第128話 コヒナタの新たな力と、センシェアル復活。

 

「マイリティスちゃん、聞こえてる? しっかり見てるか?」

『はい、レイア様。目を逸らさず事の顛末を見届けていますよ……』


 全力で空を翔けながら、並列思考でマイリティスに確認を取ろうと話し掛けた。

 現実を突きつけなければならない状況に陥った事を、理解して貰いたかったからだ。


「状況は把握してるよね。もう、屍人達を救う事は出来ない。彼奴らは俺の仲間に手を出した」

『そ、それは暴走してるからです! きっと目を覚ませば元に戻ってくれる筈なんです! お願いです。命だけは見逃してあげて!』


「ナナ、今何人死んだ? 聞かせてあげて。俺は大体リンクで分かってる」

「はい。今この瞬間に、巨大な敵による何らかの攻撃でピステア側の兵士や民人、二百十二名が死亡しました」


『そんな……みんながそんな事する筈無いよ!』

「何でそう思う? 手紙を読んだだろ? 人族に復讐したい。滅ぼしたいと彼奴らは願ったから君を裏切ったんだ」


『でも! 優しい人達なんです! マスダルさんは馬鹿だけど憎めなくて、明るい元気な人。キサヤさんはお化粧を教えてくれて、頼れるお姉さん。ザードさんは口は悪いけど時計作りの時、先頭に立ってみんなを支えてくれた。ベガスさんは私の日本の話を、目を輝かせて聞いてくれたんですよ!』


 その切実な想いを聞いて、悲痛な面持ちになるーー

『そんな事は封印されていた時、一緒に見ていたから分かってる!』

 ーー怒鳴りつけたい衝動を、必死に押し殺した。


「……努力はする。でも覚悟はしておいて」

『お願い。お願いしますレイア様。みんなを助けて……お願い』

 マイリティスの表情は見えないが、嗚咽を漏らし、只管に祈り続けているのが伝わる。


「ナナ、駄目元で聞くけど方法はあるか?」


「真祖の力を取り出してセンシェアルに戻せばいいのですが、方法がありません。私達にその様なスキルは無いですからね。それに万が一何かしらの方法を見つけたとしても、屍人達の生存は難しいでしょう。きっと本人達が一番分かっていた筈ですよ」


「だよなぁ。おい、ジジイ。真祖の力を抜き出してセンシェアルに戻す方法教えろ。仮にも神だろお前?」

「レイア様……本当にゼン様をお嫌いなんですね」

『お前人にっていうか、神に物を聞く態度じゃ無いじゃろ? ねぇ、何処に置いてきたの? 『礼儀』とか『礼節』って言葉を人生の何処に置いてきたの? 教えろクソ餓鬼』


 突然の問い掛けに怒りを露わにして鍛治神はぶちキレる。コヒナタの言う通り、異世界ベスト3に入る程ゼンが嫌いだった。ウザくて堪らない。


「ちゃんとさっきは『クソ』を抜いてジジイって呼んでやっただろうが? いいから教えろクソじじい」

『復活してるじゃん! 舌の根乾かない内に『クソ』ってつけちゃってるじゃん! 知ってても誰が教えるかクソ餓鬼! 死ね! この女神擬きが!』


「ほおほお、そう言う口を聞いちゃう? へ〜聞いちゃうんだ?」

『な、何じゃい、突然気持ち悪い口調になりよって』


「ねぇ、コヒナタ? 俺と爺どっちが好きかなぁ?」

 悪戯をする子供の様に無邪気な笑顔を浮かべて問い掛けた。最初から答えの解っている質問だ。それに対してゼンが一体どうなるかも……


「レイア様です! あっ⁉︎」

 コヒナタは迷い無く即答するがーー

(しまった!)

 ーー己が行なった過ちに気付いて、口元を掌で抑えた。


『はああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ⁉︎ 何言わすんじゃい、このクソ餓鬼がぁぁぁぁぁ! ワザとだよね? お前、ワザと儂の心を砕きにきてるんだよね? はっはっはっ! そんな作戦通じる訳あるじゃろうがぁ!』


 ゼンは天界中に響き渡るのでは無いかと思う程の絶叫をあげていた。作戦はばっちり通じている。

 これ以上屈してたまるかという神としてのプライドが、号泣しながら崩れ落ちたい己の精神を、辛うじて震え立たせていた。


「へ〜まだ強がるか。じゃあ、もう一回質問しようかなぁ? ねぇ、コヒナタ〜? 俺とーー『はい! 真祖の身体を敵の体内に放り込めば、自然と己が力を吸収して復活すると思います! 結界だけ何とか砕いて下さい!』


 レイアの言葉を遮り、ゼンはスラスラと方法を教えた。神のプライドは何処へいった?


