第169話 『悪色マジャハン』の復活!

 

 アグニスは神樹の地下、シールフィールドの前で神経を集中し、この後起こるであろう悪神の魂の欠片を宿した魔獣との戦いに備える。

 既に、アリアとリコッタは意識を失っていた。かなりの精気を吸われたが、それを上回る力で地に伏せさせたのだ。

 解放した悪神の魂の欠片の力から、正直誰にも負けないと自負する程の膂力を身につけている。


 溢れ出す力の制御に気をつけながら、魔剣ヴェルフェンでシールフィールドを斬り裂いた。

「やはり、硬いな……」

 神々が封印した結界は、容易く破る事は出来ない。前回ラキスと共に破壊を試みた際、手も足も出なかった事実から退いたのだ。


「だが、今の俺ならばいける!」

 再度魔剣ヴェルフェンを突き出すと、結界を貫き壊した。扉が自然と開き、暗い空間の中に入った瞬間に己の油断に悔恨する。


「し、しまった‼︎」

 能力が上がった反面、アグニスは危機探知能力に優れていた為、直様理解したのだ。


 ーー空間の中央に佇む魔獣が既に己に向けて幻術を放ち、無様にも意識を乗っ取られた事実に。


 三メートル程の封印されていた魔獣にしては小さな巨躯、緑水晶の瞳、二本の尾を靡かせ、獅子の如き獣毛を逆立てるその様相はーー

『馬鹿め』

 ーーしてやったりとにやけた面を晒していた。

 デモニスの王は幻術に捉われ、魔剣を地面に落として項垂れている。瞳は虚無に、意識は過去の塔に幽閉されていた頃へと巻き戻されていた。


 ーー名すら無かったあの自分へと遡る。


 __________



「君はこのままで良いのかい?」

「何の事だ? 俺は今までもずっと、こうして生きてきたじゃ無いか?」


 ーー眼前に佇む黒光に対して、アグニスは紅茶を啜りながら答える。


「だから、それで良いのかと聞いているんだよ?」

「別に不満など無いさ。本で読んだんだが、この世界には貧困する人々が満ちているらしいしな」

「自由が欲しくは無いのか?」

「俺が不自由かと言われれば確かにそうかもしれないけれど、心は富んでいるつもりだ」


「いいや違うね、ならば何故君は泣いている?」

「ははっ! 泣いてなどいやしないさ」

「その瞳から流れる透明な雫を、涙と言わずして何とするんだい?」

「あぁ……確かにそうだな。俺は此処から出て、外の世界を見たい」


「じゃあその涙を拭いなよ、自由を得る為の力は、既にその身に宿している筈さ」

「あぁ、思い出させてくれてありがとう。じゃあ奴を殺そうか」

「ふふっ! 良い顔になったじゃ無いか。流石私が見込んだだけはある」

「ありがとう……見ていてくれ。もう一人の俺よ」


 アグニスは唐突に意識を覚醒させる。その姿に悪色マジャハンは怯んでいた。ーー己の幻術が破られた。その事実に恐怖を抱く。


 ーーキシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァーーーーッ!


「貰うぞ! 貴様の中にある悪神の魂の欠片を!」

 爪を振り上げて飛び掛かる魔獣に対して、魔剣を下段から振り上げた。右腕を付け根から両断すると、額へヴェルフェンを突き刺す。


「勝った!」

 安堵した瞬間に、己がとんでも無い間違いをしていたと理解する。突如マジャハンは姿を消したのだ。

「まさか⁉︎ 既に最初からこの場に居なかったというのか!」

 殺した筈の魔獣は、姿を消してその体躯を消失させた。

 それは、既にこの場に居ないという事実を突き付ける。最初に自分が幻術にかかっていた時に、既に本体はこの場を脱していたのだ。


「くそぉっ! 一体何処に⁉︎」


 神々が封印せし、Sランクを遥かに超える魔獣がエルフ達の元へ解き放たれた。


 __________



「ねぇ馬鹿エルフ。暇なんだけど」

「煩い、役立たず女神め」

「言ったね? 今の俺は優しく無いぜ? ボッコボコにしてやんよ」

「止めろ。そうやってすぐに暴力で解決しようとするその心……チンピラか貴様は」

「おうおう。死にたくなければ金出せや」

「なんなんだ貴様は……悪魔よりタチが悪いな。あと、このまま閉じ込められた状態で事件が終わったら報酬は払わんぞ」

「なっ⁉︎ それは違くね? 宝珠を俺に預けたお前の所為じゃん!」

「リコッタが狙われると思うだろうが! 寧ろ避けろ!」


 不毛な言い争いを続けるレイアとイザークは、項垂れていた。


 __________



「一体なんだと言うのだ⁉︎」

「あれがディーナ様の真の実力なのか⁉︎」

 白夜と極夜は震える身体を抑え込みながら、眼前に繰り広げられた光景に対して己の認識を正していた。

「があああああああああああああぁぁぁぁあーーーーーーっ!!!!」

 ビナスが禁術を放ち、潰した死霊の残党を狩るディーナの姿は、鬼神の如き荒々しさを周囲へ撒き散らしている。


 ーー千切る。

 ーー潰す。

 ーー捻る。

 ーー叩く。

 ーー両断する。


 デュラハンは振り上げた剣ごと腕を千切られ、グレートマミーは頭部から地面へその身体を押し潰された。レイスは魔術を放ち続けるが、『聖絶』を纏った身体に弾かれ、瞬時に両断される。


 ーーパキイイイイイイイィィィンッ!


 ディーナの膂力に耐え切れず、紅華が欠けた。それを合図に鉄扇は砕け散る。

「今までよくもってくれたのう……」

 己の相棒が砕け散る姿に哀愁を漂わせながらも、止まらずに死霊を狩り続けた。エルフ達の歓声が戦場へと響き渡る。

 ビナスは既に城門外の戦いをディーナに任せて、ラキスを倒しに向かっていた。

 全てがレイア中心であるメイドにとって、現状最も重要なのはラキスを倒して主人を解放する事だったのだ。

 しかし、そこへ計算外の出来事が起こる。


 ーーキシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァーーッ!!


「なっ⁉︎ 魔獣だと!」

 宙を飛んでいた所へ、偶然にも悪色マジャハンが邂逅した。互いに驚きながらも戦闘が開始される。

「さっさと死ね! メルフレイムストーム!」

 上級炎魔術を放つと、ビナスは予想外の出来事に冷や汗を流した。


 ーーいない。魔獣が消えた。

 経験は無いが、本能から理解出来た。既に己が幻術に嵌められていると。

「余計な手間を掛けさせるな! メルセイネス!」

 広範囲に渡って真空の竜巻を巻き起こすと、姿を隠したマジャハンを跳ね飛ばそうと試みるが、一切反応が無い。


「ちっ! ……逃げられたか」

 魔力を解放したビナスを逆手に取る程の、知恵と幻術能力を持った『悪色』はそのまま姿を消す。

 ーー完全に、封印から解き放たれたのだ。

 予測出来ないその行動から、味方は勿論、悪魔でさえ脂汗を流して焦燥感に苛まれた。


「拙い、レビタンとラキスに助力を求めねば!」


 アグニスは水晶城を飛び出し、戦場へと駆け出した。

 戦況は加速していく、誰もが予測し得ない結末へと向かって……


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