第168話 『ビナス無双』

 

『レイセン内大通り』


 ラキスは魔剣オーベルを抜刀すると、アズラとコヒナタに向けて閃光を迸らせる。

「うははっ! なんか久しぶりに真っ当な剣士と勝負してる気がしておもしれーぞ!」

「凄まじい剣の腕ですね。あの魔剣が歓喜している声が聞こえます」

「褒めて貰えて光栄だが、貴様らのその余裕は何処から来るのだ?」

 悪魔の剣士は慧眼を二人に向けるが、一切焦燥する様が無い。まるで楽しんでいるかの様にも見える。


「そりゃあ、嬉しいからに決まってんだろう?」

「えぇ、レイア様に不意打ちを仕掛けるだけはありますね」

 アズラは護神の大剣を胸元に掲げ、コヒナタはザッハールグを『三式』へと変化させた。


「姫を解放する為に、そろそろ本気でいかせて貰うぞ?」

 魔人の威圧が跳ね上がった瞬間、ラキスは魔剣オーベルを納刀し、腰を低く落として迎え討つ態勢に移行した。危機察知が反応したのだ。

 しかし、『紅姫』の二人は悪魔の神速の抜刀術を先程目にしている。狙いは別にあった。


「ほらよ! 行け、コヒナタ!」

「はいっ! 『鳴神』!」

 アズラが突如射線上から飛び退き、コヒナタから青い雷を纏った極大の閃光が放たれる。ラキスは完全に虚を衝かれるが、咄嗟に魔剣を抜刀して真空波を巻き起こして見せた。


「小癪な奴らめ! その程度の技が通じるとでも、ーーーーッ⁉︎」

 予想を超えた雷光の威力は、剣技を軽く弾き飛ばして『鳴神』は悪魔の身体を焼き尽くす。


「きゃああああぁぁぁぁっ‼︎」

「甘いですよ! 今ですアズラ様!」

「おう! 『麒麟紅刃』!」

 宙に浮かび焼かれ続けている女剣士の胸元を、『魔仙気』を発動して紅輝を纏わせた大剣が深く貫いた。そのまま振り下ろされた斬撃により、身体を両断される。通常の敵ならこれで終わりだ。


