第150話 鬼軍曹カムバック!
エルムアの里の守護竜ヴァレッサはレイアの命令に従い、夜通し己の身体を酷使した上で、マッスルインパクトの面々をレグルスからミリアーヌへ運んだ。
レイア一人ならば『神体転移』で移動する事が可能だが、今回の目的は『砂漠の大鼠』の更生、もとい洗脳にあった事から、この場を離れる訳には行かなかったのだ。
明け方、久々に眼前で敬礼を繰り広げる己の部下達の精悍さを見つめ、軍曹は力強く頷いた。確かに自分がいない間も研鑽を積んでいた事実が身体付きから理解出来る。
「ふむ……俺がいない間も訓練を怠っていなかった様だな? 皆のレベルとステータスの上昇を嬉しく思う」
その言葉にマッスルインパクトの面々は大粒の涙を流した。只管に訓練を続けて来た日々が報われた瞬間だ。感動しない訳が無い。
「ありがとうごぜぇ……ますぅ……」
「ぐ、ぐんそうに! ほめ、褒めても、らいだくてぇえ!」
「はぁっ、はぁっ、俺は死ぬのか? これは夢か?」
「おい、なんだか軍曹成長して無いか? 直視出来んぞ?」
「こ、神々しい……」
キンバリーやソフィアと違い、久々に女神と再会した者達はその変貌に疑念を抱きつつも、必死で魅了されぬ様に意志を保っていた。それ程に今の肢体から発せられる銀髪の美姫は美しい。
「みんな元気そうで何よりだ。たった一日だが貴様らの成長を俺の目に焼き付けてくれ。そして、あそこに控える盗賊団の面子を新たな団員として鍛え上げ更生させるのだ! 出来るか⁉︎ 耐えられるか⁉︎ 貴様らは屑から脱出したか⁉︎ 答えろ愛しき馬鹿野郎ども‼︎」
「「「「「「サー‼︎ イエッサー‼︎ 我等が女神に忠誠を‼︎」」」」」」
「良い返事だ! では久々にマラソンから行くぞ!」
以前と違い、今回はパワーアンクルを着ける事無く駆け足で走りだす。団員達は最早疑問を抱く事も無かった。きっと何か意味があるのだとーー
「はぁっ、はぁっ! はぁぁっ!」
荒々しく呼吸を乱しているのは副長のガジーだった。最近シュバンの人気パン屋の売り子に恋をしたこの男は、訓練をサボり隙を見つけては逢い引きに勤しんでいたのだ。
一時期ソフィアともいい雰囲気になったのだが、アッサリと己の実力を抜き去られた後大喧嘩し、恋の花は咲かなかった。
「拙い、いつの間にかみんな体力つけてやがるな……このままじゃ俺が最後尾だぞ。軍曹がいる前でそれは拙い……」
「ほうほう? 俺がいないならサボるのか貴様は? ん? 偉くなったもんだ。なぁ、ガジー?」
いつの間にか己の背後を走る軍曹を見たガジーは、目玉が飛びだし心臓が止まりそうになる程驚いていた。何とか意識を逸らそうとたわいも無い会話へ誘導する。
「ぐ、軍曹! お久しぶりです! そ、そう言えばジングルの奴結婚したんですよ〜! めでたいっすよね!」
「うん、それは既に聞いている。貴様がパン屋のお嬢さんに現を抜かして、訓練をサボっていた事実もな?」
ガジーの顔面は最早グールやゾンビと変わらぬ程に白く血の気が引いていた。しかし、在ろう事か己の行動を肯定し、上官に罵声を浴びせる。
「しょ、しょうがないじゃ無いっすか! 好きな子と会って何が悪いんですか! 訓練ばっかやってらんないっすよ!」
「ふむ……変わったなガジー。エルムアの里を守る為に、自ら教えを請うた尊い精神は何処へいった?」
「そ、それは……」
「貴様は今の実力でどんな困難に在ろうが、その好いた女性を守りきれると俺に宣言出来るか?」
「で、出来ません……」
「うん。それが判っているなら良いんだよ!」
「ぐ、軍曹〜〜!」
微笑みを向けられて思わず涙が溢れそうになった直後ーー
「じゃあ、俺からどんな罰を受けても耐えられるよな?」
ーーピシィッ!
