閑話 女神の国レグルス誕生 1

 

 東のシルミル、南のアロ、西のザッファの合同軍を退かせたレイアは、アズラを持ち上げ空中を翔んでいた。


 港町ナルケアを船で経由する事も無く、直線距離で王都シュバンを目指しているのだが、その速度にアズラは絶叫マシーンに乗っているかの如く恐怖を抱いている。


「姫ぇ! 速い! そして怖い!」

「えっ? そうかぁ? 久しぶりにお前に逢えたし、これでもゆっくり飛んでるんだけどな」

「一体何があったらそんなに変化するんだ? 俺も結構死にそうになったり頑張ったんだぞ……」

「別れてから何があったか、空の散歩がてら聞かせてやるよ! 久しぶりのレグルスも楽しみだなぁ。途中ビッポ村にも寄ろう。アリアが元気になったって聞いたらハビルさん喜ぶぞぉ〜!」


「散歩じゃねぇだろ! あっ! 速くなってる。落とすなよ! 絶対落とすなよ⁉︎」

「はっ‼︎」

 懐かしい思い出が鮮明に蘇っていた。かつて黒竜に挑んだ時に、今はそれどころじゃ無いと諦めたアズラの振り、ーー今こそ叶えて見せよう。


「何だその顔? あっ、わかる。何故か考えてる事解っちゃうけど駄目だぞ! このスピードは駄目だぞ! あと、観客がいないだろ? 落ち着け、落ち着くんだ姫よおおおおおおーー‼︎」

「お前の言いたい事はしっかり伝わってるさ。流石俺の騎士だな! 腕は落ちていなかったかぁ。よおぉぉぉし! 逝って来い!」


「何の腕だああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜‼︎」

『神速』を発動させた速度に匹敵する勢いで、アズラは大砲の様に上空から海へと投げ捨てられた。


 ーードッパアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァン!!

 走馬灯が流れ、三途の河からお婆ちゃんが手を招いている。ゆらゆらと河を渡ろうとした所で、麒麟に無理矢理覚醒させられた。

『馬鹿か君は⁉︎ こんな事で死ぬなぁ! レイアも大概だが、それに付き合う君もアホの極みだな!』

「これを望んでやってる様に麒麟様には見えるのか……世も末だな……」


「おぉーい! ナナがアズラが死に掛けてるって言ってるんだけど冗談だろぉ? ほぉら! 元気じゃ無いか!」

『僕はこんなセリフを人間にかけた事は無いんだけどさ、君も大変なんだね……』

 麒麟の哀れみに満ちた声色に、泣きそうになるがーー

(これこそが、我が姫だなぁ)

 ーー同時に懐かしさから嬉しく感じてもいたのだ。

 己が横に並び立つ為に、努力し、咆哮し、猛省し、悔恨し、血溜まりに沈む程鍛え上げても届かない憧憬が、眼前で微笑んでいる。

(それだけでいい。俺はもっと強くなれる)

 身震いしながらも、より高みに登れると思うと笑みが零れた。


「俺は、今回姫に助けられてしまった。まだまだ弱いからだ。だが、麒麟様よぉ。あんな主人が居たら、思わざるを得ないだろ? 俺はまだまだ強くなれると!」

『あははっ……勿論さと言いたい所だけどね。レイアが本気を出したら僕負けるかも……あれ、人間じゃないよね? 戦いたくないって思わされたのは初めてかも知れない……』

「えっ、まじ? 姫はそんなレベルまで強くなってるのか?」

『うーん……どうやってるのか分からないけど、ステータスとかスキルを自分で自由自在に制限してるよ。だから僕にも本気の力量が読めないかな。でも、多分間違ってない。僕が顕現して本気で向かっても負ける』


「ははっ! 相変わらず規格外だなぁ。じゃあ丁度良いだろ! 麒麟様も俺と一緒に、姫に勝てる様に修行しろよ! このままじゃプライドが許さないだろ?」

『少しは僕の性格が分かってきたみたいだね。神獣の王として、そんな無様な真似は許されない。乗ろう君の提案に!』

 一方話題の本人は、水面に浮かんだまま麒麟とアズラが勝手に盛り上がってるのを上空から眺め、単純に苛ついていた。久し振りに会った主人を放っておく騎士に拗ね始める。


「今は俺をかまえよ」

 傲慢ともいえる考えから自然と両手を翳し、十本の指から『エアショット』の散弾を放った。


 ーーダダダダダダダダダダッ、ダダダダダダダダダダッ‼︎

「へっ⁉︎」

『拙い! あれは一発でも食らったらやられる! 僕を招来しろ!」

 ーー『麒麟招来』!

