第129話 『久遠』1

 

『センシェアルに伝えて下さい。「さよなら」って……』

「えっ? まだ時間はあるでしょう? いきなり如何したの? あと、何か激しい怒気を感じるんだけど」


 突然のマイリティスの発言に困惑した。好きな相手が目覚めた直後に言う台詞だとは思えなかったからだ。


『消える前に一言だけ言わせて下さい。貴方達、最低です……』

「なにっ⁉︎ センシェアルはそうだけど俺は違うよ?」

『…………』

「無視? スルーですか? 意味が分からない」


 首を傾げるレイアに向けて、センシェアルが嗄れた声で静かに語り掛けた。

「本来無事で良かったと言いたいが、貴様は誰だ? 雰囲気も纏うオーラも別人だ。今の弱った我でもそれくらいは理解できるぞ」


「おっ? やっぱり気付けるか。お前、さっきの結界を破る為に真祖の力の残滓を使ったのか? 吹けば飛びそうな位にガリガリだぞ」

「我の事はいい! 答えろ。我が最愛のレイアを何処へやった⁉︎ 返答次第では貴様を殺す!」

 血を抜かれ、骨に皮を貼り付けた様に痩せ細った身体を震え立たせる。やれやれと呆れた表情を浮かべつつ、真摯に問いに答えた。


「俺が本物のレイアだよ。身体は同じだけど、今迄お前の側にいたのは『天使』マイリティスっていう女の子だ。今も俺の中でお前を見てる」


「な、なんだと⁉︎ 貴様は一体何を言っているのだ! 理解出来んぞ!」

 センシェアルは激しく激昂するが、レイア相手に手をあげる事なぞ出来なかった。


「その話は取り敢えず後回しだ。屍人達が真祖の力に飲まれ、眷属達を取り込んで巨大な怪物に変貌した。俺はそれを止めたいんだ。力と知恵を貸してくれ」


「やはりそうなったか。馬鹿な奴らだ……こうならない為に記憶を封じたというのに」

『センシェアル……』


 マイリティスは悲観しながら項垂れる愛しい人を抱き締めてあげたかった。もう掴む事も、引き寄せる事も出来ない現実に悲涙する。

 流れてくる感情から何を考えているのか分かっていたが、今はまだその時じゃ無いと気付かないふりをした。


「我の力を取り戻さねばならぬ、力を貸してくれるかレイアもどき」

「次にもどきって言ったら、お前を怪物ごと殺してやる。俺が本物だって言ってんだろうが」

「認めてたまるか! 我のレイアはもっと慎ましやかで、品があり可愛いのだ! お前は、ーーなんか下品だ!」

「おい。お前はその下品なパンツを見て目覚めたんだけどな。ーー斬り殺すぞ?」


 ガンを飛ばし合いながら睨み合う。お互いに引けない状況へ陥ろうとするが、突如ナナが念話を放ち場を制した。

『ねぇ、いい加減に動けや馬鹿共。捻り潰すよ?』

「「ひいぃぃ! サー! イエスマーム!」」


 まるで共に戦場を駆け抜けた親友の様に、ぴったりと二人は立ち並びーー

『ビシィッ!』

 ーー見事な敬礼をする。ナニを潰される訳にはいかない……


 アイコンタクトを交わし、外へと飛び出した。『女神の翼』を広げ、軽いセンシェアルを持ち上げて戦場へ戻る。

 上空から見下ろした光景に、ヴァンパイアの真祖は驚きを隠せない。如何に己の力を取り込んだとはいえ、ハーレンべゲンは想像以上の巨大さだったからだ。


「レイアよ。あれは流石に無理ではないか?」

「だろ? お前が力を抜き去ってくれないと色々と厳しいんだよ。俺の仲間が脚を切り落としたみたいだけど、一体どうやって『絶界』を抜けたんだか。ーーん? あれか?」

「うおぉぉぉっ!」

 下方ではザンシロウが雄叫びをあげながらジェーミット王の『天道』を利用して怪物を斬り裂いていた。


 ーー『女神の眼』で『天道』をコピーすると、ナナに効果を聞き状況を把握する。

「成る程ね、このスキルに『神速』が重なれば凄い事になるな。『神覚』発動時、ナナに防御に回って貰わなくても良い訳か。新しい三刀流に丁度いい。流石王様。いいスキル持ってるわ」

