第166話 襲い掛かる悪魔の猛威

 

『首都レイセン城門』


 次々と襲い掛かる死霊の軍団の猛攻に曝されたエルフの軍は、圧倒的な苦戦を強いられていた。

「撃て! 絶対に街の中へ死霊を通すんじゃ無いぞ!」

「しかし白夜様! 既に空からグール達が次々と投下されております!」


「街の中にも兵は配備してある。『紅姫』のメンバーも戦ってくれている筈だ。信じよう! 我等は一匹でも死霊を倒す!」

「畏まりました、フレイムアロー! 火矢隊も続け!」

「うわあぁぁぁっ! こっちに増援を頼む!」

 悲鳴が上がった方向へ、白夜が視線を向ける。

 其処にはデュラハンが兵士達の首を刎ね、槍を装備したゾンビやグール達が、特攻を仕掛けている凄惨な光景が生み出されていた。


「このままでは、保たない……」

 上空を見上げ、三十匹を超えるスケルドラゴンの大群と今尚、戦闘を繰り広げる白竜姫に願う。


「どうか、竜の加護を我等に」

「ざっこ、ざっこ、ざっこぉ〜ざっこっこ〜!」

 幼く甲高い歌声が耳へ聞こえた瞬間、化け物に背筋を舐められたかの様な悪寒に苛まれる。


「まさか……」

「美少女レビタンちゃんが、この前の借りを返しに来てあげたよぉ〜? あれ? もう一人の黒い子は何処に行ったのかなぁ〜?」


 背後を振り向くと、幼女が口元を三日月の様に吊り上げ、人形を抱きながら嗤っていた。以前より遥かに禍々しいオーラを纏い、取り込んだ瘴気が身体から漏れ出している。


「拙い! ピピィーーーーッ!」

 白夜は打ち合わせた通り、極夜に向けて警笛を鳴らした。悪魔を相手取る時には何方かが駆けつけて、二人掛りで対処すると前以て決めていたのだ。


「あらぁ? 黒い子を呼んだのかな。いいよ、レビタンちゃんは優しいからちょっとだけなら待ってて上げるよぉ!」

「ふんっ。その余裕の表情を直様変えてやるさ」

「見え見えの強がり張っちゃって〜! 可愛いなぁ。死んだら特製のマミーにしてあげるからねぇ」


 ーー図星だった。白夜は威勢を放たなければ、立っていられない程の恐怖に包まれている。


「もうそろそろいいかなぁ? 丁度良い場面で黒い子が駆け付けてくれる様に祈りなね」

「くそっ! 早く来てくれ極夜!」

 指の先から無数の黒い鋼糸を生み出すと、死霊達を人形芝居の人形の様に空中に吊り上げる。

 お互いに抱き着きあうと、無数のマミーは巨大な腕へと形を変えていった。


 螺旋を描く様に捻れた黒鋼糸は、レビタンの合図と同時に紐解かれ、凄まじい回転を巻き起こしながら白夜へ放たれる。


 ーー『螺旋肉弾』

 白夜は短剣で迎え打てば即死する程のダメージを受けると判断し、全力で背後の城壁に張り付いて、ひたすらに上部へと駆け上がった。直後ーー

 ーードゴオオオオオオオオオォォォォォンッ‼︎


「うわあああああぁぁぁっ!」

 破壊音を轟かせると、先程まで立っていた場所の城壁は粉々に砕け散った。巻き込まれた兵士達が無残にも落下している。


 ーー白夜は、その破壊力に戦慄した。


「か、勝てない……」

「白夜ぁっ!」

 絶望した直後に、周囲に響いたのは戦友の呼び声。こちらに向かい疾駆する極夜の姿に安堵し、背後に迫る存在に驚怖した。


「やめろおおおおおおおおおぉぉぉぉーーーーっ!!」


 白夜の痛哭が極夜の耳へ届いた瞬間、操られた無数のマミーが口に飴玉を咥えながら絡まりついてゆく。

 剥ぎ取りたくても、襲い掛かる速度が速過ぎて対応が追い付かない。両手に握られた短剣は、既に死体の肉壁に飲み込まれた。


「一人目だねっ?」

 レビタンが可愛く唇に人差し指を当て、上目遣いで微笑むとーー

 ーーズガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァンッ!!!!


