第144話 『神の器』

 

 カムイは目覚ますと同時に、驚きから身を翻した。最早口づけを交わすのでは無いかと勘違いする程、顔を近づけていた第三柱時空神コーネルテリアが厭らしく嗤う。


「気分はどうだし? 罰を受けて、苦痛に歪む君の顔が見たいんだし」

「はぁっ? 俺はまだ負けて無いだろう! 生贄だって道化を殺した後、帝国アロを滅ぼしてこれから幾らでも捧げてやるぞ!」

「ふふふっ! 君さぁ、あたしと契約した時に、今回の戦争を頭に思い浮かべたでしょう? だから、戦争は失敗しちゃいけなかったんだし!」


「屁理屈捏ねやがって……まぁ、確かに俺は戦争なんてどうでもいいと考えちまったか。それで、罰とやらは一体何だ?」

「あら? 意外にも抵抗無く受け入れる気かし。どんな心境の変化だし?」

「紅姫レイアに出会って考えちまった……あんな、化け物みたいな相手に勝てるのかと。どっちみち戦争は終わらされていたからな。今は早くその罰とやらを受けて、ティアの仇を討ちたいだけさ」


「だからやり合うなって言ったし。まぁ、好都合かな。君には罰であり、ご褒美かもしれないし……」

「何でもいいからさっさとしろ! この駄女神が!」

「むっかー! 壊れるかも知れないから、手加減してやろうかと思ったけど、そこまで言われたらしてやらないし!」

 その言葉の直後、一瞬にして懐に飛び込んだコーネルテリアは、カムイに激しくキスをし始めた。抵抗虚しく、指一本動かせない己の身体に必死で力を込めるが、絡まる舌は止まらない。


(いっそ、舌を噛み千切ってやるぜ!)

 しかし、口を閉じる意志させも縛られる。徐々に脱力し、吊るされた人形の様に時空神の空間を浮かび上がった。

「はぁっ、はぁぁっ……どう? 気持ち良かったかし? もう喋る事は許可するし」

「くそったれ……何をしやがった……身体が動かねぇ」

「あたしの分体を、君の身体に入れたし。これで私は自由に世界に顕現出来るし!」

「はぁ? どう言う意味だ?」


「君の肉体は『神の器』へと昇華したんだし。あたしを自在に降ろせる存在になったんだし!」

「ふ、ふざけるなぁ! 俺の身体は俺だけのもんだ! てめぇの好きになんてさせて堪るかよ!!」

「……五月蝿いし」

 コーネルテリアは右手をあげ、人差し指をクルクルと回して狙いを左腕に定めると、腕を弾いて銃声を真似た。

「バァン!」


 ーーボキンッ!