慈愛に満ちた微笑みから一変して凍りついた時の中、ガジーは滝の様に溢れ出す、己の汗を拭う事すら出来ない程に恐怖で身体が震えていた。
考えてみれば、いつの間にかマラソンの最後尾にいる。嘗て誇った『身体強化』による優位性は最早マッスルインパクトの中では皆無だった。
「も、もしかしてまた斬られるのですか?」
「いんや? 俺も色々と成長していてね? 『猿の手』ってスキルを覚えたんだけど、使い所に困っていてさ。丁度良い機会だから、腑抜けの髪は全て剃ってやろうと思うんだよ」
『猿の手』とは触った所に固い毛髪を生やすだけのどうしようもないスキルだ。しかし、頭髪を失った人間からすればそれは神の奇跡に等しく、喉から手が出る程に欲しい究極とも呼べるスキルだった。
レイアは思い付いてはいないが、このスキルだけで一財産を築き上げる事が出来る程のポテンシャルを秘めている。
「さぁ! 坊主になった貴様は、明日からもパン屋のあの子に会いに行けるかな⁉︎」
「い、いやああああああああああああああああああああああああああああぁーーーーっ‼︎」
ガジーはまるで女性の様な悲鳴をあげて全力で疾走する。前を走るマッスルインパクトの面々は(始まったか)と、冷静に何が起こっても同様せぬ様に精神統一を続けていた。
しかし己の眼前に飛び込んだのは、後頭部が刈り上げられた男の全力疾走する姿だ。
「「「「そ、そこまでするかああぁぁぁぁーー⁉︎」」」」
一瞬で何が起こったのか理解した仲間達は、次は己の番だと最後尾に回れば坊主確定だと『身体強化』を発動させ二倍近い速度で走り出す。
「ふむ……かなりましになってはいるな」
眼前に最後尾を走るジングルを捉え、次は何にしようかと小悪魔の様な悪どい笑みを浮かべた。
「久しぶりだなぁジングル君。ところで君結婚したらしいね? 嫁さんは綺麗かい? 幸せ過ぎて訓練をサボっていたね?」
「ひゃあぁ! ち、違うんです! サー! 嫁の飯が美味くて体重が増してしまい……身体が思う様に動かないというか、動かしたくないと言うか……」
「単純に幸せ太りじゃろがい‼︎ 貴様に与える罰はこれだ!」
『感覚倍加』をジングルに向け発動すると、思い切り尻に向けて『エアショット』を放った。
「ぎゃああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ! ケツが割れたあああああああああああーーーー‼︎」
まるで加速装置を押したかの如き速度で走り出す。軍曹は冷静に一人でツッコミを入れていた。
「ケツは元々割れているぞジングル……さて、次は〜? おっ! ソフィアの奴凄いなぁ。女性なのに最前列を走ってる。鍛え上げてる証拠だな〜?」
その後、終わらない悪夢の様なマラソンを精神力だけで耐えてきたソフィアは、遂に最後尾に落とされる。一体どんな罰を与えられるのかと恐怖が身体を硬直させた瞬間、軍曹から頭をポンッと軽く叩かれた。
「偉いな。俺が言えた義理じゃないかも知れないけど、慣れない環境化でよく其処まで己を律し続け、鍛えたね。マッスルインパクトに入って良かったかい?」
元々帝国アロの軍人である彼女への風当たりは、マッスルインパクトに入った所で簡単に収まるモノでは無かった。里の人々からは疎まれ、団員達の中にも最初は『ソフィアを認めない』と反発する者までいたのだ。
それでも己を鍛え続けた。悪いのは自分だと律し続けた。『心眼』など発動しなくても分かる絶え間ない努力、研鑽に軍曹は賞賛の言葉を送る。
それは、まるで親から認められた様な……初めて剣術の大会で優勝した時の様な感動を胸の内に巻き起こした。
涙が止め処なく溢れ出す。私は間違っていなかったのだと認められた気がした……
前方を走るマッスルインパクトの面々もその言葉に落涙し、視界が歪む。これがあるから軍曹の訓練は止められないと泣きながら、大声を上げて笑い合った。
「はははっ! 軍曹! 扱きが甘くなったんじゃ無いですかね? 俺達はこんなもんじゃめげないっすよ‼︎」
「そうだそうだ! ソフィア! まだまだ余裕だよなぁ?」
「え、えぇ、そうね! 私はまだ走れるわ!」
地面を濡らしながらマッスルインパクトは走り出す。女神はその光景を愛おしく眺めていた。
「あぁ、成長したなぁ……」
思わず涙ぐみそうになる己の目頭を抑え込み、天を見上げて誤魔化した。
そんな中、縛られその訓練を目にした盗賊団の者達、サダルスやデール、ギガンスやラーディスは一斉に同じ事を考えて意志を統一している。
こいつら狂ってる……訓練が始まったら死ぬかも知れないなと……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます