第159話 因果応報
三人の悪魔達は、エルフの国マリータリーを出て、一度人族の国ミリアーヌへ戻っていた。
リコッタの膂力を目の当たりにして、より確実な勝利を得る為に、不死性を高める死霊を召喚する必要があると判断したからだ。
「アグニス様〜? こっちから腐臭がプンプンしてるよぉ〜?」
「言われなくても判っている。かなりの数だな」
「人族の中でもザッファは商人の国。奴隷制度を利用して、己の情欲を吐き散らす者がいるのでしょう」
「俺には理解出来ないがな。ただ、踏み躙られたまま人生を終えた者を、憐れに思う気持ちは残っている」
「アグニス様は人と悪魔の両方の人格をお持ちですから無理もありませんね。私は人間なぞ、所詮死ねば我等の餌になる下等な生物としか考えておりません」
「ラキスは潔癖な所があるからな。一体お前が何故俺に仕えるのか理解に苦しむ」
「本当だよ〜邪魔者は去れ〜? 帰れ〜!」
「黙れレビタン。アグニス様は悪神の魂の欠片を制御出来る唯一のお方、悪魔にとって奇跡に等しい存在なのです。全霊を賭して仕えるに値すると本心から思っておりますよ」
「感謝する」
「何ポイント稼いでんだこの雌豚ぁ?」
「静かにしろ。着いたぞ」
悪魔達の眼前に広がる光景は、人間であれば吐き気を催す程に悍ましい死体の数々が、無造作に放り捨てられた巨大な穴だった。
犯罪者や、策謀に敗れた者。使い潰された奴隷達。娼婦、餓死した子供まで数々の累積した死体は優に千を超え、途轍も無い腐臭を放っており、悪魔達にしか聞こえない怨嗟の嘆きを放っている。
この場所はザッファの国民に皮肉を込めて「寄添い場」と呼ばれており、死しても仲間がいるから喜べと嘲笑に伏せられていた。
「惨い真似をするものだな」
「えっ? 人間はそう思うのですか? 私は宝の山にしか見えませんよぉ」
「アグニス様は心優しいのだろう。まぁ、私もこの場所に関してはレビタンの意見に賛同するが」
「でしょう? こんなに絶望しながら死んだ者の魂が犇いてるんだよ! 極上の死霊が召喚出来るよねぇ」
「大丈夫だ。俺の中の悪魔の人格は喜びに打ち震えているからな。この規模ならばデュラハンやレイスクラスの死霊を召喚出来るだろう」
「グールやゴーストは国を攻めた時に勝手に量産されるでしょうし、私はスケルドラゴンを召喚しましょう」
「レビタンちゃんはグレートマミーをいっぱい作ってお人形さんにするよ〜」
「よし、では各自取り掛かろうか『死霊召喚』!」
アグニスは魔剣ヴェルフェンを腰の鞘から抜き去り、悪神の魂の欠片の邪悪なオーラを体内から解放すると死体の数々を闇のキューブの中へ吸い込んだ。
ある一定量に達した時点でキューブは罅割れ、数々の死霊や魔獣が這い出てくる。同じくレビタンとラキスが作り上げたキューブからは、各々が召喚した死霊が蠢いていた。
その数は増していき、此処に死霊の軍団が結成されたのだ。怨嗟の呻きを上げ、血の涙を流しながらも己が受けた恥辱、屈辱、痛み、絶望を忘れられずにいる。
「お前達、目標は分かっているな? 何故、お前達はこんな所で死んだ? 誰が殺した? その答えはあの国にある。喰らいつくし滅ぼせ!」
「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉ〜〜〜〜っ!」」」」」
死霊達は召喚した主人達の命令に、歓喜の咆哮を轟かせたーー
ーーザッファへの侵攻が始まる。
__________
死霊の大群が国に迫っているという見張りからの情報は瞬く間に国中を駆け巡った。国王ペレリンの迅速な判断により、次々と避難勧告を行い軍が動き出した。それに対して国民は……
「おい、城門の外の様子がおかしい! 直ぐに逃げるぞ。荷物をまとめろ!」
