第173話 女神と天使の異変

 

『イザヨイとカムイの出会いより時は少し遡る』


 ーー「キャアアアアアアアァーーッ!」

 ーー「いやあぁぁぁぁっ!」


 レイアと、強制的に顕現したナナは、シュバンの王城の一室で身体中に迸る激痛に踠いていた。

 部屋の調度品を破壊し、床に敷かれたカーペットを破りさりながら転げ回る。


「鎮まれ馬鹿野郎ぉぉっ!」

「痛い、痛い、痛いよおぉぉっ! 助けてマスター!」


 あまりの激痛に耐える為、互いに抱き締め合うと、力を込めて感覚を誤魔化そうと噛み締める。

 危険だからと他のメンバーを部屋の外に追い出し、己の内から飛び出そうとする力を抑え込んだ。


「ちくしょう! 一体何があったんだよぉぉっ!」

「分からない! 何で私が強制召喚されたのかも、リンクを切ったのにこんなに痛いのかも!」


「キャアッ! だ、駄目だ……意識が途切れる」

「私も、もう限界だよぉっ!」


 ーー何が起こるか分からない為、『久遠』と『聖絶界』を発動し、ナナごと己をガラスケースの様な、黒く透明な柩に封印した。


 突如静かになった事を不安に思った『紅姫』の面々が扉を開けると、其処には時間毎凍結し、封印された女神と天使が眠っている。


「姫! 一体何でこんな事に⁉︎」

「主様! しっかりするのじゃ! 『聖絶』で解いてやるわ!」

「待って! これはレイア自身が行なった処置よ! 勝手に解いちゃ駄目!」

「……先程の旦那様の様子は普通じゃ無かった。きっと何かあるんだよ」


「ゼン様に聞いてみます! 気配は感じてます。見てたんですよね? 一体レイア様に何が起こってるんですか?」


 コヒナタの真剣な問いに対して、鍛治神ゼンは普段とは違い、神格を放ちながら語る。

『よく聞くのじゃ。レイアにはある封印が施されておる事は知ってるじゃろう?』

「はい、『闇夜一世』の封印ですね」


『今回、何かのキッカケにその力の核が暴走を開始した。神界でも、儂が感じ取れる程に十柱の神とやらが力を放っておる』

「そんな……一体何があったのですか?」

『其処までは分からぬ。鍵はそこの天使が顕現された事に有りそうじゃが……』


「ありがとう御座います。みんなにも今の話を伝えて良いですか?」

『聞かせてやりなさい。儂も調べてみよう』

 その後、ゼンから聞いた話をそのままみんなに伝え聞かせた。

 しかし、理由に心辺りが無いのは変わらない。話は自然と自分達に何が出来るかへと移行する。


「原因を特定するのです。きっと、何かが世界で起こっています」

「そうは言うがのうコヒナタよ。悪魔がおっても動じぬ主様を、こんな風にする原因が予測すら出来んよ」


「ディーナの言う通りだ。レグルス以外で何かがあったとしても、何が原因なのか分かって無い以上、どれだけ時間が掛かるか……」


「鍵は天使と言ったのだろう? 天使に関わる事件を調べれば良いのでは無いか?」

「ビナスの言ってる事は間違ってはいないだろうけど、同じ天使である私が平気なのよ。何かが根本的に間違っている気がするの」


「取り敢えず、ディーナ様。ピステアへ飛びましょう。今は人手が欲しい。シルバとチビリーも連れて来るのです」

 五人はコヒナタの提案に頷き、チームを分ける事にした。ディーナとアリアはピステアへ、コヒナタとアズラ、ビナスの三人はレグルスで何かが起こっていないかを調べる。


 また、悪魔との戦いで消耗したエルフの国へ、復興の手伝いに向かわせたミナリスとジェフィアも、一旦国に戻る様に帰還命令を出した。


 本来であれば、エルフの国マリータリー、女神の国レグルス、人族の国東のシルミル、同じく北のピステアの四国は、次週行われる王同士の対談で同盟を結び、国交を始める予定だったのだ。


 シルミルは、カムイが帝国アロを滅ぼす為に。主に道化のピエロ、シュバリサを殺そうと何度か戦を仕掛けたのだが、皇帝のリミットスキル『予知夢』により尽く進軍を阻まれ、苦戦を強いられている。


 そして、驚く事にナナのロックをシュバリサは外して見せたのだ。『神体転移』でいつでも殺しに行けると腹を括っていたレイアは激怒し、八つ当たりに民に迷惑をかけぬ場所で大地を粉々に破砕した。


 互いに倒すべき敵が共通した以上、手を結んで挟撃しようという提案に乗ったのだ。


 ーーしかし、今回の事件が起こった。


 同盟提携の話は、代理でアズラとビナスが行う事になる。その為にレグルスへ残ったのだ。 もう互いの代表者であるカムイ、イザーク、ジェーミットはレグルスへ向かっていると報告を受けている。


