第158話 アズラVSリコッタ、貞操は守られるのか⁉︎

 

『紅姫の面々が観光を開始し始めた頃』


 アズラは窮地に陥っていた。既に何度唇を奪われたか分からない程にリコッタは素早く、力強い。

「なぁっ! リコッタって言ったか? お前さんみたいな美人に迫られるのは悪い気はしないが、こんな雰囲気もクソも無い状態で、欲情する訳ねぇだろうが!」


 エルフの美女は怒声を浴びても、一切笑顔を崩さずに余裕の態度を見せていた。

「あら? 無理矢理は嫌いなのかな坊や? 安心して。リコッタお姉さんに任せておけば天国に連れて行ってあげる!」

「話が通じない……ザンシロウの時もこんな感じでいきなり戦闘になったが、あいつはまだ話の解る奴だった。こいつは駄目なタイプだな。どうしよう麒麟様?」


『僕も正直苦手なタイプだよ。関わり合いになりたくないから撤退を薦めるね』

「だよなぁ? でも逃げ切れるか?」

『魔仙気を全開にして漸くギリギリって所じゃ無いかな? 彼女の実力の底が見えない。レイア程では無いけれど、確実にGSランクの実力を秘めているね』


「それはさっきからずっと感じてるよ。冷や汗が止まらないしな」

『それにしても目的は本当に君の身体なのか? ただ性交を行う為だけに、女性が襲い掛かってくるなんて聞いた事も無いよ』


「麒麟様……これは姫に聞いた話なんだが、世の中には『痴女』っていう存在がいるらしいんだ! 自分から裸を見せたり、男漁りが大好きだと聞く! あいつはきっと『痴女』に違いない」

『成る程……あのレイアがそう言うなら一理あるね。取り敢えず全開で戦うしか無さそうだ』

 麒麟の声はリコッタには聞こえないが、何故か『痴女』というフレーズを耳にした途端、嬉々として悦びを感じて身悶えていた。


「良い響きだわ、何故かとても胸が熱くなるわね」

「黙れ痴女! 手加減しねぇからな!」

 護神の大剣を構え、『麒麟招来』を行うと同時に神気と闘気を練り上げ始める。逆立つ赤髪に精悍な顔つき、その姿は制欲の権化を更に欲情させた。絶対にこの男の精気を食うと。


「良い感じよ貴方? この前の悪魔も美味しそうだったけど、劣らない魅力があるわね」

「お褒めに預かり光栄だと言いたい所だが、本気でいかせて貰う!」

「来なさい? お姉さんが稽古をつけてあげるよ。手取り足取りね?」


 厭らしい笑みを浮かべながら手招きするリコッタに向け、上段から袈裟斬りを繰り出す。

 レイアと合流してから、日々の訓練でその鋭さを増した剣筋を、GSランク冒険者はハッキリと視界に捉えていた。

 選んだ選択肢は『真剣白刃取り』である。剣士の心を折るには最も効率のいい手段だと、怯む魔人の姿を思い浮かべるが、剣の刃を両手で挟んだ直後にアズラは腕を脱力し、上段蹴りでリコッタの頭を蹴り飛ばした。


