第132話 『最初のターゲット』

 

『勇者召喚の翌日』


 昨日寝たメイドは起きると既に居らず、違う者に城を案内されて不思議に思い尋ねた。


「なぁ? 昨日のメイドはどうしたんだ? 起きたら既に居なかったんだが」

「あの者は解雇されました。我が国の勇者様に、不貞を働いた愚か者として……」


「はっ? 意味が分からん。あいつが俺の気に触る様な真似をしたなんて事は断じて無いぞ」

「姫様達の逆鱗に触れたのですよ……お察し下さい。これ以上は申せません」


 メイドの言葉から全てを理解するーー

(成る程ね。お前達もそっち側の存在か)

 ーー内心では嫌悪感を抱きつつ、表情には努めて出さぬ様に堪えた。


「中々嫉妬深い姫様達だなぁ。軽率な真似をしてすまなかった」

「私などに謝る必要はございません。貴方様は今や国中が注目している最重要人物なのですから。抱かれろと言われて、断れるメイドなぞおりませんでしょうよ」


「はははっ! 面白い事を言うな。まぁいいさ。当分は情報収集と、確認したい事が山積みだからそっちに集中する」

 そのまま開かれた扉を通り抜けると、眼前に立つ二人の美姫に目線を向けた。昨日とは違い、己を鋭く睨み付ける眼光から怒りの感情を容易に感じ取れる。


「おはよう、姫様達! どうやら昨日俺がした事が余程気に食わなかったらしいな。可愛い顔が台無しだぞ?」

「あら。マジェリスは兎も角私は気にしてなどおりませんよ? 豪胆な勇者様の事ですから、メイドの一人や二人抱く事もありましょう」

「はぁっ⁉︎ あのメイドに処分を降したのはフォルネでしょう! 何で私に押し付けて無い事にしようとしてるの? 勇者様! この女狐の仮面に惑わされてはなりませんよ」

 お互いを卑下し合う一国の姫とも在ろう二人の姿を見て、飽き飽きした。


「止めろ。朝っぱらからそんな話聞きたくも無い。今日は色々説明してくれるんだろう? 用が無いなら訓練がしたいから、飯を食ったら出て行くぞ」

 そのカムイの様相に焦った二人は冷静になり、漸く本題を話し始める。


「本日から五つ夜が明けるまでの間はマジェリスに付き添って頂き、その後私と交代となります。順番についてはこちらで決めさせて頂いたので、変更は出来ません」


「構わんよ。マジェリス姫は武官の知り合いが多いと聞いた。強い者を訓練の相手として紹介して欲しいんだ。」

「そ、それなら! うってつけの者がおりますので、任せておいて下さい!」


「あぁ、宜しく頼む」

 マジェリスは戦闘狂と言っても差し支えない程に強者を好む。そして、己自身もそうありたいと幼い頃から努力を重ねてきた。カムイの言葉に嬉々として笑顔になる。


「お互いの側にいる間は不干渉を鉄則と致しましたので、私はこれで失礼致します。期間が過ぎましたら、此方からお迎えにあがりますので」

 フォルネ姫はスカートの裾をあげ、優雅に一礼するとその場を去って行った。


 残されたカムイとマジェリスは、見つめ合うと同時に空腹に腹を鳴らす。姫として恥ずかしさに赤面している様子を見て、大爆笑した。


「はっはっは! 姫様も飯はまだ食っていないのか? 準備が出来ているなら一緒に食おう」

「はいぃ! 端ないところを見せて、ご、ごめん、い、いえ申し訳ございません!」


「なぁ、マジェリスって普段そういう話し方はしてないんじゃないか? 俺は普段通りの姿が見たいぞ」

「えっ……でも、お淑やかな女性の方が、きっと好かれやすいって兵士達が……」


「お淑やかな女性が好きだなんて、一言でも言ったか? 別に気にしやしないさ。普段通りが一番だ!」

「そう? それなら普通に話すよ! ありがとうカムイ!」

「おう! 改めて宜しくなマジェリス!」

 二人は今までの堅さが嘘の様に、食事をとりながら語り合った。包み隠さず闘技場での暮らしを語り、その話を聞きながら、マジェリスは目を輝かせている。


 ーー勿論戦闘の話ばかりだったが。

「拳闘奴隷とは凄いのだな。きっとカムイは強いのだろう? ステータスやレベルはどれ位なのだ?」


「ん? 何だステータスって? レベルって酒の事か?」