 凍りついた封印の中、レイアとナナは抱き合いながら、まるで涙を流し続けている様に見えた……


 __________


「あ、あれ? ここは何処? 檻の中じゃ無いみたいにあったかいですの〜」


 イザヨイは温かな毛布に包まれ、シルミルのベッドで目を覚ました。意識を失っている間に栄養価の高いスープを喉元へ流し込まれ、衰弱状態からは回復している。しかしーー

『グウゥゥゥゥッ!』

 ーー余計に空腹感が増し、腹の虫が鳴き出した。

「はははっ! 凄い音だなぁ。ようやく起きたか。さぁ、飯を食うぞ! 俺もお前と食べようと思って待っていたんだ! 腹ペコさ」


「だ、誰です? イザヨイを攫った人達とは気配が違いますの……」

「お前を買った者だよ。名前はカムイって言うんだ。これから宜しく頼む」


「も、森に帰りたいんですの! 何処にも行きたく無い!」

「そっか……じゃあ、お前の為に用意したご馳走はいらないよな?」


 ーーグウゥゥゥゥッ!

「そ、それとこれとは、は、話が違いますの!」

「取り敢えず飯を食った後に話そうぜ? 立てるか?」


 イザヨイは盲目だが、常人より遥かに発達した感覚器官を有している。

 カムイの台詞が嘘ではないと判断したのは、遠くのキッチンから香り立つ料理の匂いがしたからだ。


 ーーそして、カムイの体内の内臓の音を聞いて、本心だと知る。

「しょうがないから、付き合ってあげますの!」

 開いた窓から流れる風が布を揺らし、微かに擦り切れる音、人の足音から城内の地形を一瞬で理解する。

 獣人の感覚からすれば、風を軽く扇ぐだけで、ソナーの様に人の数まで把握するのは容易かった。


「驚いたな。盲目だと聞いていたのに、まるで全てを見通しているかの様に、達観した雰囲気を放っている」

「イザヨイは目が見えない分、それ以外の器官が発達してますの。これも森の仲間達が鍛えてくれたの」


「いい仲間を持ったもんだ。例え、それが魔獣だとしても……」

「魔獣? ーーって何ですの?」

 可愛く首を傾げる幼女の姿に一驚した。


「何を言ってるんだ? お前が今迄暮らして来た森に、うようよ居ただろうが」

「みんなはお友達ですよ? その魔獣とやらではありませんの」


「そうか。生まれた時から魔獣に育てられてりゃそうもなるかぁ……こりゃあ、ヘルデリックが苦労する顔が眼に浮かぶぞ」

「???」


 ーーその後、用意された料理を食べた途端、イザヨイは閉じられた瞼が開く程の驚愕の表情を浮かべていた。


 金色の耳に、三本の尻尾を生やし、金色の双眸は本当に見えていないのかと思う程に澄んでいる。まだ発達していない肉体は柔らかく、小さな掌を使って不慣れな食器で必死に料理を口に放り込んでは、忙しなく咀嚼していた。


「美味いか?」

「うみゃいへふほ!」


「よく噛んでから食えよ。あまり一気に詰め込むと喉にーー「ぐえっほっ! げほっ、けほっ!」

 カムイの忠告虚しく、料理が喉に詰まってむせ込んでいる。そっと差し出された水を一気に流し込んだ。


「ぶはぁっ! 死ぬところでしたの!」

「まだまだおかわりはあるから、ゆっくり食え馬鹿者」


 そう言いつつ、自分が初めてこの時代に飛ばされて料理を食べた時も同じだったなぁと、優しい眼差しを向ける。


「なぁ、一つだけ聞きたい事があるんだが。何でイザヨイは攫われたんだ? 仲間達は何をしていた?」


「ん〜。何時もは一緒に寝ているのに、その日は何か大きな音がしてみんな飛び出して行ったんですの。イザヨイは置いていかれて、一人で帰りを待ってたら、突然髪を掴まれて袋に詰め込まれましたの」


「成る程な。だからあいつらはお前を救い出そうとしてるのか……」

「そう言えばルードは何処に行ったんですの? 昨日イザヨイを迎えに来てくれたのに」

「友達を呼んで来るってさ。待ってろって言ってたよ」

「じゃあ、大人しく待ってますの!」


 無邪気に笑うイザヨイを見つめながら、カムイは一人今後の展開を予測していた。脳内で一応念の為、時空神に語りかける。


『コーネルテリア、あの魔獣達が何なのか教えてくれないか?』

『ごめん、今はそれどころじゃ無いし! 柱のあたしの本体が悲鳴を上げてるし! 分体に割いてる余裕が無い!』


『何だ? 何があった?』

『レイアとナナの暴走だし! 理由はまだ分からないし!』


『紅姫レイアに何かあったのか⁉︎」

『だからあたしがこんなに困ってるんだし! 察しろし! じゃあね』


 突然念話は打ち切られる。第三柱コーネルテリアの、此処まで焦っている様相は初めてだと嫌な予感に苛まれた。


 ーーこの時は、本当にまだ何も気付いていなかったのだ。


 女神と天使の異変の原因が、眼前で美味しそうに料理を頬張り続ける、獣人の幼女にある事に……

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