閑話 チビリーことジェーンの憂鬱
『吸血鬼事件解決の翌日』
ザードから受けた怪我の治療の為、今回全く何の見せ場も無かったチビリーことジェーンは、焦燥感に駆られていた。
「拙いっすよ……起きたらお祭り騒ぎが起こってるって事は、自分が寝てる間にご主人達が事件を解決してしまったという事じゃないっすか? 何もしなかった役立たずなんて思われたら、更に序列が下がっちまうっすよ! 何とか言い訳を考えなければ……」
この時既にジェーミット王の凱旋パレードの際、レイアと『紅姫』メンバーは今回の最大戦果を上げた英雄として紹介されており、カルバン中の冒険者や兵士達、そして民衆から羨望の眼差しと王以上の喝采を受けていた。
「みんなー! 飲めー! 騒げー! 踊れー! 王様からの奢りだぁぁぁ!」
レイアのその一言に街中が湧き上がる。冷や汗を流すのはジェーミットと側近の者達だが、これ程の事件の後の宴だ。それも致し方無いと国庫を空にする勢いで発言を認めた。
「主様よ〜。妾も腹が減ったのじゃが、離れたくないのじゃぁ〜!」
「行ってらっしゃいなディーナ様。レイア様には私がついておりますので」
真後ろにはディーナが、前にはコヒナタが立っている。小中大と並んでいた。後頭部は何時も通り胸に沈んでいる。久々の感触だ、柔らかい。
「あら? コヒナタ、貴女も行って来ていいわよ。レイアの側には私がいるもの」
「ご主人様を支えるのはメイドである私の仕事ですから、皆様お気になさらず宴を楽しんでくれば宜しいかと存じます」
右腕にはアリアが、左腕にはメムルが寄り添い腕を絡めていた。巨乳に腕が沈んでいる。うむ、柔らかい。
「あのさ。俺もみんなに会えて凄く嬉しいんだけど、一応これパレードだから少しは人目を気にして欲しいかな……」
喜び反面、こんな民衆の眼前に晒された状態でのイチャつきは、少々恥ずかしかった。
「そう言えば、ザンシロウは飲みに行ってるから良いとして、誰かを忘れている気がする……」
シルバは人混みを嫌い、王城の庭で豪華な飯を食べている。きっと大したことでは無いだろうと記憶から忘却した。
__________
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
チビリーの息が荒々しく吐き出されている。建物の陰からパレードに参加しているレイアを見つめて、気付いたのだ。
「あれは完全に自分の事を忘れてるっすね。放置プレイっすか……これは最早ご褒美ぃぃ!」
一人大地を転げ回り悶える。しかし、それと同時に気になる事があった。
「そう言えば、また知らない女が増えてるっすね……あの三人は一体何者っすか? 『紅姫』家に入るなら、序列はきっちり教え込んでやらないといけないっすね」
現在レイアを筆頭にビナス、メムル、シルバ、チビリーと続いている序列最下位のチビリーは、自分だけが寵愛を受けていない事を知っていた。
夜な夜な聞こえる妖艶な喘ぎ声に、一人劣等感を抱いていたのだ。ペットでもベッドでも下克上をしなければならないと決意していた。
元々ジェーンは冒険者ギルドの受付嬢であり、新人冒険者から上級冒険者までーー
『いつかは、この人をモノに出来る程の男になりたい』
ーーそう、思わせる程の美貌を兼ね備えている。
年齢もメムルの一歳下で二十二歳。そして、この若さでSランク冒険者の仲間入りを果たす程の努力する天才だった。
冒険者ギルド支部でその名前を知らない者はいない程の実力者、有名人、エリート。高いプライドを粉々に打ち壊され、変態として覚醒してからも周囲の評価は変わらない。
「今夜っすね。家に帰って来たら、序列を叩き込んでやるっすよ……」
一人建物の陰からストーカーの如く覗き燃え上がる。己の敗北など全く想像もしていなかった。
だが、予想に反してその夜は誰も家に帰って来なかったのだ。
__________
「う、うぅぅぅ! 痛い! 身体が痛いぃぃぃ!!」
宴の最中に、女神は突然悲鳴を上げて倒れた。国一番の治癒術師をジェーミット王が手配し、王城で治療を受けるが、苦痛に呻く声だけが部屋中に響き渡る。
