第126話 「天使と竜の輪舞曲」
ディーナは思えばちゃんとした自己紹介をしていなかったなと、宣戦布告を兼ねてアリアへと近付いていった。
「お主がアリアか。妾は白竜姫ディーナ! 第一夫人とはいえ、主様の寵愛は妾が貰うのじゃ!」
「初めまして。私は貴女の事を深く存じておりますよ。己が身を食らった地竜の王で有られますからね」
「なっ⁉︎ 彼奴らは妾とは無関係じゃ! 勝手に宴を始めた馬鹿供の始末まで、妾が面倒見る義理は無いぞ!」
「その台詞を吐く前にレイアに土下座なさいな。己を奴隷と言いながらも引き離され、矜持を果たせなかった屑竜め」
まるで卑下する様に己を侮辱するアリアに激昂する。
「何じゃとおぉぉぉ⁉︎ 食うぞ銀天使!」
「掛かって来なさい? 神槍バラードゼルスに貫かれて同じ台詞が言えたなら、ちょっとは認めてあげるわよ」
レイアはやっぱりこうなったかと溜息を吐いた。正直アリアが思ったより好戦的になっている事が不思議だ。
(初めてあった頃は純粋であんなに純朴だったのに……)ーー遠い眼をしながら憧憬を描いてゆく。
コヒナタはそんな喧嘩どうでも良いと、只管無言のままにレイアを見つめていた。
「そこまで! 言い争いは後にしてくれないか? 取り敢えずこの事件を収束させよう! ターゲットは、
「「「了解‼︎」」」
白竜姫の背を追い、天使が上空へと飛び立つ。いかに相手を気に食わなかろうが、レイアのお願いは絶対だとアイコンタクトを交わし頷き合っていた。
残ったコヒナタがそっと手を握ってくる。久しぶりの小さな柔らかいその手の感触に、抱き締めたくなる情動を抑えるのに苦労した。
「私は側で御身を御守り致します」
「そ、そんな畏まらなくていいよ? 一体どうしたの?」
「えへへ……久しぶりにお顔を拝見したら胸のトキメキが止まりません。でも、先程まで『繋がり』を感じなくて不安でした」
「ありがとうね。俺もまた会えて本当に嬉しいよ! 離れてから色々あったんだけど、それは後で話すよ。俺達は魔獣の群れを避けてオルビクス城に向かおう。飛ばすけどついて来れるかな?」
「勿論です。足を引っ張らない程度には力を身に付けたつもりです」
「それは期待できるね。コヒナタは俺に虚構や見栄なんて張らないから」
「レイア様のお力になる為に、旅の最中鍛え上げた力をお見せ致します! 偉大なる鍛治の神ゼンよ。初代巫女マールの血を受け継ぎしコヒナタが願い奉り候、ーーこの身に御身の神力を宿らせ給え!」
祝詞を唱え、『神降し』を行い鍛治神ゼンを呼び出す。また『アレ』と話さなければならないのかと思うと、正直ウンザリしていた。
『ほっほーーい! コヒナタちゃんに呼ばれて飛び出てジャジャッ、ジャーン! 儂参上‼︎』
「出たな孫馬鹿ジジイ……」
『あっ? クソ女神がおるのう。やるか? やる気か? コヒナタの為ならおじいちゃん女神すらブッコロしちゃうよ?』
「うるせー。いいからさっさと宿れや。状況すらわかんねーのか。あっ! そうかジジイだから視力が落ちてて見えてないんだな? ごめんごめん。老人介護の精神は大切にしなきゃいけねーよなぁ」
『はっはっはっーー殺す。殺し切るぞクソ女神! コヒナタちゃん。さっさと儂を堕ろしなさい! 神力全部込めた『鳴神』放っちゃる!』
「あの、二人共そろそろ落ち着いて下さいね? 喧嘩してる場合じゃ有りませんし、私の眼が曇ってなければ、彼方は凄まじい事になってますよ」
「ん? 確かに凄いけど……なんか踊ってるみたいだね。喧嘩して無いなら良かった」
「銀色の光が舞ってて綺麗ですね」
『あの〜儂どうしたらいいのじゃろうか?』
「ちょっと待ってて下さいね。今はそれどころじゃ無いので」
『はい……』
二人の眼前に広がるのは、竜と天使が舞い踊る奇跡にも等しい光景だった。実際にクルクルと回りながら、お互いの背後に迫る魔獣を駆逐している。
初めて共に戦うとは思えない程の連携と、合わさった息に本人達も内心驚いていた。
「ははぁ! 中々やるのうアリア! デカイ口を叩くだけの事はあるわい!」
「うふふっ、ディーナもね。さっさと敵を殲滅してレイアに甘えましょう? 私は貴女達以上に餓えているのよ!」
「妾とコヒナタも退かぬぞ! 今日は絶対一緒に寝るのじゃぁ!」
「魔獣を倒してから話し合いましょう? 本人にも聞かなきゃいけないしね」
「フッフッフッ! 妾の
「じゃあ私はディーナの技を回避する程の強い個体を狙うわ。多分、吸血鬼に神槍はかなり効く筈よ」
「了解じゃ。では行くぞアリア!」
「えぇ、レイアの為に!」
