第171話 『紅姫』敗北す……

 

 巨大化した悪色マジャハンを見て、皆が幻術に絡め取られていった。虚無を瞳に宿しながら、各々が夢幻の世界に入り込む。

 レイアはその様子を眺めながら工房へと駆け出していた。女神の神体とナナとのリンクがある為、幻術は通じない。

 だがそれよりも、玩具で遊ぶ子供の様に満面の笑みを浮かべていた。


「来たぞ! これぞ正にテンプレだ!」

「何を考えてるか分かってるけどねぇ。あのロボはまだ未完成だよ?」

「ふふふっ! それすら望むところじゃ無いか! まるでアニメの展開さぁ」

「まぁ、詳しくは搭乗してから教えるね。ナビナナに代わるから宜しく! 悪食メルゼスと同じでマジャハンも天使の力を取り込んでるから、こっちはこっちでリンクを切らせ無い様に大変なんだよ」


「シールフィールドに封印されてる魔獣はみんなそうなのか?」

「えぇ、嘗て起こった神々の戦で悪神の尖兵でしたからね。取り込まれた天使は多いのです」

「良いだろう。悪食を倒した時より俺は遥かに強くなってるし、今回はライナフェルドがある! さっさと決着をつけてやるさ」


 ーー搭乗席に乗り込むと、ナナの説明を受けなら高々と雄々しく叫んだ。


「発動! 『機神戦闘モード』!」

「了解しました。マスターの神気を媒介として、四肢の感覚をリンクしますーー成功。続いてコアに魔力を流し込みますーー成功。加粒子砲起動ーー成功。いけます!」


「機神ライナフェルド発進!」

 背に巨大な翼を生やし、ライナフェルドは工房から舞い上がった。驚いたのは、コクピットの心霊石に神気を注いでいるだけの筈が、まるで己の手足を動かしている様な感覚がある事だ。


 ーー通常モードと違い、リンクを高めた戦闘モードは機械の操作感が減少していた。


「なんか……ちょっとロボ感が減ったな……」

「何で哀しそうなのか理解出来ませんが、ーー来ますよ!」

 ライアフェルドの右腕に向かって、マジャハンの牙が突き刺さる。

 ロボであるライナフェルドに、そんな攻撃が効くかと敢えて攻撃をくらい、ほくそ笑むがーー

「あれ⁉︎ 痛ってえぇぇぇぇっ⁉︎」

 ーー右腕に激痛が奔る。思わずコクピットから飛び退いた。


「どうなってるの! なんかこれ、自分で攻撃くらうより遥かに痛いんですけど⁉︎」

「当たり前です。ライナフェルドには唯の鉱石としての防御力しか無いんですから」

「何それ? つまり俺より防御力無い状態で、痛みだけは降り掛かるの」

「その通りですね。マスターの強さを再現なんて出来たら、世界が滅びます」


「その割には全然右腕は傷付いて無いんだけど」

「コヒナタ様が硬さだけは追求しましたからね。壊れなくてもダメージはマスターに伝わりますよ」

「全然嬉しくない! 絶ってよそのリンク!」

「そうしたら機敏に動けず、直ぐ破壊されてしまいますよ?」


「それは嫌だ!」

 ライナフェルドは腰の巨大な二刀の刀を抜き去った。迫るマジャハンが振り上げた爪を弾き飛ばし、もう一刀で胸元を斬り裂く。


 ーー唸り声を上げながら巨獣は怯んだ。姿を消している筈の己が何故見えるのかと困惑しながら。


「おぉ、イケるなこれ! 確かに自分が戦ってる見たいな動きが出来る! だけどなんか斬れ味がいまいちな様な……」

「当たり前です。ボディーの強固さにルーミアやアダムガイト鉱石を使ってますから、その巨刀は材質がミスリルですからね。マスターの双剣や大剣には及ぶべくもありません」


「こ、此処でも劣化か……でも!」

 突き出た右脚を十文字に両断し、空中から胴体へ向かって飛び蹴りをかまして、頭部を地面に減り込ませた。

 動き出しの速さにマジャハンは反応出来ていない。


 首の付け根から刎ねてやろうと近付いたその時ーー

 ーーギシャアアアアアアアアアァッーー!!

 不自然な体勢から頭蓋を突き出してライナフェルドの胴体へ突進すると、その勢いのまま口を大きく開き、極大の閃光を吐き出した。


「グアァァァッ!」

 完全に虚を突かれ、直撃を受けて街中の一部を破壊しながら地に沈む。まるで警鐘を鳴らすかの様に聞き慣れた警告音が聞こえる。


 ーーピコンッ、ピコンッ、ピコンッ!


