第147話 とある盗賊団の滅亡 2

 

 エルフの里ムンクルの周辺に息を潜めている『砂漠の大鼠』の幹部であるギガンスは、これから自らが起こす惨劇を想像しながら、女性の部下を抱いて昂りを抑えていた。


「あぁ……堪らないな。戦前のこの焦らされる感覚。我慢した分、得られる快感は大きいのだよ」

「それに付き合わされるこっちの身にもなれっての! ギガンスは毎度荒いんだよ! 腰が痛てーっつの!」

「許せラーディス。俺の相手をして壊れないのが、お前しかいないのだからしょうがあるまい?」

「だからって、毎回物陰から攫う様にして連れ込むんじゃねぇ! ビックリするんだよ!」


 ーーラーディスは怒声を張り上げて、憎々しく己の隊長を睨みつける。

「お前の恐怖に怯える顔が見たいのだよ!」

「煩いこの変態野郎め! ーーそんで明日、里を攻める予定に変更は無いのかい?」

「あぁ。だから今夜お前に相手をして貰ったのだ。このままじゃ眠れそうになかったからな」

「はぁっ……了解。みんなにはウチから伝えておくよ」


「よろしく頼んだぞ」

 女騎士は夜営用のテントから抜け出すと、己の持ち場へと戻っていった。その表情は先程とはうって変わり晴々としている。何故ならこれは二人の間で毎回、戦の前日に交わされる儀式なのだから……


