閑話 女神の国レグルス誕生 3

 

「疲れたぁぁぁ〜!」

 パレードを終え、城の玉座に当たり前の様に座るレイアを見て、違和感を覚える者はいなかった。ミナリスは瞳を輝かせ傍らに跪いており、アズラはその横で大剣を立て控えている。


 だがしかしーー

「……意味不」

「そうよねぇ。私達に何の相談もなくレグルスの王が変更されるなんて前代未聞よぉ〜? これは黙ってられないわ〜」

「そうだ! いくら魔王様の主人であろうがこんな横暴は許されないぞ! 私が仕えると決めたのはアズラ様であり、貴様では無い!」

 ーーキルハ、ジェフィア、イスリダの三名は怠そうに玉座に座る女神を見て、違和感の無さはさておき物議を醸したてていた。

 レグルスには各隊長から、時期魔王を選定するというしきたりがある。


『今回の件は、絶対に認められない』という、確固たる決意があったのだが……

「キルハ、イスリダ、俺の主人を認められないと言うのなら、俺がお前達の相手になるぞ? あと、ちょっと嫌いになるかもな」

『ジェフィア……君は僕と戦う気かい? 残念だね。子らも悲しむかな……』

 アズラと麒麟が各々に向けて言葉を発した瞬間、三名は同時に背筋を伸ばし、玉座に向けて敬礼する。


「……レイア様、万歳」

「私の誓いは貴方様に捧げましょう! 騎士隊へ如何様にも御命令を!」

「麒麟様と戦うなんて出来る訳が無いでしょう! 召喚部隊はレイア様に仕えます!」

 当の本人は三名の変わり身の早さに呆れていた。

(やっぱり、この国大丈夫か?)


「俺は別にこの国の王になりたいと思ってる訳じゃ無いから、反論があったら言いな?」

 その台詞とは真逆の想いを込めて、両隣にいるミナリスとアズラからーー

『姫を怒らせたら、タダじゃおかない』

 ーー無言のプレッシャーが放たれていた。


「……アズラと私の結婚は?」

「おぉ、君が例の結婚相手かぁ! 別に縛り付ける気も何も無いから好きにしなよ!」

 その言葉を聞いた瞬間、キルハはガッツポーズを取り、アズラは先手を打たれたと崩れ落ちる。新女王の口から婚姻は無効だと宣言して貰う様に、色々と策謀を張り巡らせていたのだが、ーー全ては水泡に帰した。


「ひ、姫よ、俺も一緒に旅に出るのだから……まだ婚姻とかは、早いんじゃ無いかなぁ?」

 顔をヒクつかせて語り掛けてくる様相を見てーー

(まさか⁉︎)

 ーー瞬時に言葉に隠された内面を理解する。

 男と男の絆が奇跡を生んだ瞬間だ……スキル『悟り』を取り込んだナナから「何とかしてあげれば?」と言われるまでもなかった。


「う、うん確かにそうかもね〜! キルハだっけ? アズラの旅が終わるまで待てるかなぁ〜?」

「……だが断る」

「ほ、ほら、漁師の嫁は、港で旦那の帰りを待つって言うじゃないか!」

「……だが断る」

「俺だったら危ない場所に行こうとする男相手に、すぐには結婚しないなぁ〜。戻って来てから幸せに暮らすなぁ〜」

「……だが断る」

「今回の戦争でアズラは死にかけたんだよ。こんな無謀な男見限ったら?」

「……だが断る」


「え、えっと……じゃあ、婚約しておくとかなら?」

「…………なら認める」


『『『妥協点はそこなんかい‼︎』』』

 その場にいた全員が、キルハに対して盛大なツッコミを入れる。しかし、未来は容易に予測出来た。

(アズラは、きっと逃げ切れないだろうな。それにしても、きっとコヒナタのいい友達になってくれるぞ)