「ぐあああぁぁぁぁっ‼︎」

 関節が外れたのでは無い、骨が内側から折れた鈍い音が痛覚を刺激しながら響き渡る。思わず悲痛な叫びをあげた。

「な、何だ今のは……」

「いい加減気付くし。もう君には勝手に死ぬ事も、好きに生きる自由も無いんだし。あたしが使いたい時に使う『人形』欲したのはそんな存在で、君はもう『それ』になったし」


「じゃあ、道化を殺しにいけないのか⁉︎」

「あぁ、それは大丈夫。あたしが使いたい時以外は、好きに生きるといいし。意志に逆らう事や、危害を加えようとすれば、今の様に内部から身体を破壊するって覚えとくし」

「くそったれが……とんだ契約をしちまったもんだ」

「まぁまぁ、そんな君に朗報もあるし! わたしが嫌いだと判断した敵相手の時は、寧ろ手を貸してあげるし! 今のレベルを遥かに超えた力を与えてあげるし」


「あのレイアにも勝てるのか⁉︎」

 コーネルテリアはその台詞を聞いた途端眉を顰め、首を横に降る。

「あれはこの世界の主神である女神の神体を持ち、内側に神々さえ喰らう化け物を飼っている。正真正銘の怪物だから無理だし、狙いは別にあるから後々説明するし」


「まぁ、強くなれるなら多少の事は我慢するつもりだが、ずっと言いたかった事を一言だけ言わせて貰う」

「何だし?」

 大きく息を吸い込んで、時空神の空間に怒声を轟かせた。

「お前! 『だしだし』うっせええぇぇぇぇ! もっとちゃんと喋りやがれ!」

「なぁ⁉︎ ちゃ、チャームポイントだし! もう口癖になってるから直せないし!」


 意表を突かれた発言に、コーネルテリアは背の羽衣を旗突かせて困惑する。

「はぁっ……まぁいい。これで罰は済んだか?」

「あとは地上に戻って、一度試しにあたしを顕現するし! 久しぶりの現世の肉体にときめく憧れる! あぁ〜何を食べようかし?」

 欲望に忠実な神は、涎を垂らしていた。封印の間とこの空間に閉じ込められていた神は、ストレスが溜まっていたのだ。


「そんなもんは後回しだ。帝国アロを攻め落として、道化を処刑する!」

「えぇ〜? 悪魔相手ならあたしも力は貸してあげようと言いたい所だけど、問題があるし」

「この上まだ何かあるのかよ」

 軽蔑の眼差しを向けながら、睨み付ける。


「今の弱さのままあたしを降ろしたら、君は確実に破裂して死ぬし。もう少し器に力が慣れるまで、修行しろし」

「はあぁぁぁぁぁぁーー⁉︎ そんな事してたら道化を盗られちまうだろがぁぁ!」

「そんな事言われても、もう新しく『神降ろし』の契約結んじゃったし」


 コーネルテリアはモジモジと指を絡めた後、最大の魅了を込めて下から覗き込むように微笑んだ。全てはこれで誤魔化されると、絶対の自信を持っていたがーー

「なぁ〜。俺はついさっきまで、女神の顔を見てたんだぞ? お前の笑顔如きで、魅了される訳無いだろ?」

「んにゃああぁぁぁにぃぃおおぉぉーーだし⁉︎」

 ーー美貌への自信を粉々に砕かれた神は憤怒し、カムイに猛然と殴りかかった。


「いや、お前も十分綺麗だから! 落ち着け、落ち着けって!」

「遅いし! 遅すぎるし! 次にあたしに対して、よりにもよってあの女神と比べるデリカシーの無い発言をしたら殺すし!」

 金髪が逆立って鬼の様な形相を浮かべる神に、勇者は心底溜息を吐いた。

「あっ。一つだけ忠告しておく事があるし」

「またそれか? お前毎回毎回俺に対して、呪詛見たいな台詞を聞かせるからもういいっつの」


「真面目な話だから聞けし。以前、あたしは君に『絶望に苛まれながら死ぬ』と予言したし。その運命はくつがえされて無いし、君はきっと悲劇の中に死ぬし。神の器になった以上、あたしも何とかそれを回避したいから、もっと強くなれし」

 コーネルテリアは真剣だった。言葉に一切の偽りが無い事をカムイに突き付ける為に。


「ちっ。強くなれば良いんだろう? 帰ったら早速修行しにダンジョンへ籠るぞ! レイアに先を越されない様に、ピステアとも同盟を結ぶ様に働きかける!」

「いーーやーーだーーしーー! 先ずは飯を食わせろ! 飯だ、飯だし!」

「俺も腹は減っているから了解だ。さっさと戻せ!」

「こっちの台詞だし。さっさと帰れし!」

 空間に陣が敷かれると、まるで落とし穴に落とされた様に突然現世へと戻される。帰り途中考えていたのは、『下僕』と呼んでいたシルミルの仲間達の事だ。


「仲間って呼べる様になるには……」


 __________



 カムイはシルミルへ帰投する軍の進行先へ、空中から落とされた。その光景を見て駆け寄ってきた、ヘルデリック、マジェリス、フォルネ、アマルシアは悲痛の表情に沈んでいる。