「へえぇぇっ? 貴方〜〜力量が上の相手と戦い慣れてるわね?」

「お生憎様! 泣きたくなる位慣れ過ぎてるっつうの!」

 背後に迫った木に吸い付く様に着地すると、そのままアズラに向かって砲弾の様に突撃する。斧は城に置いて来た為無手だったが、全く関係無かった。


「くそっ! 少しは怯めよ!」

『アズラ、避けるだけじゃ駄目だ! 奥義で迎え撃て!』

「おう! いけ! 『風神閃華』」

 放たれた奥義は大地を抉り、剣閃を纏って突撃するエルフの美女を飲み込んだ。一瞬笑みを溢したアズラは、直後映った光景に凍り付く。


 直撃した竜巻の中では、リコッタが軽々と中央で拳と蹴りを振るいつつ、衝撃波を蹴散らしているのだ。まるでアトラクションの中で遊んでいるかの様に涼しい顔をしていた。


「麒麟様! やるしか無い!」

『そうだね、出し惜しみしてる場合じゃ無いみたいだ!』

「『麒麟紅刃』」

 真っ赤なオーラが天へ迸り、膂力が勢い良く跳ね上がる。刺突の構えを取ると、自ら赤い閃光となって最終奥義が放たれた

 空気を斬り裂き、金切り音を響かせながら瞬時にリコッタの元へ突きを繰り出す。しかし、お互いの身体が交錯した一瞬の間に、剣は空中へ弾かれた。


「な、何で!」

「君ねぇ。そんな凄い技を放つのに最初に構えちゃったら『これから其方へ突入します』って言ってるもんでしょうよ。残念な子……」

「分かってるからって避けるだけじゃなく、下段から剣を蹴り飛ばすなんて出来る奴いねーよ!」

『いや、君の周り結構いるだろ』

 麒麟の呆れた声に、レイア達の顔が浮かぶ。すると己の発言を即座に撤回した。


「ごめん! 出来そうな奴は周りに結構いる!」

「あらあら? お姉さんクラスが結構いるって言うの? もしかしてさっきの女共かなぁ」

「そうだな。お前といい勝負出来ると思うぜ? 我が姫には絶対勝て無いだろうけど」

「残念だけど、リコッタお姉さんは女には全く興味が無いのよねぇ……」


「姫は下半身だけ男にもなれるぞ? そう言えばビナスも男になれるな。忘れてた」

「えっ? 何その自由人達? 理不尽にも程があるわねぇ」


 まるで気軽に会話を楽しんでいる様に見えて、大剣を弾き飛ばされた瞬間から格闘戦が始まっていた。アズラが繰り出す肘鉄を受け流し、身体を翻すと回転しながら裏拳で反撃する。

 真面に戦えているのは麒麟の神気のお陰だが、リコッタとは違いアズラには制限時間があった。徐々に焦燥感が沸き立ち、思考が雑になっていくのが互いに解る。


「ねぇ? 貴方もしかして焦って無いかしら?」

「何の事かわかんねぇな!」

 拳打を放つと、地面から飛んでその腕に己の身体を絡ませた。巨乳の柔らかい感触が広がる。アズラの見せた隙に対して、そのまま脚を首に掛けて地面に押し倒した。


「やっと取ったわぁ!」

「ぐっ! チクショウ抜けねぇ!」

 スリーパーホールドを解こうと身体に力を入れて暴れるが、リコッタの柔らかい肢体はビクともしない。

「いい子だから眠りなさい?」

「い〜や〜だぁ〜! グエッ!」

『これは無理じゃ無いかな。詰んでる……ご愁傷様』


 麒麟の悲しげな呟きに、張っていた緊張が弛緩するとそのまま絞め落とされた。

 ゴングが鳴るかの如く見事な技を決めたリコッタは、高々と片手を挙げて勝利に浸る。そして倒れたアズラを見て青褪めるのだ。

「私の馬鹿ぁ‼︎ これから楽しい時間が待っている筈なのに、寝かせてどうすんのよ⁉︎ 流石に気絶プレイは無いわぁ……」


 両手で頭を抑え込み激しく降ると、悲痛な表情を浮かべて眠る男性を眺めた。すると舌舐めずりし、再度欲情し始める。

「起きない相手に何処まで出来るか……実験は必要……よね?」

『ーーアズラ、君の勇姿は忘れないよ』


 女神の騎士は、検討虚しく此処に散る。


 __________


 一方その頃レイア達はーー


「うわぁぁ! 何あれ? 超欲しい! 凄くね?」

「あれはウーバーという魔力で動く乗り物ですよ」

 レイア達が眺めてるいるのは元の世界でいうセグウェイの形をした乗り物だ。ただ、それだけなら興奮はしない。『宙に浮いている』のだ。異世界クオリティーに目を輝かせていた。


「やべぇな! あれは絶対買いだ。ーーってゆーかあの技術があるって事は、空飛ぶ馬車的なものも有るんじゃない?」

「えっ? 馬車では無いですけど、魔力を使って動かす乗り物は他にもありますよ。ただ乗り心地は保証しませんけど……」


 カルミナの台詞を聞いた直後、興奮を抑え切れずガッツポーズを取る。

「決めた! みんな聞いて? 俺達はここで新しい『紅姫』専用の乗り物を手に入れる! 技師に俺の案を取り入れて貰えば、きっと凄いのが作れるぞ!」


「良いわね! 私も天界で学んだ知識で協力するわ」

「妾に乗れば良かろうに……じゃが、疲れた時は確かに便利かのう」

「私は技師の皆様の方に加わって協力致しますね」

「魔術関連の事なら何でも聞いて〜?」


 ーー仲間の言葉を聞いた時に、一つ己の根本的なミスに気付く。


(なんで俺はこんな凄い彼女達を持っていながら、今まで鞘とかしか作って来なかったんだろう……イチャつくことしか頭に無かった……)


 天使の力に、竜の古代の知識に金。コヒナタの鍛治全般能力。ビナスの超人的な魔術知識。それらは今まで戦闘以外に全く活かされた事が無い。

 最初の深淵の森生活のせいで求める生活レベルが落ち過ぎていたのだ。異世界の知識を無駄にし続けていた。

 その扉が漸く開かれようとしている。エルフの高い文明力は切っ掛けに過ぎない。


 仲間達を抱きしめると、女神は満面の笑顔でキスをした。そして高々と拳を挙げる。

「宜しくねみんな! 最高の乗り物を作ろう!」

「「「「おぉ!」」」」

『紅姫』の乗り物作りが始まろうとする中、西の国ザッファは史上最大の災厄を迎えようとしていた……

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