「最初から素直に教えりゃいいんだよ。馬鹿が!」

『お前絶対長生き出来んぞ? 儂が予言してやる。きっと、お前刺されて死ぬわ。恨まれてそうだもん、既に儂恨んでるもん』


「黙れ。ジジイよりは長生きするわ。墓に悪戯書きしてやんよ」

『儂は今決めた。絶対お前より長生きするし、コヒナタちゃん以外の器を探して、お前を殺しにいく』


 コヒナタはその神々のやり取りに深い溜息を吐いた。己にとっては両方大切な存在だ。もう少し仲良く出来ないものかと……


「真面目な話に戻るけど、俺が家にセンシェアルの身体を取りに行っている間、ザンシロウと共闘して時間を稼いで欲しい。ただ、決して無茶はしないで」

「はい。試してみたい事もありますし、きっと十分な時間を確保して見せましょう」

 強い決意を瞳に宿し、コヒナタは頷く。


 ーー徐々に白髪の巨人『ハーレンベゲン』の姿がハッキリと見えてきた。

「もう少し接近したら降ろすよ! お願いねコヒナタ!」

「ゼン様行きますよ!」

『任せるがいいさコヒナタちゃん! 彼奴を駄女神じゃと思って、殲滅しちゃる!』


 神降ろしを発動した巫女は大地に降り立つと、ハーレンベゲンへ向けて駆け出した。


 __________


 レイアは己の姿を隠す事なく、カルバンの街々へ向けて高速で飛び去る。下方に一瞬見えたメムルと話したかったが、今は時間が無いと通り抜けた。

 それにアリアとディーナの姿も確認出来ない、焦燥と不安が脳裏を過る。


 クロウドとオリビアの軍を率いて前線に出ているのは『元SSランク冒険者』であるジェーミット王だ。

 怪物の誕生を目にし、このままでは城まで落とされるだろうと、引き留める側近達の言う事を無視して飛び出した。


 クロウドとオリビアは己が叶わない王の力量を知っている為、全幅の信頼を置いている。この状況を覆せるのはこの方以外に居ないと、両将軍は肩を並べて立っていた。


「ザンシロウ殿が接近戦で苦戦する程の敵に対して、余が一人で向かった所で致命傷は与えられん。魔術部隊! ランス系魔術を放て、回復薬はどれだけ使っても構わん! 弓隊構え! 砲弾と共に弾幕を張り続けろ!

 盾隊、スキルを常に発動して防御に集中せよ! 敵の光線による攻撃から街を、民を守れ! クロウドとオリビアは各部隊の指揮をとるのだ!


「「はっ!」」

「精悍なる我が兵士達よ! 心折る事無く戦え! 己の国を守るのは己の自信なのだ、続けぇぇぇ‼︎」


「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおお〜〜ぉぉぉぉっ!」」」」」


 士気を最大限に高めた兵士達は、ジェーミット王の指示のもと、迅速に動き出した。巨人に投げつけられた魔獣には冒険者が合同パーティーを編成して、対処に当たっている。

 数少ないSランク冒険者であるメムルは、その中心となって戦っていた。


 しかし、現実は甘くない。世界は無慈悲であり優しく無いのだ。巨人に拳を一振りされては数十人の兵士達が吹き飛び、血飛沫が宙空を舞い、矢と大砲、魔術は『絶界』に防がれる。


 擦り傷すら与えられない状況に、兵士達は次第に絶望し始めていた。

 如何に王に鼓舞されようと、攻撃の効かない相手にどうしたらいいのか……


 ジェーミット王は減衰していく気勢を感じ取り、己のリミットスキル『天道』を発動させたーー

『己が進む道を、如何様にも邪魔する事は出来ない』

 ーーその特殊効果を持ったリミットスキルは、巨大な怪物の心臓部へ向け光の奔流を繋げる。


 その光景を見ていた誰もが、攻撃の通じない敵へその行為は無謀だと諦めかけた次の瞬間、ジェーミットの剣がハーレンべゲンの心臓に突き刺さった。


「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおぉ〜〜ッ!」」」」」

 初めて真面に与えたダメージに、兵士達と冒険者が雄叫びをあげる反面、ジェーミット王は冷や汗を流していた。

「届いていないか……」ーー身体が巨大過ぎて、己が貫いているのは核から程遠い魔獣の集合体のみだと感じたからだ。


 ーーそこへ幼き声が響く。

  「これは好都合ですね。いい働きですよ。派手な冒険者さん?」

 ジェーミット王を、豪華な格好が好きな冒険者だと勘違いしつつ追走していたコヒナタは、真横からザッハールグ三式『鳴神』を放つ。


 ーー巨大な青雷を纏った閃光が、心臓部を背中まで貫通した。

『彼奴のリミットスキルは『絶界』の影響を受けん! 共闘するのじゃ!』

「はい! 最大限に神力を降ろして下さい。次のタイミングに合わせて『アレ』を発動します!」


『わかった! 無茶はするんじゃ無いぞ!』

 ジェーミット王は、突然現れた金色に光輝くドワーフの幼女に希望を見出した。先程の攻撃は己の力量の遥か上をいくものだ。


 そして、同じく今の『天道』を下方から見ていたザンシロウも瞳を輝かせる。これなら『絶界』を抜けて己が相棒であり愛刀、翠蓮を届かせられる。

 各々の思惑が駆け巡る中、王へハーレンべゲンの巨拳が迫った。


 しかし、百戦錬磨の元SSランク冒険者は焦る事無く『天道』を発動させ、拳を弾くと同時に怪物の右膝へ向けて落下しながら吠える。


「力を貸してくれぇぇぇ!」

「はい!」

「おうよ!」

 ーー瞬時に言葉の意味を理解した二人は、スキルに合わせて追走した。


「いきますよゼン様! ザッハールグ四式『煉撃鎚』発動!」

『コヒナタちゃん! 三周までに抑えなきゃ駄目だからね!』

 ザッハールグがゼンの神気を纏い、形態を青に輝く鋼鎚へと変化させる。コヒナタは身体を捻らせる様に激しく回転しながら、槌を怪物の右膝へと叩きつけた。


 ーー『ボゴンッ!』

 明らかに鎚と小さな質量に見合わない威力、鈍い音を立てた巨大な傷口。怪物の膝が叩き潰されていく。


「まだまだぁぁぁ! 『二周目』!」

『うおおおおおぉぉぉぉ!』


 回転の威力は衰えないままに、そのままもう一度膝を叩き潰した。

 ハーレンべゲンは二発目を喰らい、漸く己が負ったダメージの深さに気づく。


「グギャアァアァ〜〜!」

「くうぅぅっ! 『三周目』‼︎」


 怪物の絶叫の中、同じく苦痛に貌を歪めながら、深い窪みに向けて三発目の鎚を叩きつける。それは魔獣の肉をミンチにして、右膝を陥没させ無惨に破壊した。


「すげぇ嬢ちゃんだな! 後は俺様に任せろ!」

 ザンシロウはタイミングを合わせ、潰れた膝に向けて翠蓮を奔らせ、一刀の元に両断する。


 ジェーミット王は思わず笑い出したくなる衝動を抑え、力強く頷いたーー『決して倒せぬ敵では無い』


 右膝から下を失った巨人は、地震を起こしながら大地に倒れこむ。これだけの巨大な重量を片脚だけで支えるのは不可能だった。


「うああぁぁぁ……」

『だからまだ無茶だと言ったじゃろう! 早く治癒して貰うのだ!』


 コヒナタの両腕からは、まるで血管を突き破ったかの様に血が吹き出している。『煉撃鎚』は凄まじい破壊力を持った『神技』とも呼べる接近戦用の新技だが、ーーその実、腕への負担が大きすぎた。如何に力と器用さを特化したドワーフといえども、無事では済まない。


「時間は稼ぎましたよ? レイア様……」

 その呟きと共に、膝から倒れ意識を失う。ザンシロウは引き続き、ジェーミット王と共に怪物を追撃していた。


 すると其処へ駆け出す小さな存在、クラドが現れる。歯を震わせて怯えながらも、コヒナタを背負うと戦場から離れるべく、全力でダッシュした。


「はぁっ、はぁっ! 全くレイアさんのお願いだからって、無茶しすぎなんですよ!」


 新たなるリミットスキル『悟り』は性格、状況、記憶、推測、分析から現在自分と周囲に何が起こっているのかを即座に理解させる。

 気絶したアリアと、『血流操作』で血を抜かれて弱ったディーナを避難させたのも発動した少年だった。


「起きたら絶対説教してやる。絶対レイアさんに一緒に怒ってもらうんだ! だからそれまで死なせないんだぁぁ!」


 __________



 一人置いていかれたクラドが奮闘する中、眼前に封印されたセンシェアルを見て悩んでいた。


「ぐぬぬっ。この結界硬すぎない? 壊すの無理じゃね? どうしよう……」

『しっかりして下さいレイア様! 貴方になら出来ます! 諦めたら試合終了ですよ!』


「いや、無茶言うなマイリティスちゃん。寧ろこの状況って、普通ならもう試合終了のホイッスル鳴ってるよ?」

『大丈夫。あれですよ! 毎回ラスト一秒とかにシュートが決まって逆転するーー「奇跡何回起きるんだよ」ーーってやつですよ!』


「うん。それ以上は黙ろうか……色々と危ないからね。そんな事言うなら、普通は恋人が愛の力で目覚めさせるとかあるでしょうが」

『だって、私は身体を持っていませんし、どうにも出来ませんよ……センシェアルも眠ってるし』


「うーん。何か無いの? こいつが目覚めそうな事とかさ。そう言えばガラス越しのキスで目覚めないんじゃ無理か。これ結界だけど」

 ーー『はっ⁉︎』

 マイリティスは凄まじく馬鹿馬鹿しい事を閃いて、一応言ってみるかと呟いた。

 認めたくは無い、決して認めたくは無いが、元々センシェアルと出会ったキッカケを……


『あの……パンツを見せて下さい。センシェアルに』

「はっ⁉︎ いきなり何言ってんのかな君は? アホな子なの? そんな事で目覚める訳……」


 ーー直後喉元まで出かかった言葉を飲み込み、顎を抑え考え始めた。


(ありか? 確かに俺が同じ立場で目の前にチャイナ服を着たディーナが、名前の刺繍入りスク水を着たコヒナタが、レザーの露出の多いメイド服を着たビナスが、スカートの丈が短いナース服を着たメムルが、犬の着ぐるみを着たチビリーが、いや、チビリーはいらんか。そう考えるとありか? ふむ……ありだね! 絶対に俺なら封印なんて粉々に叩き潰す自身がある!)


「うん。ありだな!」

『思考が伝わりましたけど、貴方アホですね』

「読むな。男のエロい心は読んではいけない」

「ねぇ、マスター。また浮気したら殺すよ?」


「だからナナよ。いつから俺とお前は付き合っているんだ。心辺りが無い」

「酷いわ……あんなに激しいプレイをしておきながら、私の事は遊びだったのね⁉︎」


「やめろ……昼ドラのノリを出すな。あと激しいプレイをされたのは俺だ。お前じゃ無い」

「煩い。それ以上文句言ったら千切るよ?」

「ひぃぃ! サーイエッサーー!!」


『あの二人共、時間が無いんじゃ……』

 はいはいと怠そうに封印されたセンシェアルの頭上に跨ってーー

「ほいっ!」

 ーースカートを捲りパンツを曝け出した。


 正直、男にパンツを見られようが精神的に全く何も感じない。己も男なのだから。


『やっぱり……私とのキスで解けないのに、こんな事じゃ……』

 マイリティスは恋人に目覚めて欲しいと真摯に願いながらも、こんな方法で目覚めなくて良かったと心根では安堵する。しかしーー


 ーーピシッ! ピシピシッ! ガッシャーーン!

「うおぉぉぉっ! パンツ姫のパンツだーーーー‼︎」


 激しくガラスが割れるような音を立て、ヴァンパイアの真祖が封印を内側から破った。

 レイアはやれやれと呆れた顔をするがーー

(気持ちは分かるぞ)

 ーー同意する様に、うんうんと頷いている。


 同時にマイリティスは思った。ーー『もう消えても良いかな……』


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