 意味が解らないまま『麒麟招来』を行なうと、護神の大剣を抜き去り、『魔仙気』を発動させた全力状態で空気弾を斬り裂いていく。


「な、何するんだ姫ぇ! この威力は洒落になってないぞ! 殺す気かぁぁ!」

「あぁ……久し振りにあったのに、俺を無視するお前なんてきっと偽者だぁ! 死すべし!」

「そう言いながら顔が笑ってんぞこの野郎! 楽しいからやってんだろーが! まじやめて! 死ぬ、死んじゃううぅぅぅ!」

「ふっ。お前の気持ちは分かっている。強くなりたいんだろう⁉︎ これは愛の特訓だぁぁぁっ!」

 アズラは城を出る以前に聞いた、マッスルインパクトの台詞を思い出していた。


「軍曹の訓練は、生と死の狭間を垣間見た先にこそあるのさ」

 誇らしく語っていたキンバリー。その時は何を言ってるんだと首を傾げたが、今なら解る。


「確かにこれは死ねるな。絶対あいつら洗脳されているだろ……」

『アズラ! 麒麟紅刃を放て! 遠距離ではこちらが不利だ!』

「迷ってる暇はないな! 今の俺の全力をぶつけてやる! 『麒麟紅刃』!」


『魔仙気』と『神気』を混ぜ合わせた紅気を大剣に纏わせ、海上から一気に空中のレイアに向けて突進した。

 女神は無邪気に微笑みながら、ワールドポケットから鞘を取り出し、レイグラヴィスを抜き去って対峙する。

「なにっ⁉︎ 姫が大剣? 双剣は一体如何したんだ!」

「アズラぁ! 何とか死ぬなよぉ〜? 『絶覇舞姫』!」

 放たれた剣尖と、螺旋を描き畝り狂う衝撃波を見た瞬間、積み重ねた戦いの経験から察知する。しかし、その言葉を発する前に先に麒麟が呟いた。


『あっ。これは食らったら死ぬね!』

「うおおおおおおおおお! 死んでたまるかぁぁぁーー!!」

 最早半泣きのまま雄叫びを上げながら、無理矢理刃の軌道を逸らし、宙を舞い上がって奥義を回避する。

「おぉ〜! 飛んでる飛んでる〜! 一体何がしたいんだアズラ〜?」

「……確実に分かった事がある。姫の暴虐武人さのレベルが、天元突破してるな……」

『まぁ、君の気持ちは良く伝わっているよ……』


 その後、訓練と称した戦闘を終え、ビッポ村の村人にて歓待された。ハビルにアリアの無事を伝えると、手を握って感涙の涙を流される。

 是非にとの言葉から一泊すると、久々にエジルの宿で『玉鶏のクリーム煮』を食べながら、酒を飲み交わしあった。レイアは笑いながら語るが、聞かされた冒険はアズラの想像を遥かに凌駕しており、愕然とさせる内容ばかりだ。


「そうか。この半年足らずの間に、姫は様々な経験を積んだんだな……やはり、俺は騎士失格だろうか……」

「別に気にする事は無いよ。お前がしっかりと強くなる努力をしていた事は、動きを見ていれば分かるしね」

「だが、差は開かれる一方だぞ」

「らしくないね! へこんでいるのかぁ? ほらっ! もっと、飲め飲めぇ!」

「すまん! 今日は飲むぞおぉぉぉぉーー!」

「あらあら、店の酒が空になっちまいそうだねぇ? ちょっと待ってな。追加分を貰って来るよ英雄方!」

 エジルは酒屋に二人が飲む酒を仕入れに扉を開けて出て行った。丁度その姿が見えなくなり、扉が閉まった瞬間、アズラは真剣な面持ちでレイアへ語りかける。


「姫よ。このレグルスの王になる気は無いか? 冗談じゃなくだ」

「ブフッ!」

 飲んでいた酒を勢いよくテーブルに向け噴射する。突然何を言いだすんだと眉を顰めてアズラを睨み付けた。

「きっと、シュバンに着けば分かる。姫を求めているのは、俺やマッスルインパクトだけじゃ無い。それ程にこの国は女神の存在を崇拝しているんだ」


「あのなぁ〜。俺はどこぞの勇者と違って、世界制覇とかに興味は無いんだよ! 楽しくのんびりと幸せに旅をしたいだけなんだ! なのに、次々とトラブルが起こって迷惑してるんだっつの!」

「分かってる。だからシュバンに着いてから決めるといい。あと知らないだろうが、最早この国の民は全てが『真女神教』の信者だからな。凄まじい布教活動だったと報告を受けている」


「へっ? 何その『真女神教』って? 『女神教』なら聞いた事はあるけど……」

「帝国アロにのみ加担する女神など信仰に値せず、各地を旅しながら、その土地の問題を解決していく姫こそ真の女神だと讃える信仰宗教だな。因みに俺は会員ナンバー七十八だ。魔王の権力を持ってしても、この番号が最高だった」


「はぁぁっ⁉︎ いつの間にか俺の事を崇める組織が出来てるって事か? なんか、猛烈にシュバンに帰りたくなくなって来た……」

「最早遅いだろうよ。ミナリスの暗部が、確実に情報を伝達してる筈さ」

「さっきまで張り付いていた気配はそれか? まぁ、崇められるのはピステアでも変わらないからそんなに気にしないよ。マッスルインパクトのみんなにも会いたいから今回は我慢する」

 アズラは冷や汗を流した。布教活動を積極的に行い、爆発的な成果を生み出したのが、そのマッスルインパクトの連中だと知った時に、この主人はどうするのだろう。


『翌朝』


「さぁ、飛ばすぞ! しっかり掴まってろよ?」

「もしかして、昨日より速度を上げる気なのか⁉︎ 待って、心の準備が! ぎゃああぁぁぁぁぁぁぁぁーー‼︎」

 一般人には見えない程の速度で、金色の光を瞬かせながら空を翔けるレイアの姿は、まるで光の奇跡とも言える光景を空中に描く。


 跪いて祈りを捧げる人々を横目に、アズラは口から泡を吹いて気絶していた……



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