 ーーそう、相手が悪魔(デモニス)でさえなければ。


 敵が安堵した瞬きする程の一瞬の油断をラキスは見逃さなかった。己の胴体から流れ落ちる血を手で掬い、眼球目掛けて撒き散らす。

「うおぉぉっ! まじかよ⁉︎」

「油断しすぎです! 横に飛んで下さい!」


 視界を奪われたアズラはコヒナタの指示を受け、咄嗟に横に転げ回った。コヒナタは『一式』の巨大な鉄球をラキスの上半身へと叩きつけるがーー

「一手遅かったな!」

 ーー魔剣オーベルの特殊能力である『勢殺』を発動する。攻撃の勢いそのもの、つまり速度や圧を封じられてしまうのだ。

 どんな攻撃も、射出速度を打ち消されてはその場に沈むしか無い。


 驚愕するコヒナタと、視界を回復させたアズラの眼前には、再生したラキスが再び抜刀の構えを取っている。

「そう簡単にはいかせてくれないか……」

「えぇ、あの再生能力と冷静な分析力は厄介ですね」


 額からじんわりと汗を流し、互いに次の一手を探っていた。


 __________


『城門外』


「ぐああああぁぁぁっ!」

「退け極夜! 無理に突っ込むんじゃ無い!」

「あははっ! さっきから無駄なのよ無駄! レビタンちゃんにダメージなんて与えられる訳無いじゃない? ほら、味方も次々と殺されて死霊化してるよぉ〜?」


 嬉々として踊り回る悪魔を見ながら、唇を噛み締めて血を流す白夜は、味方側の戦況が芳しく無い事をはっきりと理解していた。


『紅姫』のメンバーが頑張ってくれている事は分かっている。だが足りないのだ。これが普通の人間との戦いならば違っただろう。ーーーー相手は死霊。

 倒しても瘴気さえあれば復活してしまう。更に自軍の兵迄もが敵になってしまうのだ。


「くそぉっ! 一体どうしたら良いんだ!」

「諦めるな白夜! 俺達には神の加護がついている! 今は竜の加護まである」


 ーー二人は上空を見上げる。

 其処には白竜が閃炎を放ちながら、巨大な骨竜をバラバラに倒していく光景が広がっていた。


「あぁ、ディーナ様が諦めていないのだ! 我等が先に情けない姿を見せる訳にはいかない!」

 エルフ達は折れそうになる心を、竜姫の戦う姿を見つめる事で必死に支えている。

 当の本人はというとーー

「この骨達まっずいのう〜! おえぇぇぇっ! 臭いし、最悪じゃあああああぁぁぁーー‼︎」

 ーー別の意味で怒り狂っていた。死霊達が美味い訳が無い。


 __________


「出来ましたぁっ!」

 エルフの祈祷師達は歓喜している。漸く『神樹の雫』が発動したのだ。

「良くやったぞ、お前達!」

 ビナスは待っている間にいつものメイド服から、戦闘モードの装備へ着替えていた。

 漆黒のゴシックドレスに、紅玉のロッドを携え、右手で『神樹の雫』の入った小瓶を掴むと直ぐ様喉元へ流し込む。


「はああああああああぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!」

 恍惚の表情を浮かべ、身悶えながら両手で己の二の腕を掴むと、ーー覚醒が始まる。

 全身に迸る『聖女の嘆き』の呪印は消え去り、己が嘗て施した封印は既にレイアによって解放された。


 ーー全力全開の『魔王』の魔術が神樹の根元で巻き起こる。


 エルフ達はその光景に顎が外れそうな程に愕然とし、倒れ込んで恐れ慄いた。己の魔力と懸け離れた、比べる事すら烏滸がましい圧倒的な魔力。ーーすなわち魔術の王。


「あはははははははっ、はははっ、ははははっ、ははははっ! 最高だ! 最高の気分だよ!」

 ビナスは厭らしく嗤いながら、その唇を舐めて湿らせた。


 ーー「待っててね旦那様! 転移!」


 一瞬でレイセンの街の城門外へ転移すると、空中から戦況を見つめて愉快に笑った。圧倒的に不利な状況を見て、黒髪を靡かせながら思ったのだ。

「最高のシチュエーションじゃない! 見てろ馬鹿竜!」

 その言葉通り、ディーナは突如現れたビナスに眼を見張る。歓喜しながらも思ってしまった。ーーーーしてやられたと。悔しいが最高のタイミングだ。

「遅いのじゃ! ドM魔王め!」


 ビナスは空中を降下しながら、紅玉のロッドを掲げて叫んだ。

「喰らえ! 『メルクオリフィア』!」

 世界が二つに割れ、下界と上界に鏡面が表れる。死霊達は宙へと浮かび上がり、同じく振り落とされた己の姿を見つめるのだ。


 ーー混ざり合い、溶けていく。防ぐ術など一切無いままに、ぶつかり合った身体が押し潰し合うのだ。


「な、何なのこれは⁉︎ 有り得ない⁉︎」

 レビタンは咄嗟に精神体へと己の姿を変えて魔術を回避するが、眼前に齎された凄惨な光景に絶句した。優勢だった自らの死霊の軍団が一気に壊滅したのだ。


 ーーそれも、ただ一人の小娘によって。


「くははっ! やるでは無いかビナス! 派手じゃのう?」

「あははっ‼︎ 最高の気分だよ!」

 ビナスはレビタンを捉えると、続いて禁術を放った。


「一人目だな、『メルアイリス』!」

「はあぁっ⁉︎ 拙い!」

 足元から氷結していく己の身体に対して、躊躇う隙すら与えられぬままに両足を切断した。


「あっぶな〜! 何そ、れ⁉︎」

 上空を見上げると、ビナスは既に新たな禁術を放ち終えている。人差し指の先には、漆黒の炎球が燃え盛り、見た目だけでその熱量をはっきりと感じさせた。

「やばっ⁉︎」

「燃やし尽くせ! 『メルデスフレア』!」

 両足を失ったレビタンは避ける事叶わず、魔術の直撃を喰らう。


「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁーーーーっ!!!!」

 己の人生で味わった事が無い程の高熱と激痛に絶叫した。


「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いぃぃぃぃぃ〜!」

「ふんっ! 旦那様に害をなした罪だ。死ね!」


 ビナスはそのままレビタンを、己が作り出したキューブに閉じ込めた。それはリミットスキル『理を外れる者』で以前見ていた吸血鬼の真祖センシェアルの空間を操る能力を、魔術に応用した攻撃だ。手を四角に形取ると、徐々にその空間を狭めていくかの如き所作を取る。


「やめて⁉︎ 助けて! ーーアグニス様!」

「お前はその台詞を吐く前に、自らの行為を見つめ直しなよ」

 空間ごと押し潰され、粉々に文字通り粉砕された。再生する事が無いよう極炎に燃やし尽くされる。

 白夜と極夜は魔術の王の圧倒的な魔力と、冷徹な表情に凍り付いた。

「強すぎる……」

「これが、『紅姫』か……」

 対してビナスは上空のディーナを見つめて吠えた。


「いつ迄遊んでいるつもりだ馬鹿竜! そんな情け無い姿を晒す位なら旦那様に報告するぞ!」

「ふんっ! 後から来たくせに偉そうにしよって! しょうがないじゃろう。妾の『コレ』は時間が掛かるのじゃ!」

 ディーナは、レイアにプレゼントされた『鬼神の腕輪』を撫でると、白竜姫形態から更にその姿を進化させる。

 人化したその姿から、白銀のオーラを巻き起こすと共に変貌を遂げたのだ。


「『聖竜姫形態』! 発動せよ!」

 人化した状態で煌めく鱗を纏い、膂力を溢れさせた美しきその姿は、巨大な竜の力をその身に内包させていた。

 ビナスが復活した今、後先考えずに暴れられると口元を吊り上げたディーナの、凄惨な『暴力』が始まる……


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