 マミー達は、極夜を抱いたまま自爆した。万が一にでも逃げられ無い様に、黒鋼糸で肉壁の外側をグルグルに巻かれたままに。


「極夜あああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁっ!!」

 バラバラに弾けた肉片が周囲に飛び散る。呆然と佇む白夜の眼前に、空中から極夜の短剣が突き刺さった。


 自然と涙が溢れ、身体中の力が急速に抜けていく……戦士としての矜持や怒りに震える事も無く、ひたすらに逃げ出したい焦燥に駆られていた。


「もう、駄目だ……」

「あははっ! 諦めちゃったのかなぁ? ほら、じゃあ爆弾は使わないから、その友達の剣で立ち向かってきなよ」

 このまま無駄に命を散らす位ならば、一太刀でもとレビタンに飛び掛かる。愉悦に浸りながら棒立ちで動かない悪魔の心臓部へ、友の短剣を突き刺した。


 ーーそのまま自らの短剣で喉元を切り裂くと、即座に背後へ退く。


「どうだっ!」

「どうも何も、傷一つついて無いってばぁ」

「そんな⁉︎ 再生力が桁違いに上がっているのか」

「これだけ死霊の瘴気が満ちていれば当たり前でしょう? アグニス様も、雌豚ラキスもパワーアップしてるんだから、君達に勝ち目なんて無いってば」


「それでも、諦めてたまるものかぁ!」

 顔を上げて咆哮したその時、信じられないモノを目にする。悪魔の背後から短剣で首を刎ねる戦友の無事な姿ーー

 ーー極夜がいた。


「かはっ! 一体どうやってあの爆発の中から逃げたの⁉︎」

 転がった首だけのレビタンが、二人に向けて初めて動揺を見せる。

「諦めかけたその時、竜の加護のお陰でマミー達の身体から抜け出せたのさ」

 白夜と極夜は空を見上げる。


 其処には『聖絶』を発動させて極夜を助けだした後に、スケルドラゴンとの戦闘へと戻るディーナの姿があった。

「余計な真似しやがってえぇぇっ! 折角の絶望が台無しじゃ無い! もう怒ったからね!」

 胴体が首を拾うと、瞬時に首と接合し復活する。


 圧倒的な力量差を感じたエルフの戦士達は、必死に頭を巡らせて打開策を考えていた。


 上空では竜の咆哮が轟いている。エルフ達は自らを鼓舞し、傷付いた身体で死霊達へ立ち向かうがーー


 ーー戦況は悪化する一方だったのだ。


 __________


『レイセン大通り』


「見つけた! あのエルフを絶対にアグニス様の元へは向かわせない!」

「な〜んて事を思っている顔よねぇ? あれ……」

 呆れた顔で肩を竦めるリコッタの横では、コヒナタとアズラが目を細めつつ、冷淡な表情を浮かべていた。


「間違い無くリコッタ様を凝視してますね。私達の事なんて眼中にないんじゃ無いですか? 一体何をしたんです?」

「うん、あの怒りの表情は絶対に何かしたね。そのままお前に相手をして貰おう。ーーってあれ?」


 気がつくとエロエルフの姿が無い。ほんの数秒で行方を眩ましたのだ。そして去った地面には、伝言が書かれていたーー

 ーー『女には興味が無いの。ごめんね〜?』

 コヒナタとアズラだけでは無く、何故か側まで辿り着いたラキスまでもが怒りに打ち震えていた。


「そこはお前が戦えやぁっ!」

「無理矢理私達を巻き込みましたね……してやられました」

「あのエロエルフは何処に行った⁉︎ 庇い立てすると、貴様らごと斬るぞ!」


「私達が聞きたいですよ。リコッタ様の事は計算外でしたが、これは好都合です。ねぇ? アズラ様」

「その通りだなぁ。姫を閉じ込めた『隠り世』だかを発動させた悪魔は此奴だろう? 解放するのに丁度良い」

「何だ……? こいつら……いきなり纏う気配が変わった?」

 ラキスは眼前に立つ、今迄全く覇気すら感じ無かった魔人と、ドワーフの変貌に驚愕した。


「偉大なる鍛治の神ゼンよ。初代巫女マールの血を受け継ぎし、コヒナタが願い奉り候。この身に御身の神力を宿らせ給え!」

「こっちも行くぜ麒麟様! 姫の為にいっちょ悪魔狩りに付き合ってくれやぁ! 『麒麟招来』!」


 コヒナタとアズラに向けて、天空から赤と金色の神気が降り注ぐ。それは暗く淀んだ空を切り裂く光の柱だ。

 項垂れたエルフ達。遠く離れた仲間達はその輝きを見て己を奮い立たせる。

「さぁ、レイア様の為に滅びて下さいね? 悪魔さん」

「全力でかかって来い。姫の為に戦う時の俺達は最強だからな」


「…………」

 無言のままにラキスは逡巡していた。明らかに高い戦闘力を持つこの二人と戦いになる事は構わないーー


 ーーだが、エロエルフを放っておいて良いものかと。


 ___________


『水晶城内』


 アグニスの気配を追って城へと戻ったリコッタは、額から冷や汗を流していた。辿り着いた先に待っていたのは、倒れた天使の姿だ。


 そして、『悪神の魂の欠片』を解放した悪魔の王を見て理解してしまったのだ。

「やっばいなぁ〜! これ、リコッタお姉さんじゃ勝てないかもぉ……」


 予想以上に強大な威圧を放つ、悪魔の王アグニスは冷酷な瞳で天使を見下ろしていた……

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