 その瞬間、キルハは膝から崩れ堕ちた。血涙に濡れながら、『犯人はレイア』と血文字を書いている。

「一体、あの子は如何したんだ?」

「あぁ……姫さ、今もしかしてコヒナタの事とか想像しなかったか?」

「ん? 確かにコヒナタのいい友達になれそうだなって思ったけど」

「どの部分を見てそう思った?」

「決まってんじゃん、胸!」

「ぐふぅっ‼︎」


 床に寝そべっていたキルハが口から吐血する。魂が半分抜け出て、空中に漂っている姿が、その場にいた者にははっきりと見えた。

「姫、それ以上はやめてやってくれ……キルハが死んでしまう」

「えぇ、知らないとはいえ、他人の台詞とはここまでの殺傷力を秘めているのですね……」

「私は貧乳が悪いとは思わんぞ?」

「やめなさいイスリダ……持つ者と持たざる者の気持ちは、男には決して理解出来ないのよ」


 皆の言葉から、貧乳に関する言葉はNGだと理解する。気遣いのレベルを最大まで引き上げて、慈愛に満ちた表情でキルハに語り掛けた。


「小さいとか大きいとか、気にしなくて良いんだよ? 偉大な先人の言葉を君に伝えよう、ーー『ちっぱいは正義』だと‼︎」

「がはああああああああああーーーーっ‼︎」

 ーーキルハは盛大に血反吐を吐いて痙攣していた。流石は女神、与える精神的ダメージ量は一般人の数倍を誇る。

「な、何故だ……」

「後生だからもう黙ってやってくれ……本当にキルハが死んでしまう」

「恐ろしいな」

「手も出さずにキルハをここまで追い詰める手腕、確かに恐ろしいわ……」

「だが……やはり! 私はアズラ様以外に仕える気は無い! その腕を示せ、次期王よ‼︎」


 イスリダは剣を抜き、レイアの眼前に立ちはだかった。先程はアズラの言葉に従ったが、弱者にこのレグルスを統治させる資格は無いと、自らの眼で新たな王を見極めようとする。

 アズラとミナリスは、哀れみの視線をイスリダへ向けていた。「可哀想に」ただその一言に尽きる。


「なるほど……俺の力が見たいと。じゃあ、一歩でもいいから俺をこの玉座から動かせたら君の勝ちだ。如何だい? 乗るかい?」

「舐めた事を! 私はアズラ様の後を継いで、騎士隊隊長になったのだ! その様な侮辱、到底許せるものでは無いぞ!」

「はぁ〜〜っ。アズラ、教育がなっていないね……お手本を見せてあげようか?」

 深い溜息を吐きつつ蒼褪めながら震える魔王を睨み付ける。敵意に対して軽く苛ついたのだ。


「なるべく、お手柔らかにお願いしたい。可愛い部下なので……」

「ふむ、考慮しよう。掛かっておいでイスリダ君?」

 玉座から右手を逆手に向けて、クイクイっと挑発する。イスリダはその行為に激昂し、白虎を招来して叫んだ。

「舐めるなぁぁぁ! 『白虎雷刃』!」

「ふぅん……」

 放たれた白虎は、在ろう事かイスリダの意思に反して攻撃しようとした直前、ーー『キキィッ』と音を立てて、急ブレーキをかけた。

 雷を纏い放たれた刃は、己が契約者の意思よりも、眼前の敵に牙を剥く危険度を理解したのだ。この者は『神山にいる本体すら滅ぼせる』と本能から感じとっていた。


 契約した者には神獣から分体が与えられ、己が一部の力を託される。イスリダは神獣『白虎』との契約を果たし、以前のアズラと同じ様に力を分けて貰っていた。

 その意思は本体である『白虎』本体へ繋がっている。その者には逆らってはいけないと、全身全霊で『本体』が叫びを上げていた。


「どうしたんだ白虎⁉︎ いけ! いけぇぇぇ!」

 起こった現象を理解出来ないイスリダは、パニックになりまるで地団駄を踏む様に嗾けるが、白虎はレイアの元に歩みを進めると、陽だまりの中昼寝をする唯の動物であるかの如く横這いになる。

 雷を纏っている存在に対して、己が感電するのも関係無く女神は白虎の頭を撫でていた。


「良い子だね……消える迄眠ってなさい?」

 流石にその光景には、場にいた者は勿論、神獣の王である麒麟までもが絶句した。

「う、嘘だろ?」

『駄目だ……あれは、本当に規格外の怪物だ』

 イスリダは現状を理解出来ず、慄きながらも懸命に己を奮い立たせる。長剣を上段に構え、レイアに飛び掛るがーー

「う、うわぁぁぁぁ!」

「馬鹿野郎!」

 ーー錯乱したイスリダを食い止めようと、大剣を構えたアズラが立ちはだかった時には、全てが終わっていた。『エアショット』を額に受けて気絶し、人形の様にダラリと肩口に凭れかかる。


