第130話 『久遠』2

 

「ぐわぁぁぁぁぁ! ぺっ、ぺっ、ぺっ! まじかぁぁぁーー!」

 マイリティスの意識の消滅と共に意識が己の身体へと戻ると、唇をゴシゴシと拭き、血の味がする唾を吐いた。男とキスするなんて真っ平御免だ。


 無言と悲哀が支配する空間をぶち壊す。センシェアル達はそれでもただ黙って立ち尽くしていた。

 大切な者を喪うという事を、遥か遠い記憶の彼方へ忘却していた者達は、喪失感から心に穴が空いたのだ。


「なぁ、レイア……もう一度、我はいつかもう一度、マイリティスに会えるか?」

 突然空を見上げたままのセンシェアルが問い掛ける。レイアは真剣に相対した。

「生まれ変わりっていうのが天使にもあるらしいんだけど、記憶は全て失っているから別人と変わらないって聞いた。それに、今回の件は生命神との契約による事らしいから、魂が無事かも分からない」


「そうか……なら我は眠ろう。永い時を生きてマイリティスの事まで忘れ去ってしまう位なら、生まれ変わった彼女に、もう一度会える事を夢見て眠っていたい」


「私達もお付き合いしますよ。あの子の事が大切なのは貴方だけではありません。本来ならセンシェアル様を裏切り、この様な資格が無いのは重々承知しておりますが、マイリティス様の最後の頼みですからね……死ぬ訳にもいきません」


 キサヤのその言葉にマスダル、ベガス、ザードもその瞳に決意を灯し、同じく頷いた。


「すまないな。今の我は如何やら一人ではいたく無いらしい。感謝するよ、屍人達」

「「「「はい!」」」」


「盛り上がってる所悪いんだけど、どうやって眠るの? 何かそう言う方法がヴァンパイアにはある訳?」

「『絶界』で我等を封印して貰う。お前にな」


「はっ? そのスキルって真祖の固有スキルだろ? 覚えられるモノならとっくに……」

 不思議に思い首を傾げた瞬間、露わになった首筋へヴァンパイアの真祖が噛み付いた。咄嗟のことに回避が間に合わなかったが瞬時に双剣を抜き去ろうとするがーー

「待って!!」

 ーーキサヤの声から思い留まり、何をしたいのか分からないが大人しくしといてやろうと考えたその時、呆れたナナの声が響く。


「あーあ、やっちゃったぁ〜。こいつマスターを巻き込んだね。多分絶叫すると思うけど聞く〜? 聞くならナビ説明よろしく!」

「猛烈に嫌な予感がする。つーか、いつ迄噛み付いてんだ。このエロヴァンパイア! 離れろ!」


『エアショット』を発動して腹に捻じ込み、センシェアルを無理矢理吹き飛ばすと己の首元を撫でる。

 不思議な事に『血を吸われた』という感覚はしなかった。寧ろ何かを流し込まれた様な血液の脈動を感じる。


「レイアよ。これでお前は我と同じ存在になった。いや、より高い次元の存在に進化するだろう。先程の戦いの最中見たあの能力なら、ヴァンパイアの真祖の固有リミットスキル『久遠』を覚えている筈だ」

「同じ存在? どゆこと? 意味が分からん」

「つまり、真祖の力を血と共に流し込まれたって事よ」

 キサヤは簡単に言うが、別段違和感が無い。とても己が吸血鬼に変化したとは思えなかった。


 ーーするとナビナナの説明が入る。かつて無いほどの早い口調で、機械的に語りだした。


「マスター、心して聞いて下さい。説明します」


__________


 ・リミットスキル『久遠』を覚えました。これにより、『聖絶』と『絶界』が統合され、『聖絶界』を新たに生み出します。


 ・マスターは真祖の血を取り込み、進化の後『不老』になりました。『女神の身体』がより高い存在の『女神の神体』へと進化します。これにより『超再生』を覚えました。


 ・『神体転移』を覚えました。『空間固定』と『空間転移』は下位スキルとして消滅しました。


 ・レベルが上限の99に達しました。『限界突破』を発動し、現在147まで上昇していますが、まだ上がり続けています。今夜中には落ち着くでしょう。


 ・『女神の歌声』を覚えました。発動中『魅了』が増し、魔獣でさえテイム出来ます。

 まだ進化は続いていますが、取り敢えずステータスに纏めて報告致します。以上です。


__________


 絶句した。そしてブルブルと震え出し、センシェアルに飛び掛かり襟元を掴み上げる。

「何してくれとんじゃいお前はぁぁぁぁ! 馬鹿なの? 何俺まで『不老』にしてくれてんだよ! いらね! まじそれいらね! 俺はみんなとゆっくり歳とって、子供達に看取られながら温かく死ぬ方が良いんじゃい! 将来は、縁側で茶を啜りながら将棋を指すんじゃボケカスがぁっ!」


 激しくヤンキーの如く真祖を恫喝した後ーー

「ん? 待てよ?」

 ツッコミを入れ終えると、顎を抑えて考え込み始めた。少なくともディーナは四百歳、コヒナタは七十歳、アリアも天使になったし、歳はとらないだろう。

(あれ? 不老って別に困る事無いんじゃね? 寧ろ女神の身体の俺に年がある事自体変か?)

 ーー怒りは急速に沈下していった。


「おっほん。別に今とあまり変わらない事に気付いた。寧ろ『超再生』は助かるな! すまん!」

「そこを納得出来るお前が本来なら凄いのだが、いつか後悔する時は来るだろう。死ねないのはそれだけで地獄と思える事に、相違ないのだから」


「その時はセンシェアルみたいに眠りにつくさ。それにお前と違って、こっちは『不死』じゃなくて『超再生』だから何とかなるだろ。マイリティスちゃんの生まれ変わりにもし会えたら、俺がお前達を起こしに行ってやるよ。約束だ」

「あぁ、頼む。ありがとう」

 屍人達は、己に向けて跪いていた。最大限の感謝をその姿で体現している。


「行こうか。みんな……」

 オルビクス城にいる正気に戻った眷属に、センシェアルはこれからも時計を作り、より良いものにせよと命じた。

 元々、眠るの場所は決まっていると言わんばかりに五つの棺を置くと、各々がその中へ入り眠りにつき始めた。

 レイアは外から『聖絶界』を発動し、棺の周囲の空間に時間の流れを止めた封印を施し始める。まるでどうしたら良いか初めから知っていたかの様に、知識の渦が脳内へ流れ込んできた。


 ーー身体中から溢れ出てくる力の奔流が、神気と共にオルビクス城を光輝かせる。

「ありがとう、レイア。おやすみ……」

「気にするな。いつかまた会おうセンシェアル。おやすみ……」

 これで本当に良かったのかと、エントランスの上に飾られた大きな振り子時計を見つめる。


 ーーゆっくり歩き出すと、時計の横に立ってゼンマイを巻いた。


「今だけは時を刻め。マイリティスちゃんと作り上げた、この時計の針音を聞きながら眠りなよ」

 眠る五人の顔は棺で見えないが、きっと微笑んでいる筈だと思った。レイアは仲間達の元へ『女神の翼』を広げて飛び立つ。


 オルビクス城を金色の羽根が彩って祝福していたーー

「どうか、よい夢を」

 ーーヴァンパイア達は女神の願いを受け取って眠り続けるのだ。そう……『久遠』を……


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