【第8章 呼び出された勇者】

プロローグ 『この世界は俺のもの』

 

「……んっ」


 俺は見慣れた天井を見つめながら目を覚ます。ゴツゴツした床に適当に敷かれた薄い布の上で、溜息を吐いた。


「また今日が始まっちまったか。さて、今日の対戦相手は誰になるんかね〜?」

「おっ、目を覚ましたカムイ! 今日の朝飯も昨日の残りのカレーらしいぜ? 偶には別のモンも食わせろってんだ」


「そう言うなケンジ。勝って飯が食えてる俺達はまだマシだろ? 負けた奴らなんか、今頃ひもじい思いをしてるんだから」

「そらそうかもしれんがなぁ。いい加減にカレーは飽きた。そういや、誕生日おめでとう! 俺の飯の具を分けてやるよ!」


「ありがとうな! その意見には激しく同意するよ。まぁ、今日も飯の為に勝とうや!」

「……あぁ!」


 俺達はミリアーヌの東にある娯楽の街『ザナロン』にある、闘技場の拳闘奴隷だ。いつからこんな生活をしているかは思い出せない。五歳位だったかな? 両親に売られた俺は、ずっと此処で生きてきた。


 此処に金を払う奴らは、子供同士の殺し合いにも興奮する、頭のイカれた連中ばかりだ。いきなりゴブリンと戦わされた時は死にかけたっけ。


 勝てば飯を食える。酒も飲める。そして、負けたら飯も食えず、次の対戦まで地下牢に閉じ込められたままだ。


 今日、二十二歳になる俺は、正直この生活に飽き飽きしていた。いつになっても借金は返し終わらず、返済まであと十年以上、戦い続けなければならない。


 ケンジは三週間前に同じ牢に入ってきたばかりの新参だが、中々いい腕をしている。きっと、油断さえしなければ今後も生き残れるだろう。


「本日の対戦表だ! 負けたら飯は食わさんぞ。死んでもお前らの代わりなんて、いくらでもいるからな!」


 ーーあぁ、甘かった。やはり仕組んでやがった。

 ケンジと仲良くなる頃合いを狙って、対戦させる気か……


「なぁ、カムイ。俺達は友達だろ? 上手く戦って軽傷で済ませて、飯を分け合おうぜ」

「駄目だ。以前それをやった奴等は、両手を切り落とされた状態で『魔獣祭』に放り込まれて、無惨に死んだよ」


「まじかよ……じゃあ、本気で戦うしかないのか?」

「本意じゃねぇけどしょうがないさ。急所は狙わないから、耐えてくれよ?」


「あぁ、俺もさぁ!」

 拳をーー『カツン!』と軽く小突き合うと、別々の控え室に向かって装備を整えた。

 ボロボロな鉄鎧に錆びた剣だが、十年以上の付き合いだ。酷く手に馴染む。盾は木のスモールシールドを選んだ。


「いい加減にして欲しいもんだ……」

 四年前、俺は初めて女を知った。同室に奴隷の女を放り込まれ、寂しさから自然と愛し合ったんだ。正直俺はその時、このままの生活でも構わないと思ったよ。


 奴隷同士結ばれて子供を成し、剣奴として暮らしている先輩もいたからだ。だがその思いは突然容易に砕かれた。朝見た対戦表に、俺と女の名前があったんだ。


 ーーあの時は怒り狂ったっけなぁ……


 一週間折檻されて、意識が朦朧とした状態で闘技場に放り込まれた。ーーそして、目の前にいたのは愛した女だったんだ。


「な、なんで⁉︎」

「御免なさいね。私は元々貴方を殺す為に同室に移されたのよ。連戦連勝の英雄さんが、苦戦して悶える姿を観客は望んでいるのが分からないかな?」


「そ、そんな馬鹿な⁉︎」

「嘘じゃないのよ。まだ目が覚めないなら、起こしてあげるわ」


 俺は右腕を貫かれて漸く理解したんだ。夢じゃないと、ーーこの闘技場は地獄だと。


「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 無意識に死の恐怖に駆られた直後、女の右手首を捩りながら剣を奪い、勢いそのままに胸に突き立てた。


「グプッ。そ、それでいい、のよ……愛して、る……カム、イ」

「はっ⁉︎ 何を、何を言ってるんだ! もう一度言ってくれミクス!」


 あぁ、そうだミクスだ……確かそんな名前だったなぁ。その後知ったのは、十歳の弟が同じ様に拳闘奴隷になっていて、俺を殺さないと弟を『魔獣祭』に参加させると脅されていた事だ。