「どうした? 俺が戻って来た事がそんなに嫌だったか?」

 戯ける事なく、穏やかな口調で皆に問いかける。

「違います……此度の戦、私達は一切カムイ様の役に立てなかった。皆、己の実力の無さを嘆いていたのです。絶対帰還すると信じておりました。お帰りなさいませ」

「私もずっと気絶してばかりで、足を引っ張りました」

「私は愚妹程ではありませんが、怯えてばかりで申し訳御座いません」

「わっちを一撃で沈める存在など、おるとは思わなんだ。済まなかったな主人よ」

 頭を下げる四人を見て、決意していた一言を発する。


「ヘルデリック、マジェリス、『もう、俺の命令は聞かなくていい』これから俺はクソ神との契約により、更に強くならなきゃいけないんだよ。己の意思を持たない、下僕はもう要らないんだ」

「「なにっ⁉︎」」

 愕然としている二人を見て、所詮『絶対服従』で縛り付けられていたのだから、その縛りを解除しようと考えたのだ。実行した直後、向けられた視線は怒りに満ちている。

(一発くらい、殴られてやるか)

 眉を顰め、すっと瞼を閉じた。


「これ以上、私を愚弄しないで頂きたい! そのスキルの命令など、とうに己の意志に変わっております!」

「私も侮辱するな! 言っておくが最初に訓練所で一緒に稽古をした頃から、カムイを愛してる! 信じられないと言うなら、結婚してくれ!」

 二人の顔が迫り、カムイは驚きつつも今の言葉を反芻していた。


「お前達は、俺を憎んでいないのか?」

「あら? 何か憎まれる事をなさったかしら? 私は放置プレイをされた位ですわよ。貴方様の野望は、まだまだ尽きておりません」

 フォルネは同時に腕に絡みついた。それを見たマジェリスは、嫉妬から逆の腕を締め上げる。


「マジェリス、痛いから緩めろ……そっか……これが仲間か」

 シルミルへ帰る道中、勇者はとても穏やかな雰囲気を周囲へ放っていた。それが伝播した四人や兵士達は、自分達でもわからない程に嬉々とした笑顔を浮かべている。


「帰ったら、ティアの墓を建ててやりたいんだ……一緒に手伝ってくれるか?」

「当たり前でしょう。特別にユートも呼んでやれば良いのでは?」

「そうだな……一度だけ、ユートの姿で来いという条件でレイアを呼んでやるか。きっと、ティアも喜ぶ」


「カムイ様、また一つお強くなられましたな! 私も負けぬ様に精進致しますぞ」

「そんな事は無いさ。なんか安心したら眠くなって来た……フォルネ、馬車で膝枕しろ」

「はいぃぃぃ! 何なりと御命令下さいませ! あぁ、濡れる!」


「やっぱりマジェリスに頼む……お前は少し変態性を抑える努力をしろ」

「ま、また放置プレイですの⁉︎ 嫌ですわ! こればかりは愚妹に譲る訳にはいきません! あぁ、でも替えの下着が……」

 カムイは使うまいと決めた『絶対服従』を発動させる。変態相手には致し方あるまい。


 その後、暫くしてピステアに向けて親書を送り、慎重に同盟の話を進めていくシルミル一同。

 一方レイアへ向けた手紙を受け取ったジェーミット王とハーチェル姫はーー

『レイアに会う口実が出来た』

 ーーしかし、嬉々として屋敷に突入した二人が目にした物は、一枚の紙に書かれた伝言だった。


『ビナスの呪いを解く方法が見つかったので、『エルフの国マリータリー』に行って来ます。寂しい時は、テーブル横のミナリス特製、レイアちゃん人形をお持ち下さい。注意、一人一体迄となっております』


「なんだとおおおおぉぉぉぉぉーー!」

「なんですわあああぁぁぁぁぁーー!」

 絶叫を上げた二人は、レイアちゃん人形を見つめると即座に目を輝かせた。


「ど、どれにしようかのうハーチェル。これか? しかし、これも捨てがたい」

「え、えぇ、迷いますわね……一つ一つの人形の表情やポーズを変えているこの仕事ぶり、正に匠の技ですわ!」

 本来の目的を忘れ、レイアちゃん人形の選定に入った二人が城に戻ったのは翌朝だった。

 夜通し一人一個までという約束を守り、議論を交わし合ったのだ。


 目の隈は酷いが、城の兵士と大臣達が目にしたのは、晴れ晴れとした満面の笑顔で人形を抱き締める王と姫の姿だった……



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