第131話 どちらの味方? 違うね、両方俺の下僕だ。

 

 ミリアーヌの東に位置する『王国シルミル』は代々『女王』が統治する国だ。しかし、その背景には神との契約により、代償とも言える内情を抱えていた。


『生まれてくる男子の魂は、時空神「コーネルテリア」に捧げなければならない』


 この制約を持って『勇者召喚』の契約は成されている。つまり、産まれてくるのは女児のみなのだ。歴代の女王達は国を治める以上、民衆の信頼や羨望を集める英雄を欲していた。


『勇者召喚』によってこの地へと呼ばれた者は、例外無くとある試練を受けた後、勇者としてシルミルの英雄となる。

 勇者を『王配』として己の側に置く事で、民達の不満を緩和し、多くの万難を排していた。


 そして、現女王の原因不明の病死によって今、シルミルは国を真っ二つに割っての冷戦状態にある。


 ーー第一継承権を持つ長女『フォルネ姫』

 ーー第二継承権を持つ次女『マジェリス姫』


 王配であった前勇者が若くして魔獣に殺害されこの二人しか子を成せなかった為、継承権を持つ者は二人の姫のみ。シルミルでは、女王の娘にしか継承権は与えられないのだ。


 敗れた者は、そのまま内政に関与し得ない立場へと追いやられる。それが伝統たるシルミルの在り様だった。

 今回の『勇者召喚』は今までと事情が異なる。何故なら『次期女王』がまだ選定されていないまま、現女王はこの世を去ってしまったからだ。


 武官達は、武の力と勇猛さを兼ね備えた『マジェリス姫』を次期女王に推し、文官達は、逆に冷静沈着で知識に富んだ『フォルネ姫』を推挙している。


 幾度と無く繰り広げられた論戦に決着はつかず、ある日、フォルネはマジェリス側にある提案をした。

「我々のみでは、話が平行線で終わりが見えない。それならば、『勇者』に『次期女王』を決めて貰おうではないか!」


 この台詞はその場にいた者達を湧き上がらせ、御触書として公布されると国中が震撼した。

 民衆は飢えていたのだ。次期女王の座を巡って『勇者』を取り合う姫姉妹達の闘いなど、面白く無い訳が無い。


 国中が『勇者』の召喚と、登場を待ちわびていた……



 __________


 光陣に吸い込まれたカムイは、意識を閉ざす事無く登場の時を迎える。


「そろそろか……さて、まずは情報収集だなぁ」

 流れてゆく景色が徐々に移り変わり、出口に吸い込まれた。あまりの眩しさに腕で目を覆い隠すと、浮遊感のあった身体が既に地面を踏みしめている事に気付く。


「おぉ! やっぱり足で立つってのは、落ち着くもんだな」

「お待ちしておりました、勇者様。私はフォルネ。良くぞ王国シルミルへおいでくださいました」

「私はマジェリスです。私達シルミルに生きる者は、皆等しく貴方様を歓迎致します」


 眼前には、豪華なドレスに身を纏った二人の姫達。対極を表す様に、長髪。白いドレスを着た清楚な雰囲気を纏う長女フォルネ姫。短髪。黒いドレスを着た苛烈な雰囲気を放つ、次女マジェリス姫。


 共に美しい顔立ちをした、二十代前半の美姫だ。思わず生唾を飲んだ。ーーこれが俺のモノになるのかと……

「宜しく頼むよ。俺の名はカムイ! 一応勇者らしいな。召喚されたばかりで何も判らないから、色々と教えてくれ」

 その挨拶に、一歩前に進み出たフォルネが答える。

「はい。暫くの間は、五つ夜毎に私とマジェリスを入れ替えて、一緒に過ごして頂きます。そしてカムイ様には、私かマジェリスの何方が次期女王に相応しいと思ったか決めて頂きたいのです」


「はっ? 俺がお前達の何方かを次期女王に決めて良いっていうのか? さっぱり意味がわからないぞ」

 次にマジェリスが一歩前に前に踏み出した。


「先ずはお疲れでしょう。本日はお休み頂き、明日から徐々に説明させて頂きますね。きっと貴方は私を選ぶと思いますけれど」

 その強気な台詞にフォルネは一瞬視線を鋭くして、マジェリスを睨みつける。お互いに自分が負けるとは思っていないのだ。


「ふむ。そうだな、取り敢えず休ませて欲しいが……先ずは飯を食わせてくれない? 腹がペコペコなんだよ」


「はい。直ぐに手配致します。では我らは明日の朝貴方様を迎えに行きますので、何か御座いましたらお付きのメイドに申し付け下さい」


 そのままメイドと護衛の兵に守られながら、白い石材で作られた、古い歴史を刻み付けている王城を進む。案内された部屋には五メートル以上あるテーブルに、数々の見覚えがない料理が広げられていた。


「まじか……これは天国だな」

 人生でこんなに食べた事は無いと言わんばかりに、料理を口に頬張る。カレー、カレー、カレー、偶によく分からないスープ。そしてまたカレーの日々が嘘みたいだ。


「やべぇ! 滅茶苦茶美味いぞ。料理ってこんなに美味いもんだったんだな……」

 自然と涙が瞳から溢れてきた。昨日まで溜息を吐いて暮らしていた、闘技場の暮らしは何だったんだ。


「ふふっ! 勇者様って、もっと怖い方を想像して緊張しておりましたが、面白い方ですね」

 背後に控えて配膳を手伝ってくれていたメイドが、突如明るく優しげに笑い出す。思わず釣られて微笑んだ。

「怖くはねぇさ。俺は女には優しいんだぜ? ところで、飯の後には運動しなけりゃならないと思うんだが、あんたはそのお相手を務めてくれるのかい?」


 飄々とした己の問いに、メイドは一瞬戸惑いの表情を浮かべたが、直ぐ様切り替えて微笑みながら答えた。

「何の運動かは分かり兼ねますが、私に務まる事でしたら如何様にも申し付け下さいまし」

「はははっ! それはこの後のお楽しみにしておいてくれよ。最高だな! この世界は!」


 ーーその夜、裸のまま眠るメイドを腕に抱きながら、天井を見上げて思案に耽る。


「俺が次期女王を選ぶねぇ……その必要はない無いさ。お前らはみんな……俺の下僕になるんだからな」


 先程の無邪気な笑顔とは全く違った、ドス黒い感情を宿すその眼光は、今後のシルミルに訪れる極夜を示してた……

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