「さっきから一人で何を呟いておるのだ?」

「いや、問題が一つ解決した。『絶界』を抜けるリミットスキルを覚えたからな」


 自信満々でドヤ顔をかます銀髪の少女の発言にーー

「何を言ってるんだこいつは?」

 ーー意味が分からないセンシェアルは懐疑心に苛まれた。信用していいものか。


「おい。何考えてるか大体判るけど、今は俺に頼るしか無いだろうが。お前は力を失ってるんだから」

「……うぬ。どうやって我をあの怪物の体内に入れる気なのだ?」


「おぉ、そこまでは理解してんのね? 任せな。胴体の中心部を斬り裂いて、放り込んでやっから」

「そんな容易に『絶界』と『空間固定』のキューブは砕けんぞ?」

「大丈夫。この『天道』ってスキルは結界や攻撃を不干渉にする。シンプルだけど対象にされた敵からすれば厄介なスキルだね。相手の進行を防げないんだから」


「それを覚えたというお前に対して、我は驚いているがな」

「いいから行くぞ! 俺は切り札を使っちゃうから、体内に放り込んでからはお前が頼りだからな! 剣を抜くから腰にしがみ付いてろ!」


 ーー「了解した!」

 金色の神気を纏うと『天道』を発動時させ、ハーレンべゲンへ向けて落下する。

「ナナ! 『神覚』発動! 初っ端から心臓部に向けて『星墜ち』を放つよ!」

「了解しましたマスター。複合リミットスキル『神覚』発動します!」


 右手に『朱雀の神剣』、左手に『深淵の魔剣』、そして『女神の翼』の形態を四枚翼に変化させて『レイグラヴィス』を抜き去ると、暴風の如き凄まじい剣撃を怪物の中心部へ向けて放った。


