第163話 交渉を成立させるコツは、色仕掛けにあり

 

 首都レイセンにある、イザーク王の待つ水晶城に向かう前に、『紅姫』の面々は装備を外してドレスに着替えていた。

 リコッタに頼んで準備して貰ったドレスに彩られた女性陣は、現在メイクに取り掛かっている。


 一体何故こんな事になっているのか。ーーそれはレイアの一言から始まった。

「イザーク王も男だろ? 色仕掛けで魅了しちゃえば、きっと報酬を上げてくれるに違いない!」

 その突然の提案に対して、反論を述べる者はこのパーティーにはいなかった。コヒナタのみ、反論では無く己の魅力に自信を持てずにいるが……


「おぉっ! 主様から色仕掛けなんて台詞が出るとは思いもよらなんだ」

「私は出来れば遠慮したいですけど……こんな身体ですし」

「旦那様が見たいなら、私は頑張るよ〜!」

「レイアの好きにするといいわ。個人的には楽しみかしら」


 アリアは天使形態になり、頭上の輪と羽を消している。女神と並んで歩くのに、元の幼さでは相応しくないと判断したからだ。銀髪を彩る白いドレスを選択した。

 ディーナとビナスはそれぞれ緑と黒のドレスを見事に着こなしている。コヒナタに用意されたのは桃色の淡く可愛らしいドレスだった。


 一人不安そうな顔をしている所へ、レイアが近寄り頭を撫でる。


「コヒナタはそのままでも充分可愛いよ? 俺の自慢の恋人なんだから、胸を張って欲しい」

「そんな事を言われましても、レイア様の美しさには遠く及びません……」

「あははっ、まぁ自分では分からないからなぁ。綺麗かい?」

 レイアは紅いドレスの裾を掴むと、令嬢の真似をして振る舞った。以前天使マイリティスが行った所作を覚えていたからだ。


「……はいぃ! 美しいですぅ!」

 コヒナタの目は完全にハートマークになり、あろう事か涎まで垂らしていた。

「こらこら、ドレスが汚れちゃうでしょ!」

「妾達は準備が出来たぞ〜!」

「旦那様……どうかな?」

 ディーナは胸元が強調されており、普段の和風な雰囲気から一変したギャップに、鼻血が出そうになる。

 ビナスは流石だと言わんばかりに黒のドレスを着こなしていて、紅い瞳が映えて美しい。全体的に刺繍された薔薇が色気を醸し出していた。


 最後に此方に歩いてきたアリアは、天使のオーラが隠しきれておらず、白銀の光を放つその姿は、聖女と呼んで相違ない清廉さを醸し出していた。


「みんな、綺麗だよ! さぁ、準備は整った! 王様からぼったくりに行こうか!」

「「「「はいっ!」」」」

 リコッタはツッコミを入れず、冷静にその会話を聞きながら呆れていた。

「イザークは大丈夫かしらね……」


 __________



 馬車に乗り、水晶城に辿り着くと周囲は騒然とした。

 門番は前以てGSランク『紅姫』が来たら通すように説明を受けていたが、想像していた人物像と違い過ぎて気を失いかける。


「……美しい」

「何だあれは」

「何処のどいつだ? きっとゴリラ見たいな女だなんて言った奴は」

「あの小ちゃい子、名前なんて言うんだろ」

「女神って、実在したんだな……」

 城内に入ってからも騒ぎは治る事を知らず、喧騒に包まれていた。レイアは心の中でウンザリしつつも、狙い通りだと微笑みを絶やさずにいる。


「ここよ、イザークは意外に小心者だから手加減してあげてね?」

「大丈夫、『手加減』するよ」

 王の間に続く扉が開いた直後、『念話』を飛ばした。自らも『女神の微笑み』を発動する。

『みんな、戦闘準備! 全力で悩殺するよ!』

『『『『ラジャー!』』』』

 突如エルフの王の目に飛び込んだ見目麗しい美姫達の輝きと、スキル『魅了』は想像以上の破壊力を秘めており、両隣にいた白夜と極夜までを巻き込んだ。


 ーーバタンッ!