「一体如何したというのじゃ! コヒナタ! ゼンに聞け!」
「もうやっています。でも教えてくれないんです! ゼン様、本当に嫌いになりますよ⁉︎」
『ふん。放っとけばすぐ治るわい』
焦る白竜姫とドワーフの巫女に対して、いつもの態度らしからぬ鍛治神ゼンは、冷淡な言葉を吐き捨てた。
「二人共落ち着いて。多分私の予想だけどレイアは進化しようとしてる。天使の力が共鳴してるのを感じるの」
落ち着いているアリアを睨み付けて、メムルが怒声をあげる。
「それでもご主人様の第一夫人ですか⁉︎ こんなに苦しんでいる様子を見てその冷静な態度! 私は貴女を絶対に恋人と認めませんよ!」
ーーその瞬間、天使化したアリアが王城の一室の壁を拳で殴りつけ、衝撃破を巻き起こしながら城の一角を破壊した。
「だ、黙れ……私が平気だと? 次にその軽率な口から言葉を発してご覧なさい? 一瞬で心臓を貫いてあげるわ……」
「…………」
その場にいた誰もが静まり返り、同時にレイアが内部から痛覚を刺激され、絶叫する。
「ぎゃあああああああああああああああああああぁーーーーっ‼︎」
「拙い。身体を押さえつけて! 暴走する力で城が壊れるよ!」
ジェーミット王は愕然としていた。己の城が破壊されると聞いては、動揺せざるを得ない。
「クロウド、オリビア! 念の為城から退避せよ! 指示は任せる。大臣達にも伝達を急げ!」
「はっ! しかし王は如何なさるのですか?」
「余はここに残る! 恩人を見捨てて逃げ出す様な、不甲斐ない真似はできん!」
直後、レイアから極大の神気が巻き起こり、部屋中を光輝が包み込んだ。金色の翼を広げて宙に浮かぶその姿は、初めて異世界転生をした時に出会った本物の女神の姿に瓜二つだ。
ーー聖なる輪を浮かべ、金色の双眸で皆を見つめる女神の表情は慈愛に満ちている。
『アリア。無事に顕現出来て何よりだわ。これからもレイアを頼むわね?』
「は、はい。女神様……きっと、約束を果たしてみせます」
『ディーナ、コヒナタ。いつもこの子を見ていてあげてね。決して一人にしないで』
「「はい……」」
『メムル、貴女にはこの後大切な出会いがあるでしょう。レイアが導いてくれるわ。貴女はこの子に良く似ている。闇に飲まれないでね』
「…………はい」
『レイアの身体がより『神体』へと近づいた事で、ちょっかいをかけてくる十柱の神が増えて来るでしょう。今回の生命神には『ある罰』を与えてありますが、今後注意して頂戴ね。貴女達の進む道に、幸福が多からん事を……』
いつの間にかその場にいた全員が、跪いて頭を垂れていた。ジェーミット王は歓喜に震えている。老いた自分の人生に、こんな場面に立ち会える機会がまだ来ようとは思ってもみなかったのだ。
目が眩む程の発光が止むと、レイアはベッドに倒れて気絶した。その身体は進化を遂げ成長してる。より美しさを増し、その場に居る仲間達が生唾を飲む程に魅了した。
「ああああああぁぁぁぁぁーー! もう無理! 誰か私を止めてぇ!」
アリアが突然狂乱すると、服を脱ぎ出す。ディーナとコヒナタは何事だとそれを制止した。メムルとジェーミットは先程の光景が忘れられず惚けている。
「落ち着くのじゃ馬鹿者! 妾だって耐えておるのじゃ!」
「そうですよアリア様! 気持ちは分かりますが、家に帰るまで我慢です!」
「はぁっ、はぁっ! 訓練場に行きましょう! 誰が一番手か決めるの! 感情を収めるのにも、丁度いいわよね?」
「「その勝負乗った!」」
その後、訓練所にて神々の頂上決戦かと見間違えられる程の激しい戦いが繰り広げられ、城は半壊した。
ジェーミットの判断により、負傷者は皆無だったが、爪跡は残る……
__________
「ただいま〜!」
「お帰りなさいっすよご主人〜〜! ん? んんん?」
(あれ? おかしいっす。ご主人の淡い輝きが更に増してるっすよ。後なんか可愛さが薄れて美人っていうか綺麗ってゆーか、飛び付きたいってゆーか……あれ? あれあれ?)
