閑話 ザンシロウ、剣術を学ぶ?

 

 着の身着のまま心赴くままに強者を求め、相棒の翠蓮を腰に差してのんびりと歩く男。

 ーーその名はザンシロウ。


 しかし、その様子はいつもと違っていた。

 女神の神体へと進化したレイアと再戦した際に、お互いに『不死』と『超再生』を身に付け死闘を超える戦いを繰り広げた際、ーー完敗したのだ。


 ステータス差は勿論の事、優位性を誇っていた再生力でさえ及ばずに地に平伏した時、放たれた一言。

「ザンシロウはもうちょっと剣術とか戦い方を学ばないと、それ以上は強くなれないよ? 少なくとも俺にはもう勝てない」

 敗北を喫した事はあった。だが、それ以上に衝撃を受けたのは何故かーー

(こいつ、俺を憐れみやがった……)

 ーーそう、女神の瞳からは敗者を見る侮蔑の視線は無く、己を磨く事に怠慢していた心の内面を見透かされたのだ。


 強い敵と戦いたい。いつしかその願望が唯の暇潰しになっていた事実。身体が震えた。悔恨に打ち震えた。怒りに震え、自らの未熟に諤々と、ーー震えたのだ。


 そこから男は誰に挨拶をする事も無く、北の国ピステアを後にして獣人の国アミテアへ向かう。求めるべきは強者。ーーそして教えを乞うに値する人物。


 そう考えた時に、ザンシロウの頭には一人しか思い浮かばなかったからだ。


『剣神』ランガイ。GSランク冒険者にして、獣人の国アミテア最強の男。かつて面識はあったが戦うに値せぬと一笑に伏せられた存在。

 当時は臆病者だと、所詮噂なのだろうと鼻で笑い国を去ったが、今なら分かる。


 ーーあの男も、俺を見透かしていたのだ……


 __________



 獣人の国アミテアに首都や王都、そして村々は存在しない。その広大な土地全てを含めてアミテアなのだ。王城すらない。あるのは自然に囲まれた大地と巣だけだ。

 勿論、レグルスとの交易によってある程度の文明水準は保っている。だが、主な産業は農業、畜産業、林業などだった。


 そしてそんな中、獣人は難しい話を嫌うのだ。戦う事は大好き。食べる事は人生。寝る事が幸福。唯それだけでいいと思える心の豊かさを保っていた。


 ーーそこへザンシロウが現れる。


 そこは堅い木々で作られた、剣神ランガイが受け継いだ伝統ある道場だった。

「おらぁ! 来たぞ剣神! 俺様を鍛えてくれぇ!」

 道場へ繋がる門を潜ると同時に駆け出し、ランガイの気配がする部屋の扉を蹴破ると、ザンシロウは唐突に宣言した。


 ーーしかし、一瞬にして時が凍りつく。


 剣神は気になっていた雌の獣人を連れ込んで良い雰囲気になり、今まさに交尾へと発展しそうな所まで持ち込んだ最中だったのだ。

 そこへ土足で上がり込み、尚且つ上から目線で教えを乞う姿。とても許せるものでは無いと怒りを滾らせた。


「おい……久しぶりに会ったかと思えば、何してくれとんじゃい⁉︎」

「お、おぉ……何かあれだな。俺様の事は気にせず続きをしてくれて構わんぞ?」

「気にするわ! 去れ! 居ね! ボケカスがぁ! あっ、ネネちゃんの事じゃ無いからね〜?」

「酷い言われ様だな。ちょっと苛ついたわ」


 ーーそこで、ザンシロウはある趣向を閃いた。邪悪な表情を一瞬にして服の裾で覆い隠し、愉悦に浸る。


「お前さんは酷い奴だよ。前は『俺は男しか愛せない』って……あれだけ俺様を口説いた癖に……」

「なっ⁉︎ この馬鹿! 一体何を言いだしやがる! 気色悪いじゃ済まんぞ!」


「酔った勢いで、俺様の胸元をあれやこれやした癖に……」

「はあぁぁっ⁉︎ ネネちゃん、違うからね? わいにそんな性癖はありゃしないぞ〜?」


「見てくれ、これはその時に抵抗して傷つけられた傷なんだ……」

 ザンシロウは肩口を出して、レイアに深く傷つけられた、薄っすら残る完治仕切っていない傷口をあたかも昔つけられたかの如く見せつけた。


