第146話 とある盗賊団の滅亡 1

 

 大盗賊団『砂漠の大鼠』は、西の商人の国ザッファの闇と繋がり、提携を結んでいる。


 こちらに向かう他国からの商人のみを襲い、時に上物の奴隷さえ卸していた。かの盗賊団は次第に冒険者崩れや、何らかの理由で兵役を続けられなくなった者を快く受け入れる。

 一端の盗賊団とは一線を画した軍団とも言える存在まで、その規模を拡大させていた。


 その数凡そ千を超える。盗賊団という話で言うならば、このミリアーヌでは最大規模と言っても過言では無い。

 ある者は国の内部に紛れ情報を漏洩し、ある者は商人に化けて商人同士の情報網を手にしているのだ。しかし、共通する目的はただ一つ。


 ーー『己の快楽と、自由の為に生きる』

 くだらないと蔑む者達は殺せばいい、邪魔する者達は蹂躙し尽くせばいい。ただし、仲間を裏切った者には地獄を見せろ。


 砂漠の大鼠の頭は決して姿を現さず、リミットスキル『伝心』によって突如指示を出して来るだけだ。これによって団員達は理解する。きっと、俺達の行動は頭に筒抜けなのだ。

 欲を掻き仲間達を裏切った瞬間に、この心地いい生活と己の人生は終わりを迎える。現に仲間が突然幹部に連れられ、恋をした奴隷と逃亡しようとした罪により、身体を焼かれて公開処刑された場面を皆が見ていた。


『俺達は決して裏切らない。ミリアーヌ最強の盗賊団である』

 この誇りこそが、『砂漠の大鼠』をさらに飛躍させ、強大で強靭な軍団へと変貌させていったのだ。


 __________


『ザッファ王宮内』


「デール。次に狙う商人のリストを作成しておけ。俺は団員達への指示と公務で忙しい」

「はっ! もう既に此方に用意して御座います」

「流石に仕事が早いな。頼りになる。間抜けな父や、兄上とは大違いだ」


「それも時間の問題で御座いましょう。エルフを闇市場に流し、他国の商人から強奪した金品を売り捌いた王子の財は、最早第一、第二継承権を持つ王子二人を超えておりますとも。それに戦力の増強も進んでおります。先の戦争で私兵の多くを失った王子達を失墜させる日は近いですぞ」


「はっはっはっ! 当前だと言いたい所だが、俺は元来慎重な性格でね。確実にとどめを刺せる様に機が熟す迄は動かぬ」

「心得ております。今は焦る状況では御座いません。砂漠の大鼠の戦力拡大に努めましょう」

「分かっているならば、俺から言う事はない。今日は確かエルフの辺境の里へ攻め込むのだったか?」

「そうですね。確かギガンスが部下を連れて、新たな奴隷の確保に向かう予定です」


「ギガンスか。彼奴は元Aランク冒険者で腕はいいが、性格が下劣で好かんな」

「所詮は冒険者崩れでありましょう。利用し尽くした暁には……」

「ふむ……考慮しておこう」

 盗賊の頭商人の国ザッファの第三王子『サダルス』は、配下デールに向けて醜悪な笑みを浮かべ、ワインを口に含んだ。


 全ては計算通りだと……



 __________



『エルフの国マリータリー東部の里、ムンクルにて』


 アリア以外の『紅姫』の面々は、宿内で呻き声をあげて寝そべっている。デスゼリーの想像以上の威力は内臓を完全に破壊していた。

「みんな……何か悪いものでも食べたのかしら?」

 しょうがなく看病を続けているのは、真実を知らぬ本人のみだ。


 この里に入る際に、余所者を入れるなという敵意から追い出されそうになった。

 アリアが天使形態に変わり、その姿から言葉を発すると『神の眷属』と自称するエルフの民は跪き、途端に従順な存在へと変貌したのだ。


 部屋の前で廊下をウロウロと動き回る気配を感じとり、勢い良く扉を開く。

「ひ、ひぃぃぃ!」

 エルフの女性カルミナは、怯えながらも恐る恐る近づいて来てそっと薬を手渡した。


「あの……これはこの村に伝わる、病気や体調不良によく効く薬なんです。良かったら従者の皆様にお使い下さい、天使様!」

「ありがとう。貴女の名前は?」

「ひゃ、ひゃい! カルミナって言います! 十七歳です!」

「そう……私よりもお姉さんね。みんなの体調が良くなったら仲良くして欲しいわ」


「えっ⁉︎ 天使様は年下なのですか?」

「うふふっ! この姿じゃ分からないわよね。ちょっと待ってて」

 光輪を消し、銀髪は通常の栗色の髪に染まる。鋭い眼光が薄れると柔らかな垂れ目になり、本来の十五歳の年齢と身体に戻ってカルミナを見上げた。

「これが私の本来の姿よ。……貴女は綺麗ね。流石エルフだわ。少し羨ましいかな」

「へっ? そ、そんな事ないですよ! 私なんか頭も悪くて、毎日役立たずって怒鳴られてて……今日だって、お前なら天使様のお怒りを買っても誰も困らないって押し出されて……わ、私なんか」


