近付いて来るのはとっくに分かってたよ。それよりお腹は減ってないかなぁ? 歓待する準備は整ってるんだけど」


 エルクロスの面々は、疑念と共に視線を女神へと向ける。しかし、柔らかな頬笑みは崩れない。

「お、おいら達は魔獣ですよ?」

「恩人に変わりは無いさ。あと、この子を狙う存在の話は既に、白竜王ゼハードから聞いたんだ」

「デスレアの事を知っているなら話が早い。イザヨイを森に返したいのだ」

「…………」

「オ願イ、コノママデハ危険ナンダ」


 魔獣達の必死な思いが伝わり、レイアは眉を顰めるが、答えは決まっていた。

「悪いけどそれは出来ない。逆に聞きたい。イザヨイを森に戻して、永遠に外の世界に出さずにいるつもりだったのか?」

「確かに最善だとは思っていない。だが、邪墜竜とは戦う事も出来ないんだ!」

「ん? 何で? この国に来た瞬間殺そうと思っていたけど……」


「ーーーー!」

 四体の魔獣の悲痛な表情を見て、様子が変だと首を傾げる。今回は油断する気も無い。最初から『神覚』を発動させて、『天煉獄』で焼き尽くすつもりでいた。


 気まずそうに、フーガが一歩前に進み出る。

「今は、まだ話せない……」

「そっか。この子もいるしね。真面目な話は後にしよう! どうせ今日は夜も遅い、城に来てくれ」


 手招きされておずおずとエルクロスの面々は、銀髪を靡かせる女神の後を付いて行く。罠だという警戒心は解いていなかった。

 放たれた威圧を、涼しい風が通り過ぎた様に躱す存在を見て、地のバウムは確信する


 ーー『戦いになったら、命を賭けなければ勝てない』

 話が長くなって眠ってしまったイザヨイを眺めながら場内に入ると、食堂に案内された。長テーブルの卓上には、様々な料理が並べられており、魔獣達は生唾を飲み込む。


 警戒心を解く為に、他の仲間達は自らの部屋に戻って貰っていた。イザヨイも眠ってしまった為、同様だ。


「何だ、やっぱりお腹が減ってたんじゃないか。この城ではフードをとっていいよ? 食べ辛いでしょう?」

「ど、毒が入ってないとは限らない。その黒い料理など、特に怪しい」

 フーガは涎を垂らしながら、説得力0の台詞を吐いた。レイアは呆れた表情を浮かべながらも、カレーをよそい自らの口に運ぶ。


「うん、美味い! どう? まだ不安ならカレー以外にも毒味役をするよ?」

 同時にルード、バウム、リーブイが飛び出した。慎重なフーガと違い、我慢が限界だったのだ。まるで人間と変わらない手つきでカレーをよそい、恐る恐る食べ始める。


「「「美味っ‼︎ カレー美味っ‼︎」」」

「あははっ! 沢山あるからいっぱい食べてね!」

「お、お前ら……」

 フーガは額に青筋を浮かべてキレている。本当は自分だって飛び出したいのに先を越されて、プライドから食いつく事が出来ずにいたからだ。


 ーーそこへ。レイアがカレーをよそって近づいた。


「はい、どうぞ?」

「あ、ありがとう……」

「君は、一番言葉を話すのが上手だね」

「フーガだ。イザヨイに言葉を教える為に勉強した」

「そっか。ありがとう。あの子をここまで立派に育ててくれて、感謝しか無い」


 深く深くお辞儀をする眼前の真摯な女性を見て、エルクロスは素直に心を打たれた。そして、嘘偽り無く、イザヨイの家族なのだと認める。


 既に眠ってしまいベッドへと戻された子供、己達が生きる為の存在意義。森での生活を認められて嬉しいと思う事など無かった。


 分かっていたからだーー

『魔獣がこの子を育てるなど、おかしい事だと』

 ーー雨の日は風邪をひかない様に皆で暖めた。好き嫌いをしない様に、人間の食事の勉強もした。空を飛ぶのが好きなあの子を背に乗せて、飛ぶのが一番楽しかった。


 泣き止まない時は皆で慌てふためいた。初めて言葉を話始めた時は、自分達が喋れないのは拙いと夜な夜な勉強をした。

 自分達があの子と違う異なる存在だと説明した時に、耳と尻尾を撫でながら、イザヨイも変わらないと微笑まれた時の思い出が蘇る。


 ーー大切な子供なのだ。大切に、大切に育てた子供なのだ。


 四体の魔獣の瞳から涙が滴り落ちる。理由はわからないが、これは歓喜の涙なのだと思った。

「あ、ありがとう……」

「此方こそ、ありがとう。イザヨイを守る為に、力を貸してくれるかい?」


 握手を求める目の前の美しい女性の手を握る。その金色の双眸は、力強い意志の強さを伝播させた。

「話しておかなければならない事がある……」

「あぁ。さっきの件だね? 大丈夫、俺は強いぞ〜! 娘を守る父親は最強なのさ! 母親も今回はやる気満々だからね」


「…………めだ」

「えっ?」

 細い二の腕を見せつけながら意気込むレイアに対して、囁かれた一言は予想を遥かに超えていた。


 ーー「デスレアを殺しちゃ駄目だ。イザヨイも同時に死ぬ」

「「はぁ⁉︎」」


 驚愕に眼を見開き、思わずつかみ掛かる。聞き耳を立てていた主人格ナナも、天界で驚きつつ意味を理解出来ずにいた。

「ど、どういう事⁉︎」

「理由は分からないが……神が我等を生み出した時に言っていたのだ。あの子とデスレアは繋がっていると。イザヨイの核はデスレアの内部にあるのだ」


「……デリビヌスの野郎」

 拳を震わせながら、その言葉を聞いた瞬間に理解した。己の核が十柱の封印の間に封印されている様に、イザヨイの核は邪墜竜デスレアに封じられている。


 そして、異世界の神の意図は……


『イザヨイを、闇夜一世の封印の解除の引き金にする事』

 確信があったが、狙いがわからなかった。閃いた疑問を問い掛ける。


「じゃあ、何でデスレアはイザヨイを食おうと動き、君達は守ろうとするんだ? デリビヌスに生み出されたのは変わらないのに、目的が真逆じゃないか!」


「今まで、意味が全く分からなかった神の台詞がある……聞くか?」

「…………あぁ」

「ーーその顔が見れなくて残念だよ。検討を祈る……だ」


 フーガの言葉を聞いた瞬間に、食堂だけでは無く、城全体が地響きを起こす程の威圧が巻き起された。金色の神気が放たれ、窓ガラスは粉々に砕け散る。

 思わず四体の魔獣は武器を抜き去り身構えるが、恐怖による足腰の震えからへたり込んだ。


 銀髪を逆立て、殺気から壁に亀裂が入る。城内の仲間達が駆けつけた時に目にした光景はーー

「クソ神がああああああああああああああああああああああああああああ‼︎」

 ーー抑えきれない怒りに打ち震えた、偽物女神の涙しながら項垂れる姿だった……


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