【第9章 エルフと悪魔と紅姫と】

第145話 悪魔達の目的と、アリアのデスゼリー

 

 真夜中、ピステアのダンジョン『大地の試練』内部を歩く、三つの人影があった。


「ねぇ〜アグニス様〜? 本当にカトリーヌの変態野郎は消滅したんですかぁ〜? レビタンちゃん信じられ無〜い」

「確かにな。あいつは変態だったが、五大悪魔の一人だ。私達同様の力を持っているだけに、俄かには信じられない」

「あぁんっ? ラキスてめぇさぁ、レビタンちゃんとアグニス様の会話に割り込んでくんじゃねーよ。この雌豚!」

「貴様こそ黙れ。ロリぶっていようが、中身はババァだろうに」

 レビタンは人形を抱きしめた、百三十センチにも満たない可愛らしい幼女の姿から一変する。刺々しい牙を突き立て、首筋を噛みちぎろと飛び掛かるが、ラキスは飄々と刀の鞘で顎を跳ね上げ、冷静に対処していた。


「静かにしろ。そろそろ着くはずだ」

 大地の試練四階層、そこは嘗てレイア達がトラップにより落とされた場所だった。アグニスと呼ばれた男は壁に手を触れると、トラップを敢えて発動させる。


「落ちるぞ」

「はいはーい! レビタンちゃん怖〜い! 抱き締めてアグニス様〜?」

「後にしろ。崩れるぞ」

 大地が揺れ、崩壊を始めると宙に放り投げられた。しかし、誰一人として一切動揺する素振りを見せない。


「中々深いな」

「キャハハハッ! 面白ーい!」

「『悪神の魂の欠片』の気配が強まって来た。アグニス様、警戒を!」

 速度を緩める事も無く着地する。『精神体』に物理ダメージは効かないのだ。三人はかつて『シールフィールド』に繋がっていた開かれた扉を通ると、中心部で黒い輝きを放っている球を発見する。