「嫌だ。きっと軍が何とかしてくれるさ。やっと建てた俺の店だぞ!」
「早く走れ薄鈍! おい、そっちの奴隷は馬を手に入れて来い!」
「今がチャンスなんじゃ無いか? 逃げ出すならこの機をおいて他に無い! 仲間達に知らせろ」
商人や奴隷、一般国民は『逃げ出す』か『街に留まる』かを悩んでいた。外には国軍総数二万が陣を展開させており、敵が攻めて来ても平気では無いのかと甘い妄想を抱いている。
そしてその悩みを抱いた時点で、もう己の人生が終わっている事に気付きもしないのだ。一流の商人は危機察知も鋭い、もう既に国を脱出していた。
逡巡した者達を他所に、城門の外で展開された軍は、迫り来る死霊の軍団に対して恐怖に怯えていた。知将であるヘルベット将軍が、火属性魔術師を中心とした各部隊の隊長の指揮を執りつつも、兵士達の士気を高められずにいる。
ーーまだ距離があると思い油断していたその直後、上空から十匹の巨大なスケルドラゴンが舞い降りた。その背にはデュラハンやグレートマミー、レイスが乗っており、半数に城門をあっさりと空から抜けられたザッファ軍は、奇襲を喰らう形で街中に死霊が解き放たれる危機に陥ったのだ。
そして半数のスケルドラゴンはアシッドブレスを放ちながら、軍の中心部へと降り立った。その光景に兵士達は虚を衝かれる形となり、混乱したまま戦闘が始まる。
「有りっ丈の火矢を撃ち込め! 相手はアンデッドだ、焼き付くせ!」
「うわぁぁぁ! 此奴ら強えぇ」
「何だよ、俺達が一体何したって言うんだ!」
「フレイムランス! おい! しっかり守ってくれ。詠唱が出来ん」
「逃げろ……もう駄目だ! 逃げろぉぉぉ!」
各部隊の混乱した姿を目の当たりにしたヘルベット将軍が、号令を出そうとしたその時ーー
「ーーお前がザッファ軍の長だな? その魂、俺に捧げてもらうぞ」
アグニスの纏ったオーラに充てられたヘルベットは槍を構えるが、悟ってしまった。
「儂は勝てんなぁ……」
「それが分かっていても足掻くか? その誇りに免じて一撃で終わらせてやる。今頃城の中で、ラキスが王の首を奪っている頃だろうしな」
「滅亡か……貴様らの狙いは一体何じゃ?」
「エルフの国を滅ぼす為に、死霊の軍団を作るのさ。因みに言っておくが、この死霊の軍団は、貴様等が『寄添い場』とか呼んでいた場所に捨てられていた者達から作った」
「なんと⁉︎ ……皮肉な者じゃなぁ。国の歪みに気付きながらも放置していた結果がこれか……」
「それが分かるだけ、お前はまだマシだ。今も聞こえてくる街中の怨嗟は、どれもこれも何故自分達がこんな目に合うのか? ーーそう理解すらしていない馬鹿ばかりだからな」
「はははっ! お主の名を聞かせて欲しい。儂はヘルベットじゃ」
「悪魔の王、アグニスだ。さよならヘルベットーー」
魔剣の黒い煌めきを一瞬奔らせると、あっさり将の首が落ちた。
振り返ると、もう用は無いと言わんばかりに戦場を後にする。
城ではラキスが魔剣オーベルで国王ペレリンの首を刎ね落とし、レビタンは街中の死者からグールやゴースト、マミーを量産し、次々と国民を喰らい尽くしていった。
兵士達は殺されると同時に死霊として蘇り、己の守るべき国民を殺害する皮肉な光景が繰り広げられたのだ。
丸二日続いた一方的な惨殺は、生者の生きる事の無い巨大な死霊の大群を作り上げる。
ここに、女神の奇跡なぞ何も起こらないまま、ザッファは死者の国として生まれ変わった。
その脅威が向かう矛先であるマリータリー、そしてミリアーヌの諸国は斥候から聞いたその事実に震え上がる。
『その頃』
そんな事になっているとは露ほども知らず、レイア達は乗り物作りに勤しんでいた……
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