第185話 父と娘
『時は遡る』
ピステアに着いたディーナとアリアは復活したレイアからギルドを通して連絡を受け、念の為にチビリーとシルバを連れてレグルスに帰還しようとしていた。
白竜姫形態のディーナの背に乗り、途中ビッポ村で一泊しようと寄り道する。皆の計らいでアリアの里帰りも兼ねていたのだが……
「アリア〜!」
「お父さん!」
村の入り口にはハビルが待っており、既に涙を溢れさせていた。天使の姿では無く、娘として駆け出して行く。
久しぶりに再会した二人は、力強く抱き合った。その姿に仲間達の涙腺も緩む。
「良かったのう〜! 妾もなんか嬉しいのじゃあ〜」
「親子の再会って、なんでこう感動するもんなんすかね〜!」
『アリアにも、あんな一面があるのだな』
ーーしかし、予想は軽く覆された。
「アリアが元気になって良かった。本当に嬉しいよ」
「ありがとう! お父さんも元気そうね? じゃあいってきます! 私はレイアの所に早く帰りたいから。またいつか来るわ」
「えっ?」
「さぁ、行くわよみんな!」
「「えっ?」」
「何呆けた顔してるのよ、ほらディーナ! 早く竜化して!」
感動の再会は十秒で終わりを迎え様としていた。これには流石のディーナも驚きを隠せない。チビリーとシルバは、無言のまま判断を任せている。
アリア相手に自分達が何を言っても通じないからだ。
「嫌じゃ! 妾はずっと飛びっぱなしなのじゃぞ! 少しは休ませてくれんかぇ?」
「駄目よ。私は早く戻りたいの。お父さんにも会ったし、もう用は済んだわ」
「ほら、肝心の父君の顔を見てみよ。ショックで固まってしまっておるではないか」
ハビルはまるで石の様に硬直し、瞳から涙が滝の様に流れ出していた。豹変した娘の様子に感情が追い付いていない。
「可愛い娘が……グレた」
「失礼ね。グレてなんかいないわよ。愛の為に生まれ変わっただけ」
「とにかく、今日は村に泊まるのじゃ! 妾は寝たい」
頑なな様子を見て、アリアは深い溜息を吐きながら妥協案を出した。
「……朝には出発するわよ?」
「うぬ。了解じゃあ!」
「流石ディーナさんっすね」
『あぁ、居てくれて良かった』
その後、ディーナ、チビリー、シルバはエジルの宿に向かい、アリアのみ実家に戻る。シルバは恐れられないか懸念していたが、レイアのペットだと自己紹介した瞬間、村人に歓迎された。
「あらあら、綺麗なお客様だねぇ〜。レイアちゃんを思い出すよ」
「おぉ、主様を知っておるのかぇ?」
「ご主人が泊まってたっすか?」
「そうだよ。小さかった頃に泊まってくれた事があってね。つい最近もシュバンに向かう途中に寄ってくれたのさ。」
「おぉ! 夕飯は主様と同じメニューを頼むのじゃあ」
「お腹ペコペコなんすよ〜!」
ディーナとチビリーことジェーンは二人揃って腹を両手で抑えて空腹をアピールする。エジルは笑いながらキッチンへ向かい、『玉鶏のクリーム煮』を温めて振る舞った。
「美味いのじゃ〜!」
「こんなボロっちい宿なのに、料理は一流じゃないっすかぁ!」
「ボロいは余計さね。お代わりもあるから沢山お食べ」
「「はぁ〜い!」」
次々と皿を空にして、満腹から徐々に眠気が増した頃ーー
「大変だぁ〜! 山から巨大な竜が現れて村に向かってるぞ〜!」
ーー村が喧騒に包まれる。嘗て『竜の宴』の被害にあった記憶が呼び起こされて、皆震え上がっていたのだ。
「落ち着けい! 竜の山の王は妾じゃぞ!」
ディーナは村人を諌めるが、人化している状態では説得力が皆無だ。かといって竜化したら余計に場を混乱させてしまうと、チビリーに制された。
「自分はSランク冒険者のチビ……ジェーンっす! 心配しなくても大丈夫っすよ!」
「「「「おおおおおっ!」」」」
冒険者プレートを見せながら村人を落ち着かせる。職業上騒ぎを収めるのは得意なのだ。
ドヤ顔をかますチビリーに多少苛立ちを覚えたが、まずは竜の種類を確認しようと村の外れまで駆け出した。するとーー
ーー「ディィィィナァァァァ〜!」
二十メートルを超える巨大な白竜が名前を叫び、翼をはためかせながら此方へ向かっている。
駆け付けたアリア、チビリー、シルバはそのフォルムと白銀の体表から、きっと知り合いなのだろうと予想するがーー
「気安く妾の名を呼ぶ彼奴は誰じゃ?」
ーー心辺りが無いと首を傾げていた。
「いや、あれどう見てもディーナさんの知り合いっすよね」
「知らぬなぁ。見た事もないのじゃ」
ーーズドオォォォォン!