「あらあら。こんな所で泣くのはやめなさいよ。涙はね、もっと奇跡の光景を目にした時に自然と溢れるモノなのだから。きっと、いつかわかるわ」

「ひゃ、ひゃい! あ、ありがとうございますぅ……」

「あっ! 良かったらこの里にいる間、私の友達になってくれないかしら? 正直、看病ばかりしていると飽きるのよ」


「へっ? 私が天使様と、友達⁉︎」

「あら? 馴れ馴れしすぎたかな。気分を害したならごめんなさいね」

「ち、違うんです! わ、私なんかで良いんですか?」

「カルミナは、レイアと出会う前の私に少し似てる気がするわ。えぇ、貴女が良いのよ」

 アリアに微笑みかけられたカルミナは、瞳を滲ませて赤子の様に泣き始める。


「う、うえぇぇぇん!」

「こらぁ! なんで泣き出すかなぁ? お姉さんなんだからしっかりしなさい!」

「ひゃいぃぃぃ〜!」

 懸命に涙を拭うが、村から邪魔者扱いされていた自分の初めての友達が、天使アリアであるという事実に感涙を抑え切れない。


「あのね。実は私も友達っていないのよ。レイアは恋人だし、他はライバルであり妻だからなぁ。後はおっさんだし。正直……内心凄く嬉しいんだけどね」

「はぁ……唸りながら寝ていらっしゃる人達とは、一体どういう関係なんですかぁ?」


「食事でもしながら話してあげるわ。きっとびっくりするわよ? 楽しみね」

 小悪魔の様な笑顔を浮かべながら、己を見上げてくる栗毛の少女を見て、エルフの少女は確信したのだ。私の人生の至福の時は、きっと今なんだと……


 両親を早くに亡くし、一人きりで村の雑務をこなしながら、貰った少ない食料で細々と暮らしてきたこの数年。ここまで『心が震えた瞬間』は無かった。


 とうに枯れたと思った涙が止め処なく溢れる。趣味は毎日焚き火を眺めながらーー

(いつか誰かと一緒にご飯を食べたいなぁ)

 ーーそんな光景を夢見る事。将来の夢は恋をする事。

 結婚迄は望まない。私なんかを愛してくれる人なんか居ないだろうと諦めていた。片思いでいい、恋がしたい。友達が欲しいと望み続けていた。


「うああぁぁぁぁぁん!」

「な、何⁉︎ 何で更に泣きだすのよ! こらぁ、みんながいるから泣くのを止めなさい! ほら、外に出るわよ! しっかりしなさいカルミナ」

 二人は扉を閉めて宿の部屋を出る。その瞬間に寝そべっていた五人は、同時に涙を溢れさせて先程のエルフの少女と同じく号泣しだした。


「はうぅぅぅぅ! 良かった。良かったなぁカルミナちゃんーー!」

「姫よ、アリアに友達が出来たぞ! あれだ! 以前に言っていた『赤飯』とやらを作ろう!」

「良え子じゃのう……カルミナとやらは良え子じゃのう……」

「レイア様と会う前のぼっちだった自分を思い出したら、涙が止まりません〜!」

「我もミナリス意外に話相手がいなくて、しかも相手があの堅物で寂しかった時を思い出したら、猛烈に泣けて来るのだぁぁぁーー!」


 レイア、アズラ、ディーナ、コヒナタ、ビナスの五名は腹を抑えながらも枕を濡らした。エルフにも良い子はいるのだと……体調は一切回復していなかったが、心が温まった気がした。

 少女達は手を繋ぎながら、里の中を笑顔で歩いている。外見の変わったアリアを天使だと思う民人は居らず、余所者を招き入れたのかと疑惑の念を思い浮かべていた。


 そして、ムンクルの里の周囲を取り囲むのは『砂漠の大鼠』の幹部ギガンス率いる、百名近い盗賊達。

 天使と孤独なエルフ。二人の出会いは幸せな結末へと向かうのか、はたまた悲劇となり語られるのか……

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