 ーー「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁーーーーーーっ!!!!」


 鼓膜を振動させる程の怪物の絶叫と悲鳴が戦場へ轟く。無数に襲い掛かる神炎に焼かれ、深淵に斬り裂かれ、巨人殺しの大剣に叩き潰されると、胴体へ風穴を空けた。

 その勢いはとどまる事を知らず、触れるもの、刻むもの全てを唯の肉塊へ変え潰していく。

 最早、その攻撃力は『絶界』すら叩き壊す程に高まっているのだが、当のレイア本人はその事実に気付いていない。


「いっけえぇぇぇ!」

「うおぉぉ!」

 ハーレンべゲンの胴体に向かってセンシェアルを放り投げると、まるで眷属を取り込んだ時の様にズブズブと身体が沈んでいく。その様子を見て思った。


「ねぇ、ナナ。俺が風穴を空けた意味って一体……」

「マスター。世の中には知らない方が良い事もあるそうですよ?」

「うん、聞きたく無い。取り敢えず『神覚』が切れる前に、どうせなら魔獣達を撤退させるよ」

「マスター、世間ではそれを八つ当たりというのですよ?」

『酷い男ですね』

 ナナに賛同する様にマイリティスが呟く。

「ねぇ? ダブルで責めるのやめてくんない? 本当に胸が痛いから。グラスハート砕けちゃうから」


 動かなくなったハーレンべゲンを後にして、残る魔獣を殲滅していく。

 撤退するならそれで良いと思いながら、ーー徐々に魔獣の雄叫びは霧散していった。


 __________



「おい。目を覚ませ!」

 屍人達は、見知った人物の声が聞こえると、眠らされていた意識が徐々に覚醒する。

「せ、センシェアル様⁉︎ 一体如何してこんな所に?」

「まずは貴様かキサヤ。少し痛むぞ?」

「な、何を……」


 センシェアルはキサヤの心臓部に近くを貫くと、真祖の力と自らの血を体内へ吸収する。

「ああぁぁぁ!」

「この力は我が背負っていかねばならぬのだ。怪物になってまで苦しむ必要などない。ーー馬鹿な奴らだ」


 その後、同様にまだ目覚めないマスダル、ベガス、ザードの三人から力と血を抜いた。

 真祖はみるみる血色が戻り、筋肉が隆起する。ーー顔面が蒼白なのは変わらないが。


「眷属達も解放しなければな……『空間転移』『空間固定』座標はオルビクス城へ!」

 真祖の力を取り戻したセンシェアルは、眷属を一体一体キューブに閉じ込めて転移させた。側から見ると、ハーレンべゲンの巨大な身体がボロボロと崩れていく様に見える。


 レイアは魔獣の残党に恐怖を植え付けながら追い払いつつ、怪物の変化を眺め安堵する。

「どうやら、上手くやったみたいだな」

 転移が完了した戦場に残されたのは、白髪に変貌した屍人達四人と主人のみ。起きたにも関わらず屍人達は虚空を見つめ、誰一人として口を開く者はいなかった。


 ーーそこへ、レイアがゆっくり空を舞いながら近付いていく。

「もう時間が無いんだ……センシェアル、屍人達も最後の言葉を聞いてあげて欲しい。マイリティスちゃん変わるよ?」

『はい……お願いします。レイア様』


 ほんのり淡い光を放つと、マイリティスが女神の身体を借りて五人の前に現れた。纏う雰囲気の違いから、自分達の知っているパンツ姫だと感情が理解している。


「みんな、本当に馬鹿な人達ばかりですね。私は怒っているんですよ?」

「ぱ、パンツ姫様、拙者は……」

「ストップです! 今この瞬間だけは、私をマイリティスと呼ぶようにして下さい。これが私の本当の名前です」


「マイリティス様か……ごめんなさいね。私達は貴女を裏切った。でも安心して、もうすぐ消滅するから」

「そうですね。確かに裏切られました。でもほら? また私達はこうやって手を取り合って話せてる」

「……貴女と出会わなければ良かったわ。どうしても憎しみが薄れてしまう」


「キサヤさんには悲痛な表情より、メイクのコツを語りながら笑ってる顔が似合ってますよ?」

「…………」

 ーー無言で涙を堪える様に、金髪の美女は空を眺める。


「ベガスさん。貴方は武士失格ですよ。反省はしていますか?」

「切腹したい程、情けない気持ちでいっぱいでゴザル。かたじけない……」


「じゃあ、最後の授業です。私の眺めていた世界には『諸行無常』という言葉があるのですよ。変わらない人や物など無いっていう事ですね。貴方もきっと変われます。憎しみに囚われず、人を守れる素敵な武士になって下さい。あとゴザルは忍者っぽいのでやめた方がいいです。ーーすいません、間違えました」