 __________


 ムンクルの里の宿内にて寝そべっていた『紅姫』の五人は、徐ろに起き上がると真剣な表情をして相談を始めた。

「みんな、気付いてるか? ビナスは魔力解放状態にならないと判らないと思うけど、この里実は囲まれてるんだよね」

 仲間達が頷く。ビナスは何の事か判らずに首を傾げていた。主人の言葉に応える為、アズラは腹痛を堪えながら、立て掛けられている大剣に手を掛ける。


「みんなは寝ててくれ。俺一人で十分だろう」

「確かにそうだろうけど、相手の目的にもよるよなぁ」

「そんなもの一つしかあるまいよ。気配からしてエルフの里を襲い、若い美麗な女を攫う気じゃないかぇ?」

「私が気付いたのもゼン様が警告してくださったからですしね。善人が集まっているならば、逆に気付いていませんよ」


「成る程。アリアはカルミナとご飯を食べて遊んでるみたいだし、俺達でさっさと終わらせちゃおうか? さっき言ってた通り、アズラに任せていい?」

 リーダーの指示に皆が頷いた。正直お腹が痛くて、自らが動きたく無かっただけなのだが……


「何か損な役回りな気がするが、これも騎士の務めだと思えば仕方ないな! 俺に任せて寝てろ」

「ほいほい。いってらっしゃーい! 殺さないで追い返せばいいよ?」

「雑魚相手に麒麟招来するまでもねぇよ。脅すだけで散るだろ」


 アズラが英傑の鎧を身に付け、準備し始めたその時予想外の出来事が起こる。まるでこちらの意図を読まれたかの如く、里を囲んでいた敵が撤退していくのだ。

 まるで見えない敵に挑発されている様にも感じたが、動きの素早さから全力で撤退しているだけかと考えを改めた。


「う〜ん。どう見る? まるで俺達が攻める事を先読みしたかの様に逃げ出したね。考え的には二つ、特殊なスキルを持った強者がいるか、目的がこの里では無かったかだ」

「何方でも良いのではないかぇ? 妾は腹が痛いから、もう少し寝るのじゃ〜!」

「そうですね。どうせ攻めてくるなら殲滅するまでですよ」

「話は終わった〜? 旦那様〜〜? 一緒に寝よう?」

 いつの間にか三人は自分のベッドを抜け出し、レイアのベッドを占領していた。一人が寝そべれるだけのスペースを空けて。


「もう! 全くしょうがないなぁ。アズラは引き続き警戒ね? 俺達は寝る!」

「わかってるさ。俺の扱いなんてこのパーティーじゃこんなもんだ。……わかってはいたが、やはり辛い……」


(あれ? 俺一応現魔王だよな?)ーー自分の立場を思い起こしつつ、ヒエラルキーがチビリーに最も近い事を後に再確認する事になる。


『ドMなギルド受付嬢』対『ツッコミ専用おっさん騎士』の決戦の日は近い……


 __________


『カルミナの家』


 アリアとカルミナは暖炉の側で手を繋ぎながら、温めたスープを飲んでいた。緊張して固まっていたエルフの身体を徐々に弛緩させる様に、喉奥へ根菜のスープが流れ込む。

「美味しいわね。料理が得意なのかしら?」

「どうでしょう? 私は八歳の頃両親を事故で亡くしておりまして……ずっと一人でしたから、料理を食べてくれる相手も居なかったのですよ」


「あら? それなら私が一人目って事で良いのかしら? 友達としてこれ以上嬉しい事は無いわね」

「え、えぇ……な、何か照れますね。私なんかが天使様と友達だなんて、こんな幸せがあって良いのかな? バチが当たらないかな?」

「ふふっ! 貴女にバチが当たるなら、神だろうが悪魔だろうが、それを与える存在を殺してあげるわ。私はもっと凄まじい高みにいる存在を、いつか必ずあの場所から救わなければならないんだから……」


 アリアは暖炉の炎を見つめ、遥か遠い憧憬を思い浮かべながら目を細める。レイアを救う為には、今も封印の間にいる本体とも呼べる存在を、自分が救わなければならないという決意を瞳に灯していた。


「天使様はお強いのですねぇ。私は諦めてばかりで、何も成す事が出来ません」

「聞いてカルミナ? 私は元々ただの人族だったのよ。祖母の獣人の血は多少流れているけどね。山で竜に食われて四肢を欠損して、焼かれた喉目は世界を閉ざしたの。苦しくて、脳内は狂って只管死にたかった。ーーでも、女神様が奇跡を起こして救ってくれたのよ」


 その後、アリアは自分が天使になった経緯を聞かせる。その話の凄絶な内容に、逆効果だったかなと思う程エルフの少女は押し黙って震えていた。

 ーー暫くして、目を輝かせたカルミナは突如立ち上がり宣言する。

「わ、私も天使様の様に頑張れば、誰かの特別な存在になれるでしょうか⁉︎」

 これだけの話を聞かされながら、一番心に響いたのは結局恋の話かと若干呆れるが、それも良いかと手を握って言葉を紡いだ。


「人は一人じゃ生きていけないし、貴女も私にとってのレイアの様な存在を見つけたら、全てを投げ出してでも追い掛けて離しちゃダメ!」

「は、はい! いつか恋をしてみたいです!」

「えぇ。友達として応援するわよ」

「それで……あの、一緒にいた大剣を背負った男の人と話せないかなって……騎士っぽくて、格好いいなって、あの、その……」


 ーー両手の人差し指をクルクルと絡めて真っ赤になる友人に向け、アリアは残酷な一言を突き刺した。

「カルミナ。友達として警告させて貰うわね? あれはダメな騎士よ。特技はツッコミと、すぐ死にそうになる事。レイアの人形を眺めながら、恍惚の笑みを浮かべる変態だわ……世の中には、もっとマシな男がきっといるの。目先の欲望に奔っちゃ駄目なのよ」

「に、人形好きの変態⁉︎」

「えぇ。嘘だと思うならベッドの横を見てみなさい? 寝るときにはレイアちゃん人形が必ず置いてあるわ」


 アリアの言葉は嘘では無い。レイアと会えなかった期間の寂しさを紛らわす為に、ミナリスから譲り受けたレイアちゃん人形No.五十五は、いつしかアズラにとって安眠グッズと化しており、心の支えとして近くに置いておかないと最早熟睡出来ないのだ。


