第127話 哀しき怪物の誕生。
ビナスの奸計により、一人戦場へ取り残されたザンシロウは如何なったのか。ーー答えは一つ。魔獣ごとディーナの放った『
徐々に皮膚が再生し『漸く動けるぞ』と思った矢先、以前レイアを苦しめた屑がいるとアリアの神槍に貫かれ、吹き飛ばされる。
「落ち着けぇぇぇぇぇ! 今は味方だ! 俺様は戦神を助けたんだぞ!」
「五月蝿い。レイアの敵は私の敵……殲滅する!」
「だから敵じゃねぇって言ってんだろうが! 俺様が戦ってたのは魔獣だっての!」
「それじゃあ、魔獣ごと死になさい」
アリアの台詞に絶句した。意見を聞かないなんてレベルじゃ無い。最初から己の意志を曲げる気が微塵も無いのだ。
「ちっ! そんなにやる気ならいいぜ? シールフィールドでの借りを返してやらぁ!」
『はい、そこまで! アリア、其奴が俺の身体を守ってくれたのは確かだよ。今は共闘関係にあるから殺さない様に。死なないみたいだけどね』
突如、二人へ向けて『念話』が響いた。ナナから状況を聞かされ、このままじゃ味方同士争いになると忠告を受けたのだ。
死なないのだから放っておいても構わないのでは? ーーそう考えたが、強大な力同士が消耗し合うのは避けたかった。
「レイアが言うなら見逃してあげるわ。じゃあね」
「馬鹿野郎。人の身体をこんなに穴だらけにしやがって……一言位謝りやがれってんだ!」
ザンシロウの言葉を華麗にスルーしてアリアは戦場へと舞い戻る。これは回復に暫く掛かるなと、深い溜息を吐いて項垂れていた。
__________
「あれ? ここは一体……」
僕が目を覚ますと其処には誰も居ませんでした。あれ? 確かいきなりディーナさんとコヒナタさんが『繋がり』が復活したって叫んだと思ったら、僕を引っ張りあげて飛び出したのは憶えてる。
ーー余りの高さと風圧で、本当に死にそうになった。
「そうだ! 下降した先にレイアさんが見えて、安堵した僕は気を失ったのか」
じゃあ、みんなは何処に行ったの? 何で僕は一人でこんな所に寝てるの?
__________
「まさか……そんなまさか……」
己の疑念が確信に変わる様な感覚。この時、まさに目覚めつつあったリミットスキル『悟り』が覚醒した。
ーークラドは静かに、とても静かに落涙する。
まさかレイアと合流してもこんな目に合うとは思ってもいなかった。そう、クラドは『親愛のネックレス』もあるし、後で迎えに来れば良いだろうと一人戦場の端に適当に葉っぱをかけられ、粗雑に隠され、放置されたのだ。
「酷過ぎる……こんなのあんまりだよ! レイアさぁぁぁぁん!」
誰にも聞かれず、魔獣にすら反応されない戦場の端で、少年は一人哀しみに空を見上げていた。
_________
「ん? 何か言った?」
「いえ、私は何も申し上げておりませんよ。そう言えばお土産があるのです。楽しみにしていて下さいね」
「おっ! コヒナタのお土産ならきっと俺が喜ぶ物なんだろうね。楽しみだ!」
「えぇ、捕まえるのには中々苦労しましたからね。クラド君の料理の腕もかなり上がりましたし、きっと喜んで貰える筈ですよ」
その自信満々な台詞に、料理なのだと理解した瞬間思わず口元が緩む。マイリティスが食べていても、美味しさ迄は伝わらないので、料理自体を暫く口にしていなかったからだ。
「さっさと終わらせて、みんなで食べるとしようか!」
「はい!」
オルビクス城に向けてコヒナタと高速で駆け出していた。ゼンの神力を降ろした巫女は
、遅れる事無く余裕で後を付いて来る。
正直此処まで成長しているとは思ってもいなかった為、純粋に驚いた。
「マスター、索敵に妙な反応があります」
「ん? どうした? まだ城まではかなりの距離があると思うけれど」
ナナの警戒する声が聞こえ、一旦足を止める。
「ーー拙い! ディーナとアリアのいる戦場へと戻って下さい。私の予測が間違ってなければ敵は城から『転移』しようとしています!」
「はっ?