 俺は暴れ回って、そのまま自ら魔獣祭に参加すると魔獣を殺しまくったよ。


 ーーその頃から自然と『闘技場の英雄』とか呼ばれ始めたっけ。

 正直いつ死んでも良いと思ってる癖に、恐怖から勝利してしまう、唯の臆病者だ。


「あーあ。もっと力があれば、闘技場の奴等を皆殺しにして逃げ出すのになぁ……」

 倒せて十五人位だろう。体力が尽きたら、逃げる事すら出来ないさ。残念ながら魔術の素養は無かったみたいだしな。


 歓声が大きくなってきた。ーーそろそろ出番かね。

「いくか。ケンジとやるのは初めてだけど、殺したくは無いなぁ」

 錆びた剣を持ち上げると、闘技場の入り口に歩き出した。あぁ、気が重い……


「本日最後の対決は! 破竹の勢いでランキングを上げている『ケンジ』VS全戦全勝を誇る、闘技場の英雄『カムイ』だぁぁぁ!!」


「「「「うおおおおおおおおおおおおおおお〜ぉぉぉぉ〜〜っ‼︎」」」」


 今日も歓声が煩い。ケンジの奴、顔が青褪めているな。緊張してんのか?

「ケンジ! いつも通りに戦えば良い! 決して無理をするんじゃ無いぞ!」

「あ、あぁ……分かってるさ。」


「勝負! 始めぇ!」

 先ずは様子見だな。ケンジは身体能力は高いが剣技がお粗末だ。そこを突いて剣を奪う。


「行くぞ!」

「……あぁ」


 剣を右薙ぎし、ケンジが防いで油断した隙に、左脚で腹を蹴り上げた。

 そして、次の瞬間気付く。何かが変だ。違和感は感じるのにその正体が分からない……


「どうしたんだケンジ⁉︎ 何を隠してる!」

「ごめん……ごめんなぁ! 燃えろぉっ!」

「なっ⁉︎」


 突然ケンジの剣から炎が放たれ、俺の身体を業火が焼いた。炎の柱に閉じ込められたまま逃げる事すら出来ず、闇雲に剣を振り回す。


「がはぁぁぁ! こ、これは……魔剣⁉︎」

「ごめん、ごめん、ごめん!」

 連続して放たれた炎塊に次々と撃ち抜かれて、意識を失いそうになる。既に火傷の痛みで気が狂っていた。


「ちくしょおおぉぉ! 其処まで俺を殺したいかクソ野郎ども‼︎」

 絶対魔剣を渡す際に、ケンジに要らぬ事を吹き込んだに違いない。あいつの涙がその証拠だ。もう間違えたりしない!


 その直後ーー俺の腹は魔剣に突き刺された。


「えっ⁉︎」

「はぁ〜。やっと止めを刺せたな。漸く油断してくれたか! 流石は闘技場の仮初めの英雄さんだわ」


「な、何を……」

「進歩が無いなぁ! ミクスだっけ? 前回の女が失敗したのは、お前に情を移したからだろう? 俺はそんなヘマはしないよ。カムイを倒して、その座に着くのさ。分かったらさっさと死ねえぇぇぇ!」