「中々筋はいいね。良く鍛えてる証拠だ。目を覚ましたら期待していると伝えておいてね?」

「はい、マイマスター。忠実なる下僕、ミナリスがその役目を確実に果たしましょう」

「な、なんか、ミナリスさん……気持ち悪くなってない?」


 魔王軍参謀は徐に立ち上がり、ゆっくりと玉座の間のカーテンを開けた。其処には数々のポーズをとった、レイアちゃん人形が光を受けてキラキラと輝いている。


「私がこの日をどれ程待ち望んでいたか、お判りですかマイマスター⁉︎ 睡眠を削り、貴女様の事を想いながら作り続けたこの作品の数々! 数が増えすぎて泣く泣くオークションにかけたNo.四十三と、No.八十二は純金貨八十二枚で落札され、今もマニアの間で価値を高め続ける逸品! お目にかける為に日々試行錯誤を繰り返し、貴女様を想い続けた証! これぞ、レグルスの誠の至宝なりぃ‼︎」


 女神は絶句したまま、レイアちゃん人形に向けて『エアショット』を放った。窓ガラスを突き破り、空中に投げ出されるその姿を目に焼き付ける。ーーなんか気持ち悪いからさらば。

 アズラは静かに合掌したが、ミナリスは回収の為に、自殺ともいえる空中ダイブを決めた。


「そ、そこまで大事か?」

「ミナリス……貴様の覚悟、俺が受け止めたぞ‼︎」

「No.二十二! No.五十六! No.七十八がぁぁぁぁぁ! あぁ……まさかあれはNo.十一⁉︎ 駄目だ! あれだけは何としても回収せねばならない! レイアちゃん人形パンチラバージョンは、絶対壊させないのだぁぁぁ‼︎」

 覚醒した魔人は空中を蹴り、『神速』を超えた俊敏さを発揮した。その姿を玉座の間から見ていたレイアは、冷淡な視線を向ける。ーーそこへ、同時にアズラも大剣を放り投げて疾駆しだした。


「こっちは俺に任せろ! そっちの三体を回収するんだぁぁ‼︎」

「おぉ、我が友よ! 任せろ! 一体たりとも壊してたまるかぁぁ‼︎」

 ミナリスが空中に飛び出した瞬間に、同じく後を追ったアズラも、レイアちゃん人形の回収に窓から飛び降りたのだ。


「馬鹿ばっかりだ……」

 己の人形に命を賭ける魔王と参謀の二人を見下げ、呼応するかの如く隊長達は同時に深い溜息を吐いた。


 ーーレグルスは今日も平和だ。『女神の国レグルス』はこうして制定される。


 実はこの行動には一つの企みがあった。

(クラド君の異世界料理再現能力があるのと同じ様に、この世界にはきっと、俺に知識がなくてもアイデアだけを伝えれば、常識を覆して異世界文化の再現が出来る人物がいるに違いない!)


 ここから異世界チートが幕を開けようとしたのだが、物語は突如齎された情報によって、一旦幕引きとなる。

『聖女の嘆き』を解除するのは、『神樹の雫』があればいいと、魔術部隊副長カルーアに聞かされた直後、ミナリスの用意してくれた『転移魔石』でアズラと共にピステアの首都カルバンに戻り、ビナスを抱き締めた。


 ーー目指すは『エルフの国マリータリー』


 レイア、アズラ、ビナス、アリア、ディーナ、コヒナタの六人で新たな旅が始まる。屋敷の警護と、クラド、メムルに何かあった時に対処しろとシルバは残された。

 納屋で寝そべりながら、眼前で泣哭を轟かせ、地面を叩くチビリーを見てそっと肉球で背を叩く。


「うぅぅぅぅ……また、また自分忘れられてるっすよぉぉぉ! こんなに頑張ってるのに! 声すらかけて貰えないんすよぉぉぉぉ⁉︎ 受付嬢の仕事から戻ったら、シルバ師匠以外誰もいないって! 既にいないってどういう事なんすかぁぁぁぁ⁉︎ はぁっ、はぁっ! これも放置プレイの一種なんっすか⁉︎ はぁっ、はぁっ! 師匠‼︎ お相手をお願いするっすよ‼︎」


 悲しみから、何故か恍惚の表情へと変貌するチビリーを見て、銀狼は唖然としていた。

(何のお相手だ。これが弟子って嫌だなぁ……)


 夜空が瞬く中、残されたシルバは黄昏れていた……

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