「いえ、屍人『達』ではありません。敵は一体です。何があったのか理解出来ませんが、巨大な一個体しかいないのです!」
「取り敢えずオルビクス城から敵は転移しようとしてるってのは事実なんだろ? 戻るよコヒナタ! みんなが危ない!」
「は、はい! 何があったのですか?」
「それを確かめに行く! 飛ばすから捕まって!」
猛烈に嫌な予感に苛まれると、コヒナタを抱き抱えながら『女神の翼』を広げ、その場を飛び去った。
『念話』を発動して、味方に状況を説明すると警戒を促す。
『ちょっと遅かったみたいじゃのう。主人様が言っておるのは、あれの事じゃないかぇ?』
『恐らくそうでしょうね。レイア、想像以上に拙いかもしれない……時間は稼ぐから、早く戻って来て』
『何だありゃあ……化け物じゃねぇか、久し振りの大物だぜぇぇ! 血が滾る!』
ディーナ、アリア、ザンシロウの三人の眼前に転移して来た敵。それは、ーー屍人達が混ざり合い、四つの顔、十六本の手足を持った血涙を流す化け物。
『それ』は眷属達を食らい、徐々にその様相を変貌させていく。残り二万近くいた魔獣と眷属達は、まるでレイアの『闇夜一世』に酷似した暗黒に呑まれていった。
嘗て屍人であった真祖の力を制御出来ずに暴走したその化け物は、膨らみ体積を増していく。
大群は恐怖から逃げ惑うが、化け物の近くにいた下級吸血鬼、魔獣は吸い込まれる様に引き摺られ、食われ続けたのだ。
「おいおい、嘘だろう?」
ザンシロウは上空を見上げると、三十メートル近い白髪の人型巨人へ変貌した怪物に向け、口元をヒクつかせた。
『レイア、あとどれくらいでこちらに戻れそう?』
『最低でも二十分位は掛かる! 危ないなら逃げろ!』
『二十分か……ディーナ! 屑男! 全力で此奴の足を止めるわよ!』
『『おう!』』
『みんな、無茶はしないでくれ!!』
『念話』の直後、巨大な怪物は眼下に広がる魔獣達を掌で叩き潰し、遂に暴れ始めた。ただその行動はまるで目的を持たず、狂っている様子にしか見えない。
「理性を失っているなら好都合ね。敵も味方も分かって無いみたい」
「時間稼ぎをする迄も無く、自滅するんじゃないかぇ?」
二人の予想を裏切り、白髪の怪物は十数匹の魔獣を己の右手に掴むと、思い切り振り被って遠投した。
「なっ⁉︎ 街に魔獣を投げつけるつもりか!」
「こいつ、やっぱり止めないと拙い!」
「はぁあっ! 鳴け! 『翠蓮』!」
ザンシロウは怪物の膝目掛けてオーラを纏った翠蓮を突き刺すが、『空間固定』と『絶界』による防御に阻まれる。屍人達、真祖センシェアルの能力はしっかりと引き継がれていた。
「俺様の突きを防ぐなんて、どんな硬さだこの野郎!」
「退いてなさい! 『銀閃疾駆』!」
神槍が両手脚へ無数に突き刺さり、表面を蠢く魔獣を消滅させるが、人間で言うなら皮膚一枚を貫通したに過ぎない。絶対的なダメージ、致命傷を与えられずにいた。
しかし、真の狙いはその頭上から『迦具土命』を放つディーナへの注意を逸らす事にあった為、瞬時に背後へと退がる。
「くらえぇぇぇぇぇっ!」
「ぐおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉーーッ!」
上空から降り注ぐ灼熱の光炎に焼かれた怪物は、周囲に雄叫びを轟かせながらディーナへ向けて飛び跳ねた。両手で尻尾を掴むと、落下の勢いそのままに大地へ叩きつける。
身体が地面へのめり込む程の膂力に、白竜は咄嗟に羽で後頭部を防御するが、衝撃を殺しきれず大きなダメージを負った。
ーー『ヒィィィィン』
まるで何かが放たれる前兆の如き共鳴音が、怪物の周囲に響き渡る。
「まさか⁉︎」
アリアは目を見開いて愕然としながらも、怪物と街の城門にいるピステア軍の直線上へ舞い上がり、バラードゼルスを構えた。
口をパカっと大きく開けた巨人が、直前にみたディーナの『迦具土命』をまるで模倣した様に、極大の怪光線を放つ。
それは聖天使へ襲い掛かり、神槍で防ぎきれなかった残滓は、カルバンの交易地区を半壊させた。
羽を焼かれたアリアは大地へ降下する。ディーナ以上のダメージに意識が途切れかけていた。それでも守る事を諦めないが、肉体は意思に反して動かせずにいる。
「身体を焼かれるのは、やっぱり痛いなぁ……」
音を立てて大地に崩れ落ちると、強制的に天使形態が解除されて気絶した。
ザンシロウはその間も怪物の身体をひたすら斬り刻むが、致命傷どころか『絶界』に阻まれ続けている。
先程のディーナのブレスの様に広範囲攻撃で障壁の隙間を狙わねばならず、刀一本では苦戦を強いられた。
ナナから状況を逐一報告されていたレイアは、全力で空を翔けるが焦燥感を煽られていく。あらゆる事柄が己の想像以上だったからだ。
「頼む! 間に合ってくれぇ!」
戦場に現れた元四人の屍人だった存在、後に『ハーレンベゲン』と呼ばれる巨大な怪物は血涙し、戦場に阿鼻叫喚を響き渡らせていた。
偽物女神と哀しき怪物の邂逅は、マイリティスにより忘れられぬ思い出を脳裏に刻み付ける。
『最後の時』は着実に迫っていた……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます