【第10章 運命に翻弄されし幼女】
第172話 買われた幼女
イザヨイは、生まれつき目が見えませんの。
この神霊の森で、ずっとお友達と一緒に暮らしてきたのにーー
ーーある日、髪を引っ張られて突然今まで生きてきた巣から引き離されたんですの。
何時もなら雄叫びや咆哮が鳴り響くのに、今日の森は静かですの。
みんなは一体どうしたのかな?
馬車に乗って連れられた場所は、人族の国ミリアーヌの東の国シルミルという所だそうですの。
イザヨイは、巣から出たくなんて無かったのに。
___________
「レディース&ジェントルマン! 本日の目玉商品を紹介致しましょう! 魔獣に育てられた盲目の少女、名はイザヨイ。はっきり申し上げましょう。何も出来ません、何も知りません。当たり前です。神々の祝福を受けた森に捨てられ、魔獣に育てられたのですから! その眠れる力は未知数! さぁ、純金貨一枚からスタートです!」
ーー「七枚!」
ーー「十二枚!」
ーー「二十四枚!」
ーー「五十枚!」
ーー「六十二枚!」
ーー「七十五枚!」
ーー「八十枚!」
ーーーー「五百枚!」
「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ⁉︎」」」」
「な、なんと 奮戦していた入札にトドメを刺すかの如く、高額の提示をした強者がいたぞおぉぉぉ! さぁ、この圧倒的金額に対抗する強者はいるのか⁉︎」
「さぁさぁ、もう一声は無いのか⁉︎」
ーーーーーー『落札決定!』
___________
落札者は、オークション会場二階のVIP席から、イザヨイを見下ろしていた。
「良かったのですかカムイ様? 想定以上の金額を提示して落札致しましたが……」
「構わないさ。良くやったヘルデリック。見てみろよ、このフォルネの顔を」
ソファーに座るカムイの両横に立っていたのは、ヘルデリックとフォルネの二人だ。シルミルの姫はまるで宝物を手に入れた様に目を輝かせ、だらし無く涎を垂らしている。
「あの子は凄い逸材ですのよ! 攫われた経緯は聞きましたが、それさえも信じられない位の、能力とステータスです。あぁ、滾りますわぁ
「そうか、フォルネがそこまで言うのならば楽しみにしておこう」
「育成役は私が務めましょう。正直姫二人に任せるのは些か不安であります」
「元々そのつもりだ。お前は面倒見が良いからな」
「まぁ、お二人共酷いですわ? あの子を私好みに育て上げたいと思っているだけですのに」
カムイはフォルネの癇癪に呆れた視線を向ける。とてもじゃ無いが幼女を任せて良い人材だとは思え無かった。
ーー突如、頭の中に声が響く。
『ピンポンパンポンーー本日のコーネルテリア様からのありがたい神託のお時間だし』
「煩い。毎日毎日人の頭の中でくだらない事ばっかりほざきやがって! 昨日なんて、ご飯の味付けの文句だけだったじゃねぇか!」
『今日は本当に神託だし! 聞かないと損するけどいいのかし?』
「はぁ。どうせ言いたくてウズウズしてるんだろう? 聞いてやるさ。一体何だ?」
『えーっと、ーーあの獣人の女の子に関わると、ボコボコにされますっと出たし』
「はぁっ⁉︎ また意味の分からん事を言いやがって。そんな訳が無いだろうが」
『忠告はしたし! ではまたね〜だし』
カムイは、予測を遥かに飛び越えたコーネルテリアの言葉を一瞬で忘れ去った。どうせ何時もの戯言だと。
ーー後にこの事を深く後悔する羽目になるのだが。
_________
「待たせたな。アマルシア、マジェリス」
「気にするな。私は待てる良い妻になるつもりだからな」
「わっちまで着いて来る必要はあったのかぇ?」
「いや、予想外の出来事が起こった時の為に備えたまでさ、オークションは無事終わった。今はヘルデリックとフォルネが、イザヨイを受け取りに行ってる」
「その八歳だったか? 獣人の幼女は何が凄いんだ?」
「わっちも気になるのじゃ!」
カムイは、身を乗り出して問い掛ける二人の額を押し退け、ハッキリと一言だけ告げた。
「知らん! 詳しい事はフォルネに聞け」
勇者は戦い以外の小難しい話は覚えられないのだ。
今回のオークションに参加したのも、フォルネがどうしてもイザヨイを手に入れろと催促された為、詳しい事は聞いていない。
特殊な能力を持っているという事、見た目以上のステータスを有している事しか知らなかった。
「まぁ、何事も起こらなかったなら良かったさ。カムイの嫌な予感はよく当たるからなぁ」
マジェリスが胸を撫で下ろし、安堵した瞬間にそれは起こる。
ーーズガアァァァァァァァァァァァァァァァンッ!!
爆発音と共に、オークションの品物保管庫が破壊された。
噴煙の中から飛び出したのは、イザヨイを抱えて逃げ去ろうとする鳥型の魔獣『カルーダ』と、それを追うヘルデリックの姿。
魔獣は茶色い翼の羽根を弾丸の様に放ち、牽制する。雨の様に降り注ぐ羽根をブロードソードで斬り裂きつつ前進すると、いつの間にか足の爪が肩口に食い込んでいた。
「疾い⁉︎」
「イザヨイハ、渡サナイ!」
高速で滑空したカルーダは、ヘルデリックをそのまま壁際へと叩きつける。しかし、太腿に短剣を突き刺され、血を滴らせた。
「ガハッ! か、簡単にやられはせぬよ!」
「グウゥッ、コイツ強イ」
再び空中へ舞い上がった魔獣は、そのまま気絶したイザヨイを抱き抱え、この場を飛び去ろうとしたがーー
「空はお主だけの領域では無いぞ!」
ーーアマルシアは街中の為、背から翼のみを生やして、腕から獣人の幼女を奪い去る。
「イザヨイ! クソッ、数ガ多イナ。ミンナヲ呼バナイトーー絶対スクイ二戻ル! 待ッテテ!」
口惜しそうに顔を歪めながら、魔獣は飛び去った。アマルシア、ヘルデリック、マジェリスの三人は後を追おうとするがーー
「追わなくていい! 今はこの子の安否を優先しろ馬鹿共!」
カムイの叱責に対して、己の判断の甘さを反省してすかさず戻りつつ警戒にあたる。幼女を横に寝かせると、丁度そのタイミングで駆けつけたフォルネが治癒魔術を発動して回復させた。
「この子、外傷はありませんわ。それよりも満足に水も食べ物も与えられていない為、衰弱しております」
「そうか……城に戻って介抱してやってくれ。フォルネは先にヘルデリックの治療を頼む」
「やっぱり、カムイはどこか変わったな」
「そうか? 俺は俺さ。さぁ、戻るぞ」
マジェリスの温かな眼差しが、以前よりも柔らかくなった雰囲気を放つ背中に注がれる。イザヨイを抱き抱えて歩む姿を慈しむ様に眺めていた。
一方勇者は、精悍な顔付きで先程の魔獣の言葉を思い出す。
(あの魔獣がSランクなのは間違い無いだろう。そして、きっとまた来る。今度は仲間を連れて……)
獣人の幼女、イザヨイは数奇な運命に翻弄されている。
勇者カムイとの邂逅は、二人に何をもたらすのだろうか……
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