 最初は気持ち悪いと人形を取り上げたレイア自身も、日に日に睡眠不足で窶れるアズラを見て、妥協している程に依存していた。

「人族の男性って、難しいんですね」

「周りにいる男はみんなあんな感じよ。美し過ぎる女神が悪いんだろうけど、邪魔な男はいつか消し去さってやるわ」

「本当に、レイア様を愛していらっしゃるのですね」

「当たり前じゃない。私の人生はあの人の為にあるのだから」


 一切の迷い無く応える強い眼差しを受けて、カルミナは強い羨望を胸に抱いた。こんなに己以外の存在を愛せる人物を初めて見たからだ。

 自然と涙が溢れ出す。アリアはかつて女神が己を初めて抱き締めてくれた時の様に、天使形態になると翼を広げて包み込んだ。銀色の翼から輝いた羽根が宙を舞う。


「どう? 暖かいでしょう」

「えぇ……ありがとう、天使様」

「アリアって呼びなさい? 友達は呼び捨てで良いのよ」

「はい。徐々に頑張りますから……アリア様」


 そのまま二人は暖炉の前で横になり、幸せを感じながら眠りに落ちた。



 __________


『翌朝』


 アリアが目を覚ますと、カルミナの姿は無かった。天使形態が解けており毛布がかけられている。家の中を見渡すが、如何やら出掛けている様だった。


「カルミナは働きにいったのかしら? 取り敢えず、みんなの様子を見に戻ろう」

 ーー宿に戻ると、予想外の事実を聞かされて動揺する。

「今なんて言ったの? 聞き辛かったわ。もう一度言って頂戴?」

 レイアは深刻な表情のまま、ゆっくりと落ち着かせる様に語り掛けた。


「カルミナが、昨日この辺りを囲んでいた奴等に攫われた。俺達はその存在に気付いていたけど、撤退したから里に近付かなければ見逃すつもりでいたんだ。今回予想外だったのは、深夜にカルミナ自身からこの里を出てその集団に近づいて行った事だ。多分わざとじゃ無く、何か目的があって外に出た所を偶然攫われたんだってナナは言ってる」


「そ、そんな……」

 膝から崩れ落ちて項垂れるアリアに対して、冷静に問い掛ける。

「理由を知らないか? なんで一人で里を出て行ったんだ? 俺達は外の存在は警戒していたけど、ナナに言われるまであの子が攫われた事には気付かなかった」


「分からないよ。昨日は一緒に寝ていて、起きたらいなくなってたの」

「この里を出たくて、わざと捕まりに行ったという線は低いじゃろうなぁ」

「えぇ。まず他族の存在にすらあの子は気付いていなかったと考えるのが妥当でしょう? 如何思いますかレイア様、ビナス様?」


「難しい事は知らん。アズラ、貴様が警戒していながら何をしている? 気が緩んだか?」

「ビナス、いきなり魔王モードは止めろ。警戒は解いていないが、自分から里の外に出た者の意図など俺には判らん」

「アズラの言う通りだ。先ず最優先はカルミナちゃんの救出だけど、アリアは待機!」

「ーーーーッ⁉︎」

 レイアが放った命令にアリアは目を見開きーー

(信じられない! なんで⁉︎)

 ーー喉元まで迫った言葉を、無理矢理飲み込んだ。


「自分でも気付いてるか。殺気が溢れ出し過ぎてるよ? 今のままじゃ、暴走するのは目に見えてるからね」

「わ、判ってる! でもね、私は……『自分の大切な人』に手を出されて、大人しく黙っていられる程柔な女じゃないのよ! そんな性格なら今ここにはいない!」

 アリアは銀色の六枚羽をはためかせると、命令を無視して一瞬で宿の窓から飛び出した。残された仲間達は驚く事も無く、軽い溜息を吐くだけだ。


「やはり主様の言った通りじゃのう。ここまで予想通りだと少し妬けるぞ?」

「えぇ。ディーナ様と同意見ですね」

「ふ〜む。第一夫人は短気……っと」

「まぁ、大体姫の予想通りだったな。じゃあ作戦通り動くとするか!」


 皆の言葉にレイアは頷くと、号令をかけるべくポーズを構えて叫んだ。

「では、今ここに! 『なんかよく分からない敵がアリアの友達(超良い子)を攫ったから、全滅させちゃおう作戦』を開始する! 俺の仲間の友達を攫う下衆達は殲滅あるのみ! この里の事は知らん! その子の方が俺達には大事! 各々役割をきっちり果たす様に! ディーナだけは国を滅ぼす可能性があるから、やり過ぎ注意ね! 以上!」


「「「「ラジャー!」」」」

 アリアが暴走して飛び出す事すら全て計算に入れた上で、『紅姫』は『砂漠の大鼠』の殲滅へ動き出した。


 盗賊団滅亡への序章が、今幕を開ける……

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