第134話 フォルネ姫の歪みと、判明した『馬鹿』

 

『勇者の儀式より時は遡る』


『火竜王アマルシア』を従わせたカムイは、洞窟内で聞いたフォルネのリミットスキル『観見』に興味を持っていた。『勇者の儀式』まではまだ日がある。

 ーーその間にフォルネを手に入れようと画策していた。


「なぁ、ヘルデリック。明日からフォルネ陣営に行く訳だが、大臣側の勢力ってのはどんなもんなんだ? 有能な人材はいるのか?」

「文官達の能力の高さは勿論ですが、それ以上にビーヌ大臣は頭のキレる男です。 財政の管理から諸外国との外交まで見事な手腕を見せておりますが、どうにも私は気に入りません」


 騎士団長は、苦々しく顔を歪めた。

「お前さぁ。もしかして単純に嫌いなだけじゃないか?」

「はい。はっきり言って顔も合わせたくない程に嫌いですね」

「お前の好き嫌いなんざで、有能な人材を見逃してたまるか馬鹿! 取り敢えずは様子見させて貰うか……」

 部屋に戻ると徐ろに天井を見上げる。既に数日前から感じていた監視の気配は無い。


「やはりフォルネかビーヌ大臣の差し向けた奴だったか。ふむ……確かに少々やり方が気に要らないな。こりゃあお仕置きが必要かね」

 ベッドに横になりながら脳内で思考を巡らせ、明日からの作戦を立てていった。まず、一番最初に確認しなければならない事は『絶対服従』のスキルを知られているかどうかだ。

 また、知っているのなら何故己を警戒しないのか? 意思に関係無く支配されるとなれば、こんな風に監視だけで済ませる筈がない。


 疑念は深まるが……化かし合い、騙し合いなら望む所だと嗤っていた。



 __________



「お早う御座います。お迎えに上がりました」

「わざわざフォルネ姫自ら来るなんて、嬉しさで泣いてしまいそうだ」

「あら、ご冗談を。その様な台詞で口説いているつもりなら、まずはその怖い目線をどうにかした方が宜しいですわよ?」

「ちっ! マジェリスと違って可愛くねー姉だなぁ」


「あの戦闘馬鹿と一緒にしないで下さいましね? 私は品性を重んじているのですよ」

「ふーん。まぁいいや。俺はフォルネの側にいる間何をすればいいんだ?」

「国政に関して勉強をして貰います。次期女王を決めた後、貴方は王配として私を支える立場になるのですから、シルミルの歴史とミリアーヌの国々について学んで頂かないと困りますもの」


「正直俺に学があるとは思えないんだがなぁ……闘技場で戦闘しかしてこなかった男だぞ? そんな事よりも、夜の勉強を姫直々に教えて貰いたいもんだ」

「あら? 私を女王に選んで頂ければ毎日でも勉強して差し上げますわよ? 子を成さねばなりませんからね。」

「はいはい。色気のない答えですこと」

 呆れた顔をしながらフォルネについて歩くと、ずらりと本が並んだ部屋に案内された。五人のローブを来た男達が立っている。


「あの者達はカムイ様専属の教師です。それぞれの得意分野に分けて、これから毎日授業を受けて頂きます」

「ははっ、はっ……まじかよ……ここまでするか?」

 冷や汗を流しながらも、確かに知識は欲しいと内心喜んでもいた。幸い闘技場の牢屋であまりに退屈だからと、文字の読み書きは習得している。


「やってやる! やってやるぞぉぉっ!」

「その意気ですわ。期待しておりますね」

 その日から五日間。一日中勉強漬けの生活を過ごす事になる。何故か額にハチマキまでしていた。食事と睡眠以外はこの部屋に篭り、勉強漬けの日々ーー

 ーー本来ならこれでかなりの知識を溜め込み、更なる策謀を張り巡らせるというパターンだろう。


 しかしそうはいかない。何故ならカムイは『馬鹿』なのだ。馬鹿にも色々と種類があるとすれば、『勉強が出来ない』馬鹿だった。覚えた先か知識が耳を通り抜けて消え去っていく。


「な、何故だ……俺は馬鹿だったのか。そんな……そんな馬鹿な……いや、馬鹿じゃない……」

 両手と膝をついて部屋の床に崩れ落ちる。それを眺める教師陣は絶望していた。今まで様々な生徒へ授業をしてきたがーー『これ程やる気と頭脳が釣り合っていない』生徒は初めてだ。

 睡眠を削ってまで、知識を学ぼうとするその姿に、感動して涙する者までいたというのに。


「カムイ様。本日で勉強は終わりになります。夜、内密な話が御座いますので私の寝室までお越し下さいまし」

 悲壮感漂う部屋の雰囲気をぶち壊して、フォルネは冷酷な表情で要件を告げるーー

(空気読め! この野郎)