「やはりあったか」

「キャハハハッ! 何処の誰か知らないけど馬鹿だよねぇ〜? 折角『悪食』を倒しておきながら、お宝を放置していくなんてさぁ!」

「レビタンの言う通りだが、悪食を倒せる存在が人族にいるという事実が俄かには信じられない」

「ラキスも戦って貰えばぁ〜? そんで滅べ雌豚ぁ!」

 争い合う二人を無視して、アグニスは『悪神の魂の欠片』を手に掴むと、そのまま己の心臓部にあて体内へと吸収した。


「ふぅぅぅぅ〜。いい気分だ。蘇るかの様に力が溢れてくる……」

 外見はもの静かなままなのに、体内に迸る力の奔流が跳ね上がっていくのが、二人の悪魔に伝播した。

「アハァンッ! 素敵過ぎるよアグニス様ぁ! 抱いて!」

 胸に飛び込もうとしたレビタンの額を抑え込み、ラキスは祝福と共に問い掛ける。


「二つ目の欠片の獲得おめでとうございます。次の目的地は確か、エルフの国マリータリーでしたか?」

「あぁ。だが、彼処のシールフィールドは多少厄介だ。神樹の結界が二重に張られている。何より……」

「『悪色』マジャハンですね。凄まじい幻覚能力を持つという、封印されし魔獣ですか」

「そんな奴、レビタンちゃんのミラクルパワーでぶっ飛ばしちゃうよぉ〜?」


「期待している。さぁ、いこうか」

「はぁーい!」

「お任せ下さい。我らが悪魔の王よ」


 三人の悪魔は出口へ歩き出した。次なる封印の地に向かって……


 _______________________


『一方その頃の紅姫は』


「第一回紅姫家料理王選手権〜‼︎」

「わぁぁーーい!」

「ピューピュー!」

「腕が鳴るぜーー!」


 拍手と歓声が飛び交う中、司会を務めるレイアは張り切っていた。エルフの国に向かう途中、白竜姫形態のディーナの背に乗りながら、交わされた会話を思い出す。


「そう言えば、ビナスは凄く料理が上手くなったんだよ! みんなはもう食べた?」

「えへへ〜。旦那様に褒められたよぉ〜!」

「うむぅ……確かに以前妾とコヒナタが料理をした時は、ビナスは最初から諦めて作らなかったからのう……盲点じゃったか」


「でも、私達はクラド君を日々鍛え上げて、舌が肥えてますからね。如何にビナス様といえど、簡単に満足させられると思って貰っては困りますよ」

「黙れ。何故我がお前らの為に、料理を作らねばならんのだ。虫でも食ってろ」

「こらビナス! 折角の可愛いメイド服が泣いてるぞ? そんな喋り方しちゃダメ!」

「はぁい……ごめんなさい、旦那様ぁ」

「ところでレイア。私も貴方に料理を作りたいわ? 以前、美味しそうに私のクッキーを食べてくれたじゃない」

「「〜〜〜〜〜〜〜〜ッ⁉︎」」

 アリアのその台詞を聞いた瞬間、アズラと視線を交わせる。これは拙い、話題を逸らそうと必死で頭を働かせるがーー

「丁度良いわね。みんで料理を作りましょうよ。食べ比べは大事だわ」

「うぬ! と言いたい所じゃが妾とコヒナタは料理は出来んし、主様に怒られたく無いから食べる側に回るのじゃ!」

「些か不満ですが、致し方無いでしょう」

 ーー手遅れだった。勝手に話が進んでいってしまう。


「えーっと……今日は久しぶりに俺が腕を振るいたいなぁ〜! 姫とディーナと三人で旅していた時は、よく作っていたもんな? な?」

「そうだな! 俺もアズラの料理が久々に食べたいかも、なんてね……」

「あら? この人数の料理を一人で作るのは大変だわ。私とアズラとビナスで一人一品作りましょう。どうせなら勝負しない? 誰が一番レイアの舌を唸らせる事が出来るか!」


「乗った! 私に負けたら、第一夫人の座は貰うからね?」

「ふふっ! 私に勝てると思うなんて、百年早いわよ?」

 レイアとアズラは見つめ合いながら死出へ旅発つ覚悟をした。それは武士が切腹する直前の潔さに似ている。

 嘗てクッキーを食べただけで三途の河が見えたのだ。料理となると、一体どれだけの破壊力を秘めているか分からない。


 問題はディーナとコヒナタだ。

(何としても、この二人だけは守ってみせる)

 ーー並列試行で、ナナと作戦プランを練り上げていた。

「マスター。勝者の料理のみが振舞われるというのは如何でしょう?」

「駄目だ。この二人は食いしん坊万歳さんだからな。出された料理はまず食べてしまう」


「それでは偶然を装い、盛り付けられた料理の皿を破壊しては?」

「悪くない案だが答えはノーだ! 極力アリアを悲しませたくはない」

「取り敢えずパッシブにしてる『感覚倍加』は切っておきました。味覚が高いと、ダメージが大きそうですからね」

「その気遣いに感謝するナナ隊員。では、次の案の検討に入ろう……」


 脳内ホワイトボードに意見を書いては、互いに穴を見つけ出して消し去る作業を只管繰り返し、導き出された答え。それはーー

「俺はアズラが食べて、美味しいと思った料理のみを食べる!」

 ーー胸を張り、堂々と己の騎士を切り捨てた。


 結論、『アズラが死ねば、誰も不幸にならない』プランが発動されたのだ。

「ごるああああぁぁぁぁぁっ! それは無いだろうがあぁ⁉︎ 流石の俺もキレちゃうよ? ねぇ? 仲間を何だと思ってるんだ。部下を平然と切り捨てるその行為! 最早、鬼道に落ちるぞこの野郎!」


「落ち着きたまえアズラ君。俺の国にはこんな素敵な言葉があるんだ。今こそ、この言葉を君に贈ろうか」

 ーー『武士道とは、死ぬ事と見つけたり』

 優しく囁くと共に、そっと肩を叩く。


「いやいやいやいや。俺は武士じゃねーし、そもそも武士とから知らねーし。騎士だっつの! もう庇えない位に死ぬ事って言っちゃってんじゃん! 殺す気満々じゃん!」


「相変わらず煩い奴じゃのう! 心配しなくても、料理で人は死なんわ! のうコヒナタ?」

(いえ……死ぬんです……)

「えぇ。どんなに不味い料理でも、死ぬなんて事はあり得ません! 毒でも入って無い限りですが」

(毒を無効化する俺が……死に掛けたとです……)


 かつて食べた殺人クッキーの破壊力を思い出しーー

(知らないって、素敵な事だなぁ)