 早速、自分の知らない知識が出て来た事に内心歓喜する。幸いな事に、マジェリスは戦闘に関して少なくともフォルネより、遥かに自分が欲しい情報を持っている筈だ。


「はっ? 過去の世界にステータスは無かったのか? 念じると自分のレベルやスキル、力量が数字化して見れるだろう? 何と無く脳内に浮かぶ感じで……」


「ふむふむ。取り敢えずやってみるか。ーーステータス!」

 しかし、カムイにはステータスを見る事が出来なかった。恩恵を与えられていない時代の人間だからだ。同時にこれは、第三柱時空神『コーネルテミア』の悪戯心も混ざっている。

 己に対して無礼な態度をとった男へ、敢えて恩恵を与えなかったのだから……


「成る程な。どうやら俺にはその数字が見えないみたいだ。それなら、直接試して見るしか無いだろう! マジェリスはその結果を見て、俺の数字が大体どれ位なのかを教えてくれ」

 一体どういう意味なのか理解出来ず、不思議な表情の姫に説明する。


「弱い奴から順番に測っていけば良いのさ。そいつに勝てたら俺はその数字より上だって事だろ?」

「あぁ、成る程! 兵士達を測定の対象として勝負していく訳だな?」

「早速飯を食い終わったら始めたい。訓練場でいいか?」

「あぁ、私の自慢の訓練場に案内しよう。兵士達も交代制で訓練している筈だ!」


 朝食の美味しさに、また不覚にも涙を流しそうになるのを堪え、かなりの広さをもった訓練場へと向かう。其処には五百人以上の兵士達が統率のとれた動きで、各部隊ごとに日課の訓練をこなしていた。


「ふむ。まるでお遊戯だな」

「ん? 何か言ったかカムイ?」

「いんや。もうちょっと様子を見させてくれ。暫く観察したい」

「わかったぞ! 私は食後の運動がわりに走ってくる!」

 マジェリスが着替えに離れたタイミングで、兵士達一人一人の動きを注意深く観察し始める。リミットスキル『天性』を発動させ、己の持たぬ技を使う者の動きを追い続けて、目稽古をしていた。


「そろそろ良いかな……それにしても、マジェリスは女とは思えない程に良い動きをする。こいつらじゃ勝てないんじゃないか?」

 兵士達を次々と追い抜かしつつも、息を乱す事なく走り続ける姫に、感嘆の声を上げた。


「おーい! 俺も一緒に走っていいかー?」

「あぁ! いつでも混ざって来い! しかしついて来れるかは別だぞー?」

 ゆったりと身体を解しながら屈伸すると、タイミングを合わせて姫の横に張り付いた。

「お手柔らかに頼むよ」

「あぁ! こちらこそ勇者と走れる日が来るなんて夢の様だ!」


 兵士達は訓練を一時停止し、二人の動向に注目している。カムイの読み通り、兵士達が勝てぬ程にマジェリスのレベルと体力の数値は高い。

 ある程度走った所で、勇者はそろそろかとスピードを緩め始めた。


 ーー(もう、十分理解したな)


「どうした? もうバテたのか」

「いや、この後別の訓練もしたいからな。最初から飛ばしたく無いだけさ」

「確かにそうか。うん! 私も走るのは終わりにするよ。次は剣の稽古をするつもりだがどうする?」

「いいね! 付き合おう。そういえば会わせてくれるって言ってた強者は何処にいるんだ?」


「あぁ! それなら私の師匠であり、この国の騎士団長であるヘルデリックだ! 今は職務で姿が見えないが、午後には会える手筈を調えてある。模擬戦をして貰おうと思ってな」

「そうか、どれ程の強さか楽しみだな」


 その後、マジェリスと剣を交えながら準備しているカムイの元へ、シルミル最強の武人であるヘルデリックが現れた。

 圧倒的な存在感と、品性を兼ね備えた誇りある武人の姿を見て、自然と口元が緩みつつ歓喜している。


(見つけた!)

 一人目の手駒、即ち己の下僕に騎士団長を選んだ瞬間だ。

 そして、ヘルデリックは逆に勇者の劣悪な思念を一流の武人として感じ取り、危惧していたーー

(この者は、シルミルにとっての害悪にしかならぬのでは無いだろうか)

 ーー二人の思惑が絡み合い、ぶつかり合う模擬戦が始まろうとしていた……

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