「あれ?」

「ん?」

「あら?」

「あははっ! やっぱりね」

「あーあ、やり過ぎ」

 三人の男達は鼻血を噴きながら、勢い良く失神したのだ。


「だからやり過ぎ注意だって言ったのに……もう!」

 リコッタに叱られ、漸く状況の掴んだ為反省はするが……


「まさかこの程度で倒れるとか、この国の王様大丈夫?」

「貴方達が、自らの容姿に自覚を持たな過ぎるのよ」

「取り敢えず起きるまで待とうか。それより、これが神樹なんだね?」

 レイア達の眼前には、光り輝く十メートル程の白木が立っていた。


「えぇ、王の間と神樹の結界は繋がっているの。神樹に触れる事が出来るのは、本来エルフの王族のみだと言われてたんだけど、悪魔達に易々と突破されたそうよ?」

「ん〜でもこの結界さぁ、多分俺らでも余裕で通れちゃうね」

「あら、解るの? リコッタお姉さんもよく隠れ蓑に使ってたのよ〜」


「そりゃそうだよ。時間が経ち過ぎて結界に所々隙間が出来てるじゃん。こっちには結界のプロがいるからよく解るよ。ねぇ、ディーナ?」

「妾の『聖絶』をぶつけたら、一瞬で砕け散るレベルで傷んどるのう」

「ただ問題はこの先ね。神樹の地下? かしら?」


「えぇ、アリア様。とてつもない力を感じるとゼン様が警戒しています」

「おい、注意を別に向けるな貴様ら! 我の封印を解くのが先で頼むぞ! 本当だぞ!」

「ビナスにそう言う頼み方をされると、途端にやる気が無くなるわね。そう思わないコヒナタ?」

「アリア様同意します。悪い癖ですよ! そのレイア様以外には口調が戻るのもいい加減に直しなさい!」


「ぐぬぬっ! はぁい……封印が解けるまでは我慢する……」

 涙目で堪えるビナスを他所に、冷静にナナと現状の問題点を洗い出していた。結論としてーー

「この結界役に立ってないから、いらん」

 ーー目覚めた直後にその台詞をイザークは聞いてしまい、目を見開いて困惑した。


「い、いきなり何を言うのだ!」

「おっ? 漸く目覚めたか王様。まず鼻血拭きなよ」

 己の鼻を擦ると、状況を理解し慌てて立ち上がる。

「す、すまない、少々時間を頂く。リコッタ! 二人を起こしてくれ。やり方は任せる」

「はいはい、取り敢えず着替えに行きましょう? 貴方達、最高に格好悪かったわよ〜」


 顔を真っ赤にして王の間から駆け出したエルフの王を見送りながら、レイアは反省していた。


「初心(ウブ)なんだな、あの王様……」


 __________


『二十分後』


 精悍な顔つきを取り戻したイザークは、少しでも王らしく見せようと胸を張るが、皆の白々しい態度に心が折れそうになっていた。

「みんな、それ位にしてあげよう? 王様が泣いちゃうよ」

「な、泣くもんか! 絶対に泣くもんかぁ!」

「王様、言葉遣いが崩れてる。頑張って?」

「う、うぬ。改めて、余がエルフの国マリータリーの王、イザークである。GSランクパーティー『紅姫』よ! 国存亡の危機に際し、良くぞ参られた」


「ほいほい。それじゃあ先ず、事情を説明してくれるかい? 俺もデモニスと戦った事はあるけど、確かに厄介な敵だったね」

「敵は三人の悪魔だ。狙いは神樹の地下のシールフィールドに封印された『悪色』マジャハンの中に眠る、『悪神の魂の欠片』だと予想している」


「三人もいるのかぁ……んで、そいつらは今何処にいるの?」

「リコッタお姉さんが追い払ったんだけどね〜? その後が、余計に拙い展開になっちゃったのよ」

「力が足りないと判断した悪魔達は、一旦ミリアーヌへと戻った。そして最悪の事件を起こしたのだ」

「ん? ミリアーヌで何かやらかしたの?」