「マイリティス様のお言葉、深く刻みつけたでゴザル。癖になっていて今は抜けませんが」

 ーー跪き、忠臣の如く頭を垂れる。


「ザードさん。貴方は時計作りの時、本当に活き活きとしていました。これからも私の想像を超える時計や、発明をして生きて下さい。応援しています」

「わ、私にはもうそんな資格も、時間がも無いのだよ……でも、ありがとうございます」

 自責の念に苛まれ、目頭を押さえながら崩れ落ちた。


「えっと、マスダルさんは……特に無いか」

「酷いでやんす! 自分にも何かお言葉を欲しいでやんす!」

「実は……ずっと思ってた事があるんだけど、最後だから言っていいかな!」

「はいでやんす!」

「『やんすやんす』五月蝿い人だなって、ずっと思ってました!」

「全然嬉しく無いでやんす! なぜ自分だけぇぇぇぇぇ⁉︎」

 両手を激しく振りながら、ネズミ男は慟哭する。


「あははっ! そうやってこれからも、みんなを笑わせる元気なマスダルさんでいてね?」

「……来世は旅芸人になるって誓うでやんす」

 四人へ向けて柔和な唇を吊り上げ微笑むと、ゆっくりセンシェアルの元に歩き出した。


「センシェアル、私が居なくなってもちゃんと生きていけますか? 人に迷惑をかけませんか?」

「勿論だ。私は死ねないからな。約束は守る」

「みんなを許してあげて下さいね?」

「あぁ、長い人生こんな事もあると思えば許せるさ……また一人になってしまうのは寂しいがな」


「ふふっ、貴方を一人になんかさせませんよ? 私の最後の神気を使ってみんなを助けます。これでも、私は天使ですからね」

「なっ⁉︎ そんな事が出来るのか⁉︎」

 その天使の言葉に屍人達も眼を見開いて愕然とするが、マイリティスの意思とは関係なく、最早生きる気力は湧き上がらなかった。


「マイリティス様……このままでいいのです。私達は貴女と共に逝きたい」

「それは認めません。そして許しません」

 そっとセンシェアルを抱擁する。ひんやりとした身体が気持ち良かった。


「貴方は死ねないのだから、永遠はきっと辛くていつか一人じゃ壊れちゃいます。私が残せるのは屍人のみんなだけ。ごめんね?」

「こ、後悔などしていない。マイリティスに出会えて良かった! 私はずっと永遠に、お前だけを愛し続けると誓う!」


「ふふっ! 私は貴方に会わなければ良かったって思ってます。ーーこ、こんなに、辛い、なら……」

 堪えていた涙が溢れ出す。抱き締めた瞬間から、心の中で後悔する。悲哀する。痛哭する。


「嫌だ! 嫌だあぁぁ! 何で消えなきゃいけないの? 助けてセンシェアル、貴方と離れたく無い! 助けて!」

 みっともなく己の消滅を嘆く天使に、侮蔑の視線を向ける者は誰もいない。助けたい。己の命が尽きても構わない。助けたいと静かに悲涙しながら、天を見上げて願った。


 ーーしかし奇跡は起きない。

 世界は非情なのだ。選択したのはマイリティス自身であり、足掻く事すら出来ぬまま最後の瞬間は訪れる。


「もう時間だね……最後に情けない所を見せちゃってごめんね」

 センシェアルは髪を振り乱し、必死に考えていた。内心は愛する人の生を諦めていなかったのだ。最後の時を目前に焦燥が嵐の様に込み上げた。

「そんな事は無い! な、何かないのか⁉︎ お前達も一緒に考えてくれ! 頼む! 彼女を救う手段を!」

「無理だよ。神様との契約なんだから。でも嬉しいよ? 本当にありがとう」


 次の瞬間、身体から漏れ出た神気が屍人達の身体をまるで包むように輝いていた。

「私はみんなの中で生き続けるよ。いつか生まれ変われたら、またみんなに会いたいなぁ……」

 絶対に聞きたくなかった言葉が、無情にも告げられる。五人は悲哀に顔を歪め、ピクリとも動けなかった。


 ーー涙が溢れる。

 ーー心臓が締め付けられる。

 ーー喉が締め付けられて、言葉を発する事が出来ない。

 ーー嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。

 ーー言わないでくれ……その言葉だけは聞きたく無い。


「さよなら。今迄ありがとう……」


 そっと、センシェアルの唇に己の唇を重ねると、カウントダウンも無いままにマイリティスは消滅していく。

 薄れゆく意識の中、天使は最後の微笑を浮かべた。


「最後のキスが血の味なんて、まるで何処かの三流ドラマみたいね……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る