第133話 英雄の在るべき姿

 

 シルミル騎士団長と勇者の戦いは凄惨な光景を兵士達に見せつけた。思わずマジェリスも目を輝かせる。英雄の戦いとはこういうレベルでは無いのかと……


 ーーしかし、その結末は呆気ないモノだった。

 カムイが地面に膝をつき、喉元に剣を突き付けられている。『勇者』として相応しくないその姿に罵倒する者まで現れた。


 しかし、既に事は終わっていたのだ。リミットスキル『絶対服従』を発動させ、一言「俺の命令に従え」と告げ終わっていた。

 ヘルデリックは虚ろな目、何かに操られている様相など見せる事は無い。己の尽くすべき主が何を求めているか、そして己が何をすべきかを命令された直後に、頭に流れ込んできたビジョンで瞬時に理解したからだ。


「成る程。貴方様は王になられるのですな?」

「あぁ。このシルミルだけでは無くこの世界の王になり、俺が統一した世界に名を付けるのさ! ついて来い!」

「はっ! 今この場では跪けませんが、我が思いは勇者カムイ様と共にあります! 成して見せましょうぞ! 世界制覇を!」


「暫くは己の力を高め、近隣諸国との交渉に入るつもりだ。どうやらこの世界では『魔王の国レグルス』と

『獣人の国アミテア』だったか? その両国が戦力的に強大だとメイドから聞いた。ならば、このミリアーヌ内の国々を支配して総力戦を挑むまでだ」


「貴方様の慧眼に感服致します。嘗て、どの勇者でさえ成し遂げられなかった偉業の末席にでも私をお加えくだされば……」

「お前は俺の代わりに表舞台に立つ傀儡として扱わせて貰う。反論は許さん。全てを俺の為に動き、俺の為に死ね。だが、暫くは姫様達の茶番に付き合ってやるつもりだ。悟られぬ様に動け」


「はっ!」

「因みに、今回負けたのは実力を隠しておく為だ。お前は上手い事サポートをしろ。舐められる訳にもいかんからな」

 ーー実際には無傷だが、まるで負傷したかの様に腕を抑えてマジェリスの元に向かった。

「大丈夫か⁉︎ やはり勇者といえども師匠には届かなかったか。代々勇者は試練の時まで、己を鍛えあげると文献に書いてあった。その通りだな……」


「あぁ……まだヘルデリックには敵わなかったよ。流石この国一番の実力だ。それよりも『試練』ってなんだ? 聞いて無いぞ?」


「次期女王を私かフォルネの何方か選んだ際に、歴代の勇者とは違い、シルミルの東の火山に住んでいる『火竜王アマルシア』を狩る事になっているのだ。連れ添う兵士達は勇者が選定してくれて構わ無いし、勿論私もついて行く!」

「『勇者』と認めさせる為に火竜退治か……しかも、名前持ちって事は相当な伝説を持っているんだろ?」


「……正直、歴代の勇者は兵士達を百人切りするという試練だったのだ。カムイだけがそんな試練を受けなければならない事には私も不服を申し付けたのだが、ビーヌ大臣側の勢力に却下された。もし私を選んだ際に亡き者になれば、次の勇者を召喚すればいいという謀略だろう」

 マジェリスは己の不甲斐なさに項垂れている。その様子に苦笑しながらも、好都合だと喜んだ。


「分かり易いな。俺は全然構わないし気にもしていないから、そんな顔をするなよ」

「しかし! ミリアーヌのSランク冒険者パーティーが倒せない火竜だぞ⁉︎ 如何に勇者と言えども、倒せる筈がない!」

「ははっ! 心配するな。見せてやるよ! お前らが召喚した勇者が、ーー最強だって所をさ!」

 この時、既に次のターゲットを決めた。ーー『必ずその竜を俺の下僕にする』


 __________



 深夜、ヘルデリックを呼び出して共に城門を抜けたカムイは、馬を走らせ東を目指していた。

「俺はお前と野外で魔獣を狩りつつ訓練していた事にする。口裏を合わせろよ?」

「はっ! しかし、如何にカムイ様と言えど、『火竜王アマルシア』は手に余る存在だと思いますぞ!」

「相手の力量は見てから測るさ。無理なら逃げればいいだけだ。その時はお前が俺の盾になれ」


 無慈悲に告げれられた命令にも、ヘルデリックは戸惑う事なく従うのだ。

「はっ! 御身を第一として動きます! 世界制覇の為に!」

 朝方に火山へと辿り着いた二人は、そのまま深部へと向かう。途中現れた火属性魔獣や、襲い掛かるトラップは全て、カムイの『天性』による先読みと、ヘルデリックの剣技で軽々と排除された。


