第148話 とある盗賊団の滅亡 3

 

「……何でこんな事になっちゃったんだろう」

 カルミナは首に『隷属の首輪』を無理矢理装着され、ギガンスの部下の馬に乗せられていた。逃げ出そうとすると身体に激痛が奔る。

 反抗の意思を削ごうとその度に頬を叩かれ、心は折れ掛けていた。


「アリア様は心配してくれてるのかな? ーーってそんな訳ないかぁ。出会ってたった一日だもんね。やっぱバチが当たっちゃったなぁ」

 苦笑いしながら涙は頬を伝う。己の存在を肯定されずに育ってきたエルフの少女は、こんな時にも『自分なんか』を助けに来てくれる人などいないのだと、否定的な考えしか思い浮かばないのだ。


「ブツブツうるせぇぞ! 夜になったら散々叫ばせてやるから、今は黙ってろ!」

 無骨な男の手に前髪を掴まれ、厭らしい視線を一身に注がれ鳥肌が立つ。初めて味わう未知の恐怖から、そのまま気が遠くなり意識は途切れた……


 __________



「なぁギガンス〜〜何で突然撤退の指示なんて出したんだよ。お陰で捕まえられたのは自分からノコノコとウチらに近づいて来た、間抜けなエルフ一匹じゃないか!」

「そう怒鳴るなラーディス。お前には以前見せた事があっただろう?」

 怒りの形相で不満を吐き散らす部下を嗜める様に、懐から四角い真っ白なカードを取り出した。


「それ、確か幹部だけが頭から貰える特殊なアイテムだっけ?」

「あぁ。どういう仕組みかは知らないが、俺の身に危険が迫ると赤く点滅するのだよ。昨日は凄まじい勢いでこのカードが光ったからなぁ。きっとあの里には。こちら側を全滅させる程の何かがあると判断したのだ」

「そういう事だったのか……危ない所だったんだな」

「一匹とはいえエルフは高く売れる。頭もお叱りにはならんだろうし、夜に部下達の寝床に放り込めば不平不満も起こるまいよ」


「ったく! これだから男って奴は。商品を壊してどうするんだっての!」

「多少壊れている方が、従順で高く売れるのだから仕方あるまい」

「そりゃあそうだな。同じ女としては同情するけどね。ーーってあれ? 胸元が赤く光ってないか?」

 ラーディスの言葉を聞いて焦燥に駆られたギガンスは、急ぎ懐にしまったカードを取り出した。激しい点滅は徐々にその勢いを早め、まるで危険が急速に迫ってると警告しているかの様に焦燥感を増す。


「拙い! 部下達に全力で撤退すると号令を出すのだ! 急げ!」

「〜〜〜〜〜〜〜〜ッ⁉︎」

 命令を無視し、前方の上空に浮かんでいる存在に目が釘付けだった。信じる事が出来ずに瞼を擦り、改めて瞳に力を込める。

「……あれってさ。もしかして、天使?」

 疑念を抱きながら呟くラーディスの横で、ギガンスも上空からゆっくりと降下してくる聖なる輪を頭上に浮かべ、銀翼をはためかせる存在を注視する。


「きっとアレが、カードが知らせた警戒すべき存在だろう」

「ウチらが何したって言うんだよ! エルフを攫った事なんて、天使には何の関係も無いじゃないか!」

「確かに理由は判らないが、気が付かないのか? 明らかにあの天使はこちらに向けて殺気を放っている。お前膝が震えているぞ?」

 指摘されて、初めて己の身体が無意識の内にがガタガタと震えている事に気付いた。まるで凶悪な魔獣と対峙しているかの様に……


 アリアは地上に降り立つと、駆け出す訳でも無くゆっくりと隊長の元に近づいて行く。こいつなら友達の場所を知っている筈だと確信していたからだ。

「……カルミナの場所を教えなさい」

 自己紹介もせず、何の説明をする訳でも無く、たった一言攫ったエルフの居場所を教えろと冷淡な表情のまま見やる。


 盗賊達は恐怖より、アリアのまるで虫と接するかの様な態度に激昂して、怒声を張り上げた。

「カルミナ? あぁ、あの自分から捕まりに来た馬鹿なエルフの事か? 悪いが今頃俺の部下達とお楽しみの最中だよ。お引き取り願おうか!」

「あははっ! 折角助けに来たってのに残念だったねぇ天使様! あんた、あのエルフとどうゆう関係なのさ?」

 二人の挑発を混じえた言葉に、アリアは必死で抑え込んでいた殺気を爆発させた。一瞬にして周囲の空気が凍りつき、地面が振動する。


「来なさい。神槍バラードゼルス!」

 右手に顕現した神槍から連なる九本の符呪は、怒りに呼応して輝きを増していた。一枚で十分だと破り捨てる。

 ーーズドオオオオオオオオオオオンッ!