 ーーその問いに対して、イザークは突如青褪めた様子で言葉を詰まらせる。


「……に、西の国ザッファを滅ぼし、死霊達が蠢く死の国へと変貌させた」

「はぁっ⁉︎」

『紅姫』のメンバーも、流石に予想外の返答に驚愕の表情を浮かべた。


「も、もしかしてこの国を滅ぼす為に、別の国を滅ぼして死霊の軍団を作ったとかじゃあないよね?」

「……その通りだ」

 話の規模が大きくなり過ぎていて、面倒臭さが限界突破していた事実に眉を顰める。


「ちょっと作戦ターイム! みんな集合! リコッタ姉さん。そういえばうちのアズラは何処にいるの?」

「精気を抜かれ過ぎて、今はちょっと役に立たないかもぉ〜」

「らじゃ! じゃあ、みんなこっちに来て?」


 ーー部屋の隅で円陣を組みながら、五人は内緒話を始める。


「ねぇ……これまた戦争パターンじゃね? かなり面倒くさそうなんだけど、どうする?」

「正直ビナスの為に神樹の雫を手に入れたら、無関係を貫いてピステアでのんびりしたいわ」

「妾は面倒くさいのは嫌じゃ。死霊達は臭いしのう」

「私はロボも作れましたし、この国にもう用はありませんね。実は技師達から色々最先端の技術も習っておきましたので」

「旦那様が面倒臭いなら私は我慢するよ? 魔力解放していない時は何も出来ないしね」


 みんなの意見をまとめると、誰一人この国を自分達が救おうなどと言う正義感を胸に秘めていない事実が判明する。その答えを聞いて力強く頷いた。

「じゃあ、戦いが終わった頃にでもまた来ようか? お金はピステアで稼げば良いしね!」


 ーー「ちょっと待たんかぁ!」


 リーダーとして結論を導き出した瞬間、止めに入ったのはイザークだった。思い出して欲しい。レイア達の内緒話はいつでもどんな時でも、声が大きくて筒抜けなのだ。


「王様……今回私達はよりもっと大きな依頼を受けておりまして、誠に遺憾ではありますが、一旦国に帰ろうと思います! ではお疲れっした!」

「待て待て待て待て!」

「待たん! 俺達は帰る! 戦争はこりごりだ。巻き込まれ体質を今ここに返上する!」

「……報酬、弾むぞ?」


 ーーピクッ!


「……神樹の雫も勿論入ってるのだがなぁ〜」


 ーーーーピクピクッ!


「……あの巨人の改造とかも、国を上げて協力したいと思っていたのだがなぁ〜」


 ーーーーーーピクピクピクッ!


「……お金、欲しくないかね?」

 振り向いた瞬間、女神の眼はお金のマークになっていた。他のメンバーはその様子を見て溜息を吐くが、それでこそレイアだと覚悟を決める。


「それなりの金額を覚悟して貰うが、良いのかねイザーク君?」

「なに、国が滅びるよりマシであろうよ」

「成る程。君とは王同士、今後いい関係が築けそうだな」

「ん? 王? 誰がだ?」


「俺だ! 最近レグルスは俺の国、即ち女神の国になったからな! 今は旅の途中だから、ミナリス参謀に全て丸投げしてるけどね!」

 突然の王であるという宣言に、イザークを含めその場にいたエルフ達は、顎が外れそうな程に愕然とした。

 GSランク冒険者に依頼を出すのと、レグルスの王に依頼を出すのでは重要度も意味合いも全く変わってくるからだ。


 ーー『国と冒険者』では無く、『国と国』になるのだから。


「レイア、貴方達って馬鹿なのね? リコッタお姉さんも流石に驚きを通り越して引くわ〜」

「一体如何したの? あれ? あっ、駄目だ。白眼剥いて気絶してるや」


 イザークは己の発言に後悔しながら、灰になった如く燃え尽きていた……


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る