ディーナは天空へと昇り大地に蠢く魔獣へ向けて極大の『迦具土命』を放った。それは以前の様に『聖絶』の調整が出来ていなかった時とは違い、ブレスを完璧に収束し、何倍もの威力に高めている。
ーー上空から降り注いだ灼炎に、魔獣達は抵抗する事など出来る筈もなく、その身を消滅させていった。
そして狂騒の渦中、魔獣を盾にしながら炎を避ける吸血鬼に狙いを定めたアリアは、神槍バラードゼルスを構え、銀色の閃光を迸らせる。
「今は三枚が限界ね……」
柄から伸びる呪符を三枚破き捨てると、槍は輝きを増し、脈動するかの如く聖天使の力を高めた。まるで神槍が伸びた様にも見えるその刺突は、避ける間も無く一瞬で吸血鬼を貫いていく。
ーー『銀閃疾駆』
ザンシロウが反応さえ出来なかった、レイアを守る為に身に付けたその奥義に、回避する手段は無い。
銀色の輝きが戦場を突き進む最中、その姿を目で追えている者がいないからだ。
気が付いた時には胸部に風穴が空いている。狂乱した下級吸血鬼達へ未知の恐怖が襲い掛かった。
『逃げなければ間違いなく死ぬぞ』ーー本能が警鐘を鳴らし続ける。
痛哭を響かせ逃げ惑うその姿を見て、アリアは冷酷に現実を突きつけた。
「ぎゃあぁぁぁぁ!!」
「煩いのよ。レイアが待ってるの。触れたいの。沢山キスをするの。寧ろずっと唇に吸い付いていたいのよ。わかる? ねぇ、わかる? 邪魔なの貴方達。だから死ね! 死ねぇぇ!」
ーーアリアは吸血鬼や魔獣以上に、レイアへの想いに狂乱していらっしゃった。
膨れ上がった想いは成長した女神の姿を改めて見て、声を聞いた時点で爆発しそうになっていたのだ。しかし、いざ目の前に出て行こうとすると気恥ずかしさが込み上げ、隠れてしまった。
「私の馬鹿。何でさっき抱き締めなかったのよ! あぁ〜キスもしたい! ペロペロしたい、ペロペロしたい、ペロペロしたいぃぃぃ!」
魔獣と吸血鬼を神槍で貫き、薙ぎ払い、叩き潰し、突き刺しながら、己の願望と欲望を天へ叫び続ける。
離れた場所にいるレイアの背筋に、悪寒を奔らせる程に……
そして
(妾より遥かに主様の事を想っておるのう。流石じゃと言いたいが、正直気持ち悪いぞ……変態じゃ、変態がおる。これからあれと一緒に寝るのか。ーー怖いし正直嫌じゃのう)
レイアと常に一緒に寝ているディーナは、必然的に絶対割り込んで来るであろうアリアと共に寝る事になると予測していた。
自分が逆の立場だったら、必ずベットに潜り込むからだ。
天使と白竜姫により、魔獣の大群は灼炎に焼かれ、銀閃に貫かれて数を大きく減らしていった。
__________
城門より、カルバンの冒険者達は眼前に広がる光景に絶句していた。メムルは先程の様子から彼女達が仲間だと予測しているが、以前言われたセリフを思い出す。
『戦力面では役不足だ』
そう言われた時には正直悔しさが込み上げていた。レイアに敵わないまでも、他のメンバーに迄負けるつもりはないと特訓を重ね、新たな魔術を覚え、只管に自分を磨いてきた日々。
「あははっ! アレは無理だわ。勝てる訳がない……」
その呟きに、近くの冒険者達が慌て始めた。
「お、おい! 何か知ってるのかメムル? 彼奴らは敵じゃ無いよな? あの成竜なんか、一体Sランク冒険者が何人いれば倒せるんだよ!」
「敵じゃない事だけは確かよ。言っとくけど私もSランクなのよ? 何人いたって倒せる訳ないじゃない、瞬殺されるわよ。貴方達も間違っても喧嘩を売らない事ね。死ぬわよ?」
「あんなおっかねぇ奴等に喧嘩なんか売れるか! 寧ろ土下座するわ!」
「それはそれで如何かと思うけれど……私達は様子を見ましょう。下手に動くと巻き添えを食うわ」
その言葉に冒険者達は力強く頷いた。頼まれてもあんな場所へ行きたいもんかと意志を固めている。全力でビビっていた。
一方ピステア軍側では、最早驚愕の嵐にピクリとも動かなくなったオリビアへ、回復したクロウドが話しかける。
「凄絶な力だな。魔獣と戦ってくれているという事は味方なのだろうが、俺達が何かの力で退げられたのは、きっと『邪魔だ』という意思表示だろう。どうする気だ?」
「どうもできない……うごきたくてもうごけない。じげんがちがいすぎる」
「そうだな。己の無力さを認めざるを得ないよ」
上空に舞い上がったアリアは、ディーナと共に空に螺旋を描き昇っていく。
降り注ぐ白銀光に彩られたその光景は、只々神話を紡ぐように美しかった。
天使と竜の輪舞曲は、まだまだ止む事を知らない……
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