「あっ。何故か突然墜落したっす」
「変な竜じゃなぁ?」
「理由は大体予想出来てるけどねぇ。シルバも分かってるでしょ?」
『可哀想って事だけだがな……』
土煙が晴れた中に立っていたのは、白い長髪に着物を着た、渋い中年の男だった。顔立ちは整っていて、何処と無くディーナに雰囲気が似ている。
ーーそして、号泣していた。とぼとぼと此方に向かって歩いてくる。
「娘の為に頑張ってあのクソ邪竜と戦って来たこの歳月……儂の顔すら覚えておらんのか。三百歳の頃はよく父上と抱き着いて来たというのに……一体何故こんな事になったのじゃ」
「…………」
「…………」
「今度は泣いておるぞ? 気持ち悪い竜じゃのう」
『…………』
ディーナ以外は既にもう正体が分かっており、警戒を解いているのだが、肝心の娘だけが懐疑心を向けている。
眼前まで近づくと、涙を垂れ流しながら縋る様な視線をアリア達に送ってくる。自分から名乗るのが情け無さ過ぎて、助けを求めたのだ。
「あ、あのっすね。そういえばディーナさんのお父さんの名前って、何て言うんすか?」
「ん? 父上は父上じゃよ! 名などあったかのう?」
ーーグハアァッ!
心臓を掴みながら、男は地面に崩れ落ちる。チビリーの作戦は水泡に帰した。
「……ディーナの前の竜王がお父様だったのよね? 今何処で何をしているのかしら?」
「ん? 見当も付かんのう〜! これだけ山に帰って来ないのじゃから、何処かでのたれ死んでおるのかも知れぬなぁ」
ーーグフゥゥッ!
吐血して地面を転げ回り、髪を掻き毟っていた。アリアの慣れない気遣いは真逆の結果を生んだ。
『ディーナよ。懐かしい匂いがするとは思わないか? 我等は鼻が効くだろう?』
「ん? そんなものせんよ。そこの男の加齢臭ぐらいじゃろ」
ーーアババババババッ!
痙攣しながら血の涙を流し始めた。シルバのナイスサポートも鈍感娘には通じない。
「お主ら一体如何したのじゃ? もしかして、そこの気持ち悪い竜と知り合いなのかぇ?」
「うん……私もお父さんに対して大概だとは思うけど。ディーナには負けるわ」
アリアは村に戻ったら、もう少しハビルに優しくしてあげようと決意した。
「わ、儂は……お主の父親じゃあ! 白竜王ゼハードじゃ!」
遂には痺れを切らして自ら名乗った。ディーナは目を丸くして驚いている。
「ち、父上なのかぇ? 本当に?」
「あぁ、そうじゃ! 儂の顔を忘れるとは何という親不孝な娘じゃ! 危うく死ぬかと思ったぞ」
「え〜? 妾の記憶の父上は、もっと精悍な顔付きで格好良かった様な……」
「言っておくが、人化した時の外見も竜形態も何も変わっておらんぞ? 儂ら竜族の長寿は知っておろうが!」
「ふむ。まぁ積もる話は宿でしようではないか」
「竜の山に転移してから、久しぶりに娘の気配を感じて飛んで来てみれば、この雑な扱いは何じゃ……」
アリア達から憐憫の視線を向けられ、ゼハードは半泣きのままエジルの宿に連れられる。
感動の再会は皆無だった。二人の娘はレイア第一主義なのだ。良識を持つチビリーとシルバだけが、生暖かい表情のまま、励ましながら肩を叩いている。
ーーそして、宿での話の途中ゼハードは激昂した。
「な、何じゃとぉ⁉︎ ど、奴隷とは一体如何いうことじゃあ!」
「妾は竜の山を守る為に契約を結んで、主様の奴隷兼妻になったのじゃ〜! 懐かしいのう!」
「あの、ディーナさん。言い方が悪いと思うっす……勘違いされるっすよ?」
「儂の可愛い娘をそんな目に合わせる鬼畜外道は、成敗してくれるのじゃああっ!」
白竜王ゼハードは突如宿を飛び出し、竜化してシュバンに向けて飛び去った。残されたディーナ達は追い掛ける所か、眠くなって寝始める。
「ご主人、怒らないっすかねぇ〜?」
「主様に瞬殺されれば、自然と分かるじゃろうよ」
「それもそうっすね」
「おやすみチビリー」
「はい、おやすみっす!」
『可哀想に……』
納屋で宿の様子に聞き耳を立てていたシルバは、夜空を眺めながらゼハードの扱いを憂い、無事を願っていた。
その願いはシュバンに着いた途端に儚く散るのだが……
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