 ーー苛ついていたが、静かに了承した。


 __________


『その夜』


「入るぞ〜?」

 フォルネの寝室をノックもせずに訪れると、其処には艶めかしい肢体を見せびらかす様に、シースルーのネグリジェを着た姫がベットに寝そべっている。

 昼とは違う妖艶な雰囲気を纏ったその様相に、思わず生唾を飲んだ。


「ようこそお出で下さいました。明日からマジェリスと交代になりますから、そろそろ本題を話しておこうかと思いまして……」

「漸く仮面が剥がれたな女狐。一体何を企んでいやがる?」

 右手の甲で口元を隠し、フォルネは嬉々として語り出す。その答えは警戒し、双眸を細めて睨みつける予想を遥かに裏切るものだった。


「カムイ様、『絶対服従』で私を隷属させて下さいまし」

「やっぱり知っていやがったか、ーーって、はっ? 何を言ってんだお前?」

「私は見てみたいのですよ。貴方様がこの世界を統一する姿と、その為に流れるであろう幾千万もの屍の山を!」

「いきなりとんでもねぇ事を言い出したな。なんだ? お前狂ってるのか?」


「とんでもない。正常ですよ? ただ、毎日夢を見る程に焦がれているのです。殺戮と破壊を行える程の絶対的な力に! カムイ様のステータスを見た夜は、興奮して眠れませんでした。拭いても拭いても興奮からベッドを濡らしてしまったのですよ。今も私の『観見』は貴方様のステータスを映し出しています。あぁ、あぁ、あぁぁ……」


 そのまま眼前で、見られている事を気にも止めずフォルネは自慰行為を始める。

「おいおい……これは流石に予想外だな。俺が勉強が出来ない事の次位に衝撃的だぜ」

 何と無くだが、こいつに『絶対服従』をかけるのは嫌だと思った。生理的に気持ち悪かったのだ。印象的に女狐だった女が、蛇に変わった瞬間に目を見張る。


「早く、早く私にスキルをかけて下僕にして下さいな! もうヘルデリックは手に入れたのでしょう? なら私にも早く! さぁっ!」

「んーー暫く考えるわ。お前はその間一人でそうやって悶えてるがいいさ。それはそれで、面白い趣向だろう?」

「そんな⁉︎ 今すぐにでもこの身体を好きにして宜しいんですわよ!」


「残念ながら変態相手には俺の相棒も反応しねーみたいだ。じゃあな!」

 必死に手を伸ばし続けるフォルネを無視して自室に戻ると、ベッドに横になって堪えきれず笑った。

「はぁーはっはっは! やはり思った通りだ! 人の内面なんてあんなもんだ! こんな世界救う価値もねぇ! 壊して、統一して、従えてやるぞ! 俺は間違っていねぇ!」


 国を統べる人間があの程度なのだから、屑はもっと蠢いている筈だ。一頻り笑った後、起き上がりつつ本番はこれからだと闇に紛れ動き出した。


 今日まで会えなかったビーヌ大臣の政務室へ向かうと、静かに扉を開けた瞬間喉元に刃を突きつけられる。その瞳には豪華なローブと装飾品に彩られ、痩せ細った白髪の男が映っていた。

「こんな夜遅くに不逞の輩が現れたかと思いきや勇者様でしたか。失礼した」

「お前本当に文官か? ヘルデリック以上に素早かったぞ」


「過去に密偵をしていた事もありますから。それでこの夜分に如何様で?」

「お前を俺の下僕にしようと思ってな。折角フォルネ陣営にいるんだから、戻る前に手土産が欲しいんだよ。今の身のこなしを見て分かった。お前は相応しい」


「勇者の下僕に……ですかな? ステータスの件ならフォルネ様から聞いております。恐ろしく醜悪なスキルだ。その先に待つのは破滅ですよ?」

「いいや? 栄光さ! 他の国々からすれば、破滅の幕開けかもしれんがな」


「醜悪なのはスキルだけでは無いようだ……しかし、この時点で私はもう詰んでいるのでしょう?」

「そうだな。もうスキルは発動させた。あとは言葉を発せば、命令にお前は逆らえない」


「ならば、こうするしかありませんね」

 ビーヌは持っていたナイフで、己の心臓を突き刺した。あと一言命令するだけだと油断していた為、その行動に驚愕する。


「な、何故だ! 己の命を断つよりは俺に仕える方がマシだろうが!」

「ガフッ! ち、違いますよ……己の意思の無い、生な、ど死と同義だ」

 その言葉を最後に大臣は息を引き取った。苦虫をすり潰した様な醜さに顔を歪め、悔しさから壁を叩きつける。

「まぁいい。俺のモノにならない奴など死ねばいいさ……」

 振り返り扉を抜けると、再び闇に紛れて己の自室に戻ろうとする。しかし、苛つきが収まらない。城門を飛び出して、八つ当たりに森の魔獣を狩り尽くしていった。


「くそう! くそっ! くそおぉぉぉぉ‼︎ なんで思う通りにならない⁉︎ なんで! なんでだぁぁ!」

 駄々を捏ねる子供の様に木を切り倒し、魔獣の屍の山を築き上げる。血の匂いが森中を漂っていた。


 翌日、発見されたビーヌ大臣の死体に城内は騒然とするが、フォルネの計らいにより『病死』扱いにされ、国民に発表される。

 素知らぬ顔で沈痛する者達を眺めていた。全てを分かっている上で、事態を収めたフォルネの己への献身は、中々のものだなと評価を高める。


「次だ。そろそろ戦争の準備を開始しようじゃ無いか!」

 目的はミリアーヌの合同軍を作り上げ、まずは魔王の国『レグルス』を支配する事。勇者の抱く陰謀は蠢き出していた。

『女神』との邂逅を果たす前に、まずは『魔王』との戦いが始まる。


 そんな事態になっているなど、露ほどにも知らないアズラは悩んでいた。

「キルハと結婚なんて絶対に嫌だぁぁぁぁぁあぁあぁぁぁあああーー‼︎」


 舞台はレグルスの王都シュバンへと移り変わる……

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