 まじかよ。あぁ……ここで漸く終わるのか……無駄に生きながらえた臆病な人生も……


 __________


「な、何だあれ?」

「お、おい! これも演出なのか?」

「ち、違う。俺は何もしていないぞ⁉︎ 至急避難を! お客様に何かあったら、唯では済まさんぞ!」


 突如、闘技場に現れたのは次元の裂け目だ。しかし、その規模は遠く離れた観客席からハッキリと視認出来る程に大きい。


「な、なんだこれは? ガフッ……」

 血反吐を吐きながら、貫かれた魔剣を抜き去ると遠くへ投げ飛ばした。ケンジは恐怖から足が竦み、固まってしまっている。


「何だよ……何なんだよこれは!」

 絶叫と共に、全力で出口に向かい走り出した。そこへ、錆びた剣が投擲されて背中から心臓へと突き刺さる。

「ガッハァッ! ちく、しょう……」

「道連れだ……ざまぁみろ」


 口元から血を溢れさせ、己の最後を悟りながらも裏切った男に制裁を加えるが、そのまま意識を失い、力尽きて倒れた。


 次元の亀裂はそのままカムイを吸い込んで消えてゆく。


 その場にいた誰もが、理解できない状況に困惑していたが、凄いものを見たと興奮の坩堝にいた。

 直後『神雷』が降り注いで闘技場は壊滅し、人々は消滅する。


 カムイを取り巻く世界は、この日終わりを迎えたのだ……



 __________


「ん? ここは何処だ。天国ってやつか?」


「あら? 起きたのかし。『勇者』君」

 目の前には透けた薄布一枚、羽衣をふわふわと浮かせた、二十歳前後に見える金眼金髪の女性が立っている。

(隠す気が無いのか?)ーー色々とツッコミたい程に、丸見えだった。


「痴女か? 天の使いって奴は痴女なのか?」

「あらあら! 痴女とは失礼するじゃないかし。あたしは、第三柱時空神『コーネルテリア』だし! 一応神様なんですし!」


「はぁ? どうでも良いけど、ここは天国なんだろ。その身体でいい思いをさせてくれんのか?」

「阿保か君は! 何で君みたいな雑魚に、あたしが身体を許すと思ってんのかし? 君は生きていた世界の『未来』から『勇者召喚』で呼ばれてるし。傷は出血大サービスで、治しておいてあげたし!」


「ふむ……全く意味が分からんな。俺は一体、何をすりゃあ良いんだ?」


「それについては知らんし。契約によって、ミリアーヌの東の国シルミルに、これから召喚される君を時空転移させるだけだし?」


「つまり、そのシルミルって国に飛ばされて、勇者とやらになるって事か」

「そうそう。特典もあるし〜? 好きな願いを、三つまで聞いてあげるし!」


「ほほう? じゃあ、気に入らない奴をぶっ殺せる力をくれよ」

「それも君次第だし……あたしは力をあげるだけだし! ーーそれで、何にするし?」


「お前を寄越せ! お前自身を、俺に寄越せ!」

「はいはい、出た出た馬鹿発言。よくいるし。願いは三つまでって言ってるのに、『無限に叶え続けろ』とか言う奴と変わらんし」


「ちっ。じゃあ先ずは力だ」

「ほいほい力ね! じゃあ『経験値倍加』と『天性』をつけてあげるし。成長スピードが早く、才能の塊にしてあげるし。」

「ふむ。次は武器を寄越せ」

「君ねぇ、神に喧嘩売ってんの? 言葉使いから叩きこんでやろうかし」


「知るか。さっさとしろ」

「まぁいいし。あたしも怠いからさっさと終わらすし。ーーそれじゃあ『聖剣ベルモント』をあげるし」

「最後はどんな奴にも命令出来るスキルをくれ。人に命令されて生きるのは、もう嫌なんだ」

「ふむふむ。じゃあ『絶対服従』のスキルをつけてあげるし。君に命令された人は、それに逆らえないし」


「いいだろう。其れだけのスキルと武器があれば無敵だ!」

「じゃあ忠告しておくし! 『紅姫レイア』と『ザンシロウ』という者には、決して近づくなし!」


 ーー怠そうに項垂れていたコーネルテリアが、当然真剣な眼差しを向けてくる。


「何でそいつら関わっちゃいけないのか、理由は聞けるのか?」

 その忠告に深く考え込んだ。神が止める程の人物は一体どんな存在なのかと。


「一人は、神を封印の間に縛り付けている存在。もう一人は、あたしの干渉を一切受けずに、力で無理矢理勝手に次元を超えた男。二人共、世界の理から外れているんだし」


「ふむ。取り敢えず暫くの間は情報を集める事にする。さっさと飛ばせ! 駄目神」

「はっはっは。君みたいな奴は、きっとろくな死に方をしないし! 精々残りの幸少ない人生を、勇者として楽しむがいいし」


「はっ! このスキルを貰った事と、あの地獄みたいな場所から抜け出すキッカケをくれた事には感謝するよ!」


「ほいほい。じゃあ、いってらだし〜!」


 頭上に巨大な陣が展開すると、吸い込まれるように上空へ舞い上がった。


「ははっ、あははははっ! 世界を手に入れてやるぞ! 最高だ! 最高の気分だああああぁぁぁーー‼︎」


 今この瞬間、愉悦に浸り高々と笑う『勇者カムイ』は、ミリアーヌの東の王国シルミルへと召喚された……

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