「ご主人。何か成長してないっすか?」
「あっ、分かる? 何か起きたら二十歳になってた! これでJD女神だな! そう言えば何か忘れてると思ったらチビリーの事すっかり忘れてたよ! ごめんごめん!」
「はうぅぅぅーー! 直接言葉にされると、より刺激がぁぁ!」
「相変わらず変態そうで何よりだよ……気持ち悪いからハウス!」
「クゥゥゥン! キャンッ、キャンッ!」
「おっ! 犬の真似のレベルが上がってるなぁ! 俺がいない間も精進を欠かさなかった様だね? ご褒美に顎を撫でてやろう!」
チビリーはSランク冒険者のステータスを全開にして眼前へ飛び込み、腹這いになった。
(ヒャッハー! 早く! 早く顎なでプリーズっす!)
「やっぱやめた……涎が汚い……」
「キャウン⁉︎」
(嫌だ! ヤダヤダっすーー! 絶対撫でて貰うまで引き下がんないっすよ!)
「グヘッ!」
「何じゃ此奴は。妙に気持ち悪いのう? 妾は白竜姫ディーナじゃ。主人様の妻兼奴隷じゃよ。宜しく頼む」
「あらあら。レイア様ったら新しい趣味でもお持ちになったのですか? こんな駄犬を飼う程に、私達が居なくて寂しかったんですね」
「おい、おいおいおいっす! 何気軽に踏んでくれてるんっすか? 紅姫家序列四位チビリー様に対して、新参者が調子に乗るんじゃ無いっすよ!」
「「はぁっ?」」
目を血走らせながら吠えるチビリーの様子を、冷静に眺めていた。
(何でこいつは、反省しないんだろうか?)
「あ〜二人共殺しちゃ駄目だからね! 一応我が家のペットだから」
「ご主人! 見てて下さい! 新参者なんて自分が蹴散らしてくれるっすよ!」
「あーーうん、頑張って死なないでね」
その後、コヒナタの『鳴神』に焼かれ、まさかのディーナが『迦具土命』発射で、『女神の腕』を使わねばならぬ程、生死の境を彷徨ったチビリーは落ち込んでいた。
ーーペット同士通じ合う所があるのか、納屋でシルバに愚痴る。
「何かが間違ってるっす! 自分、これでも人族の大陸中で数本の指に入る天才なんっすよ? 数少ないSランクっすよ! 何故、何故こんな事になるっすか!」
『チビリーよ。己の未熟さを知るいい機会だと思えば良いではないか。メムルはずっとお前より努力を重ねているぞ。己を見直し、前に進む者とはああいう姿をいうのだ』
「し、シルバ……いえ! 師匠! 自分を鍛えて欲しいっす! もっと強くなりたいっす!」
『ふむ……私の修行は厳しいぞ? ついてこれるのか?』
「はい! 自分頑張るっすよ!」
スポ根漫画の如く瞳に炎を宿し、逆襲に燃えるチビリーの前を、アリアが挨拶に通り掛かった。
「あら? 貴方がシルバね。確かに綺麗な銀毛だわ。レイアの事をこれからも頼むわね。あとそこの駄犬、さっさと此処を去りなさい。その実力じゃいつか死ぬわよ?」
「はぁぁぁぁーー⁉︎ 新参が調子こいてるんじゃ無いっすよ⁉︎ 師匠! やっちゃいましょう! 師匠と自分が組めば、こんな奴余裕っすよ!」
『い、いや、やめておいた方がいい……全身の毛が逆立ってるのが見えんのか』
「何弱気になってるんすか! 自分から行くっすよ! 『分身』発動!」
チビリーことジェーンは、小太刀二刀流を最初から抜き去り、『分身』を発動させてアリアへ飛び掛った。
「あれ?」
気付くと標的がいない。眼前から瞬時に消え去ったのだ。困惑するチビリーの耳元へ、身の毛もよだつ程の殺気を込めた冷酷な声が囁かれる。
「遅過ぎて今八回は死んだわよ駄犬。跪いて『お手』をなさい? 言っておくけど、序列があるなら私がレイアの次よ。返事は?」
「ワゥゥゥ〜〜ン!」
チビリーはまた地面を濡らしつつ、『お手』をした。プライドなどこの家で持ってはいけないのだと再度理解し、ゾクゾクと背筋を這い回る快感に、涎が滝の様に溢れる。
「確かに汚いわね……レイアの寵愛を受けたいなら、まず人間になる所から始めなさいな。シルバ、貴方はお利口ね。今度レイアと一緒にピクニックに行きたいの。付き合ってね?」
『こ、心得た……』
己の眼前で目を輝かせながら犬の真似をし続けるチビリーを見て、シルバは思った。
同じペットでも、こうはなりたく無いなと……
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