 攻撃を開始しようとした次の瞬間、上空から巨大な鉄球が放たれ、両者を結ぶ中間の大地に激しい音を立てながらめり込んだ。鎖を巻き上げながら、鉄球の上にコヒナタが降り立つ。


「案内ありがとうございますゼン様。何とか間に合いましたね」

「な、何のつもりかしら? 私の邪魔をする気なのコヒナタ?」

 アリアに睨み付けられても、毅然とした態度を揺るがさずにコヒナタは首を縦に振り頷いた。まさか肯定されると思っていなかった天使は、目を見開いて驚愕する。


「カルミナさんはアズラ様が助け出しました。アリア様、少し頭を冷やしては如何ですか? 何故一人で勝手に出て行ったのです。貴女にはレイア様と私達という仲間がいるというのに……」

「そ、それは……」

 押し黙り、放っていた殺気は急速に霧散する。カルミナが助け出されたと言うのならば、最早己の戦う理由が怒りによる八つ当たりに過ぎない事を理解したからだ。


 放置されているギガンスとラーディスは、この隙を逃す手は無いと方向転換し、馬を全力で走らせ逃げ出した。背後から追ってくる気配の無い部下達が気掛かりではあったが、優先すべきは自分達の命だ。

「追わなくていいの?」

「良いんですよ、アレは巣穴へ導いてくれる餌ですからね」

「レイアの指示なの?」

「勿論ですよ。最初からアリア様が飛び出して行く事も、レイア様は想定されておりましたから」


 上空を見上げると、激情に身を任せて勝手な行動をとった己を反省し律する。暫くすると何時もの様に柔らかくコヒナタを見つめて問い掛けた。

「それで、これから私達は何をすれば良いのか教えてくれるかしら?」

「えぇ。カルミナさんに早く会いたいでしょうが今は我慢して下さい。アズラ様が護衛に着いておりますから心配なさらずとも宜しいでしょう。私達はゼン様に導いて貰い、先程の者達が逃げたアジトを壊滅させます」


「判ったわ。さっきはありがとうコヒナタ。危うくレイアに嫌われちゃう所だった……」

「うふふっ! 下衆を殺した所でレイア様がアリア様を嫌う訳無いじゃないですか。みんな一緒に怒っているのですよ? だから、GSランクパーティー『紅姫』のメンバーの友達に手を出した、愚かな盗賊団は殲滅あるのみです!」

「それもそうね。所でその肝心の本人は何処に行ったの? ビナスとディーナは?」


「三人は商人の国ザッファへ向かいました。何をするかは聞いてますけど、正直可哀想になりますね……私達にやられる盗賊団の方がまだマシですよ」

「あらあら。それはお土産話が楽しみね。じゃあ行きましょうか」

「はい! ゼン様ちゃんと追えていますか?」


『勿論じゃい! お爺ちゃんに任せておけば、あんなクソ女神より百倍役に立つってとこ見せちゃる!』

「…………」

 コヒナタは相変わらず板挟みになっており、複雑な心境が顔に表れていた。そこへ、アリアが耳元に助言を囁く。

「言ってごらんなさい? 多分私のお父さんと同じタイプなら、きっと効果があるわ」

「で、でもぉ〜。まぁ、試してみますか」

『ん? 何じゃ? どうしたコヒナタちゃん』

「レイア様と、もし仲良くしてくれたら、ーー私ゼン様の事、『ゼンお爺ちゃん』って呼ぶんだけどなぁ〜?」


 ……

 …………

 ………………


『さぁ、早くレイア君と合流する為に盗賊団を殲滅させるのじゃ! 儂の秘蔵の神酒でも贈ってやるかのう? 儂と彼奴は親友じゃからな!』

 分かり易過ぎる程に態度を改めたゼンに対して驚き、感激のあまりに抱き着いた。最近本心から心底ウンザリしていたのだ。

「ありがとうございます! アリア様!」

「ふふっ! これくらい何でも無いわよ。道案内よろしくね?」


 天使とドワーフの巫女は、『砂漠の大鼠』のアジトへ向けて進み出した。


 __________


『一方その頃』


 レイア達は竜化したディーナの背に乗り、隠れる事も無く堂々とザッファの城門へと近付いて行く。巨大な竜の進行はザッファ中を震撼させ、恐慌状態へ陥れていた。


「さぁ、盗賊団のお頭君はどう出るかな? ビナス、そろそろ出番だから準備しておいてね?」

「旦那様とチューするだけだけどね〜?」

「妾の背でイチャつくのはやめて欲しいのじゃ〜! 今回は損な役回りじゃのう……クスンッ」

「大丈夫だよ。ディーナも頑張ったらしっかりご褒美あげるからね?」


「おぉぉ! 俄然やる気が出るのじゃあ〜!」

「私も! 私もご褒美欲しいーー!」

「はいはい。二人共作戦通り頑張ってね?」

「「は〜い!」」


『紅姫』の面々は三手に分かれ、各々が指示された作戦行動を開始する。


 女神は悪戯を仕掛ける子供の様に、楽しそうに笑っていた……


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