「これってもしかして……」

「マスター。今のダメージでリンクの一部が断ち切られました。あと言い忘れましたが、機神戦闘モードは

 三分間しか戦えません。残り時間が少ないですね」


「やっぱりぃぃぃぃっ⁉︎ 何でそんな機能付けちゃったの⁉︎ この音絶対そうだと思ったんだもん。そんな夢のコラボレーション要らんわぁっ!」

「主人格が……きっと慌てふためくから付けてしまえと……」

「奴はきっといつか俺を殺す気なんだな……良く分かった」

「テヘペロで、全ては許されると言っておりましたが?」

「許される訳ねーだろうが⁉︎ どこの声優さんだ!」

 不毛な争いの直後、マジャハンが再度ライナフェルドの腕を削りに飛びかかった。辛うじて身体を転げて避ける事に成功するが、顔先に大きく口を開けたブレスが迫る。


 ーー此処しか無い!


「加粒子砲! 同時発射!」

 砲身を向け、迫るマジャハンの口内に向けて放った。『滅火』の極大の黒光がマジャハンの頭部を貫く。

「今だぁぁっ!」

 そのまま出力が衰える前に、胴体を焼き尽くし消滅させた。


 ーー水晶城の一部と共に。


 マジャハンが倒れると、続々と皆が意識を取り戻していく。搭乗席からその様子を眺めて一安心だと深く腰掛けて安堵していた。

 其処へ、ナナの焦燥が伝わる。

「マスターやばい! 幻術が解けて悪魔が動き出してる。あそこ見て!」


 マジャハンの消滅した宙には、青黒い光を収束しながら宙を漂う『悪神の魂の欠片』と、それを片手に今まさに掴んだアグニスの姿が映った。


「やっべぇ! 完全に忘れてた! 他のみんなは?」

 眼下を見張ると、己の身体が刻まれようと一切気にもせず足止めを図る、ラキスの孤軍奮闘する姿があった。

 コヒナタとアズラは既に神気が切れ、ビナスはレイアを救う為に魔力を使い切って気絶している。急いで搭乗席から降りると、其処へ予想外の人物が立ちはだかった。


「ここを通りたいなら、リコッタお姉さんを倒してからにしてくれる〜?」

「えっ? どういう事なの⁉︎」

「どうせこの事件が終わったら、また塔に封印されちゃうと思うのよ〜? それなら好みの男についていくのも長い人生一興じゃ無いかな〜って!」

 振り下ろされた打撃を腕で防ぐと、ビリビリと痺れる感覚から一切手を抜いていない事が分かる。


 ーー本気なのだ。敵対しているのだ。


 リコッタの裏切りに驚愕したその間に、アグニスは悪神の魂の欠片を取り込み、味方に合図を送った。

「去るぞ! ラキス、リコッタ!」

「はい! 今参ります」

「ねぇレイア〜! いつか相手してほしいからまたね〜?」


 リコッタは悪色マジャハンの幻術にかかっておらず、レイアが戦っている間にアグニスと交渉し、見事成功したのだ。

 悪魔じゃ無い己でも役立つ事は多いと、他ならぬアグニス自身が感じた事だ。ラキスは状況が飲み込めずにいるが、王の命令に従う。


 そして、そんな事を絶対に許さないとイザークはただ一瞬の隙を伺っていた。転送陣に三人が入った直後、己の剣を突き立てて止めようと狙い打つが、眼前に飛んで来たのはラキスの折れた魔剣の柄だった。


 ーー凄まじい速度に、思わず回避と防御を優先して怯んでしまう。


「裏切りなぞ認めんぞ! リコッタあぁぁっ!」

「あらあら〜ヤキモチかな? 良い男になって出直して来なさいね〜」

 ひらひらと手を振りながら、悪魔とエルフの悪夢は消え去ったのだ。傷だらけのディーナとアリアが駆け付けた時には、全てが終わった光景だけが広がり、女神は呆然と佇んでいた。


「してやられたって事? リコッタさんどうして? 俺達が負けたって事?」

「本当に済まぬ。まさかリコッタが裏切るとは……」


 謝罪するイザークの言葉もレイアの耳には届いていなかった。結果だけを見れば、エルフの国は救われたのだろう。


 ーーだが、多大な犠牲者を出した。

 ーー仲間達も傷付いた。

 ーーそして、敵が目的をまんまと果たして逃げられた事実に変わりは無い。


「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!」

 圧倒的な神気を巻き起こしながら、大地を両手で叩きつけた。完全なる油断。遊び心が招いた敗北。

 ナナのロックも悪魔達の精神体には通じず、味方のリコッタにセットもして居なかったらから『神体転移』で追う事すら出来ない。


 ーー『紅姫』の全員が己達の甘さを噛み締め、拳を握り締めた。


「今回は俺達の負けだな……次は絶対に捕まえてやる」

「妾は先に風呂に入りたいのう。死霊達の臭いで、鼻がひん曲がりそうじゃぁ」

「旦那様。次は私が絶対に瞬殺してやるからね!」

「装備を強化しましょう。もう負けない為に」

「姫が今抱いている悔しさは皆同じだ。それが仲間なんだから」

「今回一番役に立てなかったのは私よ。でも、そんなの絶対許さない。レイアの背中を守るのは私なんだから、ーー強くならなきゃ!」


 傷付いた者達は勝利の美酒に酔えず、ただ薄暗い空を見つめていた……


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