 ネネと呼ばれた猫の獣人は、顔色を真っ青にしながら軽蔑の眼差しをランガイに向けると、開ける胸元の裾を直す事もせずに部屋から走り去る。


「なあぁぁぁ〜! 待ってくれネネちゃん! 誤解なんだぁ!」

「ガッハッハ! これでこっちの要件に集中出来るだろう?」


 ランガイは血涙を溢れさせながら、憎々しい憎悪を突然の来訪者へぶつけ、怒声を張り上げる。

「一体何の真似じゃい⁉︎ 何してくれとんじゃこの馬鹿が! ここまでもって来るのに、どれだけ掛かったと思っとるんじゃ死ね!」

「連れない事を言うなよ剣神〜? 俺様が剣の教えを乞いに来たんだぞ?」


 ーーその瞬間、部屋中をひり付く程の殺気が覆った。ランガイの顔付きが一瞬で変貌する。

「何が狙いだ? GSランクの貴様がわいに教えを乞う理由がわからん」

「……ボロ負けしたんだよ」

「はぁっ? もう一度言ってみぃ?」

「うるせぇ! ボロ負けしたんだよ! 同じGSランクの戦神になぁ!」

「貴様が……負けただと……」

「あぁ、挙げ句の果てには憐れまれちまった。俺様は今のままじゃこれ以上強くなれねぇとなぁ」


 剣神は顎を撫でながら着崩れた着物の裾を直し、ザンシロウに向かい精悍な顔付きで問い掛ける。しかし、その内包する気魄は一切衰える事は無い。


「わいに教えを乞う以上、貴様はまずその力を封じて貰うぞ? 剣技を磨くのに、その翠蓮と不死能力は邪魔だ。気付いておらんだろうが、貴様は不死という優位性から身体能力のリミッターを外しておるのだ。それが有る限り、剣技を教える事は出来ん」


 真剣な瞳を見つめ返し、誠意を見せ付けた。

「俺様の相棒、翠蓮をお前さんに預ける。免許皆伝だと思うまで返さなくていい。これが俺様に見せられる最大の本気だ」


 ーーその行動に、剣士であるランガイはザンシロウの偽りなき本心と、瞳に宿る決意を見た。


「良いだろう。志半ばにその想いが折れた時、貴様の相棒が折られる覚悟はあるか!」

「折れねえだろうが良いだろう! その覚悟はしかと受け取った!」


 礼節を尽くし、正座すると剣神教えを請う姿勢に変わり頭を下げた。

 その後、獣人の王スクロースの元に連れられて事情を説明し、王が一人にしか使えない究極とも言えるリミットスキル、『交魂』を受ける。


 ーーそれは、限定条件でしか発動出来ないある特殊能力を秘めたスキルだ。


『身体と魂を交換する』という絶大なリミットスキルであると同時に、『何方が死んでも、両方の魂と肉体が消滅する』という諸刃の剣、制約のあるスキル。

 王自身、二人のGSランク冒険者に頼まれなければ、使いたくも無いと思っていたスキルだった。


「これで、一時的に貴様は王の身体能力を持ちながらも不死性は失われた。そして、これを付けてもらおうかのう」

「なんか自分の身体じゃ無いって言うのは変な感じだ……これ以上、何するんだよ」

「これは枷だ。王のステータスを、一般の戦士のものまで落として貰うぞ」

 ランガイは、ザンシロウの手首に黒い腕輪を付けた。それは『呪犯のブレスレット』ーー

 ーーレベルの高い罪人に付けられる、ステータスを百まで強制的に抑えつけるアイテムだ。


 その様子を見つめていた、ザンシロウの姿をしたスクロースは目を見開いて驚愕した。


「おい! 王である俺の姿にそれを付けたら、要らぬ疑いを受けるであろうが! 馬鹿か!」

「安心なされい、此奴は道場から一歩も出しません。既に門下生には事情を説明してあり、誓約の印を刻み込みましたゆえ」

「「〜〜〜〜〜〜ッ!」」

 ーーザンシロウとスクロースは戦慄した。この男、ここまでするか。


 剣神による、苛烈な剣術特訓が始まった……


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