「ふーん……まぁまぁだな。あとは俺に狩らせろ。『経験値倍加』というスキルがあって、ステータスは見れないが強くなるには丁度いい」

「はっ! この世界には『鑑定』や『真贋』といったステータスを見る事の出来る者がおります。一人お側に置けば、その問題も解消されるでしょう」


「ほう? それは良い事を聞いた。早速次の下僕の指針が決まったな」

「恐れながら申し上げます。フォルネ姫は確か『観見』というリミットスキルを持っていた筈です。既に勇者様のステータスや、スキルも把握しておられるかと」

「はぁっ⁉︎ ならば『絶対服従』も知っていると言う事じゃないのか? 何故それを早く言わない!」

「マジェリス様の側にいるこの期間は、不干渉だという決まりでしたので……」


「まぁいい……そろそろだろう? 熱が増してきやがったな」

「はい。再度如何にカムイ様といえども、危険だと申し上げて起きます」

 ヘルデリックは危惧していた。己を使役するのと火竜王を使役するのでは、難易度の桁が違うのでは無いか。

 其処は火山内部に作られた巨大な空洞『竜の巣』だ。周囲を円形に広がるマグマに囲まれた、まるで闘技場の様な空間だった。


「はははっ! なんだか懐かしく思えてしまう場所だな。肝心の火竜王様はお寝んね中らしいがね」

 愉悦に浸り嗤う。目線の先に映ったまるで自分を敵だと認識すらしないまま、眠り続ける火竜王の強大さに歓喜したのだ。


「ヘルデリック! これは最高の獲物だぞ……!」

「正直嫉妬しますな。その台詞を言わせるのは私でありたかった……」

「お前も十分強いさ、ただ足りないんだよ。世界を支配する為にはな」

 ミスリルの剣を抜くと、アマルシアへ駆け出して左右から挟撃を仕掛けた。

 しかし、剣撃が胴体に届く前に殺気を感じ取った火竜が、両翼をはためかせて二人を弾き飛ばす。


「ぐうぅぅぅおおお!」

「カムイ様! 私の背に!」


「阿保か! そしたら俺が壁に叩きつけられるだろうが! お前が俺の背後に来て、壁への激突を防ぐんだよ!」

「御意!」


 ヘルデリックを洞窟内の壁へ叩きつけられた際の衝撃緩和の肉壁扱いにして、ダメージを軽減させた。そして感じとっている。こいつは確かに強く、ーー己の下僕に相応しい。


「来い! 『聖剣ベルモント』!」

 突如身体を白い発光が包むと、胸の中心から長剣程の長さの聖剣が顕現した。藍色の剣身に白線が奔り、淡い神気を纏わせる。

 勇者として防具を何も身につけていないが、それはこのベルモントの能力を理解していたからだ。まるで『聖闘衣』とも言わんばかりのオーラが、体表を保護していた。


「おおおぉぉぉぉ!」

 ヘルデリックは感嘆の声を火山内に響き渡らせる。己の主人の真の姿、『勇者カムイ』の本気に落涙していた。

「ふーん。これがコーネルテリアがくれた力か……まぁまぁだな」

 火竜王は焦燥と共に悩んでいる。このまま己が殺されれば、この山は冒険者達に蹂躙されて子ら迄狩り尽くされるであろう。


「さて、本気でお前を殺すつもりなら、この聖剣を一閃するだけで事は済むだろ。しかし、それは本意じゃねぇ。俺に仕えるつもりは無いか? 色々と便宜は図ってやるぞ」

 アマルシアは『人化の術』を使い、炎髪灼眼の和風な衣装を着飾った幼女へと変貌する。


「わっちの負けは認めよう。その代わり、この山に残る幼竜へ手を出さんと約束してくれんかぇ?」

「構わないさ。その潔さに免じてまだスキルはかけないでいてやろう。俺という存在をお前が見極めろ」

「了承した。わっちのリミットスキル『千里眼』は、認識した存在なら如何に離れた場所に居ても見通すのじゃ。役立てておくれ」


「ほう……それは素晴らしい。一つ忠告しておく。俺には『絶対服従』というリミットスキルがある。お前が謀反を起こそうと考えた瞬間に、このスキルを使って傀儡になると知っておけ」

「恐ろしい男じゃな……先程申したこの山に被害がない限り、わっちはお主に従うと約束しよう」

 ヘルデリックは愕然としながらその光景を見つめている。まさかここ迄の力を己が主人が秘めているとは予想だにし得なかったのだ。


「私はカムイ様のリミットスキルによって、御身に従う存在に成り果てたのだと思っておりました。しかし新たに誓いましょう! 我が人生を賭けて、『世界制覇』に力添えすると! この命、貴方様が思う駒としてお使い下さい!」


「あははははっ! 堅苦しい奴だな。そんな態度をいちいちとる必要は無い。言っただろう? この世界は俺のものだ! アマルシア! ヘルデリック! ついて来い! 見たことの無い景色を見せてやるぞ!」

「「ははぁっ!」」


 その後、『アマルシアは本当に強いのか』という理由でボコボコにされた火竜は、『勇者の試練』の日まで火山におり、当日訪れた存在に対して抵抗する事なく頭を垂れた。

 ーーまるで、己の主人に付き従う様に。

 その光景に二人の姫は勿論、護衛の兵士達は『英雄譚』を国中へ轟かせる。シルミル国中の民が確信した。


 ーー『我が国の未来は磐石だ』

 当然、その噂は東西南北中央の諸国へと広まるのだ。カムイが食べたいと言い編み出された『カレー』然り、食文化を中心に失われた歴史の遺産が『勇者』から発信された。


 カレーを食べながら、遠い地にいる女神は思うーー

 ーーいつか、勇者と食について語り合いたいものだ。


 カムイとレイアの邂逅の日は、未だ遠い……

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