 ーー遠い目をしながら、空を見上げた。


「ねぇ、取り敢えず私達は作り始めるわよ。ビナスは何を作るの?」

「んー? クラドと再現に成功したパスタを作るよ〜。旦那様が嬉しそうだったし」

「は、はい! 俺はスープを作る! 絶対だ!」


 突然割り込んだアズラの意図に気付き、『でかした!』と親指をサムズアップする。スープは何が混ざるが予測出来ず、アリアに作らせるには危険すぎるからだ。


「そうねぇ。じゃあ、私はデザートを作ろうかしら。お菓子は得意だし」

「で、デザートですか……」

 危険度はぐっと下がった筈だと警戒心を若干解いていた。しかし、ーー現実は甘く無いのだ。


『三十分後』


 ビナスの作ったキバピグの肉をミンチに刻んで、玉ねぎやトマトに似た野菜を使ったボロネーゼ。

 アズラの意外にも計算された味付けが絶妙な、ミネストローネ。

 そして……


「アリアさんや……これは一体何ですかな? 俺の目が曇って無ければ、紫の物体にしか見えないんだけれど」

「あらあらレイアさんや。これは神界にいる最中に編み出した神の食事、言わば普通の料理では物足りなくなった神達が編み出した、究極のレシピを再現したものなのよ。話を聞いた時は感動したわ。完成までの道程は、そりゃあもう血の滲む努力が必要だったの……」


「いやいや。俺は普通の料理に飢えているからね。家庭の味、万歳の人間だからね」

「良いから食べてみて? きっと想像を絶する味に仕上がっている筈よ」

「いる筈ってさ。アリアさん、味見とかしました?」

「しないわよ。私の全てはレイアのモノなんだから、私が食べて量を減らす訳にはいかないでしょう? 我慢してアズラのスープでも食べるわ」


「コヒナタ、あれはお主と良い勝負じゃのう……」

「心外だと言いたい所ですが、予想を遥かに上回る品を出されましたね。あれと比べると、ビナス様の料理が輝いて見えます」

「旦那様〜? 冷めちゃうから食べよう〜?」

 空気を読まないビナスの一言が、食事の開始を告げた。レイアは漢としてのプライドを捨て、アリアの紫スライムのデスゼリーをスプーンで掬うと、まさかの行動に出る。


「はい、アズラ! あ〜〜ん?」

「へっ? えっ? ふぇっ?」


「「「「ふぁっ!!??」」」」

 ボロネーゼを食べていたアズラは、突然の主人の行動に不意を突かれ、赤面しながら挙動不振になって慌てふためいた。同時にその光景を目にした女性陣も、驚きに目を見開く。


(如何する……これは狡猾な罠だ。罠なのは分かっているが、この機会を逃せばチャンスは二度と訪れないと己の本能が告げている。行けと、漢なら突き進めと……しかし、食べたら俺は死ぬかも知れない。しかし、だがしかし、漢には退けぬ戦いがあるのだ! 武士道とは死ぬ事と見つけたりか……もしかしたら、こんな時の心境を語っているのかも知れないな……)


「逝ってきます‼︎」

 パクリとデザートを食べたアズラは、顔を紫色に染め上げて倒れた。しかし悔いは無いのだ。

 レイアは『やはりな』と悪どい顔を浮かべ、口から泡を吹く馬鹿を見下ろしていた。戦いに犠牲はつきものなのだ……


 ーーしかし、時に女神の思惑を超えた予想外の出来事は起こる。


「「「「はい、あ〜〜ん!」」」」

 眼前に迫るのは先程の自分と同じく、アリアのデザートをスプーンで掬い、食べさせようとして来る四人の美姫達。


(あっ、これは逃げられないな……終わった)

 口内へ先程食べさせた四倍の量のデスゼリーが含まされる。『女神の神体』へ進化を遂げた強靱な精神を、一瞬で刈り取った。

「あら? レイアったら余りの感動に気絶しちゃうなんて、相変わらず可愛いわね」

 痙攣する女神の頬を突きながら、愛おしそうな視線を向ける天使を見つめ、三人は固まった……挙動不審な二人が、何故あそこまで動揺していたかその答えを理解したのだ。


「ビナス……今までの諍いは水に流して、料理を作ってくれんかのう?」

「うん。私かアズラが作らないと、この悲劇がまた起きそうだしな」

「凄まじい威力ですね。寧ろ、一口食べてみたい気もします」

 そのコヒナタの台詞が悪かったのだ。食いしん坊達は反省しないのだ。自分達なら、もしかしたら食べられるかも知れないと考えてしまった。


 そして、ビナスは単純な好奇心が刺激され、いつの間にかスプーンでデスゼリーを掬っていた。

「「「あ〜〜ん!」」」

 食べた瞬間に三人は口から泡を吹いて気絶する。ドワーフの見た目幼女は、漏らしちゃいけないものまで漏らしていた。


 ここにGSランクパーティー『紅姫』は全滅し、『第一回紅姫家料理王選手権』は不戦敗でアリアの優勝となったのだった……



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